ケイ
これは。
彼女が死ぬまでの2年間の話だ。
数多存在する銀河の一つに、とある不思議な力を持つ銀河がある。国々が星をめぐりその力を使い争い、人々と共に消滅と誕生を繰り返していた。
その中のひとつの国「セイト」は、鍛え上げられた軍と、その力により国の平和を守っていた。
「セイト」に住むケイはつい、平和ボケしそうだと思った。確かに自分の周りは平和だが、国々は未だ戦いを繰り返しているのだ。どこか遠くで起こっている戦い、と思う事など出来ないが、自分には何も出来ない。
彼女は熱い茶を一口飲むと、椅子から立ち上がった。住まう家はそれほど大きくはない。白い壁に暖炉。それだけが彼女の望みだったが、今ではそこに小さな菜園がある。部屋は2つで、1つが大きなテーブルを置く食堂、もう1つは寝室だった。広さはないが、2人で住むには十分だ。
そろそろ夕食の買い物に行く時間だ。彼女は家を出た。
この辺りはローカルエリアと呼ばれ、人口密度が低い。山々が近く、自然が多い地域だ。のどかとまではいかないが、のんびり暮らすには丁度良い。
農道を歩き、見えてきた城壁を抜けると、そこには街があった。中央に大きな通りがあり、そこを中心にいくつもの細い道が縦と横に伸びている。とてもわかりやすい構造の街だ。
明日の朝食べるパンと、今夜の夕食の肉。酒と水も必要だ。果物もあると良いが、酸味の良い果実はあまり好みではないから、違う種類を選ばなくてはいけない。ケイはそんな事を考えながら、店に入って行った。
「ーーーーーー……」
そこで思わず足を止め、眉を寄せた。
複数人の覆面の男が銃を構えている。店主や客たちは床に座らされていた。状況から見てもおそらく、この店は今、強盗に遭っているのだろう。なんと、タイミングの悪いことかと、ケイは頭を抱えたくなった。
「おい!こっちに来て膝をつけ!」
1人の覆面にそう指示され、客たちの近くにいくと、同じようにケイも床に座った。
彼女はゆっくりと店内を見た。
覆面の男は全部で3人。床に座らされている客は彼女を含めて5人と、店主が1人。覆面の男はうち2人が手に銃を持っている。もう1人は隠し持っている可能性もあるが、服装からしてそれは低そうだ。
ならば、あの2人に焦点を当てれば良い。
と、その時だった。
客の1人が自分を見ている事に彼女は気がつく。それは1人の男だった。顔に見覚えはない。だがこの状況でも落ち着いていると見受けられる視線。伸ばされた姿勢。あの体勢からして恐らく、片足の指だけを床につき膝を曲げて座っているように見せかけているのだろう。つまりその男は、いつでも立ち上がることができる体勢を取っているのだ。
ケイは頭の中に思い描く。
あとはタイミングだ。
今、15時を過ぎている。彼が帰宅する時間はおおよそ18時。ここでパンを買って、他の店で諸々を買って帰り、夕食の支度をする時間を考えると、最悪でもこの店を16時には出たい。あまり、悠長にしている事は出来ない。
覆面たちは店の中を歩き回っていた。金ならば、店主に言えばいいだけの事だ。だが目的はそれではないのだろう。こうして人質を取り、立て篭もる輩の目的のひとつに、主張というものがある。
世界に向け、何かを言いたい時。ある一部の考えが浅い人間は、そういった行動にでる。
彼らは待っているのだ。この立て籠もりに対し、軍部が動く事を。
ケイは小さくため息をついた。
力は常に、自分と共に。
口の端を上げる。
先程からこちらを見ている客の男に視線を投げた。男は40代くらいだろうか、33才の彼女よりも年上のはずだ。もしかしたら、ケイのことを知っているのかもしれない。そういう人物に出会った事は皆無ではない。やるとしたら、この男だ。
そういえば、パンに挟む為の美味しいチーズを貰ったばかりだ。好物のパンが、覆面たちに荒らされていなければ良いのだが…。
ケイは、かの男に向かい一度瞬きをする。男はその目を見開いた。
それが合図だった。
彼女はゆっくりと立ち上がる。すぐに銃を持った1人の覆面がそれに気がつきケイに銃口を向けてきた。型はわかっている。一般に出回っている銃など、実際のところ数種類しかない。
「おい!お前!!座ってろ!!」
カチリ、と小さな音が銃からする。それをケイは聞き逃さなかった。
体勢を少しだけ低くすると、男に向かい一歩を踏み出す。それは一瞬のことだった。ケイは男の銃を手で掴む、
「ーーーーーーひっ!」
すると、その男からは悲鳴のような小さな声が出た。
男は見たのだ。銃を手で掴んだケイの瞳が一気に白銀に光ったところを、その目で見たのだ。
慄いている男から銃を奪い取ると、片足でその腹を蹴り飛ばす。男は後方へ飛び、壁に激突した。
「くっそ!」
もう1人、銃を持った男がケイに銃口を向ける。白銀に光ったままの彼女の瞳がそれを確実にとらえた。男は引き金をひく。だが、発砲音はしなかった。慌て何度も引き金を引くが、全く反応をしない。
「ーーーーーー無駄だ」
ケイはそう言う。
そう。無駄なのだ。この銀河の武器に使われている動力源は全て一つの同じ力にある。その根元の力を無力化したのだから、銃は使い物にならない。
男は暴言を吐き銃を投げ捨てると、彼女に向かい、突進してくる。女相手に気を抜いているはずだ。こういうタイプは、力で勝てると思い込んでいるのだ。だが男は、ケイのところまで来る前に、床へと投げ飛ばされていた。それは、先ほど目配せをした男が、抜群のタイミングで投げ技をかけたのだ。
残るは武器を持たない最後の1人。
ケイがそちらを見ると、その男は小さく悲鳴をあげ、観念したように両手をあげてみせる。恐怖に引き攣る顔が、覆面の上からも見えるようであった。
ケイは小さく息を吐き出した。覆面の男2人は気を失っている。残りの1人は降参をしている。あとは、軍部が来るのを待つだけだった。
「あの!」
帰り際、ケイに声をかけてきたのは、先ほど覆面を投げ飛ばした男だった。彼はケイの顔をじっと見る。そして右手を眉の位置まで上げ、敬礼の形をとった。
「以前、13部隊に所属をしておりました」
「ーーーーーー……」
ケイはゆっくりと頷くと、微笑んだ。
「……悪いが、何の話かわからないな」
男は少し驚いた素振りを見せたが、すぐに右手を下ろした。
「…あなたがとある方に、よく似ていらしたので……ずっと、お礼をと思っておりました」
彼は続ける。ずっと前。まだこの星がここまで平和では無かった頃。彼は戦艦で星々との戦いに出ていたのだそうだ。敵艦に囲まれた時、現れたこの星最強の艦隊に助けられたのだと。
「命を救われました」
おかげで妻と子供とまた生きることができたと。そう聞いて、ケイは笑みを浮かべる。
「ご家族と、いつまでも幸せに」
それだけ言うと、踵を返した。
あまり長い時間、ここにはいたくなかった。ローカルエリアとはいえ軍部が来ている。もしかしたら、彼女の顔を知っている者がまたいるかもしれない。面倒な事にもし巻き込まれたら、きっとまた小言を言われる。
ケイは店主を見つけ、無事を確認すると好みのパンがまだ無事かどうかも確認をする。奥の厨房に焼きたてがあると知り、安堵のため息をもらした。
「お代はいらないよ」と言われたが、それでは商売として成り立たないだろうと、決められた金額だけ置いてきた。ここのパンは本当に美味しいのだ。無くなってしまっては困る。
時刻は16時半。少し予定より押してしまった。目的の肉と果実、酒を買うと、ケイは大急ぎで来た道を戻り、自宅へと駆け込んだ。
夕食を作り、風呂を沸かす。明日は休日だから、2人で酒を飲むのも良いだろう。のんびりと夜を過ごし、明日はどこかへ出かけるのはどうだろうか。確か街の一角に、新しい家具屋が出来たと聞いた。それを見に行くのはどうだろうか。ケイがそんな事を考えていると、扉の向こうからノックの音がする。
入口の扉を開けると、そこには待っていた人がいた。
「ただいま帰りました」
帰ってきた男はそう言うと、にっこりと笑ってみせた。
全く、いつまで経っても敬語が消えないらしい。10年以上も敬語で話してきたのだから仕方がないかもしれないが、こうして2人で暮らすようになり数年は経っている。そろそろ砕けてくれてもよいものだ。
「おかえり」
彼女はそう返した。
彼は寝室で着替えを終えると、夕食が並べられたテーブルを見て、少しだけ眉を寄せる。
「今日、ここのパン屋で強盗騒動があったと聞きました」
やはり、情報が早い。
「困ったものだ。まだ平和には程多い」
「…………関わっていませんよね?」
「ーーーーーー……もちろん」
「ーーーーーー………」
彼は苦笑をすると、
「俺に嘘は通用しないとわかっているでしょう?さあ、話してください」
そう優しく言われ、ケイはつい顔を顰めたのだった。
了