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星輪のギメルス  作者: アドム・ザナヴ
第二章 エフェス編 星なき夜の火種  エセル編 北辰の望郷
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エフェス編 第18話 風景の中の痕跡

星霊暦五〇四年一月三十日、水曜日。


シギロア村を出発し半刻(約一時間)が過ぎた。 フィンネル率いる救出部隊(エフェスを含め八名)は、ファラたちが残したかすかな痕跡を追い、川沿いの道を南西へとひた走っていた。


「先行隊、左右の警戒を怠るな。本体との距離を保て」


フィンネルの低い統制の取れた声が飛ぶ。 彼らは集団で行動することによる音の発生を警戒し、高度な陣形を組んでいた。森の地形を熟知した斥候せっこう二名が先行し、フィンネルとエフェスを含む四名が本体、そして二名が後続隊として一定の距離を保ちながら連動して進んでいる。 エフェスは、その連携に息を呑んでいた。


ガラーシャ村での「狩り」は、マシューたちとの連携はあったものの、どこか遊びの延長線上にあった。しかし彼らの動きは違う。報告、周知、行動。その全てに命がかかっている者たちの無駄のない「戦士の動き」が染み付いている。


(これが、本当の団体行動……)


エフェスが十五日間さまよった森やシギロア村周辺の森とも、風景は明らかに変わり始めていた。 村周辺は日光がほとんど差し込まない苔むした巨木とシダ類に覆われた暗い森だった。だが南西に進むにつれ木々の背は低くなり、広葉樹が増えていく。川沿いに出ると視界は一気に開け、太陽の位置が分かりやすくなった。


(……少し、ガラーシャ村の森に似とるかもな)


そんな感傷を抱く余裕も今のエフェスにはあった。手にした【霊樹の剣】は驚くほど軽く、彼の手足の一部のように馴染んでいる。


「フィンネル」

エフェスは並走するフィンネルに小声で尋ねた。

「出発前に長老様から【五葉松の挿し木】ば四本くらい受け取ったけど、あれは何に使うのか聞いとる? おいにはただの枝にしか見えんかったけど」

「いや、実は俺も詳しくは分かっていない」


フィンネルは前方の斥候から視線を外さずに答えた。

「長老が言うには『ウィグル鉱山との中継となる場所で、日光が当たる場所に植えて、水をかけろ』と。同胞たちを助ける前でも後でも、とりあえず中継地点で使え、とな。……まぁ、おそらくは長老の魔法が込められた何かの目印だろう」

「ふーん。よう分らんけど、早く試してみたかね」

「気持ちは分からんでもないが今は追跡に集中しろ。どんな些細な変化も見逃すな」

「了解」


走り続けてさらに一時間。 先行していた斥候の一人が素早く手を挙げ、全員が音もなく足を止めた。 斥候が川から少し離れたぬかるみを指差している。

わだち』 それは明らかに荷車か何かが通った生々しい痕跡だった。


「……間違いない。奴らだ」

フィンネルが低い声で断言する。

「これより作戦を変更する。一名はこの轍を追跡。残りはもう一つの北の主要経路を迂回し、挟撃きょうげきする。敵との鉢合わせを避けるぞ」

即座に部隊は二手に分かれた。 エフェスはフィンネル率いる本体(七名)と共に、もう一つの経路へと進む。


(すげえ……)

エフェスはその迅速な判断と行動にただただ感心していた。もしガラーシャ村近くに鎧猪のような危険な魔物がいたら、自分たちもこのように慎重に作戦を立てて狩りをしていたのだろうか。 だが、その直後だった。 迂回路を進んでいた本体の前に、先行していた別の斥候が再び立ち止まった。


「フィンネル! こっちの経路にも……『轍』がある!」

「……なんだと?」

部隊に緊張が走った。

「三日前に雨が降ったから古い轍ではないはずだ」

「奴らは二組のグループなのか……?」

「いや、行き帰りで別の経路を使ったという可能性もある……」


敵の痕跡が二つ。 それは救出部隊にとって致命的な「迷い」を生む誤算だった。 動物の痕跡しか追ったことのないエフェスにとってその全てが学びだった。彼は今自分が力になれないことが歯がゆかった。


「フィンネル。おいにも、轍以外に敵の痕跡を見つけるためのコツば教えてくれんか」

フィンネルは一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに頷いた。

「あぁ。轍以外でまず見るべきは折れた枝だ。奴らが不自然に通ってぶつかった痕跡を探せ」

(そういや、おいも森で彷徨っている時に木を折ったりしたな)

「あとは匂いだ。動物の匂いは分かりやすいが人間も人によっては独特の匂いを出す。一番わかりやすいのは……何かの煙の匂いだな」

(たしかに。おいが村にたどり着けたのも、料理とか木が燃える匂いだった)


「足跡などは轍と同じだ。奴らが何かを落としたりだとか……あとは動物たちの鳴き声だが、こればかりは近づかないと聞こえん」

「うん。おいも狩りを沢山しとったけん、フィンネルの言ってることがなんとなく分かってきたばい」


その時だった。最初の轍を追っていた一名を呼び戻すために送った伝令が二人で戻ってきた。 フィンネルが険しい顔で呟く。


「……レイブードヤアルの結界を張っていらっしゃる『あの方々』であれば、すぐに居場所が分かるのであろうが……それは距離的にも身分的にも俺たちには無理だ」

「みぶん?」

「そうだ。お前の村にも偉い人はいただろう。俺たちでいうならエルウィン長老よりも、もっと上の立場でこの森を実質支配している凄いハイエルフの方々がいるということだ」


シギロア村よりももっと大きなエルフの街があるのか。 エフェスがそう思った瞬間、別の斥候が声を上げた。


「フィンネル!この先に、もう一つ細い経路がある……三つだ」

三つの轍。 可能性の選択肢が多すぎる。


「今は道を絞り込むよりは、分かれてでも迷いを減らす方が良い」

「定期的に真ん中の経路に集まるという流れでもいいんじゃないか」

「……そうだな」 フィンネルが決断した。

「よし、では三つに分かれるぞ。エフェス、お前は俺についてこい。真ん中の経路を三人で行く」

「了解!」


ポツンッ…


その時だった。 先ほどから曇りだしていた空がついにその重みに耐えきれなくなったかのように、冷たい雫を落とし始めた。


「まずい……」

部隊の一人が絶望的な声で言った。

「このまま雨が降れば、轍が分からなくなるぞ……」


全員の不安を払拭するかのようにフィンネルが強く言い放った。

「……いや、大丈夫だ。結局のところ、ウィグル鉱山へ向かう主要な道は二択か三択なのは変わりはない。このまま三つの道を行くことで確実にたどり着ける」

フィンネルは降り始めた雨を見上げた。

「それに……この雨であれば視覚的にも音的にも敵から見つかりにくくなる。まぁ、やつらも同じだが状況的には地の利も追う足もある、こちらの方が見つけるのは早いはずだ」


その冷静な言葉にエフェスはあらためて、この年上のエルフへの信頼を強くした。 迷いは晴れた。 三手に分かれた救出部隊は再び雨の中を走り出した。


雨は一度土砂降りになった。 足元はぬかるみ視界は最悪だったが、彼らは走り続けた。 さらに二時間が経過した頃、あれほど激しかった雨はまるで嘘のようにぴたりと止んだ。


「……よし、ここで小休憩する」

フィンネルの指示で一行は足を止め、シギオア村から持ってきた携帯食(干し肉と木の実)を口にした。 エフェスは体力の消耗は感じていなかったが、他の二つの経路のことが気になった。


「フィンネル、少しだけあっちの経路ば見てくる」

「ああ。だが五分で戻れ」


エフェスは一つ目の経路(最初に轍が見つかった場所)へと向かった。 道は自分たちが通ってきた中央経路とさほど変わらない風景だった。


(……本当に、こっちで合っとるんか?)


一人で歩きながら、ガラーシャ村で亡くなったマシューやモー、マキリたちの顔を思い出す。

(絶対に、ファラ達ば助ける……)

その時だった。 エフェスは何かに無意識に目を奪われた。 本能的な「違和感」。 彼は足を止め、その場所を見回した。


(……なんや?今、何かに……)

しかし何に目を奪われたのか分からない。ただの雨上がりの森の風景だ。

(……いや。おいの感覚ば信じてみるか)


エフェスはまず目を取られた場所と逆の方向を確認した。そしてもう一度違和感を感じた方向を見た。

(……ッ!やっぱり何かある。でもまだ何かわからん……)

その瞬間、鎧猪との戦いで思い出した母マリアの言葉が再び脳裏に蘇った。


地獄の修行の休憩時間。

『エフェス、目がいいのは間違いないんだけど、あんたは一つの動きを見すぎていて全体が見えていない』

『いや、全体を見ろって……剣の動きを見るので精いっぱいだって!』

『違う違う。そういう見方じゃない。エフェス、あんた綺麗な風景を眺める時どう見る?風景の中の一本の木だけを見ていい風景だなって感動しないでしょ』

『……うん』

『そう。そういう全体を見る、感覚的に慌てずにボーっとみる視力の使い方があるのよ。それで、もう一度お母さんをみてごらん』


あの時の感覚。 剣の動き、母の視線、足の位置。その全てが「風景」として一つになって動いていく、あの感覚。 エフェスは目の前の「風景」をもう一度見直した。


(慌てずに、全体を見る……)


焦点を合わせるのではない。ぼーっと虚空を見つめるように、その風景全体を一つの「絵」として視界に収める。 雨に濡れた緑の森。 その一面の「緑」の中に。


「……あッ」


エフェスは気づいた。 その「緑色のつた」が絡まる古い切り株に、あるはずのない「色」が混じっている。 土砂降りの雨に打たれてもなおその色を失わずに、そこに「在った」。

それは昨日エルウィンの家でファラが、あの木製のコップに咲かせてみせた、 『薄紫や薄桃色の可憐な花々』だった。


エフェスは確信した。 これはファラが残したシグナルだ。 昨日あの魔法を見た自分にしか分からない、命がけの痕跡。


「……ファラが」


エフェスはフィンネルたちが待つ場所へと全速力で駆け出した。


「ファラがここを通ったんだ!」

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