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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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第12話

今後更新スピード上げるため、

原稿仕上がり次第アップしたいと思います。

王妃の名は、サフィーナ・アル=ラシュド。

彼女の生まれは、南方の国家――ラシュディア王国だった。


ハーレム制の宮廷を母国に持つサフィーナは、女たちの振る舞いを幾度も見てきた。

追い詰められた女は、決まって感情を先に出す。

泣き、取り入り、最後には男に縋る。

少なくとも、彼女の知る限り例外はなかった。





「最近の進捗を聞かせなさい」


王妃の言葉に、王太子は一瞬だけ身を固くした。


「……新興貴族との折衝は続いております。旧来の商会との調整も――」


「結果は?」


遮るように、王妃は言った。


「……目立った反発は、今のところ」


「……そう」


王妃は黙って頷いた。

以前なら、この返答の前に報告書が机へ置かれていた。

頁は揃い、数字は整理され、問いに先回りして要点が並んでいた――クラリスによって。


王妃が指先で合図すると、側近がすっと前に出た。

薄い束を、恭しく差し出す。


「こちらに、折衝先別の進捗と、商会側の反応をまとめております。遅滞はございません」


王太子は、ようやく呼吸を整えた。

――その安堵が、王妃の苛立ちをさらに煽る。


王妃は書類には触れず、指先だけで「置いて」と示した。


「なら、よろしいでしょう」


扇子をゆらし、言葉を継ぐ。


「婚約者については?」


「……社交界の反応は、悪くありません」


「当然ですわ」


王妃は扇子を畳んだ。


「王太子妃という座は、国の顔ですもの。

 顔が穏やかなら、家臣は安心する。

 ――それで十分」


王太子は、肩の力を少しだけ落とした。





「……本当に、面倒なことになったわ」


王妃は、側近にだけ届く声で吐き捨てた。


「クラリス……」


窓の外へ視線を置いたまま、王妃は記憶を辿る。


クラリスが王太子の婚約者として王宮に上がった頃。

彼女は、まだ十歳だった。


「はじめまして……王妃殿下」


声は震え、頭は深く下がる。

王太子は、どこか面倒そうに手を差し伸べた。


「クラリス、こっちだ」


「で、殿下……」


引かれるようにして、クラリスは王太子の隣へ立った。

小さな肩は、鎧を着せられた子どものようだった――と、王妃は覚えている。


「素直そうな子ですわね」


そう言うと、隣の男――エルヴァン公爵が、わずかに胸を張った。


「家の名に恥じぬよう、しつけも教養も行き届かせております」


王妃は扇の陰で、ほんの少し口角を上げた。


(旧貴族の娘。扱いは難しくなさそう――合格ね)


――しかし。


年月が経つにつれ、クラリスは変わった。


「殿下、その書類は先送りできませんわ」


小首を傾げる仕草は柔らかい。

だが、目だけは逸らさせない。


「それとも……また逃げようとしていませんか?」


「……急ぎの案件が重なっていて……」


クラリスは小さく息を吐いた。

それでも頬を染め、殿下を見上げる。


「もう……殿下ったら。仕方がありませんわね」


王妃は遠目に、そのやりとりを見た。


「まぁ……いいでしょう」


弱いなら、隣に立つ女が支えればいい。

そこまでは、王妃にとって想定内だった――。


その異変に、王妃がはっきりと気づいたのは、王太子主宰の会議だった。


議題は、次期五カ年契約における王家御用商会の選定。

軍需と宮廷調達を兼ねる、大口契約である。


「母国のアーレン商会が、最も無難でしょう。

 長年の取引実績もあり、外交上の配慮、供給の安定も見込めますわ」


王妃は穏やかな声で告げた。

王太子は軽く頷く。

それを合図にしたかのように、周囲の貴族たちも沈黙を保った。


「……他に意見は?」


王太子の視線が、会議室をひと巡りする。


「ございます」


静かな声が、空気を切った。

クラリスだった。


彼女は一礼し、用意していた書類を机に置く。


「輸送距離、保険料、為替変動。

 これらを含めた実質単価では、北方同盟商会の方が、二割以上有利になります」


低いざわめきが、室内を走る。


「また、戦時における供給途絶のリスクを考えますと、

 単一国家への依存は、避けるべきかと存じます」


クラリスは、王太子をまっすぐに見た。


「殿下。

 この契約は、友好を示すものではありません」


一瞬、王妃を一瞥する。

だがすぐに王太子へ視線を戻し、微かに口角を上げた。


「王家が、どこに依存するかを決めるものです」


短い沈黙の後、王太子は告げた。


「……再検討が必要だな」


その言葉に、クラリスは静かに王太子の傍へ寄った。

身を屈め、届く距離で囁く。


「……殿下、ゆっくり考えてくださいな。

 例えお間違えしても、わたくしがついておりますわ」


王太子はクラリスを見て、困ったように口元を緩めた。


「そうか……」


その瞬間、王妃は悟った。


(……この娘は――私の席を、侵す)


旧貴族たちが口を閉ざしたまま、

異論を挟まなくなった。

――その沈黙が、同意に近いものだと王妃は悟った。


王妃は、クラリスを切るべき相手だと評価を下した。





ちょうどその頃、新興貴族の勢力が伸び始めていた。


「バルネ伯が、王宮への拝謁を強く望んでおります」


側近の報告に、王妃は返事の前に一拍置いた。

口元に、薄い弧が浮かぶ。


「通しなさい。形式は整えて。

 “こちらから望んだ”と思われないように」


数日後。

新興貴族の伯爵バルネが、養女を伴って現れた。

少女は可憐で、視線を落として一礼する。


――イレイナだった。


控えめな所作に、同席していた貴婦人たちが息を呑んだ。

「……まあ」と、小さな囁きが漏れる。


王妃は一目で判断した。


――好機だ、と。


王太子には、新興貴族の娘を正妃に。

クラリスは、側室に落とす。


「――最近、お顔が固いわね。

 クラリスが厳しいのでは、と心配する声もあるの。

 ……あなたが疲れているのなら、本末転倒ですわ」


王太子は、少し間を置いてから口を開いた。


「……たしかに、最近は……」


王妃は、扇の奥で満足を隠した。


やがて、王太子が口にする名が変わった。

報告の合間に、別の令嬢の話が混じるようになり、

同時に、クラリスへの不満が短く挟まるようにもなった。


――それから、事は早かった。


婚約破棄は、王宮の応接室で告げられた。


クラリスは扇子を強く握りしめていた。

目元は赤く、

顔は伏せられたまま、上がらない。


王妃は、内心で静かに得心した。


すべては計画通り――の、はずだった。





「……第二王子と、婚約?」


報告を受けた瞬間、王妃は言葉を失った。


「聞いておりませんが」


「国王陛下の裁可も下り、正式に発表されました」


「裁可ですって……!?」


王妃は即座に国王のもとへ向かった。


「どういうおつもりですか」


「……あの子は、支えられすぎた」


国王は、しばし黙したまま王妃を見た。


「王太子妃教育に費やした年月と費用。

 旧貴族との関係整理。

 ……それらを考慮した上での判断だ」


(……ありえない)


第二王子は、政治的に動かない駒。

動かないように、置いてきた駒だった。


――それを、なぜ。





王宮の回廊で、二人はすれ違った。


「ごきげんよう、王妃陛下」


クラリスは、唇の端だけを持ち上げた。

王妃には、その落ち着きが不自然に映った。


そして、そのまま去っていく。


王妃はその背を、黙って見送った。


「……来なさい」


低く告げると、控えていた側近が無言で従う。


私室に戻ると、王妃は机に手を置いた。


「第二王子とクラリスの関係……どう見る?」


側近は、慎重に言葉を選ぶ。


「表向きは、恋愛婚約。

 しかし、利用している可能性は高いかと」


王妃は、ゆっくりと頷いた。


「ええ。

 傷ついた令嬢が、ただ逃げ込む先を選んだ……

 そう“見せている”だけに違いない」


――あれは、勝った女の顔だ。


「クラリスは、王太子を失った代わりに、

 “別の安全圏”を手に入れたつもりでしょう」


王妃は、指先で机をなぞった。


「問題は、第二王子です。

 動かない駒は、

 動いた瞬間に“読みづらい駒”になる」


側近が、息を呑む。


「旧貴族派は、どう動くと思う?」


「……様子見でしょう。

 ですが、クラリスが第二王子を

 “理解してくれる存在”として立たせるなら、

 一気に流れます」


王妃は、薄く笑った。


「旧貴族は、支配する王を嫌い、

 “理解している顔”を好む」


「クラリスは――

 王家の理屈も、貴族の感情も、どちらも理解しています。

 それが、最も厄介です」


王妃は側近へと身を向けた。


「第二王子の動向を、洗い直しなさい。

 接触した人間、過去の書簡――すべて」


「……承知しました」


王妃は、窓の外へ意識を逃がした。


――まだ、終わってはいない。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 王妃、最初から負けてましたー 策に溺れすぎです。 クラリス様、ファイトだす!ゴングはなってますわ。
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