第6話
クラーラは、自室の窓辺に立っていた。
薄い陽が差し込み、白いカーテンが揺れる。
——王妃様のお茶会。
それは穏やかで、静かで、
どこか落ち着かない席だった。
◆
王妃の私室で、茶会は行われた。
香は淡く、季節の花が低い位置に飾られている。
「クラーラ嬢。いつも孤児院へ足を運んでいるとか」
王妃は優雅に微笑んだ。
「ええ。ささやかなことですが……」
「アルヴィーン家の寄付も、評判ですわ。
善意は、続けてこそ意味がございますものね」
クラーラは、胸が熱くなるのを感じながら頷いた。
そのとき。
「本日は、もう一人お呼びしておりますの」
王妃がさらりと言う。
「孤児院の視察に関心をお持ちでして」
扉が静かに開く。
「失礼いたします」
ルシアンだった。
クラーラは思わず息を呑んだ。
なぜ殿下が——。
王妃は目を細める。
「ちょうどよろしいところへ。
クラーラ嬢が孤児院のことをお話ししてくださっていましたの」
ルシアンは一瞬戸惑いながらも席につく。
「そうなのですか」
侍女が静かにルシアンの前へ紅茶を置いた。
白手袋の指先が、音もなく引く。
王妃は、ゆるやかに視線を向ける。
「殿下も、王家として支援をお考えでしょう?」
「え……ああ、はい」
王妃は満足そうに頷く。
「では、クラーラ嬢。
どのようなことをなさっているのか、殿下にお聞かせして差し上げて?」
「読み書きと、簡単な刺繍を……。
子どもたちが将来困らぬようにと」
ルシアンの表情が、わずかに和らぐ。
「それは、素晴らしいことですね」
王妃は紅茶を傾けながら、
2人を見比べる。
「孤児院は、王家の名で支援されれば、より安定いたしますわね」
ルシアンがわずかに姿勢を正す。
「王家の……ですか」
「ええ。善意は形にしてこそ残りますもの」
クラーラの胸が高鳴る。
「わたくしどもの働きが、そのような形になるのであれば……光栄でございます」
王妃は微笑む。
「殿下。若い世代が、王家の理念を体現する。
それは、とても尊いことですわ」
ルシアンは一瞬、言葉を探す。
「……考えてみます」
「ええ、もちろん。
ご無理は申しませんわ。
……ただ、善意は早いほうが喜ばれますわよ」
ルシアンは、わずかに視線を落とした。
王妃はカップを置いた。
「そう言えば……殿下、最近は陪席が続いていると聞きましたわ」
ルシアンは顔を上げた。
「……学ばせていただいております」
「若いうちの負担は、将来の礎になりますもの」
王妃は柔らかく笑う。
「けれど、実務は思いのほか細やかでございますでしょう? 」
ルシアンはわずかに息を整える。
「……はい。想像よりも、ずっと」
クラーラは顔を上げた。
「お忙しいのですね……」
王妃は視線を滑らせる。
「殿下は真面目でいらっしゃいますから。
すべてご自分で抱え込まれるのです。
……ですから、若い殿方ほど、
支えが必要な時もございますわ」
クラーラの指先が、膝の上でそっと重なる。
◆
クラーラは窓から離れる。
殿下の視線が、わずかに伏せられた瞬間が、
胸の奥に残っている。
控えめなノックが響いた。
「お嬢様。宮内省より、お手紙でございます」
クラーラは振り返る。
差し出された封書は、深い青。 銀の紋章が押されている。
宮内省。
指先が、わずかに強張った。
封を切り、中身を取り出す。
『第二王子殿下主導にて、
王妃殿下の御意向を受け、
孤児院支援検討会を設けることとなりました。
つきましては、現場事情に明るいご令嬢として、
ご意見を賜りたく、
来週〇日、宮内省小会議室へお越し願えますでしょうか』
クラーラの息が、浅くなる。
殿下主導。
——学ばせていただいております。
——すべてご自分で抱え込まれるのです。
王妃の言葉が、静かに重なる。
「……わたくしに」
侍女がそっと問いかける。
「……ご返事は、いかがなさいますか」
クラーラは手紙を胸元へ寄せた。
「……明日中に、お返事を」
窓辺へ戻る。
白いカーテンが、また揺れた。
(お力になれることが、あるのなら)
陽光が、封書の紋章を淡く照らしていた。




