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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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6/11

第6話

◆お知らせ

毎週木曜日7時投稿予定

マリアは恍惚とした表情で、ため息をついた。


「クラリス様……とても素敵です♡」


夜会用のドレスは、過度に飾らない。けれど線は端正で、歩けば布が静かに波打つ。

クラリスは鏡の中の自分を一度だけ確かめ、小さく頷いた。


「ありがとう、マリア。動きにくくはない?」


裾をわずかにつまみ、半歩だけその場で足を運ぶ。布は静かに流れ、引っかかる気配はない。


「はい。裾の流れも綺麗ですし……長く立っていても問題ありません♡」


「それなら十分ね」


扇を畳み、掌に軽く打ちつける。


「夜会は、立っている時間の方が長いもの。……いつも話しかけられるから、座るタイミングないのよね」


「ですよね♡」


マリアに微笑みかけた、その時――


「姉様……お出かけ、なのですね」


扉の影から、少年が姿を現した。

黒髪は几帳面に整えられ、赤褐色の瞳は年齢に似合わぬ落ち着きを帯びている。


エルヴァン公爵家の後継、リュシアン。

クラリスの年の離れた弟である。


「リュシアン。ええ、レイフォード侯爵家の夜会にお呼ばれしたの」


「……そうですか」


一瞬だけ、その視線が揺れた。けれどすぐに整えられ、礼儀正しく問いを重ねる。


「お気をつけて。……お戻りは、遅くなりますか」


勤勉で礼儀正しく、そして何より――姉を慕っている。


「ええ、少しね」


クラリスは歩み寄り、自然な仕草で弟の頭に手を置いた。

指先が髪を撫でると、わずかに肩が緩む。


「……でも、早めに帰るようにするわ」


その言葉に、リュシアンは目に見えて嬉しそうに表情を緩めた。


「行ってくるわね」


(うふふ……わたくしに似て、なんて優秀で素直で可愛いのかしら)


――これがクラリスの自己評価である。





夜会は、甘い香とざわめきに満ちていた。


「……なかなか、印象的な夜会でございましたな」


レイフォード侯爵が、穏やかな笑みを浮かべて声をかけてくる。


「ふふ……ええ、楽しめましたわ」


「王妃陛下も……さぞ、計算が狂われたことでしょうな」


その言葉に、クラリスは扇で口元を隠し、意味深に微笑んだ。


ふと、視線を横に流す。


別の輪では、オスカー・フォン・グレイユ伯爵子息が、得意げに語っている。


「領地経営? 一応は勉強してますけど……まあ、こんなの普通ですよね」


言い終え、軽く顎を引いて笑う。

まるで自分の力量を、周囲に預けるような仕草だった。


「さすが伯爵家ですわ」


「いえいえ、家の名前に助けられているだけですよ。僕自身は、まだまだで」


「まあ、ご謙遜を♡」


「私は鍛冶屋を見て回っていて。最近は鉄の質が――」


「ええ! すごーい!」


それは社交界でよく見る――

「大したことはない」と言いながら、相手に持ち上げさせるための、ありふれた話術だった。


「……若い、というのは眩しいものですな」


レイフォード侯爵は小さく喉を鳴らし、笑みを深める。

クラリスは何も言わず、ただ眺めていた。


(領地経営が……普通、ですって?)


胸の内で、温度がすっと下がる。


やがてオスカーがこちらに気づき、声をかけてきた。


「おお、クラリス様。少し、お話を」


クラリスは穏やかな微笑を貼り付け、輪に加わる。


「あら……勉学は、たいしたことではないのですの?」


問いかけに、オスカーは一瞬だけ言葉を探すように瞬きをし、気楽な調子で答えた。


「そうですね。領地経営など退屈ですよ、クラリス様。ただの伯爵家の長男ですから。たいしたことはありません」


彼に悪意があったわけではない。

だが――


「……貴家の南畑。今年は旱つきで収量が落ちたと聞きますわ」


空気が、わずかに張り詰める。


「え……ええ、多少は」

視線が、わずかに揺れた。


クラリスは扇を開き、ゆるやかに仰いだ。

第二王子との婚約以降、彼女は徹底して領地経営を学び直している。


「来年に向けて、どの程度の備蓄調整を?」


「それは……まだ、父と……」


「それとも、徴税の再配分かしら。干上がった農地の補填案は?」


言葉が途切れ、空気が止まる。

周囲の令嬢たちが、そっと視線を逸らした。


クラリスは扇を畳み、静かに微笑む。


「あら……たいしたことのないお仕事なのに、ご理解が足りないのかしら」


別に、クラリス自身の努力を軽んじられたと感じて怒ったわけではない。

ただ――


「たいしたことがないのは――どうやら、あなたの勉学のようね」


(わたくしの可愛いリュシアンと、その程度の理解を同じ場所に並べないでくださる?)


それだけの理由であった。


クラリスは静かに踵を返した。


囁きが遅れて広がり、令嬢たちは息を詰め、

オスカーは言葉を失ったまま立ち尽くす。


若い貴族の、ほんの些細な見栄でさえも、

気に食わなければ――それだけで、クラリスは容赦なく断罪する。


背後で、レイフォード侯爵は心中で小さく息をついた。


(……なるほど。これは、敵に回したくない)



 


「――ということがあったのよ」


扇を揺らしながら語り終え、クラリスは小さく肩をすくめた。


リュシアンは穏やかな声で、静かに相づちを打つ。


「……そうなんですね」


そばで聞いていたマリアが、小さく息をついた。


「……いろいろな方が、いらっしゃるのですね」


「全く……器量のない男ですわ」


(……器量以前の問題だ)


少年の胸中で、冷たい評価が下される。


(自分の愚かさを、名乗っているだけじゃないか……使えない男だ)


――クラリスの英才教育を受けた彼は、決してその内心を口にしない。


机上の書を閉じ、リュシアンは記憶の奥に名を刻んだ。


――グレイユ伯爵家。

見栄が先、実が後。危険度、低。


(いつか役立つだろう)


こうして公爵家の跡継ぎは、

社交界の生き方を学んでいった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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『転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます』※ざまぁ系ではありません

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