表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星輪のギメルス  作者: アドム・ザナヴ
第二章 エフェス編 星なき夜の火種  エセル編 北辰の望郷
33/33

エフェス編 第19話 月夜の救出作戦

星霊暦五〇四年一月三十日、水曜日。夕刻。


「これは間違いない、ファラの魔法だ! よく見つけたぞ、エフェス!」


フィンネルは、エフェスが見つけた『薄紫や薄桃色の可憐な花々』を見て、興奮気味にその肩を叩いた。だが、発見者であるエフェスは、それ以上に高揚していた。 「わだち」という物理的な痕跡が雨で消え、絶望が胸を占め始めていた瞬間の発見。まるで心のモヤが一気に晴れ渡るような感覚だった。


「偶然やけど、ちょっとでも見に行ってよかったばい」 エフェスは、込み上げる興奮を抑えるように、深く息を吐きながら答えた。


この「絆のシグナル」の発見により、フィンネル隊の行動から、迷いは完全に消え去った。 エフェスが見つけたのは、三つの経路のうち、ウィグル鉱山へ一番近くて広い、南側の経路だった。


経路が確定してからは、昼間の追跡と同じ戦術が取られた。 敵と鉢合わせする危険を避け、本経路そのものではなく、経路全体を観察できる南側の小高い丘に沿って、一行は移動を再開した。 フィンネルたちによれば、南西にあるウィグル鉱山は、シギオア村の南に連なる山脈を単純に西へ進んだ先にあるため、基本的に南側が高くなっているのだという。


一時間ほど、息を殺して走り続けた。 太陽は西の稜線りょうせんに隠れ、森は急速に夕闇に包まれていく。 そして、空が暗くなったことで、救出部隊は、いとも容易く敵の居場所を特定できた。





「……焚火たきびだ」


川沿いの開けた場所から、揺らめくだいだい色の光が漏れている。 エフェスは、この状況から、新たな学びを得た。


(そうよね。焚火は、人を探す時の、一番の目印やね)


エフェスの思考を読んだかのように、フィンネルが小声で答える。

「焚火をするということは、暖をとり、食事をするという休息の面では有効だ。だが、それは同時に、敵に『我々はここにいる』と知らせる行為でもある。もちろん、火を使わざるを得ない状況もあるが、使うには細心の注意が必要だということだ」


エフェスは、自分が森を彷徨っていた時、ただ生き延びるために焚火をしていたことを思い出した。あの時、もし近くにラグザニートのような敵がいたら、自分は真っ先に狩られていただろう。

(まだまだ、知らんこと、注意せんといけんことが多い……) それは、エフェスにとって大きな収穫だった。


一行は、敵の野営地を見下ろせる茂みに身を隠し、昼間と同じ携帯食(干し肉と木の実)を静かに口にしながら、救出作戦の最終確認を始めた。


「まずは、奴らの位置だが……分かりやすく川沿いの、丸見えの場所で休んでいるな」 フィンネルが、冷静に状況を分析する。

「これより、横陣隊形でひっそりと近づき、敵の正確な人数、捕虜たちの詳細な位置を確認する。どう動くかは、それからだ」

「フィンネル」

エフェスが、気になったことを発言した。


「敵って、どんな奴か分かる? おおよそで良かけん」

「今まで仕留めてきた連中の情報からすると、兵隊というよりは、はぐれ者だな。奴らの首領はウィグル鉱山にいるとして、ここにいるのは、その下っ端たちの……おそらくは、烏合うごうの衆だ」

「あと、今まで、こうやって救出部隊が出たことって、あった?」

「……いや。同胞たちの反応を見ただろう。待ちに待った、初めての救出部隊だ。それがどうした」

「いや」

エフェスは、確信めいた声で言った。

「なんなら、相手も、『まさか追ってくるとは思わん』って、油断しとるかもねってことばい」


その言葉に、フィンネルだけでなく、周りのエルフたちも、わずかに目を見開いた。

「……お前、意外と察しがいいな」

フィンネルは、フッと短く息を漏らした。

「お前の言う通りかもしれん。……だが、油断はするな。相手に手練れがいるとは思えんが、それでも、こちらの油断と過信で失敗しては、目も当てられんからな」


(……うん。救出するまでは、気を付けよう) エフェスは、調子に乗りやすい自分の胸に強く言い聞かせた。


フィンネルが、雲一つない夜空を見上げた。

「……今日は、ほぼ満月に近いな」


雨上がりの澄んだ空気に、十三夜月じゅうさんやづきが、森を白々と照らし出している。

「だが、好都合だ。奴らは、焚火の影響で目が暗闇に慣れていない。この明るさでも、俺たちに気づくことはないだろう。……行くぞ」


フィンネルの号令で、八人は、まるで森の影が動くかのように、音もなく敵地へと近づいていった。


フィンネルの見立てと、エフェスの予想は、完璧に的中していた。 はぐれ者の一行は、拍子抜けするほど、油断に油断を重ねていた。


焚火のそばで、大の字になって寝そべっている者。 川で捕った魚を串に刺し、雑にあぶってかぶりついている者。 酒瓶らしきものをラッパ飲みし、仲間と下品な冗談を言い合っている者。 見張りは、一人も立っていない。 人数は、八人。


そして、少し離れた場所に、馬二頭に引かれた荷馬車が一台。 その荷台は、粗末な木のおりになっており、ファラを含めた子供三人と、大人三人のエルフたちが、ぐったりとした様子で押し込められているのが確認できた。


「いったん止まれ」

フィンネルが、手で制止の合図を送る。

「荷馬車の方へは、迂闊うかつに近づくな。馬にしろ、捕虜たちにしろ、驚かせては敵も警戒態勢に入る。俺たちの作戦は、敵にも、仲間たちにも、気づかれずに敵を無力化することだ」


(おいやったら、すぐに仲間ば助けるって考えたけど……安全に助けるって考えたら、フィンネルの言うことが、絶対に正しい。色々な状況を、全て想定してから、作戦を実行するんやね)

エフェスは、フィンネルの指揮官としての器に、つくづく感心させられた。


「エフェスは、剣しか使えん。俺と来い」

フィンネルが、エフェスを手招きした。

「俺とお前は、できるだけ敵に近づく。俺が手で合図をしたら、弓矢隊の六名が、まず各自一人ずつ仕留める。それで、六人は一気に片付く算段だ。残りの二人を、俺たちで生け捕りにする」

「……」


エフェスは、息を呑んだ。 人を、殺す。 いや、違う。生け捕りにする。 だが、仲間たちは、殺す。


「……何だ。怖いのか」

マシューが殺された時、自分は怒りの衝動で、ラグザニートの部下を殺した。 敵だとはいえ、気持ちの良いものではなかった。 ラグザニートのように、殺戮を楽しむような奴には、絶対になりたくない。 果たして、人を殺していいのだろうか。 エフェスが逡巡しゅんじゅんした、その一瞬。 フィンネルの言葉が、エフェスの心を見透かすように、現実へと引き戻した。


「エフェス。もし、人を殺すことになるかもしれないことに恐怖しているなら、参加しなくていい。ここで待ってろ。お前は子供だ。何より、俺もお前も、むやみやたらと生命を奪わない、という教えは共通しているだろうしな」


フィンネルは、励ますように、だが、厳しい口調で言葉を重ねた。


「ただ、一つだけ言えることがある。……大切な人の命が、敵に脅かされている時は、迷わないで欲しい。いずれ、お前も大人になる。これまでも散々な目に遭ってきたろうが、これから先も、多くの困難がお前に降りかかり、多くの『生殺与奪せいさつよだつ』の選択が、お前に迫るだろう」


フィンネルの言葉は難しかったが、とても、優しかった。


「だから、そんな時……大事な時に、何も守れない大人にだけは、なるな」


その言葉が、エフェスの心の迷いを、断ち切った。 ガラーシャ村の人たちは、ただただ奪われた。 まるで、生命を、生命と思わないような奴らに。 それでも、マシューたちは戦っていた。村を守るために。


「すまん。……おいは、大丈夫ばい、フィンネル」

エフェスは、手の中の【霊樹の剣】を握りしめた。


「確実に、おいは、敵を、生きたまま捕まえるばい」

「よし、行く……いや、待て!」


フィンネルが、鋭く動きを止めた。 救出部隊が、じっくりと敵との距離を詰めていた、その時。 酒盛りをしていたならず者たち数名が、下卑た笑いを浮かべながら、捕虜たちの檻に集まってきた。


「奴ら、捕虜に何をするつもりだ……」


ならず者たちは、檻の扉を開け、大人のエルフ女性を一人、そして、ファラを、強引に外へ引きずり出そうとしていた。 森に、二人の抵抗する声が響く。


「なっ……何をするんですか! 放してください!」

「おい! てめぇ、俺に触るな! ぶっ飛ばすぞ!」


エフェスは、ならず者たちが、明らかに興奮した、濁った目つきで二人に夢中になっているのを見て、ガラーシャ村の襲撃の時に感じた、あの、腹の底が煮えくり返るような、強烈な「嫌悪感」を思い出した。


「へへへ、向こうに着く前に、お楽しみと行こうぜ!」 一人の男が、エルフ女性の腕を掴む。

「お……おれ、こっちの男の子を捕まえてから、ずっとウズウズしてたんだよ!」 別の男が、ファラに、ねっとりとした視線を送る。

「うげぇ……お前は、本当に『そっち』のケがある変態だな。鉱山でも、何人かの少年を『ダメにした』って聞いたぞ。汚ねぇから、こっち来んな!」

「ハッ、お前も俺と同じ雑食の烏の亜人種だろうが!我慢すんなって!」


その会話の意味を、エフェスは、一瞬で頭ではなく本能で理解した。 ファラたちの身に、取り返しのつかない危険が迫っている。 そう思った瞬間、エフェスの体は、いつの間にか駆け出していた。


「エフェス! 待て! ああ、もう!」


フィンネルの制止は、間に合わなかった。 フィンネルも、すぐに行動に移そうと思っていた矢先だった。エフェスが、命令よりも早く動いてしまったのは誤算だった。 しかし、周りの救助部隊のエルフたちも、弓に矢をつがえ、準備は万端だった。


「よし! 仲間たちに当てるなよ! 一斉射撃!」

フィンネルが、地を蹴った。

「狙いは、左翼は左から、右翼は右から、各自に狙え! 俺は、エフェスのあとに続く!」


フィンネルが駆けだした、その背後から。 六条の魔力を帯びた矢――【疾風矢ウインドアロー】が、空気を切り裂く音もなく、列をなして放たれた。


トトトトトトッ!


「「「うぐっ」」」


あっという間に、酒盛りをしていた六人のならず者たちの首や頭に、正確に矢が突き刺さったのを確認しながら、エフェスは、驚くほど冷静だった。


(うん。無茶苦茶、体の調子が良い。鎧猪よろいじしの時よりも、動きが、全部見えとる)


これは、元気だとか、ケガをしていないからとか、そういう次元の話ではなかった。 エフェスは、それが、手にしたこの【霊樹の剣】の違いであると、はっきりと理解していた。

(バランス? いや、違う。なんか、よう分からんけど……身体と、一体化しとる感じがする)


【獣の機動ビースト・ムーヴ】。 その動きが、以前よりも、明らかに軽く、速く、鋭くなっている。 【霊樹の剣】が、エフェスの身体能力と「同調」し、その限界を引き上げているのだ。


ファラたちに馬乗りになろうとしていた、残り二人のならず者。 エフェスは、一瞬でその懐に潜り込み、一人目の横っ腹に、剣の「みね」で二連撃を叩き込む。 「グフッ!」 間髪入れず、二人目には、同じくみねうちで尻を蹴り上げ、体勢が崩れたところを、頭に一発。

「ゴアッ!」


「フーッ! ……ファラ、大丈夫か!」


ファラは、先ほどまで強がっていたが、やはり、本当に怖かったのだろう。 木の手錠をはめられたまま、涙目になりながら、エフェスに飛びついてきた。


「エフェスーッ! ありがとー! 助かった……うぅ……」

「間に合って、よかったばい。ファラも、おい達が来ると思って、あの魔法ば使って頑張ったんやね。助かったばい」

「エフェスー! うぅ……」


三秒ほど遅れて、フィンネルが駆けつけてきた。

「みんな、大丈夫か! ……たく、エフェス! 俺の命令を待てって言ったろが! この馬鹿!」


ゴツン!


久しぶりに、誰かの本物の「拳骨げんこつ」が、エフェスの頭に落ちてきた。 それは、なぜか、とても懐かしい痛みだった。


「あいた! ……へへ、でもフィンネルも手ぇ上げてたけん、もう『行く』やろって思ってさ」

「ふん。……今回は、見逃してやる」

フィンネルは、呆れたようにため息をつくと、すぐに切り替えた。

「さてと。まず、こいつら二人を逃げないように縛ってから、早くみんなを解放しよう」


少し想定外の強襲とはなったが、エフェスたちの救出作戦は、完璧に成功した。 解放されたエルフたちは、フィンネルたち救出部隊と、涙ながらに再会を喜び合った。


一行は、敵や野生動物たちに襲われないよう、死体を残した野営地から少し場所を変え、夜が明けるまでの間、ゆっくりと休息をとることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ