馬鹿は死んでも治らない? 〜浮気、不倫は許すまじ〜
初投稿です。良かったら読んでいただければ嬉しいです。
※11月14日·日間ランキング異世界恋愛部門9位→3位
ありがとうございます_(_^_)_
恋は人をバカにするのか。
それともその人物がただの愚物だっただけなのか───
3年前、このコンジュータブル王国の王立学園に入学して間もない頃のことだった。
昼食後に中庭を歩いていたら中央付近に私の婚約者である第二王子殿下のオグリベール様の姿を見つけた。のだが─ 隣には見知らぬ女性がいる。
それも距離が近い。
物理的に距離が近すぎるし、どう見ても恋人同士にしか見えない光景に私の思考が停止する。
その時に強烈な既視感を伴った目眩のような感覚にグラグラと気持ち悪くなる。
あれ・・・なんかおかしい。
なにこれ・・・。
しばらく呆けていた私を友人のシャンディが気遣わしげに肩を揺するまで、脳内には激しい記憶の断片のようなものがシャッターを切るように流れていた。
その後はもう授業も上の空、ひたすら現在ではない前世であろう記憶に翻弄されていた。
不幸中の幸いとでもいうか翌日が休みであったため何とか自分の状況も整えることが出来た。
前世の記憶だと、私は生涯独り身であった。
酸いも甘いも経験済み。
普通に仕事して普通に恋したり失恋したり浮気されたり浮気したり不倫もした。
―不倫―
そう、不倫。
この世界では貴族に所謂愛人というものがいる。
貴族間の結婚には家同士の利益や繋がり家格の釣り合いも考慮されることが多いためお互いが愛し合い結ばれることがあればとても幸せな二人と言えよう。
それでもやはりお互いに冷めた関係になれば愛人を持つのが当たり前とでもいうように横行している。
当然、家同士の結婚であるから愛人に子供を持たせる事が無いように気をつけるのだがそれでも授かりものとでもいうのか出来てしまうときは当然ある。
そうなれば双方にとって、そして一番は子供が苦労する─ 婚外子として。
子供に罪はないのに。
前世の私はこの時代での平民だし、感覚的に富裕層というブルジョワな階層にいる方々の生活習慣は漏れ伝えに聞き齧る程度だったが、愛人や不倫での騒動はやはりマイナスイメージにとられる。
不倫を経験した記憶が強烈なのか、その時の意識とでもいうのか気持ちがトラウマのように蘇ってきた。
どんなに好きだとお互い認識していても結局のところ男が簡単に愛人を一番にすることはほぼ無いし、ましてや家庭を簡単に捨てる奴も誠実ではない。
輪をかけて言えば誠実ならば簡単に他の女性に粉をかけない。
様々な事情があれど肉体関係まで結ぶなら、それはもうほぼ身体目的だと言える。
恋というエラーがあるから一時的にバグってるだけで、男が所有するメモリには今まで築いた家庭・子供・お金・社会的立場などのバックアップを怠らない。
全ての人達とは言えないけれど、私感で7割強はそうだと─ 思われる。
結婚している男が妻以外の女性に恋したとしても結局は一時的に熱を上げているだけで築き上げた己のバックボーンを手放すことはほぼ無いと思われる。
自分から損したいと思わないからだ。
例外の3割はお金で解決できるだけの資金があるかないか。
男の持っている社会的立場が高ければ高いほどそれに比例して金額も跳ね上がる。本気で愛人を自分だけのものにしたいと思うならば相応の覚悟で離婚するはずである。
大変だから─ は、ただの言い訳で逃げ腰の証拠。
結論、自分自身が何を一番に大切にするのかが大事なのだ。
愛している存在が他人のものであったとして、ではその存在はどうして不倫という関係に甘んじているのか。
どうしてその関係を続けていくのかを理解していると、また、いつまでその愛する気持ちというものに甘え続けて関係が成り立っている状況にお互いが鈍感に都合よく馴染んでいられるのか。
本当に今更ながら、冷静に鑑みると複雑なようで単純な思考で俯瞰すれば自ずと答えは出るのに。
どちらにせよ、されて嫌なことはするべきではないのだ。不倫や浮気をしている側は自分中心に考えているから正式なパートナーをまるで二人を邪魔する相手のように捉えているけれど、そもそも論として浮気や不倫は"好きになってしまったんだから仕方無い"─ を免罪符にしていたら何してもいいのか? になってしまうのだから。
私は婚約者であるオグリベール殿下から何かを伝えられた訳では無いし、また決定的な何かを─ 例えば他の女性とのデートやら口説いている現場やら。
ただイチャコラしているように見えてしまっただけだから。
今、この現世では置かれている常識という貴族としての慣習に沿わねばならないだろうし、それでも恋心や愛などの感情には貴賤なく人間の感情だから縛ることは無理だとしてもやはり在り方としては順序が必要になる。
ならば私はまだ、騒ぐ時期ではないのだろう。
だけど、準備はしておかなければいけないだろう。
そうしてあれから3年の月日が流れ卒業式を迎えることになりました。
卒業パーティーとなる会場は昼と夜に分けられており、昼の屋外で行う立食で学友たちと楽しく語らいながら思い出話に花を咲かせる。
夜は王城の一角にある鳳凰の間にて卒業生と来賓の総勢200人を収容して綺羅びやかに始まった。
特に夜は皆、ドレスアップし婚約者のいるものは一緒に入場する。
この学院は貴族と平民とで学舎が別れており、この卒業パーティーでのみ総合して執り行われる。
平民には王宮に足を運べるという栄誉を与えられる場でもある。
銘々、今後の付き合いになる者同士や同職になる者達とでグループを作っていた。
有力貴族に今後の縁を結ぼうと商人家系のもの達は積極的に動いている様子が窺える。
「メグドネリア侯爵令嬢」
横から少し甘めの低音ボイスが私を呼び止めた。
彼はこの国の辺境伯の長子でレオナルト・ハルツォール様で瑠璃色を主軸にした騎士の儀礼服は銀色の蔦柄で差し色をした刺繍が施されている。
瞳の色と同じカーネリアンの石を嵌め込んだカフスボタンとクラバットの結び目にもワンポイントのように小ぶりのカーネリアンがはめ込まれているブローチが付いている。
その全てがスラリと長い手足としっかり筋肉のついた身体を包み込んでいる。
髪の色も朝焼け間近の少し薄い瑠璃色で大きすぎない切れ長の目をしており、一見とっつきにくそうな風貌が本人の人柄を表しているようだが、あくまでもしなやかな黒豹のような居住まいで女性からは勿論、同性からも信頼の厚い人物である。
(これぞ、可愛いは正義。ならざる美形は正義!! ですよ)
「ごきげんよう、ハルツォール卿」
スッと軽くお互いに腰を折り簡単に挨拶を交わしたあと、ハルツォール卿は視線を巡らせた。
「殿下は一緒ではないのですか」
「えぇ、まぁ・・・」
少しの気遣わし気げな表情に私はお気遣いありがとうと言うと微笑みをかえした。
その時、周囲が少しざわついたと思ったら、話題の張本人が私達のもとに姿をあらわした。
左側に女性を携えている。
(おーい。まさかと思うがここでか?)
「ディオーネ·メグドネリア侯爵令嬢。話がある」
「お話、ですか」
殿下の表情を見て、きたか─ と思った。
「貴方との婚約の件だが」
「婚約の件、とは何でしょう」
「貴方との婚約を破棄させて頂きたい」
周囲が驚愕とともに一瞬にして押し黙った。
余計な話をしないよう一様にこの話の結末をあるものは興味深く、あるものは痛ましいことのように見つめた。
「殿下。そのお話はここですることでは無いと思いますので別日にでも」
そう提案した─ だって本人同士でする話で解決しないではないか。
それなのにこの男ときたら・・・。
「いや、これは私の決意表明であるのだ。私はこのミッシェルを心から愛しているのだ」
「・・・で?」
「ぇ」
蚊のなくような間抜けな声。
「それで殿下はそちらのミッシェル様を愛しているから婚約を破棄したい─ それは解りました。その決意表明に私が関係ありますか」
ポカンと口を開けた殿下の顔に扇を叩きつけたい。
「だから、ミッシェル以外の女性と婚姻することは出来ない」
この人ここまで馬鹿だったか?? なぜ政略結婚に、ましてや王族にも関わらず当人同士でどうにかなると思うのだろうか。
「ミッシェルは私に寄り添い慕ってくれる。このように優しく慈悲深い女性なら民にも寄り添い慈悲深く導いてくれると信じている」
「・・・はぁ」
ビクリと殿下とミッシェル様の肩が動く。
あ、思い切りため息ついてしまった─ もう取り繕うことも億劫になる。
慈悲深いねぇ…。
聖母もびっくりなお考えだよ、ホント─ もう知っていたからいいけど。
「あくまでもこの場で結論をお求めですか」
「そうだ。君に瑕疵はない。あくまでも己の心に嘘は吐きたくないのだ」
オグリベール殿下は私に告げると、ミッシェル様に甘く微笑んだ。
「オリー・・・」
ミッシェル様がうるうるとした瞳でオグリベール第二王子を見つめる。
私は何を見せられているのか─ とんだ三文芝居もいいところ。
私はまだ現婚約者ですが。
どうして堂々と浮気相手とのやり取りを当然とでもいうように、それが正しいとでもいうように振る舞えるのだろうか。
人に寄り添える考えの持ち主がこのような事を出来たりするのか甚だ疑問である。
「殿下、ひとつご確認したいのですが、陛下や王妃陛下はご承知のことでございますでしょうか」
「それは、これから・・・」
少し苦い顔で殿下は答えた。
私が口を開こうとしたとき、隣で黙ったままでいたミッシェル様がズイッと一歩前に出て私にこう述べた。
「ディオーネ様、お許しください。私達は愛し合っているのです。私は誰よりもオリーを愛しているのです」
ああそうですか─ 大体、私は初めて貴方と対外的に会ったんだけど。
そんなことを宣う前にすることあるよね、貴方も一応貴族でしょうが。
確か子爵令嬢だったと思うけれど。
貴族間では身分の上のものから声をかけられてからの問答を是とする。
「・・・・・・」
私は黙ってミッシェル様を見つめた。
それに少々怖気付いたのか大袈裟にミッシェル様は殿下に縋り付いた。
ここで悪役令嬢よろしく蘊蓄垂れてもいいけど面倒だしそんなエネルギー使いたくない。
オグリベール殿下もミッシェル様の肩を抱いてじっと私を見ているだけ。
愛しているから、好きだから─ で、何でも通ると思うなよ、子供かよ。
玩具の交換ことちゃうねんぞ!!
「ディオーネ」
後ろから聞き慣れた優しく厳格な我が父上の声。
今日のトラブルの予感をこっそり伝えていたのが功を奏したようだ。
お父様と一緒にリズベルト王太子殿下もいらっしゃる。
まさか王太子殿下も一緒だと思わず、慌ててお父様から身体の向きを変えて最上級の礼をとる。
「お父様─ リズベルト王太子殿下にお目にかかります」
「ディオーネ嬢、久しぶりだね。卒業おめでとう」
突然の王太子殿下の登場に周囲も一斉に最上級の礼をとった。
王太子殿下は軽く周囲に目を配ってからオグリベール第二王子殿下に目を向ける。
当然、オグリベール殿下もこの場に王太子殿下がいることに驚いて身体をこわばらせている。
「兄上・・・どうしてここに」
「何やらとても重要な話が漏れ聞こえてね」
それでどうしてこういった事態になっているのかを王太子殿下は容赦なく追求した。
何故、王命である婚約を個人で断りなく破棄などしようとしているのか。
この場でするような話ではないのに何故しているのか。
何故、婚約者とは別の女性を連れているのか。
二人を見るその目はとても冷え冷えとしていて二人は俯いていたが、やがて開き直ったのかオグリベール殿下は答えた。
「兄上、私はこのミッシェルを愛してしまった─ もう、他の女性と婚姻するなど考えられないのです」
「わ、私もオリーを愛しています─ 誰よりも。誰にもこの気持ちは負けません」
わーぉ。すっげーな、王太子に許可も得ず口開くなんてどーかしてるね。
こういう人っているんだねぇ・・・
確かに恋するパワーは侮れない─ けど、これはもう色々詰んでるでしょ。
流石にミッシェル様のこの態度はまずいと分かったのか、オグリベール殿下はミッシェル様の腕をつかんで引き戻した。
ジロリと一瞥された二人はまた押し黙った。
「メグドネリア侯爵、愚弟が申し訳ない」
王太子殿下はお父様に軽く頭を下げる。
王族が公の場で家臣に頭を下げることの意味をこの場にいる誰もが驚いた。
それは公然と王族の非を認めたと言うことだ。
「リズベルト王太子殿下、頭をお上げください。ここまで公になったのでは・・・王太子殿下のせいではございません」
「ディオーネ嬢も済まなかった」
「とんでもございません、リズベルト王太子殿下。過分な御心配りに感謝いたします」
「ディオーネ侯爵令嬢、この婚約破棄に何か申し立てはあるか」
「そうですね・・・では少々、申し上げたいことがありますがよろしいでしょうか」
「ふむ、禍根が残らぬようにするためにもな」
「はい。ありがとうございます」
では─ と、前置きして私は二人に向かい直し口を開いた。
「婚約破棄、承りました。愛し合っているという二人を邪魔立てすることもいたしません」
二人は向かい合って微笑んでいるが私は構わずに言葉を続ける。
「ですが、今まで王子妃になるための妃教育にかかった費用は全て返却していただきます。それと、ミッシェル様にも慰謝料を請求いたします」
その言葉に二人は目を大きく開いて驚いている。
何を驚いているのやら─ 当然でしょ!!
そこに王太子殿下も当然だな、と相槌をうちながら【当然、オグリベールの私費から】と追い打ちをかけられて第二王子は青褪めている。
「もちろん、妃教育の費用とは別に慰謝料も、ですが」
「だが─ ミッシェルにもとはそれは・・・」
何を甘っちょろいいこと言ってるの!? 当然ではないか。
「ミッシェル様は私という婚約者がいたことはご存知でしたでしょう。にも拘らずオグリベール殿下と懇意になり、剰え私に殿下と別れるように願ったではないですか。愛しているから、と」
「それは・・・でも・・・」
ミッシェル様がしどろもどろに言う。
そしてオグリベール殿下はミッシェル様をかばうように口を開いた。
「だが、ミッシェルには私が婚約破棄をすると言ったんだ」
「言ったのは殿下でしょうが、それを良しとし、お互いに気持ちを通じあわせていたのでしょう。同じことです。どちらが先か後かなど関係ないのです。結局は私という婚約者がいる状況でお互いが分かってて関係が進んでいるという事実があるのみです。ましてやこんな公の場での婚約破棄。本当に人に寄り添う気持ちがお有りな方ならば婚約破棄をされた立場の令嬢が傷物と呼ばれる事も承知のはず。それを愛し合っているの一言で片付けられるとは遺憾でございます。愛し合っているならば他はどうでもいいとでもおっしゃいますか?二人が関係を進めている間でも私は妃教育に励んでおりました。二人が愛し合うという楽しい時間を過ごしている時もです。今日のこの会場に来る前までも私はオグリベール殿下からの連絡をお待ちしておりました。ですが連絡も来ず、そして私の前に来たと思ったら隣にご令嬢を伴って開口一番が婚約破棄したい、です。余りにも他人の心を無視した寄り添わない言葉に態度。これでも随分穏やかに済ませておりますが如何です」
周囲も一斉にウンウンうなずいている─ 特に女性が多い印象だけれど。
ここまで一気に捲し立てたので一回じっくり二人を伺う─ あらららら〜何だか涙目になってるね。
でも仕方ないよね!? だって分かってて愛し合っているのならば。
ミッシェル様は上目遣いで私を睨んでいるけれど─ お門違いだわね。
私だって初めからこんな要求するつもりなんかなかったんだけれど。
なのに堂々と二人揃って愛し合ってます宣言するんだもん─ それも悪びれずに。
だったら容赦することないじゃんね!!
私は聖人君子でも聖母でもないのよ!?
まぁ、ある意味オグリベール殿下は誠実だと言える。
だったらもっと早く行動に移して欲しかった─ そうすれば私もこの三年間を無駄な妃教育に時間を取られること無く、自分のために時間を費やせたのに。
私の立場ではどう転んでも破棄したいとは言えないし、勿論この二年間ほどはお父様にオグリベール殿下の様子を伝えていたのでお父様のほうでも情報は集めていただろうし。
だから今日二人が揃って入場したと伝えられた時には、この最悪の事態に備えて動くことが出来たのだ。
ただ、王太子殿下が来られたことには想定外だったけど。
本来ならばお父様とオグリベール殿下の侍従が来て別室に移動する予定でいたのだが・・・
ま、いっかーーー!! ここまで来たら突き進むのみ。
長い沈黙を王太子殿下がまとめにかかる。
「諸々は書面にて、あとはサインをお互いにするだけにしておこう」
「はい。畏まりました。ご面倒をおかけいたしますがよろしくお願い申し上げます」
「そちらの子爵令嬢には直接メグドネリア侯爵からと別に王家からも何がしかの慰謝料請求がいくと心得よ」
王太子殿下の言葉にオグリベール殿下も驚愕とともに「兄上、何故です!!」と大声を出した。
これににべもなく一言「当然であろう、王家の婚約を壊したのだ。王家からも別にメグドネリア家に慰謝料が払われるのだぞ」
オグリベール殿下とミッシェル様は、もう青を通り越して真っ白に燃え尽きている。
なんか前世のボクシングアニメが頭にチラついた気がした。
そんなこんなな卒業パーティーも王太子殿下が右手を大きく挙げると大きな曲が流れ始める。
王太子殿下は中央に歩いて行くといつの間にお越しになっていたのか王太子妃殿下を伴って会場の中央でダンスを披露して、一曲踊り終わると次々に卒業生達が踊りだした。
王太子妃殿下のジュリエット様が私の所まで来てくださって、今回のことをとても残念だと伝えて軽くハグされた。
ジュリエット様はこの人こそが聖母では? というような薄黄色のパッチリお目々に同じく薄黄色の腰まである長い髪を右側のみ編み込んで左側を緩くハーフアップして王太子殿下の瞳の色であるエメラルド色のドレスを着ている。
外見だけでなく中身までも本当に穏やかで嫋やかなのに見識深い淑女の鑑であらせられる。
こんな大人に私もなりたい・・・無理だけど。
「ディー。本当に残念だわ!! 義妹として過ごせる事を楽しみにしていたのよ! オグリベール殿下もあんなポンコツっぽい子に足を掬われるなんて」
あら毒舌─ そんなジュリエット様を、心のなかで‘おねえたま’と親しみ込めて呼んでいる。
「いいえ、ジュリエット様。私はこれで良かったと思っております。もしこのまま婚姻したら双方にとって良いことではなかったでしょう。言いたいこともきっちり言えましたので後悔はございません」
ですが、お茶会にはお呼びくださいね。といったら勿論よ!! とニッコリ微笑まれた。
帰りの馬車のなかでお父様に王太子殿下がいたことを聞いたら王宮でオグリベール殿下の侍従を呼んで話をしている最中に偶然通りかかったらしく、お父様と侍従の様子が余りにもおかしいことに訳を聞かれて嘘を吐くわけにもいかず、結局すべてをお話ししてしまったそうだ。
元々、オグリベール殿下の行動は筒抜けで王太子殿下と国王陛下の間では頭を抱えており、今回のことで急遽、国王陛下から代理を言い渡され卒業パーティーで最悪の場合がおきたら仲介となることを許可されたそうだ。
結局は、別室に移動することも出来ず話が大きくなってしまい、あの場で事を収める流れになってしまった─ と言った。
「しかしディオーネ、何故オグリベール殿下が卒業パーティーで婚約破棄することがわかったんだ」
まぁ、私も絶対そうなると思ったわけでなく、これも前世の記憶なのだけれど・・・
こういった小説や乙女ゲームなるものがあることを知っていて─ だけど私はこの世界での乙女ゲームや小説に心当たりがなくて、ただ、私が前世では似ても似つかない美人の部類でましてや王族の婚約者になってるし。
それに決定的なのはオグリベール殿下が中庭を知らない女性と親しく歩いていたあの日─ 記憶が蘇ってきたあの日。
準備しておこうと思ったのは間違いなかったと思っている。
調べていくうちに、ミッシェル様は何故か男性にモテるようで、オグリベール殿下以外にも一つ上の公爵令息の一人や、同学年の伯爵令息の一人、また二年生になったらひとつ下の騎士団長の子息らと共にいる様子をなぜか良く見かけたのだ。
その中でもオグリベール殿下とはたびたび一緒に居るところを見かけていた。
これはもしかしたら・・・と考え、その時にお父様には婚約を破棄されるかもしれないと打ち明けた。
多分、ゲームや小説ならば私はヒロインの敵になる─ 悪役令嬢として。
だから一切、私は関わることをしなかった。
仮定として、ヒロインであるミッシェル様がオグリベール殿下といる様子を俯瞰して観察していたら婚約者のいる男がデレデレしやがって─ と腹が立ち、そんなんで良く王子をやってるな!! チョロすぎて心配になったし、ハニートラップも良いところだよね─ と、なんか馬鹿馬鹿しい気持ちが強くなった。
あとは悪役令嬢のバッドエンドを危惧したから自分を守らねばと一人行動は徹底的に避けていた。
それはもう、徹底的に。
階段の側は手摺に捕まり真ん中は歩くことなく─ 勿論、友人といる時も徒党は組まず、ミッシェル様の噂話で探られた時もやんわりと「学生のうちに沢山の方々と交流することは今後に繋がる大事なこと」と、収めていたが、それでもミッシェル様との仲を懸念される声は無くならなかったけれど、ご心配ありがとう大丈夫よ─ とニッコリ微笑めばそれ以上は騒がれずに済んだ。
まぁ、その影で騎士団長子息の婚約者は痺れが切れたのか私達が3年に上がった時点で婚約破棄になっていたし、伯爵令息の婚約者は冷えた関係が続いて案の定、卒業式の2ヶ月前に破棄になった。
「はっきりと分かっていた訳では無いのですが、オグリベール殿下がミッシェル様にドレスを仕立てたことを知ったからでしょうか。私には贈られて来なかったでしょう。それで多分迎えも連絡も来ないなら卒業パーティーで何かしらのアクションがあると踏んだのです」
この国の貴族の常識である婚約者にドレスを贈る慣習をものの見事にオグリベール殿下はブッチしたのだから。
「そうか・・・正直、オグリベール殿下の情報も集まって分かってはいたが、あれほど愚かな行動を取るとは考えられなかったのだ」
「そうですね・・・私も、月に一回のお茶会にはなるべくお互いに気持を交わそうと努力はしたのですが、届かなかったようです」
私だってオグリベール殿下とは楽しく過ごそうと試みたけれど、殿下の言葉は少なく反応も鈍いものだったしとても悲しかった。
政略結婚でも少しずつ打ち解けられれば─ と、趣味嗜好などの話はしたが君にはつまらないことだろうね、といつも決めつける。
そんなこと無いから時間を取って一緒に楽しみましょうと言えば苦笑いする。
こうまで頑なだと"これが強制力というものなのか"と思いもしたし、別世界の人と言葉を交わした気分でもあり、だんだん私も言葉が少なくなってしまった。
もう今更振り返っても詮無きことですね。
「しばらくゆっくり休むと良い」
ありがとうございます。お父様・・・・
卒業パーティーからひと月経った頃、新しく就任する各地の騎士が国王陛下から祝の儀式である剣を授かるお披露目会が行われた。
国王陛下が騎士の肩に剣を置き騎士は忠誠の言葉を述べるのだ。
その後、舞踏会のようなパーティーが開かれるのだが普段はあまり見られない騎士たちが主だって参加しているため、婚約者のいない令嬢などは鼻息荒く虎視眈々と騎士様方を吟味する。
騎士様方もこの場は出会いの場と心得ているので、あわよくば自分にあったご令嬢と縁をつかもうと期待する。
公然としたお見合いのようなものであるにも関わらず、何故そこに私が居るのかというとジュリエット王太子妃殿下から招待状が届いたから。
「ディー、あれから元気にしてましたか」
相変わらずジュリエット様はお美しい─ 心が潤います、おねえたま。
「はい、元気で過ごしております。ジュリエット様」
会えて嬉しいとお互いに言いながらテーブルのシャンパンを飲む。
シュワシュワして美味しい。
招待状のお礼と近況報告のような情報共有でオグリベール殿下の話になった。
オグリベール殿下は改めて王子に必要な再教育を施しから、二年後に北の要所である伯爵領へと下級文官として移ることが決まったそうだ。
それと王位継承権を剥奪された。
ミッシェル様は、オグリベール殿下の件以外にも伯爵令息と騎士団長子息の元婚約者からの抗議が届いていた事もあって身一つで修道院に送られたそうだ。
令息達は婚約破棄にあった時点で家督相続権を奪われ、いち貴族に成り下がった。
追放されなかっただけでも良かったのだろうけれど、この先は相当の努力が必要とされることだけは間違いない。
公爵令息は婚約者候補がいただけの状況だったため難を免れたけれど、グイグイ来る行動に少しの違和感を感じたから適度に対応していて助かったと溢していたらしい。
そうですか─ 曖昧に微笑んでいたらジュリエット様は、未だ私の傷が癒えていないのだろうと思ったらしく、気遣わし気な表情で改めてあの時は何も力になれずごめんなさいと仰い慌てて首を振った。
「とんでもないことです。何を仰いますか。私はもう本当に気にしておりませんし、ジュリエット様とこうしてお会い出来ることに喜びを感じておりますのに」
ここまで気遣っていただき本当にありがとうございます─ 改めて最上級の礼と共にカーテシーで返礼した。
「実はね、ディーに確かめたいことがあったのよ」
ジュリエット様が少し神妙に切り出した─ 新しい婚約者についてなんだけれども、と。
驚いて目が点になりました。
「婚約者、ですか・・・」
「ええ」
今すぐでは無いし無理にとは言わないが為人は保証するので一度会って気軽に話してはどうかと訊かれる。
うーん、と考えていたらジュリエット様が「あら」と喜色満面に声をあげ私の後方を見ている。
「ジュリエット王太子妃殿下にお目にかかります」
甘めの低音ボイスが耳元で木霊する。
「ハルツォール卿、ごきげんよう」
にっこりとおねえたまが微笑み返す。
「メグドネリア侯爵令嬢、お元気でしたか」
「ええ。ハルツォール卿も」
「私は毎日王太子殿下に小突かれておりますから」
「あら、ベルに少し扱いを問いただしておきましょうか」
「冗談です。そんなことになればリズベルト王太子殿下にそれこそ何をされるかわかりませんから」
軽い笑い声と共にお邪魔でしたでしょうかと尋ねられたが、真っ先におねえたまは「いいえ、私は今からベルの所に行こうと思っていたのよ」と仰られ、ではまた会いましょうと踵を返した。
ハテ?? おねえたまの言っていた婚約者なんたらはいいのかな─ と思いはしたが取り立てて婚約者が欲しいわけでもないのでまあいいかと思うことで落ち着いた。
「メグドネリア侯爵令嬢」
甘めの低音ボイスが私に向き合い右手を差し出し腰を折り右足を少し後ろに引きながらこう言った。
「私に貴方と踊る栄誉をいただけませんか」と。
ふわわわわーーー わたしにですか?! いいんですか!! 心の中でサルの置物がシンバル叩いてます─ジャカジャカしてますよ。
前世の記憶が戻ってから偶にある意味不明な挙動のあれこれ。
必死に顔面の筋肉総動員して平然としているけれど背中の汗がドワーッと出てきましたよ。
「あ、わ、わたすしで良ければ」
か・噛んじゃったよ・・・orz
少しくすりと笑まれて、差し出された右手に自分の左手を添えると指先に触れるか触れないかの絶妙なキスを落とされました。
オグリベール殿下でもこんなに心臓が高鳴る事は一度もなかった。
数えるほどしか殿下とは踊った事もないけれど、ハルツォール卿のこの完璧なダンスを希う姿勢に何か色々なものが私の中で崩壊した。
だってしょうがないではないですか、ハルツォール卿ですよ!! 誰にも言って無いけれど私の中で彼は推し様なのだから!!
正直に言うとハルツォール卿も、たぶん攻略対象な気がしていたんだけれど。
でもゲームや小説の世界と決まった訳では無いし、なんとなくそういう世界ならハルツォール卿も・・・と疑ってかかって見ていた。
確かに、偶にミッシェル様はハルツォール卿にも話しかけていたが、軽くかわされていた事が多かった。
もしかしたらハルツォール卿も、彼女に靡いてしまうのでは無いかと危惧していたがそんな事も無くて、それで私の中でハルツォール卿はどんどん株を上げていった訳であります。
「やっと貴方に堂々とダンスを申し込める時がきました」
カーネリアンの瞳が私を映している
耳まで赤いに違いない─ イケメンはどうしてこうもイケメンなんだろう。
「私などでそのような…ハルツォール卿でしたら沢山のご令嬢と踊れますでしょう」
「そもそもダンスなどは好ましい相手でないとただの拷問ですよ」
「そう・・・ですよね・・・」
確かに─ そう思って頷いたらフフっと笑まれグっと腰を引かれた。
左足をターンしてまたステップを踏む。
この人はダンスも完璧なのね─ まぁ、王太子殿下の側近だから公的に色んな夜会などにも出席する事もあるだろうしダンスを練習しているのだろうけれど。
「メグドネリア侯爵令嬢は確か、乗馬が得意でしたよね」
「あっ、ご存知でしたのね─ はい。実は大好きで、馬に乗って走っていると嫌なことは忘れます」
「でしたら今度、王都の近くにあるテベゲーテラズ湖畔周辺を走りませんか」
テベゲーテラズ湖はこの国の三柱神の一柱であるテベゲーテラズ神が好んで湖の水を飲んでいたことで有名で湖周辺の草木などはとても大事に保護されている。とても澄んだ深い藍色の湖だ。
私も妃教育が忙しくなる前はよく馬を走らせに行っていた。
「そういえば最近ちっとも馬と遊んでいませんでした」
「では、どうですか。無理にとは言いませんが」
「無理だなんて。ですが、ハルツォール卿はお忙しいでしょう」
「いえ、これは最重要課題ですから」
「えっ?」
「あ、いえ、私も最近遊んでいないので馬を走らせるのが好きならば是非にと」
「そうなんですね???」
なんか重要課題と聞こえたがスルーするのが優しさなのかしら。
「はい。ですのでご一緒に如何ですか」
「・・・はい。私で良ければお願いいたします」
「貴方と、がいいのです」
「あ、ありがとうございます」
測ったように丁度曲が終わり二人で礼をとった。
ハルツォール卿は連絡いたします、と言うと王太子殿下の元に行かねばならないらしく再度また私の右手を取ると指先にキスをした。
しばらく会場を見ながら呆けていたら数人に声をかけられたのになんだか落ち着かなくて、無意識にお断りしていた。
よくよく考えてみたら、これってデートでは??? その思考回路から脱却するまで時間がかかった。
数日後、ハルツォール卿から手紙が届き、ドライブならぬ乗馬デートをして何故か次の約束までしていた。
なんだかんだハルツォール卿との話題は尽きず無言でいても苦にならず優しい時間が流れている。
そして、七度目の逢瀬の帰り際にハルツォール卿からこう言われた。
「レオナルト、と呼んで欲しい。私は貴方をディーと呼びたい」
そうして右手の甲にキスをされた。
― やっぱり "恋" て人をおバカにするのかな ―
END
感想などいただけたら最高です!!
誤字・報告ありがとうございます。
皆様の助けもお借りし、修正させていただいております_(._.)_
11月19日・加筆、修正しました_(_^_)_