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星輪のギメルス  作者: アドム・ザナヴ
第二章 エフェス編 星なき夜の火種  エセル編 北辰の望郷
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エフェス編 第12話 雷の鳴声

絶望的な状況で、エフェスは、母との理不尽な鍛錬の日々を思い出していた。


『エフェス! これから、この美しくも恐ろしいお母さんは本気の一撃を繰り出す。それをどうにかするんだよ』

『鍛錬の説明が雑! んな、絶望的で理不尽な鍛錬って、恐ろしい以外なにものでもなかじゃん!』

『あんた、勉強嫌いなのに語彙力上がったねえ! さあ、行くよ!』

『唐突すぎるーッ!』


本当に思い出したくもないような、容赦ない母の重く速い一撃。何度も、何度も吹き飛ばされながら、それでも彼の耳に、心に、叩き込まれた言葉がある。


『エフェス。あんたは誰よりも目が良いんだ。勝ち目のない相手だと思ったら、まずは倒そうとはせずに、よく見て相手の動きを観察しながら避けるんだよ』

『んなこと言われても、怖いもんは怖いって!』

『ビビるな! 目をつむるな!』

『ぐえっ!』


思わず、あまりの恐怖の思い出に、フッと笑みがこぼれた。 しかし、アトレイクスのこともある。目の前のこの猪は、本当にヤバい。 エフェスはもう一度、目の前の脅威に全神経を集中させた。


「獣の機動ビースト・ムーブ

(よく見ろ! さっきはいつもの猪の速さだと思って油断しすぎた。次は避ける!)


鎧猪が全く同じように、尻尾を立てながら前足で地面を掻き、そして突進してきた。 速い。 しかし、「速い」と分かってしまえば、彼の混血のトンボの血が、その動きに確かに追いつき始めていた。エフェスは紙一重でその巨体を左に避ける。


次。また、次。同じような直線的な突進が続く。 しかし、鎧猪の体力は自分よりも遥かにある。そもそも、こちらは長い遭難生活で常に疲労していた。鎧猪が疲れるのを期待するのは愚策だ。


(あとはどうする……避けるだけでは勝てん。おいも限界や……奴の弱点、急所はどこだ!)


弱点を考えた時、彼は狩りの最も基本的なことを思い出した。それはゲデオンに最初に言われたことでありながら、あまりにも当たり前すぎてすっかり忘れていた、あの言葉だった。


『動物の弱点は、目と鼻、口、そして肛門や生殖器。もし絶体絶命と思ったときは、卑怯でも何でもない。生きるために弱点を狙え』


その言葉を聞いた時、エフェスはまるで自分がそうされるかのような気がして怖くなった。正直、動物相手とはいえ狩り方にも理想はあった。できるなら正々堂々と一思いにあの世へ送ってあげたい。 しかし、今はそんな状況ではない。 エフェスは生きるために、そしてアトレイクスを守るために、自らが最も嫌っていた「急所」を狙うことを決意した。


(正直、あの突進で目や口を狙うのは危険すぎる。突進した後の肛門か生殖器を狙うしか、なか……!)


エフェスは周囲を見渡し、最も頑丈そうな巨木がある場所へと自ら移動し、鎧猪を誘った。

「さあ、こんか!」


鎧猪も、まるでこれで決めると言わんばかりに、今まで以上に前足で地面を何度も、何度も掻いた。 エフェスは呼吸を整え、全身を集中させた。


「ブフォッ! ブフォッ!」

「ふーッ……」

「ブフォ――ッ!」


鎧猪が地面を蹴る。足元にある腐葉土や石ころを巻き上げ、目の前にある全てのものを弾き飛ばしながら突っ込んでくる。


「――ここばい!」

ドッゴォオンッ!!!


鎧猪はエフェスの誘導通り、巨木にその身を激突させた。 エフェスは素早く右横にジャンプするように避け、隣の木を三角飛びするように蹴り、一気に鎧猪の背後へと回り込む。 そして、無防備に晒されたその一点めがけて、渾身の突きを放った。


「ごめん! 蜂針突き(スティンガー・スラスト)ッ!!」

ズボゥッ!


エフェスのショートソードが、鎧猪の肛門にその刃の半ばまで深く突き刺さった。 やったか、と思った瞬間。鎧猪の強靭な後ろ脚がエフェスに襲い掛かる。 エフェスは剣から手を放し、とっさに腕を十字に組んでその蹴りを受け止めた。


メキメキメキィ!


そんな音が体に走った気がした。衝撃という衝撃が頭から足の先まで貫く。


ドッドッドサーッ!


地面に何度も体を叩きつけられながら、彼はアトレイクスのそばまで吹き飛ばされた。 腕は、手は、まだ動く。幸いにも折れてはなさそうだ。しかし握力がなく、うまく力が入らない。さきほどの防御の際に負傷した影響なのは間違いなかった。

エフェスの決死の一撃は、たしかに鎧猪に効いていた。その巨体はよろめき、バランスを崩している。 だが、エフェスは隣に倒れているアトレイクスが気がかりで、声をかけた。


「……アトレイクス……」

「……ぶるる……」


アトレイクスの右の後ろ脚が、ありえない方向に折れ曲がっていた。 自分が守り切れなかった相棒を見て、エフェスの目から涙が溢れた。 マシューに引き続き、なぜ自分は守りたい存在を守れないのだろう。 マシューの件はアルケテロスの兵に怒りをぶつければよかった。しかし、今回は違う。自分の不注意がもたらした結果なだけに、ただ、ただ悔しさだけが込み上げてきた。


「ブフォ……ブフォ……」


鎧猪がよろめきながらも、もう一度エフェスたちに襲い掛かろうと突進の準備を始める。 しかし、エフェスはアトレイクスのあまりにも優しそうな瞳に、謝罪の顔を向けることしかできなかった。


「アトレイクス……ごめん……」

「……ぶる……ぶるる……」


エフェスがそう述べると、アトレイクスは、まるで「謝らなくていいよ」「今まで、ありがとう」と言うかのように、静かに鳴き、その大きな瞳をゆっくりと閉じた。 力尽きたのだ。


「アトレイクス……!」


その瞬間。 アトレイクスのそばにあった、あのエフェスが拾ったピンク色の魔法石の原石が、カッと輝きだした。


バチッ、バチッ!


アトレイクスの周囲に、雷のような光の玉が複数現れる。その光は鋭くも優しく、エフェスを包み込んだ。


(……アトレイクス? これは……お前の魂か?)


頭では、今ここで起こっている現象がなんなのか理解するのはやめた。 まるで魔法が発動し、アトレイクスの力が、意志が、エフェスの体の中に流れ込んでくる。それだけは理解できた。

エフェスはアトレイクスに括り付けられた星剣オールエッシャーも同じように輝いているのを見、考えることなく本能的に手を伸ばす。 そして思わず、自分が何度も口にしてきたあの言葉が出た。


「――トーダー(感謝を)」


その言葉を口にした途端、固く閉ざされていた鞘の内側から光が漏れ、真っ赤な紅い刀身が現れた。特別な祭儀の時に見た刀身とは違う、鮮烈な光を放っていた。 その様子を見ていた鎧猪は、恐れおののくように躊躇していたが、この機を逃すとやられると思ったのか、今までとは違う荒れ狂う動きを見せながらエフェスに襲い掛かった。


エフェスは雷の魔法を身にまといながら、その雷から伝わる言葉を口にした。


「――雷神鼓オリオン


そう口にすると、星剣がさらに雷を発するような強い光を放ち、エフェスは雷光が駆け抜けるかの如く鎧猪の横を駆け抜けながら袈裟斬りを放った。


閃光。


エフェスの雷をまとった一撃は、鎧猪の牙からその体の半分をバッサリと焼き切っていた。


ズゥゥン……


大きな音を立てながら、鎧猪が倒れるのを見た。


(……こん魔法は……なんやった、と……かな……)


エフェスも気が抜けると同時に雷の魔法も解け、先ほどの魔法の反動なのか極端な疲労に襲われ、倒れた。

静寂がしばらくあったあと。森がまるで何もなかったかのように、鳥の鳴き声やカエル、虫の鳴き声が響き始めた。 エフェスは気絶しかけるほど衰弱しながらも、何かが聞こえた気がしていた。


「おい! 子どもがひとり、倒れてるぞ!」

「え? 森の怪物が死んでる! どういうことだ?」

「早くこの子を村へ運べ! 危険な状態だ!」

「ラバはあの子のかな? かわいそうに……」


本当にそう言っていたかは分からない。 ただ、そのような会話がされているような気がしながら、エフェスの意識は暗闇の中へと落ちていった。



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