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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おやすみ前の短いお話

魔王不在の世界に召喚された私の決断

作者: 夕月ねむ

 戦場に立つ以上、私がするのは命のやり取りだ。ほんの一瞬、敵と交差した視線。すれ違う瞳。その恨みと決意が篭った熱い眼差し。

 まだ若い。

 嫌だなと思う。けど、ここで迷えば刈り取られるのは私の方だ。なるべく、何も考えずに弓を引いた。







「今日もすごかったですねぇ」

 人の気も知らずに、呑気なものだ。私の世話をするという名目でそばにいる従騎士は見張りを兼ねている。私が逃げ出さないように。


 『一矢必中』『魔弓の巫子』『黒の戦姫』『勝利の導き手』『戦場の魔女』『不死身の射手』『弓引く悪魔』……どれも私のことだ。何ひとつ、望んだ呼び名ではないけど。ついでに不死身ではないんだけど。


 こんな立場、欲しかったわけじゃない。

 そもそも戦場になんて出たくなかった。

 戦争なんて、早く終わればいい。






「……本当に良いのですか」

 従騎士や侍女の目を盗んで私に会いに来たのはこの国の王太子。

「構いません」

 はっきりとそう答えた彼は、もう全て決めてしまった顔をしていた。


「平和な世界から来たという貴女を、これ以上戦わせるのも心苦しいですし」

「……本当に、終わらせられますか」

「終わりにします。必ず。すでに帝国とは交渉済みですから」


「わかりました。引き受けましょう」

 失敗したら命はない。私も、目の前の彼も。






 塔の窓から庭園を見下ろす。

 王太子に指定されたこの場所からは、お茶会の会場がよく見えた。そこに参加している国王と王妃も。彼の両親。だけど。


 今は私の標的だ。


 左手に魔弓を呼び出した。右手には矢。どちらも私の魔力でできているから、持ち物検査なんて意味がない。「決まりですから」と城の中では着けられていた魔封じは、王太子が偽物にすり替えた。


 国王を先に。


 悲鳴が上がった。戦場なんて知らない貴族たちの、この状況で優雅にお茶会なんてできる神経を疑うけれど。きっと、私よりはマシだろう。この手はあまりにも汚れすぎた。


 騒ぎが大きくなる前に王妃を。


 嫌な手応えだ……けど、これで終わる。終わらせる。そういう約束。






 国王を射抜いた矢が誰のものかなんて、見ればわかっただろう。私は重罪人だ。でも、戦場で散る兵も国王も、それが『ひとりの人間』であることにどんな違いがある?


 王太子は確かに戦争を終わらせた。

 そして、和平の調印をしたその衣装さえ着替えることなくそのままに、私の前に跪いて、とんでもないことを言い出した。


「私と結婚してください」


「え……」

「貴女はこの和平の立役者ですし、国を守った英雄でもある。私の隣に立つには十分な功績でしょう」


「何を言ってるんですか。わかってますか? 私はあなたのご両親を」

「させたのは私だ」


 そうだけど。そうだけどさあ……


「お願いです……」

 王太子が縋るように言った。

「このままでは私は貴女を処刑しなければならない」


 ……そうだよな。すでに国王の死因はわかっているんだ。この人が私を守ってくれているだけで。


「でも。王妃なんて、私には無理です」

「貴女は戦場に向かう前にもそう言っていました。『自分には無理』と」


 言った記憶はある。急に召喚されて、勇者とか呼ばれて、国を助けて欲しいとか頼まれて。魔王でもいるのかと思えば対人の戦争で……泣き喚いても、解放してもらえなかった。いつからか、環境に流され、麻痺していった。


「私が支えます。補佐してくれる者たちもいます。貴女だけに苦労はさせません」


 この人は、この人だけは、私が戦場に立つことを反対し「間違っている」と言ってくれていた。その気持ちが嬉しくて。惹かれていないと言えば嘘になる。


「……本当に、支えてくれますか」


 帰れないことはもうわかっている。

 この選択を後悔する日も来るかもしれない。けど、私は。差し出された手にそっと自分の手を重ねた。









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