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【不定期連載】公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)


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2/2

第2話

侍女マリアが深紅のリボンを整えながら、ひそりと微笑んだ。


「お嬢様、今日も本当にお綺麗です♡」


マリアはうっとりとした表情で、まじまじとクラリスを見つめる。

その視線は、まるで宝石の輝きを確かめるように熱を帯びていた。


クラリスは鏡越しに目を細め、軽く顎を上げた。


「うふふ……ありがとう。

 あなたの手つきが良いから、余計に映えるのよ」


マリアは頬を染め、指先を胸元で揃える。


「お嬢様は何をお召しになっても似合いますから……選ぶ私まで楽しくなってしまって。

 あ、そういえば——例の仕立て屋のお洋服、どうされます?」


クラリスは優雅に椅子から振り向き、扇を軽く伏せた。


「そうね……チャリティーにでも出しておいてちょうだい」


「かしこまりました♡ でも……あのお店、本当に“バカ”でしたよねぇ〜」


クラリスはわずかに眉を上げる。


「バカだなんて、口にしたら駄目よ。

 自分の品位を下げる行為よ」


マリアはしゅんと肩を落とし、すぐに小さく頷いた。


「……はい。申し訳ございません」


クラリスは扇を閉じ、唇にゆるやかな笑みを浮かべた。


「愚かで、哀れなお店……でしょう?」


マリアはほっと微笑み返す。


「……はい」



《ラ・プルミエール》。

十代の頃から通ってきた、王都でも指折りの仕立て屋。


扉を開けた瞬間、

店主エレーヌが、まるで見知らぬ客でも見るような目を向けてきた。


「……いらっしゃいませ、エルヴァン公爵令嬢。

 本日は……どのようなご用件で?」


(……急によそよそしくなったわね)


クラリスは一歩進み、穏やかに微笑んだ。


「新作を見せていただこうと思いまして」


エレーヌは手元の帳簿をわざとらしく閉じ、視線を逸らした。


「申し訳ございません、“王太子妃殿下”のご注文で手が離せませんの。

 それに、こちらの布は——あら、お手を触れずに。

 高貴な方専用でして」


(……は? わたくしが“高貴ではない”とでも?)


クラリスは扇をゆるやかに開き、微笑を浮かべた。

その笑みは、花のように柔らかく、それでいて氷のように冷たい。


「あら……では、“高貴な方”の定義を、ぜひ教えてくださるかしら?」


エレーヌの喉がひくりと動いた。

クラリスは一歩踏み出し、扇の先で軽く布をなぞる。


「それに、この店——

 いつから、馴染みの客を蔑ろにするようになったのかしら。

 “流行りの派閥”で態度を変えるようでは……

 随分と落ちぶれたものね」


扇がぱちん、と小さく鳴った。

その音だけで、店の空気が一瞬凍る。


「かつては“王都一の仕立て”とも誇れた店だったのに。

 ……本当に、残念だわ」


その時、店の奥から甲高い声が響いた。


「まあ、クラリス様? あら、まだいらしたの?」


金糸のドレスをきらびやかに揺らして現れたのは、

新興貴族リズベット。

彼女の装いは、まさにこの《ラ・プルミエール》で仕立てたばかりの新作だった。

一見豪奢だが、近くで見れば縫い目は歪み、裾の重ねも甘い。


(よ、よくこんな酷いドレスを着られるものね……)


リズベットはわざとらしい笑みを浮かべ、

店主エレーヌの腕に親しげに手を添えた。


「こちらのお店、今は王太子妃殿下のご用達なんですの。

 だからもう、“お立場の変わられた方”には

 少し敷居が高いのではなくて?」


店内に小さな笑いが波紋のように広がる。


(おそらく、新興貴族に取り繕うために旧貴族筋の職人を切ったのね。

 けれど、その結果がこれ……)


クラリスはほんの一瞬、心底気の毒そうにリズベットを見つめた。

その視線に、見下しよりも哀れみの色が混じる。


「……その縫い目、粗いわね。

 それを“ご用達”と呼ぶなら——

 王太子妃殿下もお気の毒だわ」


リズベットの頬が引き攣り、エレーヌの顔色が蒼白に変わる。


クラリスは苦笑ともため息ともつかぬ息をこぼし、扇を静かに閉じた。

その所作には、もはや怒りすら残っていなかった。


「お忙しいご様子ですから、今日はこれで失礼いたします。

 そして——さようなら。

 二度と来ることはないでしょう」


紅い裾が、絹音を立てて揺れる。

店を出る直前、クラリスは振り返らずに言葉を落とした。


「仕立て屋としての志を失った店に、

 もはや用はありませんから」


その声音は冷たくも静かで、

まるで断罪ではなく“告別”のようだった。

扉が閉まると同時に、店の中の時間が止まった。



マリアは紅茶を注ぎながら、頬をゆるめた。


「あの日、帰ってからのお嬢様……本当にすごかったです。

 プルミエールの職人たちを、あっという間に集めちゃうんですもの」


クラリスはカップを傾け、淡い笑みを浮かべた。


「あら、あのお店が先に職人を切ってくれたおかげで、

 余計な手間が省けたのよ」


「……たしかに♡」


マリアは感嘆まじりに笑う。


「そして王都にお店を――“お嬢様サロン”を出すだなんて、

 誰も予想してませんでしたわ」


クラリスは軽く扇を揺らし、まるで些事を振り払うように笑った。


「王太子の違約金の使い道、ちょうど考えていたのよね。

 あれくらいの額なら、店一つくらい簡単に建てられるもの」


マリアがうっとりと両手を合わせる。


「しかも……お嬢様ご自身がモデルになられるなんて♡

 まるで絵画が動いているみたいで、皆息を呑んでましたわ」


クラリスは肩をすくめて微笑んだ。


「皆美しい物に惹かれ、憧れるでしょう?」


マリアは陶然と頷いた。


「ええ、本当に……お嬢様が着られて王都の流行が変わりましたもの♡」


クラリスはカップを置き、紅茶の表面を眺めながら静かに呟く。


「一流の者が、一流の物を着る。

 それだけで十分よ。――ねぇ、マリア」


「はい、お嬢様♡」


陽光が窓辺に差し込み、

クラリスのドレスの縫い目が、まるで生きているかのように光を返した。


しばし沈黙が流れる。

クラリスはふと微笑み、何気ない調子で言った。


「そういえば――あのお店、どうなったのかしらね」


マリアは嬉しそうに、紅茶の香りをまとわせて囁いた。


「潰れました♡」


クラリスは少しだけ眉を下げ、

扇をそっと口元に寄せた。


「そう……」


一拍の沈黙。

その声には、ほんのわずかに残念そうな響きがあった。


(わたくしのお店が繁盛しているのを、

 惨めな顔で見てほしかったのに……早く沈みすぎ)

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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『転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます』※ざまぁ系ではありません

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