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星輪のギメルス  作者: アドム・ザナヴ
第二章 エフェス編 星なき夜の火種  エセル編 北辰の望郷
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エセル編 第11話 ラクダの車窓から

星霊暦五〇四年一月十五日、火曜日。


チャバハル港の城門をくぐり抜けた一行を待っていたのは、二台の「ラクダ車」だった。砂漠の過酷な環境に適応したその乗り物は馬車よりも一回り大きく、頑丈な幌が容赦なく降り注ぐ日差しを遮ってくれる。


エセルは、メル、そして空八兵衛と共に一台のラクダ車に乗り込んだ。窓の外に流れるチャバハルの活気ある街並みに、彼女は思わず目を輝かせる。 カラッチ港のどこか雑然とした雰囲気とは違う。白い漆喰で統一された建物が、区画整理された美しい街路に沿って整然と立ち並んでいる。建物の窓や扉は馬蹄のような形をしたアーチを描き、壁面には青を基調とした幾何学模様のタイルが太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。


「綺麗……!」


もう一台のラクダ車に乗る母イマとハムサの姿を見つけ、エセルは思わず窓から大きく身を乗り出して手を振った。


「メル! 見て! お母様たちが!」

「エセル様、危のうございます!」


メルが慌ててその小さな体を車の中へと引き戻す。そのどこか微笑ましいやり取りを、ラクダを操る御者が静かな目で見つめていた。


「八兵衛。この街の建物は、カラッチとは全く違いますのね」

エセルの素朴な疑問に、八兵衛は待ってましたとばかりににやりと笑った。


「へっへっへ。そういやエセルのお嬢は、このエイディン大陸のことはご存じで?」

「以前、八兵衛の口から少しだけ。地理は勉強しましたが、恥ずかしながら正確には……」

「別に知らねえことは恥じゃありやせんよ。じゃあ、おさらいだ。世界にでっけえ大陸はいくつありやすかい?」

「西から、アロンハブリット大陸、エイディン大陸、ディアスポラ大陸、ですよね」

「上出来! では、アロンハブリット大陸の宗教圏はどう分かれてやすか。はい、メル殿」


「え? 私?たく唐突だな。 ……簡単なことだ。エメクハバカ地方を挟んで、西側が我らがルーアッハ教圏、東側がアルケテロス教圏だな」

「その通り! で、我々がいるこのエイディン大陸は、東アロンハブリット大陸の南に位置する大きな大陸。そして、はい、エセルのお嬢。エイディン大陸の主な宗教は?」

「ロゴス教、ですわ!」

「ご明察! 建物も料理も音楽も、実は宗教の影響が一番大きく表れるもんでね。この美しいアーチやタイルの模様は、ロゴス教の建築様式の特徴なんでさあ。もっとも、港町は独自の文化もできやすいもんで、この白い壁はチャバハルの特徴とも言えやすがね」


「私、この街の風景、好きだわ」


エセルが素直な感想を口にすると、八兵衛は少しだけ声を潜めた。


「そりゃ良かったですが……エセルのお嬢。本当に豪胆なお方ですな」

「え? どうして?」

「だって今、あっしらはこのタハトン・ファミリーにどこに連れていかれるのか、分かっていないんですぜ……」


ガラガラガラ


たしかにというような間ができ、車輪の音が響いたあとで、メルが話し始めた。


「まあ、我々が手枷もなくこうして自由にラクダ車に乗っている時点で、お客様としての対応をされていると思ってもいいのでは?」

「だといいんですがねえ。こうも何もねえと、逆に落ち着かねえですぜ」


飄々としている割には、意外と心配性な一面もあるようだ。あるいは、それこそが彼が幾多の修羅場を生き抜いてきた理由なのかもしれない。 八兵衛は気を取り直すように、話を続けた。


「いや、前にも言いやしたが、本当はチャバハルから南の阿倭列島に抜けたかったんですがね。こりゃ完全に、フィリピのすぐ南のカヴァラ港から行くのが良さそうですな」

「チャバハルに戻るより、カヴァラの方が近いということですの?」

エセルの問いに、八兵衛が「近いというよりは……」と答えようとした、その時だった。


「ここ最近はトリトン海も南ポセイドン海も荒れている。チャバハルから阿倭路島航路で阿倭列島に入るのは無謀だぜ」


御者の隣にいたタハトン・ファミリーのリーダー格の男、ダリオ・イシュトヴァンが、初めて会話に割り込んできた。


「無難にカヴァラから琉宮、五色列島、永崎と渡った方が安全に決まってる。定期船を期待するなら、チャバハルよりもカヴァラの方が確実だ」

「……ということでさあ。地元のプロの言うことに従うのが一番ですぜ」


八兵衛はダリオの言葉を巧みに利用し、会話の流れを自然なものへとし、ダリオを含めた会話しやすいような雰囲気を作った。


「海で生き残りたきゃ、安全な航路ってのが鉄板だ。チャバハルの小さいギルドの漁船を使えば安上がりだが、危険性はグッとあがる。まあ、魔法船だったら別だがな」

「魔法船……? それは何ですの?」


エセルの食いつくような問いに、ダリオは少し面白そうに目を細めた。


「嬢ちゃん、魔法船も知らねえのか。たいした箱入り娘だな」

その少し見下したような物言いに、八兵衛が冗談めかして割り込む。

「エセルのお嬢、商船の箱に入っていけば、本物の箱入り娘になれやすぜ」

「まあ、何ですのそれ! 面白そうですわ!」

「八兵衛、貴様ッ! エセル様を箱詰めするとは!奴隷以下の扱いにするつもりか!」

「メルの姐御はもう少し話術の勉強をした方が良いですぜ。それと、タハトン・ファミリーの御仁がいる前で主従関係を出しすぎるのは悪手ですぜ」

「ぐぬぬぬ……八兵衛めぇ……」


睨み合う二人を見て、ダリオは静かに、しかし有無を言わせぬ響きで言った。


「いやいや、従者の姉ちゃんもだが、あんたら女性四人の外見は、服装や泥でごまかせねえほど上等だ。とんでもねえ貴族か王族かなんかってのはすぐにバレる。まあ、どこのもんか今は聞かねえがな」


その言葉に、八兵衛がかまをかけるように問い返す。


「貴族と分かっていれば、裏稼業の者は襲うというのが、普通ってもんですがねえ」

「とんでもない強さもあんだろ、あんたらは? 昨日の姉ちゃんの立ち振る舞いを見てりゃ、俺がある意味アルケテロス教の兵を助けたようなもんだ。ありゃ止めなきゃ惨劇だったろ」

「違えねえ。化け物から命を救ってもらって感謝されるべきなのに、あいつら恩人に対してあんなケンカ腰の態度とは、失礼な奴らでしたな」

「全くだ」


八兵衛とダリオの間に奇妙な共感が生まれ、笑い声が車内に響く。 エセルはメルの方を振り向いたが、彼女は「化け物」と呼ばれたことに全く気づいていないようだった。


「エセル様、いかがいたしましたか?」


そのあまりに無垢な笑顔に、エセルは思わず八兵衛たちをたしなめた。


「たく、こんなに可愛いのに、失礼ですわね!」

「す、すいやせん!」「悪い悪い」





チャバハルからフィリピまでは人々の往来が多いためか、道が石畳で固く整備されていた。


「道が綺麗ですわね」

「へえ。交通量が多いってこたあ、それだけこの道が儲かるってことでさあ。道が良けりゃ移動も速いし荷物も傷まねえ。だから国もギルドも金をかけて道を整備する。そしてその道を野盗から守るために傭兵を雇う。道一本で色んな人間の飯の種が生まれるって訳でさあ」


八兵衛の言葉に、エセルは深く頷いた。民の生活を豊かにし、国を守る。そのために為政者は、まず道を創らねばならないのだ、と。 やがて夕刻。一行の目の前に、フィリピの巨大な城壁が姿を現した。


「お母様、道中はいかがでしたか?」

もう一台のラクダ車が隣に並ぶと、エセルは母の顔を覗き込んだ。


「ええ。安心して移動できましたから、ゆっくりできたわ。そちらはとても賑やかそうでしたね。笑い声がよく聞こえていましたよ」

「ふふふ。メルと八兵衛が仲良しでしたから、あっという間でしたわ」

「エセル様! それは誤解です! 八兵衛は憎き相手です!」

「そこまで言いやすかねえ。まるで犬猿の仲のような言いぐさで」

「犬? 猿? どういう意味だ!」

「メルは狂犬だから犬だね」

「ハムサの姐御が仰ると、説得力が違いやすね」


ハムサと八兵衛の容赦ない言葉に、メルがついに自棄になった。


「……犬なら私は、イマ様とエセル様の犬です!」

「メル、大声でそんなはしたない言葉を口にしてはなりません」

イマが間髪を入れずにメルをたしなめた。


「えぇ!? 何がはしたなかったのでしょうか?」

「イマ様、ハムサの姉御、メル殿の語彙力のなさは致命的ですぜ」

「うむ。明日から言葉の勉強を課すことにする」

「た、隊長……」


そのあまりに賑やかなやり取りに、エセルは笑いを堪えながらもメルに抱き着いた。


「でも、わたくしにとっては犬よりもメルの方が可愛いですわ!」

「エセル様……!」 メルが涙ぐむ。


朝のチャバハルも素敵な街の風景であったが、フィリピの街は、これまでのどの街よりももっと巨大で活気に満ち溢れていた。 エセルにとっては、ここ数日で街という街でも目まぐるしく風景が変わり、街の風景を見るたびに圧倒されていた。


「カラッチと比べてチャバハルも活気がありましたが、フィリピは別格ですわ…」

「へえ。ですが、エイディン大陸には、このフィリピよりも十倍はでけえ『都市』ってやつも5つ以上ありやすぜ」

「そんなに大きな街が!? 人々はどのような暮らしを……想像もつきませんわ」


ハムサは、少し自慢するようにエセルに話しかけた。

「我らがルーアッハ教圏には、そのさらに倍はあろうかという帝都もありましたよ」

「さらに大きいの!? もう、何が何だか分からなくなりそう……」


ハムサの言葉にも、エセルは目を丸くする。


「百聞は一見に如かず、と申します。聡明なエセル様でしたら、これからの初体験から多くを学ばれ、あっという間に我々の見聞を上回りますよ」

「ふふ、俄然楽しみが増えましたわ」


和やかな会話の中、一行はダリオに導かれ、街の一際立派な建物の前にたどり着いた。エセルは、その壁に掲げられた紋章を見たあと、大きな看板に書かれている文字を読んだ。


「開拓ギルド ノウァーリス フィリピ支部」


八兵衛は、エセルの言葉を聞いて慌てて看板を見た。


「え? ここは、エイディン大陸の大手開拓ギルド【ノウァーリス】の支部……ですかい?」

「だな。私もメルも、ここでギルドカードを取得したんだが、まさかここに連れてこられるとはな」


ハムサの言葉に、エセルが「どういうこと?」と問い返そうとした、その時。

案内していたダリオが静かに告げた。


「我が首領であるオラム・タハトンが皆さまをお待ちです。夕食と宿もご用意しておりますので、どうぞこちらへ」


そのあまりにも想定外の言葉に、エセルたちはただ顔を見合わせる。 その中でも空八兵衛の驚愕に歪んだ顔を見て、メルは一人静かに呟いた。


「よし、八兵衛に勝った」


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