村人少女、勇者になる 〜うっかり抜いた勇者の剣は最強だったらしい〜
「おい、ミア。ちょっと来い。広場で勇者を決めるらしいぞ」
「……勇者を決めるって、どゆこと?」
午前中の農作業を終え、家の前で一息ついていたミアは戸惑った。いつもめんどくさがりな親父が、えらく興奮している。
「王様の使いが、こんな田舎村に来てるらしい!勇者の剣とやらを持ってきたんだと」
王様の使い?勇者の剣?
何を言ってるのか、よく分からなかった。
そんなことよりも、大事なことがミアにはあるのだ。
「……お昼ご飯、これからなんだけど。あたしの何よりの楽しみなんだけど?」
「ダメに決まってんだろ!村人全員集合だ。遅れたら罰せられるぞ」
周囲を見渡すと、他の村人たちも広場の方へ向かっていた。どうやら、断ることはできないらしい。
ミアのお腹が「ぎゅるぎゅるぎゅる」と鳴った。
「ご飯が、あたしを待ってるのに……」
ミアは重い足取りで、広場へ向かう親父の後を追った。
村の広場に着くと、村人はすでに集まりきっていた。
不安と期待が入り混じったざわつきが広がっている。
村人たちの視線を集めているのは、広場の前に立つ壮年の男性。身につけている服には王家の紋章が入ってた。
その周囲には、護衛と思われる騎士たちが目を光らせている。
「村人たちよ、よく聞け。わしは王の使者である」
使者が、よく通る声で叫んだ。
広場のざわつきが一瞬にして鎮まる。
使者が軽く手をあげると、合図を受けた騎士が一歩前へ出た。
そして、鞘に収められた黄金の剣を頭上高く掲げる。
その剣は細かな装飾が施され、光を受けて鈍く輝いていた。武具に縁のないミアでも、とてもすごそうな品物だということは分かった。
「王の命により、これから勇者探しの儀を行う」
使者は、村への訪問目的を語り始めた。
勇者が魔王を倒してから、今年で100年が経つ。
魔王の死後も大陸に残っていた魔物だが、近年なぜか力をつけているらしい。
王は魔物退治に頭を悩ませており、そこで目をつけたのが勇者の剣だった。
勇者の死後、鞘から剣を抜けた者はいないという。
そのため王は、各所を回らせ新しい勇者を探しているとのことだった。
「勇者の剣は使い手の力を飛躍的に高める力がある。何を隠そう、100年前の勇者も元はただの村人だったのじゃ」
使者は大げさな身振りで話を続ける。
「勇者となった者には魔物討伐と引き換えに、王より最高の名誉と報酬が与えられるじゃろう!」
使者のその言葉に、村人たちから歓声が沸き上がった。
村人に生まれたものは、村人のまま一生を終える。
村の生活は、決して楽ではない。贅沢なんてほとんどできないのだ。
魔物と戦う危険はあれど、成りあがるチャンスに魅力を感じてるのかもしれない。
しかしながら、ミアはこれっぽっちも興味がわかなかった。
「お腹減った……。早く終わんないかな……」
「相変わらずそればっかりね、ミア」
振り返ると、村娘のキャサリンがそばに来ていた。
長い茶髪にそばかすが特徴的な女の子。
村のパン屋の娘で、ミアと同い年の15歳。
ミアとは昔からの親友だ。
「いい、ミア。これは私たちにとって、大きなチャンスなのよ」
キャサリンが拳を振り上げていった。
意外だ。勇者なんてまるで興味がなさそうなのに。
「え?キャサリン、勇者になりたいの……?」
「まさか。私の目的はあれよ――」
キャサリンが指差したのは、護衛の騎士たちだった。
「こんな田舎村に、王都の騎士さまが来るなんて!あの中の誰かと結婚できたら、私も貴族の仲間入りよ!」
ミアはがくっと肩を落とす。
安心した。いつも通りのキャサリンだった。
「特にあの方……。なんて凛々しいのかしら」
キャサリンがうっとりした声をだす。
ミアも釣られて、その人物を見た。
騎士たちの中に、飛びぬけて若い騎士が一人いた。
歳はミアと同じくらいだろう。品を感じさせる紫髪に、スラっと伸びた長身。緊張しているのか、表情は少しこわばっている。
キャサリンの他にも、村娘たちから熱い視線が飛んでいるが、本人は気づいてもいない様子だ。
「何とかしてお力づきになりたいわ……。いや、絶対なってやる」
キャサリンが、不敵な笑みを浮かべている。
彼女のいつでも欲求に忠実なところが、ミアは結構好きだった。
そんな無駄話をしていると、使者から号令がかかる。
「村人は全員一列に並べ」
使者の言葉を受けて、二人の騎士が前へ出た。
鞘に収められた勇者の剣を、左右からしっかりと支えている。
村人が順番に剣の前に立ち、一人ずつ引き抜けるか試していくようだ。
先代勇者が初めて剣を手にしたときは、まだ少女だったという。そのため、老若男女問わず全員が対象らしい。
絶対抜きたくないと願いつつ、ミアはキャサリンと一緒に列に並ぶ。
早速、村の男たちが試しているが、どれだけ力を入れても本当に抜けないようだった。
誰も剣を抜けないまま、列だけが進んでいく。
親父もキャサリンも剣を引き抜くことができず、あっという間にミアの番となった。
「次、そこの娘!」
使者に呼ばれたミアは、剣の前までフラフラと歩いていく。ミアはもう限界だった。
(ダメだ。何か食べないと、おかしくなりそう。これ終わったら、こっそり帰ろ……)
そんなことを考えながら、他の村人がやったように、剣の柄をつかむ。
どうせ抜けないだろうと、ほんの少しだけ力をこめた時だった。
――スルッ
金属がすべるような音が聞こえた。
ミアは、自分の手元に視線を向ける。
「…………………………え?」
黄金の鞘から、勇者の剣の刀身が半分ほど抜けていた。
銀色の刀身が煌めくように輝いている。
ミアはわずかな間、それを見つめ――
見なかったことにして、無言で剣を鞘に戻した。
「……あ、ダメでした。あはははは。じゃあ、次の人どうぞ」
ミアはとぼけて、その場から去ろうとする。
しかし、後ろにいた使者に背後から肩をガッとつかまれる。
「おぬし。いま抜いたよな……」
「……いや、抜いてないです」
「抜いたよね?ウソついたら王への反逆罪じゃよ?」
あ、このじいさん。目が本気だ。
「……あ、はい。抜きました……」
迫力に負けて、ミアは認めてしまった。
「おぬし、名は何という?」
「え、ああ……………………ミアです」
使者は「うむ」と言った大仰にうなずいた。
そして――
「勇者の剣が抜けたぞお!!!勇者ミアの誕生じゃあああああああ!!!!」
「うおおおおおおおおお!!!!!」
使者が手を天に突き出し、雄叫びを上げる。
一拍おいて周囲の騎士、そして村人たちまでも叫び始めた。
「え、え?ちょ…………」
これは、完全に勇者にさせられてしまう流れだ。
こんな村娘が勇者で平気なのか、こいつらは。
勝手に盛り上がる周りの人々に、ミアが困惑していた時だった。
「お待ちください!」
突然使者の前に現れ、ひざまずいた男がいた。
その人物を見て、ミアは思わず目を見開く。
「――親父!?」
飛び出してきたのはミアの親父だった。
親父は使者に頭を下げたまま、言葉を続ける。
「無礼をお許しください。そこの娘、ミアは私の娘なのです」
「ほう。父親とな」
「はい。ミアは女にしては力が強く、ガサツで、おまけに大食い。しかし、それでも大切な娘です。いきなり勇者と言われても、納得できません」
……親父!
余計な言葉は多すぎるが、今だけはその行動をほめてあげたい。ミアは少しだけ親父の行動に感動していた。
「……なるほど。勇者の父よ、顔をあげよ」
親父は顔を上げる。
「王からの言伝での。勇者の家族には、これを渡すことになっておる」
使者は懐から革袋を取り出した。
ずっしりとしたそれを、片手でジャラジャラと鳴らす。
袋の入口からは、金貨が覗いていた。
それを見た親父はうつむき、プルプルと震えている。
首を何度か横に振り、迷っている様子だった。
やがて親父は意思を固めたのか、使者に向かって叫んだ。
「……分かりました。うちの娘、勇者で大丈夫です!」
このクソ親父!!
こいつ、金で娘を売りやがった!?!?
絶望しているミアに構わず、周囲は勇者誕生を喜び、勝手に盛り上がっていったのだった。
そんな中、紫髪の若い騎士だけが、ミアを冷ややかな目で見つめていた。
◆
「はあー、なんとか抜け出せた」
村外れの丘で、ミアは地面に座りながらため息をつく。
勇者誕生を祝ってお祭り騒ぎになった広場から、何とか逃げ出してきたのだった。
落ち着いた瞬間、先ほどの出来事が自然と思い出される。
「がああああああ!なんで、あたしなんだあああああああ……」
ミアは隣にあるカゴからパンを取り出し、豪快にかじりつく。
パン屋の娘であるキャサリンが、家から持ってきてくれたのだ。何とか理性を保てているのも、このパンのおかげだ。彼女には一生頭が上がらないと思う。
一緒に来ていたキャサリンが同情するようにミアを見た。
「まさか、ミアが剣を抜いちゃうとはねえ。でも、村を出れるのはうらやましいわ」
「他人事だと思って……。キャサリンは男狙いでしょ」
「まあね。ミアだって、国中を回って各地の料理を食べれるかもよ」
キャサリンの何気ない一言に、ミアは固まった。
国中の美味しいものが食べれる……?
その発想はなかった。
見たこともないご馳走が、次々とミアの脳内に浮かんでくる。なんかちょっとだけ、勇者やってもいい気がしてきた。
「ミアって本当分かりやすい性格してるわよね……」
ニンマリしてるミアを見て、キャサリンが呆れたように言う。
「そういえば、あの剣はどうしたの?」
「知らない。使者の人たちがまだ持ってるんじゃない?」
ミアはできることなら、あの剣をもう見たくなかった。
いっそ夢だったら良かったのにと思う。
現実から逃げるように、新しいパンを取り出してかじりつく。キャサリンの家のパンはやはり美味しい。
束の間の幸せをかみしめていたとき、村からこちらに向かってくる人影が見えた。
「あら、あの方は?」
キャサリンの声色が、一段階高くなる。
やってきたのは、あの紫髪の若い騎士だった。
腕に勇者の剣を抱えている。ミアは見ないフリをした。
「騎士様。お一人でどうされたんですか?あ、わたしは勇者ミアの親友のキャサリンと申します」
キャサリンがしれっと自己紹介しながら、声をかける。
「俺の名はマルス。勇者の剣を抜いた娘を探してたんだ」
名指しされ、ミアはしぶしぶとマルスに視線を向ける。
「勇者ミア、お前にはまず王都へ行ってもらう。王への挨拶、勇者として戦うための鍛錬。やることは山ほどあるぞ」
「え……鍛錬……」
露骨に嫌がるミアを無視して、マルスは続ける。
「出発は明日だ。王都へは俺が同行する。勇者の誕生を王に知らせるため、仲間たちは一足先に王都へと戻ったからな」
「明日!?そんな、いきなり……」
「勇者の剣を抜いた時点で、お前には勇者になる義務がある。これは王の命令でもある、拒否は許されないぞ」
マルスが有無を言わせぬ口調で告げる。
王の命令かもしれないが、あまりに横暴である。
「勇者の剣に選ばれることはこの上ない名誉だ。選ばれたことを幸運に思うんだな」
「はあ…………」
ミアは、つい気のない返事をしてしまった。
村の生活はそれなりに気に入っている。適度な労働で体を疲れさせ、ご飯を美味しく食べる。そんなささやかな繰り返しがミアは好きだった。
だからミアにとって、名誉なんて腹の足しにもならないのだ。不満が顔に出ていたのか、マルスが声を荒げる。
「なんだその態度は!勇者の剣を使いたくても、使えない者もいる!もっと剣に選ばれたという自覚を持て」
ミアだって、好きで選ばれたわけじゃない。
勝手に選ばれて、やらないことを怒られるのは理不尽だと思う。相手が王都の騎士だとしても、少し腹が立ってきた。
そんなミアの気配を感じたのか、キャサリンが慌てて間に入ってくれた。
「騎士様、お許しください。私たちは田舎の村娘です。名誉とは無縁の暮らしをしておりまして……」
「……ふん。平民とはそういうものか」
ミアはじろっとマルスを見る。
なんかこいつ、爽やかな見た目のわりに感じ悪いな。貴族ってみんなこんな感じなんだろうか。
「……認めたくないが、この勇者の剣はお前のものだ。これからは肌身離さず持て」
マルスは持っていた勇者の剣を、座っているミアに押しつける。持ってみると、重厚な見た目のわりに驚くほど軽く感じた。
「……フン」
マルスが不満げに鼻息を鳴らす。
その足が、ミアの横に置いてあったカゴに当たった。
カゴは倒れ、中から出たパンが地面に転がっていく。
ちょうど土がぬかるんだところで止まり、パンは泥まみれになってしまった。
ミアは思わず叫ぶ。
「あ……最後のパン!!」
「あれはもう食えないな。新しいのを買え」
マルスは悪びれもせずに言う。
その瞬間、ミアの中で何が切れた。
ミアは勇者の剣を地面に置くと、その場からすっと立ちあがる。そして、勢いよくマルスの腕をつかんだ。
「……あやまれ」
「何だと?」
「あのパンは、キャサリンがあたしにくれたものなんだ」
ミアの声は自分でもわかるほど、怒気をはらんでいた。
「ミア、いいから……」
キャサリンが止めようとするが、ミアはマルスを離さない。
「食べ物を粗末にするなって教わらなかった? あのパンは、あたしにとって大切なものだったんだ」
「…………」
「それを粗末に扱うなら、誰だろうと絶対に許さない!」
いくら身分が高くても、食べ物を粗末にする人間をミアは許すことができなかった。後先なんて、これっぽっちも考えていなかった。
ミアの迫力に押されたのか、マルスがじりじりと後ずさった。不満を顔に出しつつも、それ以上マルスが何かを言うことはなかった。
マルスを掴んでたミアの腕はキャサリンに引き離される。
「騎士様。申し訳ありません。ミアは食べ物が好きすぎるところがあって……」
「……いや、俺は…………」
マルスが何か言いかけた、そのときだった。
――バキッ
空間に亀裂が走ったような音が響く。
ミアは思わず、音の方向へ顔を向けた。
「!」
目の前の空が、歪んでいた。
歪みは黒い渦となり、周囲の景色を押し潰していく。
そして――渦の中心から巨大な影が姿を現した。
「何だあれ…………」
突如現れたのは――黒い龍だった。
◆
「あれは魔物……!?あんなのが村にきたら…………」
ミアの隣にいるキャサリンが、震えた声で言った。
昔、村にきた冒険者が「ドラゴンなんて、トカゲがでかくなっただけだ」なんて言ってた気がする。
……全然ウソだ。トカゲよりもはるかに凶悪だった。
黒い鱗に覆われた長い胴体と、大きな翼。
棘のついた尻尾に、鋭いかぎ爪。強靭な牙。
一体何を食べたら、あんなに大きくなるんだろうか。
「黒鱗龍!? よりによって、こいつが……」
マルスが、何か知ってるような口ぶりでつぶやく。
思わずミアは詰め寄った。
「何なのよ、あれ……?」
「王国の各地で、本来ありえない場所に魔物が出現する現象が報告されている。俺も遭遇したのは初めてだがな……」
そう。こんな田舎村であんな魔物なんて今まで見たことがない。もしあれが村に来たらと思うと……。
ミアの心情を察したように、マルスが言った。
「お前たちは、村に魔物の襲来を伝えたのち全力で逃げろ」
「騎士様は、どうなさるのですか?」
キャサリンが心配そうな顔を浮かべている。
「……俺は、黒鱗龍が村に行かないよう足止めをする」
「まさか、あの竜と戦うんですか……!?」
「王都ではドラゴンを討伐した猛者が何人もいる。俺だって、やれないことはないはずだ……」
マルスが腰の剣の柄に手をあてる。
その手は、少しだけ震えていた。
「お前は勇者の剣を持って必ず王都へ行け。お前のような村娘に託すのは癪だが、勇者は……王国の希望なんだ」
マルスはそう叫ぶと、腰から剣を抜き、黒鱗龍がいる方向へと体を向けた。そのままミアたちを振り返らずに進み始める。
ただその背中を眺めていたミアの腕が引かれる。
「……ミア行こう。騎士様の覚悟を無駄にしちゃダメ」
「キャサリン……」
ミアは足元の勇者の剣を拾い上げると、先に走っていたキャサリンの後を追う。
胸の奥に締め付けられるようなモヤモヤを抱えながら。
村の広場に着くと、異変に気付いたのかどこか不穏な空気が漂っていた。
ミアたちがドラゴンの襲来を伝えると、村人たちは慌てながらも、広場から逃げ出していく。
「ミア、私たちも逃げよう」
「……うん」
キャサリンにそう答えつつも、ミアはその場から動くことができなかった。
胸の締め付けられるようなモヤモヤが、ずっと晴れずに息苦しい。
黒鱗龍に立ち向かっていくマルスの背中がなぜか目に焼き付いていた。
勇者には、ああいう人間がやるべきだと思う。
けど、勇者の剣は……ミアを選んだ。
ミアは、誰もいなくなった広場を眺める。
食べかけのパン、中途半端な量のビールの入ったコップ、焼いた肉の串の匂い。
全部、村のみんなが一生懸命作ったものだ。
ミアが15年育ってきたこの村は、あのドラゴンが来たら、全て壊されてしまうのだろうか。
そんな想像をしたからか、ミアは無意識に拳を握りしめていた。
「……ごめん、キャサリン。あたし戻る」
「え?戻るってどこに?……あ、ミア!待って!」
キャサリンが止めるのも構わず、ミアは駆け出していた。
◆
マルスは、黒鱗龍と善戦していた。
黒鱗龍は地面に降り立ち、牙を剥いて威嚇してくる。
その威圧感は、並みの人間であれば、正面にいるだけで動けなくなるだろう。しかし、マルスは並ではなかった。
(思ったより、やれてるぞ……)
黒鱗龍の攻撃を一発でも喰らえば、軽装鎧のマルスはひとたまりもない。
それゆえ、取った戦法は一撃離脱(ヒット&アウェイ)。
常に動きまわり、黒鱗龍の攻撃を回避することに全神経を集中。攻撃した瞬間のわずかなスキ、その反撃にすべてを注ぐ。
――ガキン
マルスの剣撃が黒鱗龍の鱗に弾かれた。
すぐさま、黒鱗龍の体から距離を取る。
「くそっ」
攻撃は当たるが、ダメージがほとんど与えられない。
決定打を入れるには、目や口の中などの急所を狙うしかなさそうだ。
マルスは息を必死に整える。消耗が予想以上に激しい。
一発でも喰らえば終わるという重圧が、確実にマルスの神経を削っていた。
「――グオオオオオオン」
黒鱗龍の強烈な咆哮が、大地を震わせる。
耳がおかしくなりそうだった。
マルスは逃げ出したい気持ちを必死に抑え込む。
しかし、逃げるわけにはいかなかった。
(……俺は、勇者の血を引いているのだから)
黒鱗龍がマルスに向かって突進してくる。
マルスは全力でななめ横に転がりこみ、それを回避した。
すばやく受け身をとり、起き上がった瞬間――。
その時は訪れた。
ドラゴンが棘のある尻尾をムチのようにしならせる。
反射的に避けようとのけ反ったものの、動きが足りず、尻尾の先端がマルスの鎧をかすめた。
マルスは強く弾かれ、何度も地面にぶつかりながら吹き飛ばされる。
「ぐっ……がはっ……くそっ………………」
何度も地面に打ち付けられたため、全身がひどく痛む。
この状態では、黒鱗龍の攻撃を回避するのは難しいだろう。
たった一発。かすっただけなのに……。
マルスは剣を杖に立ち上がろうとするが、力が入らない。黒鱗龍が、ゆっくりと近づいてくる。
(くそっ……こんなところで死ぬのか、俺は…………)
マルスの脳裏に浮かんだのは過去の自分。
勇者の血筋であっても剣を抜けなかったあの日、マルスは決意した。剣に頼らずとも、英雄になってやると。
剣の腕には自信があった。
王国の最年少騎士になった自負もあった。
だから、あの黒鱗龍を倒すことも夢ではないと思った。
勇者の剣を抜いた村娘を救い、村を助けた英雄になれるかもしれないと。
そんな願望は……あっけなく打ち砕かれた。
マルスの目に悔し涙が浮かんだときだった。
目の前に、人影が現れる。
――それは、勇者の剣を抱えたミアだった。
「何でここに来た! 逃げろと言ったろ……!」
ミアが振り向くと、マルスが必死の形相でこちらをにらんでいた。
吹き飛ばされてボロボロになっているのに、それでも懸命に立ち上がろうとあがいている。
「お前が来ても、あいつには勝てない。無駄死にするだけだ……」
その通りだと、ミアも思う。
目の前にいる黒鱗龍は、ただの村娘の手に負える相手ではない。その瞳に映るミアは、虫けら同然なのだろう。
怖い。
足が震える。
今すぐ背を向けて逃げ出したい。
全身を震わせながらも、ミアは言った。
「勇者の剣は持ち主に力を与えるって、使者のおじさんが言ってたわよね」
「お前……まさか…………」
マルスの目が大きく見開かれる。
「この剣があたしを選んでくれたのなら……あたしはこの村を守りたい。またみんなとご飯が食べたいんだ!」
それが、ミアを突き動かした衝動だった。
ミアは食べることが大好きだ。
その中でも一番好きなのは、大事な人たちと笑いあってご飯を食べること。
あのドラゴンが村に来れば、一生懸命育てた畑も、みんなの家も、誰かの命も、全部なくなるかもしれない。
そんなことをするやつは、何であっても、誰であっても、許すことはできない。
だから、決めたのだ。
「それを邪魔するやつがいるなら――あたしは勇者にだってなってやる!」
叫ぶと同時に、ミアは鞘から勇者の剣を引き抜いた。
瞬間。剣から発せられた黄金の闘気が、ミアの全身を包み込む。燃え盛るように熱い何かが、ミアの中に流れ込んできた。
「グオオオオオオン!!!」
変貌したミアに脅威を感じたのか、黒鱗龍が雄叫びをあげながら襲い掛かってくる。
ミアは息を吸って、静かに吐いた。
全身を包む黄金の力は、ミアの体に力を与えてくれる。
体中の力を、剣を握る手に込めていく。
今だけは、どんなことがあっても乗り越えられる気がする。
ミアは剣を構え――――全力でそれを振りぬいた。
「どりゃあああああああああ!!!!」
振り抜いた刀身から、黄金の衝撃波が放たれた。
そして――――
「グオオオオ……………………」
断末魔とともに、黄金の光は瞬く間に黒鱗龍の全身を包み込む。
その光とともに、黒鱗龍は跡形もなく消え去っていった。
ミアが剣を鞘に戻すと、全身を包んでいた黄金の光は消えていく。目の前には、視界のはるか先まで、地面が真っ二つに割れていた。
現実離れした光景に、ミアがしばらくポカンと口を開けていると、
「お前、一体何をしたんだ……」
背後から聞こえたその声で、ミアは我に返った。
振り返ると、いつの間にかマルスが立ち上がっている。
信じられないものを見るかのような表情をミアに向けていた。
「どうにかなれって思って、全力で振っただけなんだけど……」
勇者の剣の力で、村を助けられたことは本当にうれしい。しかし、想像をはるかに上回る威力に、ミア自身もドン引きしていた。
これ、絶対人に向けちゃだめなやつだ。
「無茶苦茶すぎる……。はぁ……まあいい……」
マルスが呆れたようにため息をつくと、突然ミアに向かって頭を下げた。
「助けてくれて感謝する。それと、今までの非礼もわびさせてくれ」
「え……?」
「村娘のお前が黒鱗龍に立ち向かった姿。あれは、間違いなく勇者のそれだった」
いきなり褒められて、ミアは動揺する。
そのせいなのか、ミアのお腹が鳴りだした。
――ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる
それを聞いたマルスは笑いだす。
「お前は、本当食べることが好きなんだな……。村人たちが広場で騒いでたろ?呼び戻して再開させよう。お前が食う分は俺がおごってやる」
「え……?いいの?」
「ああ、勇者の誕生祝いとして出してやる」
マルスはこの発言を後ほど、後悔することになる。
村人たちはミアをたたえ、その日は一日中、勇者の誕生と村の平和を喜んだ。
こうしてミアは、勇者としての第一歩を踏み出したのだった。
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