EP08.グラス=フレイア
フレイア・エテルファルシア:(15)
ノイン・メイヴィア:(15)
ロゼッタ・ホークリング:(15)
クレストール・リヒテンタルト:(44)
フィエレス・エテルファルシア:(42)
一瞬の暗黒を抜けると、光が待っていた。
それが眩しくて目を細めた。
今攻撃を受ければ抵抗もできないまま死んでいただろう。
それほどの無防備を晒していた瞬間、時間が停止していたようにも感じる。
一面灰色の大ホール。
中央奥には極光の光を放つ魔力結晶―――クリスタルとそれを囲うように配置された四柱の石像は異形の翼を有しており、人を象ったものではないとわかる。
そして、白いローブを纏った女神教徒たちが女神の還りを待つように集う。
ここは女神教会の教徒たちが集うための教会。
「私はシン、女神教会司教をしております。お待ちしておりました。我らが女神―――フレイア」
他の教徒たちと同じく白を基調としているが、彼らのとは違い、凝った装飾が施されたローブを纏った、シンと名乗る男が私の方に進み出てきた。
おそらくはここにいる教徒たちをまとめ上げていると思われる人物。
「……私はお前たちの言う女神なんかじゃない」
私はそいつの目を見て、憎々しげに吐き捨てた。
大切な人たちが差し伸べてくれたその手をことごとく振り払ってきた私が、女神だなんて笑えない冗談にもほどがある。
「いいえ、あなた様はまだ何も知らないだけで、我ら女神教会が信仰する女神そのものなのですよ」
「信仰って……? 私のお母さんを攫っておいて……それにノイン、ロゼッタ……友達にも手を出そうとした! それのどこが信仰よ!?」
「もちろん承知の上です。あなた様とお話をするにはどうしてもそうせざるを得なかった……!」
「どうしてもって……こんなことして、私はお前たちと話すことなんてない! 早くお母さんを返せ!」
「もちろんです。すでに我らはあなた様のモノですから」
気持ちが悪い。
私にはお前たちなど必要ない。
私にはお母さんにノイン、ロゼッタ……あとは先生もいてくれたらそれだけで十分なのだ。
「なら早くお母さんを連れてきてよ! 無事じゃなかったら絶対に許さない……!」
「ええ、ご覧ください! ここは王国郊外にある女神教会、その支部の一つとなります。女神を祀るために造られたここは今や全てあなた様のモノとなりました!」
大仰に教会の説明をするシン。
しかし、そんなことは今の私にはどうでもいい。
早く、早くお母さんの無事な姿を確かめさせろ……!
「いいから早くお母さんを連れてきてって言ってるでしょう!?」
「……ああ、まだお気づきになられていませんか。我らが教会がこれほどの輝きを取り戻せたのは、何百年ぶりになるのでしょうか。全て、あなた様のお母様のお陰ですよ」
……シンは何と言った?
お母さんのお陰? 魔法を使えないはずのお母さんが、教会中を照らすこの光をどうにかしたというのか!?
いや、この際お母さんが魔法を使える使えないはどうでもいい。
やはり、お母さんは彼らに強引に従わされていた。
モンデストは危害を加えるつもりはないと言っていたが、まったくのでたらめではないか。
知っていた。
知っていたんだ。
信じた私が馬鹿だったんだ。
私は叫んでいた。
「……早く……早くお母さんに逢わせろっ! シンッ!」
「すでにこの場にいるではありませんか? ……目の前に」
「……は?」
驚くほどに間の抜けた声。
私の目の前に、お母さんはいない。
あるとすれば巨大なクリスタルと石像が見えるだけで、他にめぼしいものはない。
一体どこにお母さんがいるというのか。
彼らが言うことは、嘘ばかりだ。
それに踊らされ続ける自分にも呆れる。
「あはっ……あはははは! あははははっ! …………」
嘘だと言え。
全部、嘘だと―――言え。
「その様子ではどうやらご理解頂けたようで何よりです。あなた様のお母様はすでにこの教会の一部となられました。そして、我ら女神教徒、延いてはその教会の総てがあなた様に帰属したのです! さあ、フレイア様、我らをお導き下さい!」
狂っている。狂っている。狂っている。狂っている。狂っている。狂っている。狂っている。狂っている。狂っている。狂っている。
――――狂っている。
巨大なクリスタルに封印されたお母さん……人を人として扱わないような非道なことをどうしてできる。
魔法もまともに扱えないような私を女神として祀り上げて、女神教会は一体何をしようとしているのか、わからない。わかりたくもない。
――――違う。
どうして気がつかなかった?
モンデストもシンも最初から言っていた―――女神フレイアと。
私は、お母さんを助けるつもりでここに来た。
勝手に女神教会が儀式を完遂することを目的にしていると思い込み、そのためにお母さんが攫われたと。
しかし、それは違った。
お母さんこそが私をこの教会に呼び寄せるための人質であり、私こそがこの場に来るべきではなかったのだ。
私こそが女神教会の目的だったのだ。
「……ねえ、女神教会の司教なら教えてよ、シン。どうすればお母さんをあのクリスタルから助けられるの? どうすればあなたたちは私の友達から手を引いてくれるの?」
教えて欲しい。
女神教会の目的が私で、その私ができることならなんでもしよう。
それでいつもの日常が帰って来るなら、それでいいじゃないか。
「フレイア様、泣くことはありません。あなた様は我らが女神なのです、それだけの力をその内に秘めております。女神の力があればあのクリスタルの封印を解くなど造作もないでしょう。その力が戻るよう我々も御助力致しましょう……」
いつの間に泣いていたのだろうか。冷たい涙が頬を伝う。
女神の力……それがあればお母さんを助けることができる……?
しかし、そんな力がある自覚、私にはない。
また彼らの嘘かもしれない。
だが、彼らは女神の力が戻るように手伝ってくれると言う。
「……教えて。私はどうすればいいの?」
満足そうに笑うシン、それは悪魔の笑みだ。
きっとシンの思い描いた通りに、事は進んでいるんだろう。
だが、私にはもうそれ以外の選択を選ぶ力が残っていないのだ。
「フレイア様、あなた様の中にはもう一人のあなたがいらっしゃいます。そのお方をお呼びするのです」
「もう一人の……私? 何を言ってるの、そんなのいないよ!」
「いいえ、ちゃんといらっしゃいますよ。あなた様の身体には二つの魂が存在しているのですから」
もう一人の私……二つの魂?
シンが何を言っているのか、思い当たることがない。
私はこれまでずっと、私だった。
記憶が無いだとか二重人格だなんてこともないはずなのだ。
「本当にわからないの! う、嘘じゃないの! お、お願い、どうすればそれを呼べるの!?」
「それは困りましたね……。我々もその力がどのようなものなのか、どのような在り方なのか、しか識らないのです」
「そん……な……」
知らないって……手伝うって言ったじゃないか。
また嘘なのか、嘘だと言ってよ……。
「……ですが、その身体に二つの魂があるのならば、――――あなた様が消えればいいのでは?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼らはフレイアに酷いことを言う。
本当に酷いことだ。
フレイアは私の全てを、私の代わりに頑張ってくれているというのに、消えろなんてあんまりではないか。
「フレイア」は私がもらうはずの名前だった。
顔も、声も、身体も、……全部私がもらうはずのモノだった。
だけど、実際に私がもらえたのは器だけだった。
……お母さん、酷いよね。
フレイアには全部あげたのに、私には器と言う名前だけ。
でも、それでよかった。
「フレイア」が私をしてくれるなら誰も何も悲しむことはない。
私がフレイアだったらきっと、憎しみでお母さんを殺していた。
だから、それでよかったし、これからもそうあるべきなのだ。
全てを奪ってくれたフレイアにはこれからも責任を持って、フレイアをしてもらわなくてはいけないのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私が女神教会大広間の扉を開け放った時、閃光が私の目を焼こうとした。
とっさに腕で庇っていなければ、失明していたかもしれないほどの光だ。
先走ってしまった私の教え子であるフレイア・エテルファルシアと、その母を助けるために私たちはここまで急いで来た。
飛び込んだのは敵地、その真っ只中なのだ。敵は閃光で私たちの視界を奪い先制攻撃を仕掛けてくるかもしれない、急ぎ態勢を整える。
「フレイア! 助けに来たよ!」
「フレイア! 助けに来ましたわ!」
敵地の真っ只中だというのにフレイア・エテルファルシアの名を叫ぶのは、どうしても来ると言って聞かなかった教え子のノイン・メイヴィアとロゼッタ・ホークリング。
そんな隙を晒しては敵の思うつぼだと思ったが、私たちを攻撃が襲うことはなかった。
閃光が止むと素早く周囲を見回し、状況を確認する。
どうやらここで当たりだったようだ。
大広間内には無数の女神教徒たちと中央にはフレイア・エテルファルシアの姿がある。
フィエレスの姿が見当たらないが、とりあえず目的の半分は確認できた。
「貴様ら、フレイア・エテルファルシアから離れろ! ここには直に軍もやってくる。大人しく投降しろ!」
無駄だろうがとりあえず投降を呼びかける。
これで済まされるような連中であれば最初から事件など起きていないのだ。
「……フレイア?」
ノイン・メイヴィアがどこか疑問を宿した呼びかけをフレイア・エテルファルシアにする。
確かにこんな状況だというのに敵は動こうともしない。
何かがおかしい。
「ノイン・メイヴィア……ロゼッタ・ホークリング……クレストール・リヒテンタルト……」
動いたのはフレイア・エテルファルシア。
敵の中央で囲まれているというのに逃げようともしないとは……!
連中が動こうとしない今はチャンスなのだ。
「動けるなら早くこちらに来い! 逃げるぞ!」
「……逃げる必要はありませんよ」
「何を言っている? いいからこちらに来るのだ!」
こんな場所からは一刻も早く去るべきだ。
いくら優秀な私と言えど、教え子三人を庇いながらの戦いでは限界があるのだから。
「……シン。お前たちは"私"の言うことも聞いてくれるの?」
「ああ……ああああ! 女神よ、もちろんですとも! 我らは皆、あなた様と共にあるのですから!」
フレイア・エテルファルシアは一体何を言っている?
いや、それよりも目の前の彼女は本当にフレイア・エテルファルシアなのか?
いつもの馬鹿みたいな表情はなく、まるで作り物の仮面を被っているように見える。
その目の前の異様な状況を飲み込むことができずに、ノイン・メイヴィアとロゼッタ・ホークリングも固まってしまっている。
「だったら、今日、この場は引きなさい……どうせ"フレイア"はお前たちを追おうとするのだから」
「……仰せのままに。モンデスト、門の用意を!」
「はい……」
モンデストと呼ばれた男が発動した魔法だろう、黒い門が女神教徒たちを次々と別の場所に転移させていく。
「待て! 貴様ら、逃げるつもりか!?」
正直、こちらの分が悪い状況で、退散されるのは助かりはする。
しかし、もうすぐ軍の応援も駆けつける、せめて幹部格を捕まえられれば状況はかなりいい方向に動くはずだ。
だから、せめてもの時間稼ぎにと呼び止めた。
「クレストール・リヒテンタルト……女神が我らに下さった啓示なのだ……それを無視などできるはずもない。それにお前たちも助かるのだ、女神に感謝したまえ」
「誰が女神だ! そいつはただの馬鹿で、馬鹿で、馬鹿なのだ!」
「……口が過ぎるぞ。許すことはできないが、この場は女神の啓示が優先されるべきだからな。……女神よ、最後に我らに教えて頂けませんか、その名を!」
どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
そこにいる馬鹿はフレイア・エテルファルシアで、自分たちでここに招いたのではないか。
馬鹿も黙ってないでさっさとその事実をぶつけてやればいいのだ。
……いや、この場にはもうシンとモンデストの二人が最後に残るのみ。
時間をかける分にはこちらの優位に働く、いいぞ、そのまま時間を稼げ!
「……お前たちはすでに先ほど私を、女神フレイアと呼んでいたではないか」
「確かにそう呼ばせていただきました。しかし、私にわからないとでも? あなた様は出来損ないの女神フレイアではなく、その力の全てを支配できる別の存在だ! 私はそれをしっかりと理解っているのです!」
出来損ないの女神フレイア?
あの男、シンが言っていることは常軌を逸している。まったく理解できない。
なんなら馬鹿のために、私が教鞭を執ってもいいぐらいだ。
そこの馬鹿は、確かに頭の方は出来損なっているようだが、女神というのは否定させてもらおう。
魔法をまともに扱うこともできず、問題ばかり起こす超弩級問題児なのだ。
何の力のことを言っているのかは知らないが、一学生がそんな力を持っているなどありえない。
よって、そこにいるのはただの馬鹿のフレイア・エテルファルシアだ!
「別に名前なんてフレイアで……いや、私には名前しかないか……ははっ、はははははっ!」
フレイアは一体どうしてしまったというのか。
本当に頭がおかしくなってしまったか。
泣きながら笑っている。
「……私の名は『グラス=フレイア』――――」
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