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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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第10話

クラリスは自室で、

一通の手紙を指先でなぞっていた。


淡い象牙色の紙。

几帳面すぎるほど整った文字。

ルシアンからの手紙である。


「……ふふ」


思わず頬が緩む。

しばらく、ただ眺めていた。


「まあまあ……本当に律儀ですこと」


そばに控えていたマリアが、そっと微笑む。


「殿下からのお手紙ですか?」


「ええ。殿下ったら、ついこの間お会いしたばかりなのに……」


クラリスはもう一度読み返し、

大切そうに封筒へ戻した。


「嬉しそうですね、クラリス様♡」


「当然でしょう?

 婚約者からの手紙なのですもの」


胸元に手紙をしまい、クラリスは学園へ向かった。


――この手紙はクラリスがルシアンに

「書いて」と指示……お願いした結果なのである。





学園の中庭に面したカフェテーブルの一角で、

数名の令嬢たちが声を潜めて集まっていた。


「ねぇ……あなたの詩集、読んだわよ」


新興貴族の令嬢が、興奮気味に言った。


「王都では評判ですって。

 平民の間でも回し読みされているのでしょう?」


「ご実家が王都で書肆を支援していると聞きましたわ。

その伝手で、小冊子として出されたのでしょう?」


「感情が素直で……

 胸にすっと入ってくるのよね」


そう言われ、

詩集の作者である令嬢は照れたように目を伏せた。


「そ、そんな……ありがとうございます」


その輪の外から、

ふっと鼻で笑う音が落ちた。


「……あら、あの程度で?」


旧貴族の令嬢が、扇で掌を軽く叩く。


「文学的とは言えませんわね。

 あまりにも直情的。

 比喩も浅く、構文も単純。

 あれを“名作”だなんて……」


空気が、わずかに張りつめる。


新興貴族の令嬢が眉を動かした。


「でも、読まれていますわ」


「……え?」


「読まれて、語られて、覚えられている。

 それが“文学”ではありませんの?」


旧貴族の令嬢は、くすりと笑う。


「量と質は別ですわ。

 あなたの好む“軽さ”は、ただの流行りもの。

 中身がないから、誰でも読めるだけ」


「……中身がない、ですって?」


別の新興貴族の令嬢が肩をすくめた。


「文学講義で、あなたの詩を拝見しましたけれど、

 比喩ばかりで……

 正直、途中で迷子になりましたわ」


「なっ……!」


さらに別の令嬢が、小さく首を傾げる。


「読ませるお気持ちは……ございますの?

 あれでは、読み手が置いていかれてしまいますわ」


空気が、ぴんと張りつめた、その時。


深紅のドレスが翻り、

クラリスが通りかかった。


「エ、エルヴァン公爵令嬢……!」


誰かが慌てて立ち上がる。


「ちょうどよかったですわ」

旧貴族の令嬢が作り笑いで扇を閉じた。

「今、文学のお話をしておりましたの」


「まあ、素敵」


クラリスは、にこにこと上機嫌だった。


「よろしければ、

 クラリス様のご意見を聞かせていただけますか?」


普段なら、まず応じない。

だが――今日は、すこぶる機嫌がよかった。


「こちらの詩集ですのね?」


「はい」


微笑みながらページをめくる。

クラリスは幼少の頃から多くの書物に親しみ、

詩集や評論にも目が肥えていた。


数ページ読んだところで、

その指が止まる。


「……?」


令嬢たちが息を詰める。


「これは……」


クラリスは首を傾げた。


「児童文学、ですの?」


空気が、ぎしりと音を立てて軋んだ。


「え……?」


「物語性が分かりやすく、

 感情の流れも素直。

 読み手を選ばない。

 素晴らしいですわ」


にこり、と笑う。


「ですが……

 心に残りませんわね」


新興貴族の令嬢たちは、

一瞬、顔を見合わせた。


「それは……」

「でも、悪くは……」


誰も、はっきりとは否定できなかった。


旧貴族の令嬢が、にやりと口角を上げる。


「でしたら――

 わたくしの作品も、

 ご高覧いただけまして?」


「ええ、どうぞ」


うきうきである。


差し出された詩集を受け取り、

数行、目を走らせる。


「……?」


再び、首を傾げた。


「意味不明ですわ」


空気が凍りつく。


「比喩が目的化していて、

 何を伝えたいのか分かりません」


誰も、息ができない。


「もう少し、

 読み手の気持ちになって

 考えられてみては?」


本を返し、穏やかに微笑む。


「あら、詩集の評論会でしたの?

 でしたらお二人、

 もっと勉強なさってくださいな」


そして、何事もなかったかのように続けた。


「もっと名作を読まれたら、

 よろしいのではなくて?」


深紅のドレスが翻り、

クラリスは回廊を去っていく。


残された令嬢たちは、

沈黙の中で紅茶を見つめていた。


誰も、口を開けなかった。


――クラリスは、

胸元から封筒を取り出し、再び読む。


「……あの程度の内容では、

 人の心は動かせませんわ」


――本日は、お加減いかがでしょうか。

 次にお会いできる日を、

 楽しみにしております。

            ルシアン


「ふふっ♡」


結局、相手次第である。


そして――


「わたくしも、返事を書かなくては♡」


クラリスは図書館の一角、

陽の差し込む机に腰を下ろした。


羊皮紙を整え、インク壺を引き寄せ、

ペン先を軽く浸す。


「さて……」


迷いなく、書き出す。


『ルシアン殿下へ。


 今日はお天気がよくて、

 空がとても青いです。

 

 わたくしの心は、

 青々としています。


 青はお好きでしたでしょうか。

 わたくしは、好きです。


 この前の服は、

 似合っていました。


 またお会いできたら、

 ――うまく言えませんが、

 嬉しいと思います。


 クラリス』


「……」


書き終えたクラリスは、

満足そうにペンを置いた。


「ふふ……想いは、

 伝わりますわよね」


紙を折り、封筒に入れながら、

頬を染める。


「気持ちが大切ですもの」


これが、クラリス公爵令嬢の文章力である。


――なお。


この手紙を受け取ったルシアンは、

一読したのち、

しばらく沈黙し――


「……うん」


とだけ呟き、

引き出しにしまったという。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
まさかのクラリス様でしたー笑笑 目は肥えてます。デモ、、、、 恋はめくるめく〜まぁフィルターかかるから 更新ありがとうございました。 朝から笑って、元気もらいました。 短歌とか俳句とか自分で作れ…
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