出会い
タバコの煙が美しく渦を巻く。丸い窓からそそぐ、黄色くて心地いい朝の日差しが、それを引き立てる役割を熟している。
時刻は朝9時を過ぎた頃。その喫茶店には、いかにもと言わんばかりの、龍や桜が身体に飾られた男達が、陣取っている。その邪魔をしないように、いちばん奥の4人掛けのテーブル席で、僕たちは慣れないブラックコーヒーを補給しながら、スポーツ新聞のやらしい紙面を眺めるのだ。
今日も体調が悪いので、息子を休ませていただきます。喉を老けさせる術にはもう慣れた。公衆電話から学校の事務員に伝えるのだ。そして誰もいない公園の公衆便所で、制服から私服に着替える。カバンはパンパンになっている。
「今日は何打つ?パチンコ?スロット?」
中学時代は4番でエース、真っ黒な顔で身長180を越える中川が、どちらに言うでもなく言葉を発した。
「俺はスロット。コンチネンタル一択」
長髪センター分けで丸メガネ、ジョン・レノンを意識した風貌の徳井は、慣れないセブンスターで少し咳き込むようになりながら答えた。
「章ちゃんは?」
「俺はパチンコやな。麻雀物語で決まり。」
僕は身長が165センチ足らずしかなく、且つ童顔なので、高校生になっても「ちゃん付け」で呼ばれていた。僕はそれが気に入らなかったが、胸の奥にぶち込んで許諾していた。
暫くして3人は、その筋の男達から開放されるように、喫茶店を出た。
僕は小学生後半から、中学1年生の終わり頃まで、異常に内気で恥ずかしがり屋だった。みんなの前でスピーチをする時は、顔が真っ赤になり、国語の授業で朗読させられた時は、声が震えるような子供だった。家庭訪問では、「高田君は、ただ、おとなしいだけです」と新任の女性教師にヒステリックに言われたらしい。確かに、皆が校庭で、プラスチックのボールとバットで野球をしている時、僕は女子が数人しかいない教室で、ひとり雑誌を読んでいた。
母親は、中学で番を張っているのに、生徒会長でもある、柏田先輩の母親と友達だった。その関係で中学2年になると、柏田先輩が僕の面倒を見てくれた。柏田先輩は「やりたいこと、やったもん勝ちやぞ」と言って、いろんな経験をさせてくれた。思春期とは怖いものだ。3年になった僕は、全校生徒の前で演説し、生徒会長になっていた。柏田先輩と出会ってなかったら、僕の人生は全く違うストーリーになっていただろう。
団塊ジュニアと呼ばれ、バブルの恩恵も受けず、競争率に呪われ、何もかも損をした時代。そう思って生きていた。1993年の春、僕たちは出会った。
「高田、徳井、中川!前に出てこい!」
ホームルームが始まると共に、河原の怒号が、2つ隣の教室にも聞こえる程の大きさで、響いた。
河原はこの春赴任してきた教師だ。
大学時代は演劇にハマり「落語学級」というテレビ番組にも出演したことがあるらしい。それが何故か高校教師となり僕たちの担任になった。
「なんでかようわかってるやろうな!早く出てこい!」
河原の声は、3つ隣の教室に聞こえる程に、ボリュームアップした。
僕たちは、魂を抜かれた子犬のような表情で、教室の前へと向かった。
「3人一緒にサボりやがって!いい加減にせい!」
河原はそう言うと、僕たち3人の左頬をビンタした。
僕たちの左頬は、みるみる赤く染まってきた。そしてクラスメイトからの、冷たい視線が突き刺さり、右の頬までも紅潮してくるのが、はっきりとわかった。
世間では進学校と呼ばれているが、学年の1/3は予備校に進学する。
僕のクラスは文系世界史専攻で、女子30人程で男子は10人しかいない。
女子は一軍、二軍、三軍とはっきり分かれていた。
一軍は垢抜けていて美人揃いだが、勉強は苦手。二軍は少し地味だが、そこそこかわいくて、勉強もそこそこできる。三軍はメガネや髪型のせいで、地味に見えるが、勉強は頗るできる。もし男子にもそれがあったなら、僕は完全に三軍だ。しかしそれは3年になってからだ。1年、2年の時は僕は一軍にいた。一軍の女子と遊んでいた。中川と徳井と出会い、僕は三軍に降格したのだ。しかし僕は後悔していない。アウトローやヒッピーに対する憧れもあったからだ。