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序章

午前二時過ぎ、草木も眠る丑三つ時。普段なら大学から学生は消え、学内は静寂なる眠りを迎える時間帯だ。さながら古城のような荘厳さと、不気味さを兼ね備え、その姿はまるで悪魔が棲む館のようでさえある。そんな大学での悲惨な事件。図書館付近には警察の捜査を囲むようにして人だかりが出来ており、その中には地元の取材カメラも幾つか混ざっている。

「あのじいさんが言ってた通りだな」

 少し息を切らしながら、人混みとブルーシートで囲われた事件現場を覗こうとするラファエロがいた。ヘレネーロからの電話を聞いてきたのだろうが、宿泊先が大学から離れていたため、付く頃には周囲に知れ渡っていた。

「まさか僕が来た日に殺人事件が起こるとはね」

「全くですね」

 ラゼルだった。隣にはイルーネが。

「来ていたのか。隣は?」

「ガールフレンドのイルーネです」

 二人は握手をした。イルーネは初対面のラファエロに優しく微笑みかけた。金髪に近い美しい茶色の髪を左右になびかせて、口元のえくぼが可愛いらしかった。

「ところでどうして君たちが来ているんだ? 殺人現場にデートしに来た訳じゃないだろう?」

 笑えないジョークだ。

「僕たち昨晩、この図書館にいたんです。それも九時過ぎまで居たんですよ」

「それで驚きと怖さで、とりあえず現場に来たのか」

 確かに二人が図書館を出た時は閉館時間ぎりぎりだった。犯人を見ている可能性は少なからずある。

「ラファエロさんはどうしたんですか?」

「僕か、僕は」

 少し返事に困っていた。ヘレネーロというバルセロナにいる老人から電話で聞いて来た、などとは言えないだろう。ラファエロ自身、ヘレネーロがこの事件をテレビニュースで知ったのではない事は気付いていた。先ほど取材に来た記者たちが報道の準備をしている所も見ている。

「ちょっと眠れなくてね、夜の街を散歩していたんだ。懐かしい想いもあったし、ぶらぶら歩いていたら、何かサラマンカ大学のほうが騒がしいと思ってね。それで急いで来てみたんだ」

 若干出来損ないの作り話だが、ラゼル達も疑う理由がない。

「それより君たち九時過ぎまでここに居たんだろ? 君たちが帰る時に居た周りに何人くらいの人がいたか分かるかい?」

 さながら刑事ごっこだった。だが、二人とも真剣に思い出してくれているようだった。ラゼルと同様、このイルーネという子も気優しい良い子のようだ。

「まず僕とイルーネと、あとアベルが居たよね。後は周りに三、四人くらい居たかな」

 イルーネもそれに同意した。

「んっ? そのアベルって子は知り合いなのか?」

 ラゼルは盲目の青年のとの出来事を一通り話した。ラファエロはその話しを一部始終、非常に興味深そうに聞いていた。

「盲目の青年か。それも言われるまで気付かないとはね」

「歩き方も目線もしっかりしていて本当に気付かないんです」

「良く見てれば気付くよ。何時間も見てるのに」

イルーネが話しに入って来た。

「イルーネが来て直ぐに、アベルが言ったからそう思うだけだよ。何も言われなかったら本当に気付かないんだって」

 カップル同士が言いあっている間にブルーシートが開けられて、数人の刑事と警察官が出てきた。すぐさま報道陣が駆け寄りインタビューをしようとした。警察官がそれを押しのけて、中にいる刑事たちは無言で先に進んだ。

「あっ!」

 ラファエロは思わず声を出した。

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっとね。悪いんだけど君たちここで待っていてくれないか? 直ぐに戻ってくるから」

 そう言って、ラファエロは人だまりの中を掻き分けて、刑事たちがいる方へと進んでいき、その中の一人の女性に向かって叫び出した。黒髪で細身の女性だ。

「エルバ!」

 何度も呼んだのだが、その声は群衆の波に飲み込まれ彼女まで届かなかった。しかし、ラファエロは諦めなかった。更に人混みを押し分けて、彼女の元にまで近づいていく。

「エルバ! 僕だ、ラファエロだ」

 彼女が一瞬、ラファエロのほうを見た。

「僕だよ! ほら」

 両手を思い切り挙げた。どうやら彼女のほうも気付いたみたいだ。他の刑事達に少し話すと、ラファエロのほうに向かってきた。

「どうしてあなたが?」

「ちょっと、用事で大学に戻ってきてたんだよ。それにしても驚いたよ、君がこの事件を担当している刑事だなんて」

 二人は早足で人気の無いほうに歩いて行った。

「君も、今やもう一人前の刑事なんだね。」

「そうでもない。まだ一人で現場検証をした事もないんだから」

 黒いコートに、肩の高さで規則正しく結ばれた髪、いかにも正義感の強い刑事だ。

「僕は新米刑事だった頃の君しか知らないからな。充分な驚きだよ」

「ありがと」

 照れる様子もさほど無かった。久し振りだと言うのに随分と打ちとけ合っている。

「あのさ、死亡時刻ってどのくらいなんだい?」

 ラファエロの顔つきが少し真剣になり、本題へ入った。

「恐らく十時から十二時の間ね。鑑識の結果が出ればもっと正確な時間が分かるけど」

 ラゼルたちが図書館を後にした直後だった。

「図書館が閉館した後って事だね。死亡した原因は?」

 ラファエロはとにかく情報を欲しがっていた。

「あの、ごめんなさい。立場があるし今はこれ以上言えないわ。あと何日かしたら記者会見があると思うから」

 エルバは困った顔をしていた。

「あっ、ごめん。別に君を困らせるつもりはなかったんだ。ところで、今度時間取れないかな?」

「どうしたの?」

 ラファエロは左手でエルバの手を握ると、右手でポケットから名刺を取り出し、それを渡した。

「都合が付いたら食事にでも行こうよ。僕は基本的に何時でも大丈夫だから、気が向いた時にでも連絡してよ」

「……。」

 エルバはまた困った顔をしていた。右の頬が少し上がり、目元との間に僅かなくぼみが出来る。

「あっ、ごめん。今から殺人事件の捜査が始まるって時に無神経だったね」

「いえ、ちょっと考えてただけよ。忙しくはなると思うけど、多分時間取れると思うから大丈夫」

「なら連絡があるのを楽しみに待ってるよ」

 エルバからは見えない所で、右手で小さくガッツポーズしていた。

「なら、また今度ね」 

エルバは小走りで暗闇へと消えて行った。ラファエロはそれを見送ると、先ほどラゼルたちと居た場所に戻った。

「誰だったんですか? あの方は」

 どうやら見ていたようだ。

「大学時代のガールフレンドなんだ。まさに君たちくらいの時だよ」

 ラファエロは少し照れ臭そうだった。ラゼルとイルーネもそれを見て、何処か気恥かしそうにしている。

「ところで、さっきちょっと聞きそびれたんだけどあのアベルって子……」

 そこまで言うと、ズボンのポケットから携帯電話が鳴る音が聞こえて来た。こんな夜更けに誰だろうか。

「もしもし」

 直ぐに相手が誰か分かった。鉄のように、冷たく重たい声。

「私だよ。どうやらサラマンカ大学に居るようだね。どうだい、私が言った通りだろう?」

 ちらりとラゼル達のほうを見る。出来るだけこの会話は聞かれたくない。ラファエロはそっと一歩、二歩と距離を開けた。

「それで、何の用ですか?」

「少し君と話したい事があってね。今から私が指示する場所まで来てくれないか?」

 頼んでいるというより、命令していると取ったほうが良いだろう。

「もし断ったらどうなるんです?」

「実を言うと、部下達に君の跡を付けさせていてね。悪いが、彼らに君をここまで連れてこさせる事になるよ」 

 予想通りの返答だった。ラファエロにはどうしようもない。

「分かりましたよ。なら今から向かいます。場所を言ってください」

 


真に勝手ですが、この話を持って『天使と悪魔』を一旦打ち切りにします。理由は、この話を始めのほうから少し変えて、別の『悪魔への意志』という新しい作品にしたいと思ったからです。基本的にストーリーは同じなので、お時間と本作品に興味を持って頂いた方は覗いてみてください。

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