初恋の相手はスマホ
武 頼庵(藤谷 K介)さまの春企画 第3回『初恋企画』参加作品になります
僕の初恋はスマホだった。
忘れもしない。桜の花びらが雪のように舞って、アスファルトに吐かれた痰のように溶けていた、うららかな春の日。
僕は彼女に出会ったのだった。
僕はまだ小学校四年生だったと思う。
彼女は喫茶店前に設えられたベンチの上に座っていた。
桜色の靴がベンチの前に脱ぎ揃えてあった。それで僕は彼女のことを『人間だ』と思ったのだ。その横には読みかけの手紙が添えられてあった。
今までベンチに座って手紙を読んでいた女性が、突然何かの魔法によってスマホに姿を変えられ、靴と手紙を残して行ってしまったのだと、そう思った。
小学校からの帰り道だった。僕は彼女を手に取ると、電源ボタンを押してみた。
待ち受け画面に彼女の顔が現れた。銀縁の眼鏡をかけて、優しく笑ってくれた。
教育実習の先生に似ていると思った。出来の悪い僕のことを特別に心配してくれ、僕に特別に優しくしてくれた先生だった。もう大学に帰ってしまっていたが、その後に僕は彼女に手紙を書いたことがあった。感謝の手紙を、子供ながらに書きたいと切望し、堪えることが出来ずに彼女の住所宛に送っていた。
僕は手に取った彼女を、熱烈に見つめた。父のスマホでよく遊んでいたので、操作方法は知っていた。SNSを開くと、内容を確認した。彼女のことを知りたいと思ったのだ。
すると彼女はやはりスマホそのものなのだとわかった。名前はSH-04P。住所は090-6☓☓☓-9○○○。人種は日本製で、性別はAndroidだった。
彼女はその裡に様々な世界を持っていた。ゲームも出来るし、小説だって書ける。その頃の僕にはまだ秘密の花園だったような動画も観ることが出来た。
「せんせい……」
僕は呟いていた。
「せいせいは、すごいです……」
ほんとうの初恋相手はもしかしたら教育実習のあの先生だったのかもしれない。名前は目次先生だった。しかしそれを自覚した時には彼女はスマホになっていた。ゆえに、僕が初恋を覚えた時、その相手はスマホだったのである。
僕は彼女を家に連れて帰った。正直に告白すると、今でも彼女は机の引き出しにしまってある。もう、とっくに動かないが……。
彼女は僕のものになったと思った途端、すぐに動かなくなった。オフラインのゲームなどが出来るだけで、電波が使えなくなってしまったのだ。
今日、僕は初めて自分のスマホを持った。
かわいいピンク色の、初恋の彼女よりも画面の大きな娘だ。
目次先生は黒いスマホだった。堅くて、お淑やかで、優しくて、そして冷たかった。
もう、僕はスマホしか愛せなくなっている。