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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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第11話

アルヴィーン公爵家は、慈善を誇らない家として知られている。

それが当たり前であるかのように、寄付を続ける家柄だった。


そして、その公爵家の娘。

クラーラ・フォン・アルヴィーン。


社交界では、穏やかで控えめな令嬢として知られているが、

その行動力は、確かに家から受け継いだものだった。


クラーラは、今日も孤児院へ向かっていた。


「……また、孤児院でございますか?」


同行する侍女が、ためらいがちに口を開く。


「ええ、そうよ」


「クラーラ様が、そこまでなさらなくても……」


クラーラは歩みを止めず、視線も前に向けたまま答える。


「誰かが行っているから、行かない――

 そういうのは理由にならないわ」


「クラーラ様……」


侍女はそれ以上、何も言わなかった。

ただ静かに背筋を伸ばした。





孤児院に到着すると、すでに先客がいた。


「ごきげんよう、クラリス様」


声をかけると、真紅のドレスが翻る。

クラリスが、ゆっくりとクラーラに向き直った。


「ええ。今日も奇遇ですわね、クラーラ様」


ただの挨拶。

それだけなのに、空気がわずかに冷えるのを、

孤児院の人々は感じ取った。


クラリスはそのまま、職員に奥の部屋へ案内されていく。


(相変わらず、あの方らしいわね)


クラーラはそれを追わず、中庭へ向かった。


「こんにちは」


子どもたちは、逃げはしない。

だが、すぐには近寄ってこない。


クラーラは、自分から近づかなかった。

声をかけることも、手招きすることもない。


「……これ、読んでくれる?」


しばらくすると本を抱えた子が、小さく尋ねた。


「ええ。どうぞ」


安心したように、その子は腰を下ろした。

別の子が、袖を軽くつまんでくる。


「……あら、そこ。気になる?」


クラーラは自分の袖を少し引き、

本が見えやすいように体の向きを変えた。


それだけで、子どもは満足したようにページを覗き込んだ。


近くで見ていた令嬢が、思わず視線を逸らした。

普通なら、反射的に子どもの手を払っていたはずだ。


クラーラは、何も言わなかった。


「今度はこの本読んで!」


「いいわよ」


クラーラは、ほんの少しだけ表情を緩めた。


――その直後だった。


「クラリス様に、何をするのです!」


鋭い声が、空気を切り裂いた。


マリアの平手が、エドワードの頬を打った。


クラーラは一歩踏み出し、エドワードに近づく。


「大丈夫……?」


孤児院の大人が慌てて現れる。


「も、申し訳ございません!

 この子は親に捨てられ……」


「クラリス様に、関係ありません!」


マリアが叫ぶ。


「善悪が分かる年齢の子どもに、

 叱らなくてどうするのです!」


誰も声には出さなかった。

だが――


(え、ちょっと)

(今の、言う?)


クラーラ喉が、詰まる。


(今、言えば……この子を巻き込んでしまう)


その迷いが、クラーラの声を奪った。


「誰からも相手にされず――孤独に死ぬ!」


そして、呪いの言葉である。


クラーラは動けなかった。

拳を、強く握りしめる。


「クラリス様に、謝りなさい」


「……ごめんなさい」


クラーラは、周囲の子どもたちを見渡した。

目を伏せる者。

一歩、後ずさる者。

その場で、固まってしまう者。


それを見て、クラーラの胸の奥で、静かに何かが沈んだ。





その場が落ち着いた後、

クラーラは、クラリスに近づいた。


「……クラリス様」


クラリスが、立ち止まる。


「先ほどの言葉ですが」


ゆっくりと、振り向く。


「孤児院で使う言葉では、ありませんでした」


マリアが、ぴくりと肩を揺らす。


クラリスは扇で口元を隠した。


「……わたくしの侍女が、間違えたと仰りたいの?」


クラリスは、低い声で続けた。


「わたくしはマリアを信頼しています。

 わたくしの侍女は、何も間違っておりませんわ」


クラーラは、目を伏せた。


「……ええ」


小さく、そう答える。


「わたくしも、クラリス様が

 侍女を信頼なさっていることは存じています」


だから、と続ける。


「それでも――

 場所を選ぶ言葉は、ございます」


クラリスは、扇をぱちんと畳んだ。


「それは……あなたのお考えですわね」


一歩、距離を取る。


「わたくしに、あなたの理想を押しつけないで」


背を向ける。


「失礼しますわ、クラーラ様」


クラーラは、その場に立ち尽くしていた。





マリアの言葉は、強すぎた。

善意であろうと、正論であろうと――

子どもたちの未来に影を落とした。


エドワードのように、

「孤独になってたまるか」と

怒りに変えた者もいる。


だが、それは例外だった。


大半の子どもたちは、

「未来を決めつけられた」ことを恐れた。


手を挙げなくなり、

失敗しそうな役を避け、

目立たぬ場所に集まるようになった。


その後も、クラーラは、

変わらず孤児院に通い続けた。


「また来たの?」


「そうよ。また来たの」


「……今日は、何するの?」


「決めてないわ」


クラーラは、何かを導くことはしなかった。

ただ、そこにいた。


「失敗しても……怒らない?」


「ええ」


「……黙ってても、いい?」


「いいわ」


その繰り返しの中で、

子どもたちは少しずつ理解していった。


――ここにいて、いいのだと。


「……今日、できなかった」


「そう。じゃあ、片づけましょう」


やがて彼らは、

声高に成功を語ることはなかったが、

それぞれの場所で、確かに生きていった。


そうして、この孤児院は、

静かに――変わったのである。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 考えさせられました。 クラーラも、クラリスもマリアも間違ってはいないんですよね。 それぞれの考え方があるから。 ただ、その行動、言葉が対象にどのような影響を与えるか?を考え…
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