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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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第13話

《サロン・ド・ヴェルミヨン》

王都でも指折りの高級紅茶店である。

集うのは、家格と教養を備えた貴族令嬢か、静かな時間を求める上流階級ばかりだ。


二人が姿を見せた瞬間、店内の空気がわずかに揺れた。


――第二王子ルシアン。


端正な顔立ちに整えられた装い。

普段は表に出ることの少ない存在であるがゆえに、

その姿は否応なく注目を集める。


そして、その隣を歩くのが公爵令嬢クラリスだった。


ひそやかな気配が、二人の歩みに沿って動いた。

誰もが露骨に見ることは避けながらも、

その存在を無視することはできない。


ルシアンは、無意識に背筋を伸ばす。

歩調を乱さぬよう意識し、視線の重さを肌で感じ取る。


(……見られている)


手のひらに、じわりと冷や汗が滲んだ。


一方でクラリスは、そうした空気をまったく意に介さず、

いつも通りの優雅さで歩を進めていた。


案内されたのは、店の奥。

背の高い仕切り棚と装飾で緩やかに区切られた半個室の席だった。


――見られるが、踏み込ませない。

その距離感こそが、選ばれた理由だった。


二人は向かい合って腰を下ろす。


「うふふっ、このお店、

わたくしのお気に入りなんですの。

殿下に、ぜひ味わっていただきたくて♡」


「……そうなんだ。

君が気に入っているなら、楽しみだな」


「楽しみにしてくださいませ♡

殿下は、何になさいますか?」


ルシアンは一瞬メニューに目を落とす。

専門的な銘柄の並びに戸惑いながらも、すぐに決めた。


「……同じもので」


給仕が一礼し、注文を受けて下がる。


クラリスは首を傾げ、

わずかに視線を上げて、ルシアンを見る。


「……殿下。

お務めはいかがですか。

何か、お困りごとはありませんか?」


ルシアンは一瞬考えてから、口を開いた。


「……正直に言うと、

小さな案件を任され始めた。

判断はできるが……

見落としが怖い」


懐から書類を取り出し、卓上に差し出す。


「あら、夜会の席次ですか。

 殿下に押し付けて……

 相変わらず、面倒なことを」


一瞬だけ、クラリスの口元が緩む。

すぐに視線を紙へ落とし、ペンを走らせた。


「……こんなのはいかがでしょうか」


ルシアンは覗き込み、思わず目を見開く。


「これは……

なるほど。

王家としての均衡は、保てる……」


クラリスは微笑みながら、その横顔を眺める。


「分かった。

対抗ではなく、調整として出そう。

――この配置は、

僕が決めたものとして通す」


クラリスは、嬉しそうにルシアンを見る。


その時、紅茶が運ばれた。

給仕が音もなくカップを置き、湯気とともに香りが立ちのぼった。

ルシアンは一度だけ深く息を吸い、口をつける。


「……確かに、香りが柔らかい。

後味が重くならないのがいいね」


「さすがですわ♡

……殿下、お仕事の話はここまでにしましょ。

今日は、殿下のお話を聞かせてくださいますか?」


「話……?」


「婚約者のことは、

何でも知りたいのですわ♡」


周囲の意識が、静かにルシアンへ集まった。

少し戸惑いながら、ルシアンは答える。


「……錠前作り、だな」


「錠前……?」

半個室の縁から、抑えきれない囁きが滲んだ。


ルシアンは、表情は崩さないが、指先だけがカップの縁で止まった。

(……いや、今のは失敗だったかもしれない)


「……変な話だったかな」


だが、クラリスは目を輝かせた。


「まぁ……さすが殿下ですわ♡

そんな難解で、技術の要るものを

趣味になさるなんて」


ルシアンの手が、カップを持ち上げたところで止まった。


「……いや、

さすが、というほどではないよ」


紅茶をひと口含み、喉の奥へ落とす。


「複雑だから、いいんだ。

考えている間は、

余計なことを忘れられる」


「集中力が高いのは、良いことですわ♡

お仕事ぶりにも、出ておりますもの」


「……そう見えているなら、救われる。

ただ……

集中している間は、

周りが見えなくなることも多い」


カップがソーサーに触れ、乾いた音が小さく響いた。


「だから、

後から“抜け”に気づいて、

慌てることもある」


「ご自身の短所を自覚されるのも、

素晴らしいことですわ♡」


ルシアンは目を瞬かせる。

予想していなかった言葉に、呼吸が止まった。


(……そんな評価のされ方も、あるのか)


その時だった。


「あら……クラリス様。

こんなところでお会いするなんて、

奇遇ですわね」


旧貴族伯爵家の令嬢――

王妃派に連なるイザベルが、

二人のテーブル前に立っていた。


「殿下もご一緒とは……

こうしてお目にかかるのは、初めてですわね」


イザベルは裾をつまみ、静かに一礼する。


「イザベル・ド・モンフォールと申します」


ルシアンは、短く会釈した。


イザベルはゆるやかに扇子を開き、

小さく一度だけあおぐ。


「クラリス様……最近は、殿下のお側で

お忙しくなさっているとか。

さすが、公爵家のお嬢様ですわね」


クラリスの笑みは、消えていた。

目だけが、静かにイザベルを捉えている。


「殿下は、静かな方でいらっしゃいますもの。

お側で采配なさるのも、さぞお忙しいでしょう?」


クラリスは、ルシアンが口を開く前に遮った。


「――わたくしと殿下は、

いま、プライベートの時間を

楽しんでおりますの」


声は低く、視線は逸らさない。


「……何か、ご用かしら?」


イザベルは一瞬だけ目を細め、すぐに微笑む。


「あら……怖いお顔ですこと。

ただ、ご挨拶をと思っただけですわ」


一瞬だけ間を置き、

イザベルは改めてクラリスへ向き直った。


「殿下ほどのお立場になられますと、

“完全な私的時間”というものは、

なかなか持てませんものね。

それとも……

公の場での振る舞いまで――」


言い終える前に、クラリスが切った。


「何度言えば、分かるのかしら?」


ルシアンが、息を呑む。


「それとも――

理解するだけの知性が、

足りていないのかしら?」


空気が、凍りつく。


「下がりなさい。

お邪魔ですわ」


誰もが音を立てることすら、ためらっている。


ルシアンは、固まったまま、

言葉を挟むことができずにいた。


(……そこまで、言う必要があっただろうか)


次の瞬間。


クラリスは何事もなかったように振り返り、

ルシアンへ柔らかな微笑みを向けた。


「……さて、殿下。

お話の続き、いたしましょうか♡」


声の調子も、仕草も、先ほどまでと変わらない。

ルシアンは一拍遅れて、頷く。


「……ああ」


卓上の紅茶に、ふと視線が落ちる。

湯気はまだ立ち上り、温かさも残っている。


けれど――


同じ半個室にいるはずなのに、

空気だけが、明らかに冷えていた。


イザベルは静かにその場を後にし、店を出て、待たせていた馬車に乗り込んだ。

扉が閉まり、外の喧騒が遮断される。


「……厄介な組み合わせね」


――今は、動くべきではない。

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