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EP07.女神教会

フレイア・エテルファルシア:(15)

ノイン・メイヴィア:(15)

ロゼッタ・ホークリング:(15)

クレストール・リヒテンタルト:(44)

フィエレス・エテルファルシア:(42)

 その日、お母さんは帰ってこなかった。

 結局、手紙を見てもわかることは上等紙に「我らが女神よ」と書かれているだけで、他にめぼしいことといえば、何か紋章のようなものが記されていたぐらいだ。

 こんなことは今まで、一度たりともなかった。そのせいか眠りが悪く、こんな早朝に目が覚めてしまった。


「こんな日にならいてくれてもよかったのに、ノイン……」


 お母さんは今どうしているのか、漠然とした不安に弱気になっている自分がいる。

 ストーカーが家の中にいたら怖いはずなのに、今はそれでもいいと思ってしまっている。

 別にお母さんが何かの事件に巻き込まれたとか、そういった確証があるわけでもないのだ。

 あれでいて、結構抜けたところのあるお母さんのことだ、きっと私に伝え忘れて遊びにでも行ってしまったのだろう。

 だから、そんな不安に怯える必要はないのだ、フレイア。

 そう自分を鼓舞していると家の呼び鈴が鳴った。

 こんな時間に一体誰だろうか?

 お母さんが帰ってきたのだろうか?

 しかし、帰ってきたのなら自分の家の呼び鈴を鳴らす必要は無い。

 普段のこの時間なら私はまだぐっすり、夢の中にいるのだから。

 考えている間に再び呼び鈴が鳴らされる。間隔を狭め、何度も、何度も。

 怖い。正直、出たくない。

 けど、もしお母さんのことを知っている人だったら……。

 意を決して出る事にする。

 扉を前にするとやはり、怖い。

 開けるのを躊躇していたら、呼び鈴が鳴るのを止めた。

 出るのが遅かったから帰ってしまったのか。

 確認のため扉に手をかけた時、いきなり扉が開いて飛び込んできた人物の頭とぶつかった。


「ほ、ほいん……!?」


「ふ、ふへいひゃ……?」


 お互いに何が起こったのかという様子でその場に固まってしまう。

 勝手に家に入ってきたノインではあるが、彼女もどこか現状を把握できていない様子なので、とりあえずダイニングに移動し、テーブルに着く。


「それでどうしてこんな時間にノインが私の家に?」


「い、いつもはここを通る時にフ、フレイアのお母さんがいたんだけど、きょ、今日はいなかったから普通に呼び鈴をな、鳴らしたんだけどな、なかなか出てきてくれなくて……ふ、不安になって勝手に入っちゃった……」


「え、何それ? それっていつもお母さんがノインを家にあげてたの?」


「う、うん……。さ、最初は緊張して呼び鈴を押せずにもじもじしてたんだけど……。お、お母さんが出てきて、ふ、フレイアのお友達ね? って入れてくれたの……」


 思わず溜息が出る。

 この際どうやって家の場所を知ったのかはもういいとしよう。

 しかし、ちゃんとお母さんの許可があって家にいたのなら言ってくれたらいいのに……。

 お母さんもしれっとしてないでちゃんと教えてほしい。

 コミュ障のノインらしいと言えばそうなのだが、これからはちゃんと話せるように練習させよう。


「大体の事情はわかったわ。ノインもお母さんのこと何も知らないのね……」


「? そ、それってどういうこと……?」


 不思議そうに首を傾げるノイン。

 やはり、ノインもお母さんのことを何も知らないらしい。


「昨日、家に帰ったらお母さんの姿が見えなくて……それで朝になった今でも帰ってきてなくて、あったのはこの変な手紙だけ」


 例の手紙をノインに見せる。

 裏に表に、何か得られる情報はないかと隅々まで確認するノイン。

 しかし、得られる情報は私と一緒だったようで手紙をテーブルに戻した。


「こ、これだけじゃ何もわ、わからない……。で、でもこの女神ってのはフ、フレイアのことだと思う……」


「………………一応、聞くけどどうして?」


「フ、フレイアはこの家にお母さんと二人で暮らしてる……。お、お母さんはいなくなってこの手紙だけがあった……。た、たまたま、偶然が重なったなんてのはつ、都合がよすぎる……。だ、だから、この手紙はフ、フレイアに宛てられたもの……!」


 正直驚いた。

 ノインのことだ、フレイアは私の女神だからこの手紙の女神ってのもフレイアのことだ、とか言うと思っていた。

 しかし、その答えは至極真っ当な考察で、私が意図的に考えないようにしていたことだ。

 ノインはちゃんと現状に向き合おうとしてくれているのだ。


「フ、フレイア……こ、このことは誰かに言った……?」


「まだ誰にも……私とノインだけ。もしかしたら朝には帰ってきてるかもって思ってたし……」


「よ、良かった……。さ、最悪のことを考えると下手に情報を広めるのはき、危険……!」


「ノイン……。それはお母さんが誰かに連れ去られたってこと?」


「あぅ……。そ、そうなる……」


 ごめん、ノインを責めているわけじゃないの。

 ただ、私がそれを認めたくないだけで……。

 ノインが言っていることを否定したい。

 けれど、ノインが間違っていないこともわかる。

 ……そうだね、ノイン。あなたが、大丈夫、お母さんはすぐに帰って来るよ、なんて言ってくれなくてよかった。

 おかげで覚悟を決めることができた。


「ごめん、ノイン。辛いこと言わせちゃったね。でも、おかげでどうするか決まったよ」


「フ、フレイア……!」


「とりあえず何かするにしてもお腹が空いてたら元気が出ない! 朝ご飯にしよう! 行動するのはそれから! 私の作るご飯楽しみに待っててね!」


 腕まくりをしてノインに元気が出たアピールをする。

 それを見たノインも頷き、嬉しそうに笑う。

 まずは腹ごしらえをする。

 それから登校して、図書館で手紙に記されていた紋章のことについて調べる。

 それの出所がわかれば何かわかってくるはずだ。

 私は勇んで調理に勤しんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ノインが二度目の死を迎えた。

 私の手料理を食べられたのがそんなに嬉しかったのだろうか、奇声を発しながら家中をのたうち回り、絶命した。

 私はノインをせめて自分のベッドに移し、一人登校した。

 私にはやらねばならないことがある、側にいられなくてごめんね、ノイン。


「とりあえず、クレストール先生にノインは休みってことを伝えておくか……」


 職員室を覗くとすでにクレストール先生は自分の席で仕事を始めているようだった。

 真面目だな、と思いつつクレストール先生の席まで行くと、私に気付いたようで嫌な顔をされる。


「……フレイア・エテルファルシア。今度は何の問題を起こした?」


「朝早くから問題なんて起こしませんよ。人を何だと思ってるんですか」


「無論、問題児だ。それも超弩級問題児。頭を抱えない日はない」


 確かに入学初日にクレストール先生相手にちょっとだけお茶目をしたが、それだけだ。

 ノインとロゼッタの決闘(デュエル)の当事者でもあるが、あれは私が悪いわけではないのだからノーカンだ。


「はいはい。今日はノイン休みなんでそれを伝えに来ただけですよ」


「ん? 待て、何故お前がそれを伝えに来る?」


「えっ、あー、ノインとは一緒に登校するんですけど、私の家に来た時には具合が悪そうで私の家で休ませてます」


「……本当だろうな?」


 ぎろりと私を睨むクレストール先生。

 ちょ、ちょっとだけ、ちょーっとだけ違うけどほとんどそんな感じだから、嘘は言ってない。


「ワ、ワタシウソツカナイ」


「貴様ァ! やはり、嘘ではないか! ノイン・メイヴィアに一体何をした! 彼女は貴様などより優秀な学生なのだぞ!」


「ええっ!?」


 うっそだあ!!?

 自慢じゃないが座学の成績はかなり上の方なのだ。

 実技はからっきしだが、それでもギリギリなんとかなっている状態。

 あのコミュ障ポンコツストーカーのノインが私以上の成績とは思えなかった。


「年度始めのクラス長は、そのクラスで一番の成績優秀者に任される。それがノイン・メイヴィアだ」


 にわかには信じられないがクレストール先生が言うのなら本当なのだろう。

 しかも、名門校であるバルメデアラ魔法学院に編入生として入学してきたのなら、ありえなくもない。


「へ、へー……そうだったんですねー」


「誰かさんは初日のホームルームに遅刻したから知らなかったか……遅刻してない他の者たちは知っているはずだからな!」


 このままではクレストール先生のうざ絡みで時間がなくなってしまう。

 とりあえず別の話題に切り替えよう。


「あっ! そ、そうだ! とっても優秀なクレストール先生にお聞きしたいことがありまして……こ、これ! こんな感じの紋章知りませんか?」


 私はメモ書きに手紙に記されていた紋章を書いて見せた。

 渋々といった様子でそれを確認するクレストール先生。


「……これは女神教会の紋章だな」


「女神……教会……?」


「そうだ。このヴァンエグセリオン王国では古くから魔法聖教会の信仰が強く、女神教会を知っている者は少ない。魔法聖教会とほぼ同時期からあったようだがその教えは眉唾なものばかり……最近になって少しづつ名前を聞くようになったが正直カルトだな」


 魔法聖教会のことは私もよく知っている。

 信者というわけではないが、王国各地に教会が存在しており目にする機会が多い。

 魔法を発動するための魔力こそが神の恩寵だという教えを信仰しており、生活を豊かにする便利な魔法が根付いた王国では信仰する者が多いのだ。

 私としては魔法は使えるが≪祝福≫しか使えないので特段、豊かになったとか、便利だとか思わないので興味がなかった。

 対する女神教会。

 クレストール先生が言う通り、私はその名前さえ知らなかった。

 最近になって名前を聞くようになったとは言ったが……いい評判ということはないのだろう。

 なんせ見識のあるクレストール先生が、カルトと評するぐらいなのだから。


「その女神教会の教えとか信仰だとかってのは……?」


「……フレイア・エテルファルシア。別に私は宗教を信じろだとか、否定しろだとかは言わない。しかし、女神教会はやめておけ」


「えっ、それってどういう……?」


「知りたいのなら話はするが、決して気分のいいものではないぞ?」


 クレストール先生がここまで言う女神教会とは、どんなものなのだろうか。

 本当に聞かない方がいいような話なのかもしれないが、興味本位で聞くわけではない。

 お母さんについての手がかりがそこにあるのなら、それを知るしかない。


「お、お願いします、聞かせてください!」


 クレストール先生は私に真剣な目を向けた。

 普段の私を邪険にするような目ではなく、私の真意を探るような目だ。


「……いいだろう。……しかし、私も気になることがある。お前が何故、女神教会の話を持ち出してきたのかだ。それを話すのなら女神教会について教えよう。わかっていると思うが私は優秀な教師でね、生徒が危険に晒されないように努めるのも私の役目なのだ」


 まったく、この先生はつくづく優秀で勘がいい。

 ノインも言っていた通り、下手に情報を広めてはお母さんに危険が及ぶだけでなく、それを知った人まで危険が及ぶかもしれないのだ。

 それはクレストール先生の言葉からも十分に伝わってくる。

 だからこそ、クレストール先生になら話せる。

 クレストール先生なら自身の身に危険が及んでも、自分でそれを討ち払えるという確信が持てるから。


「わかりました。クレストール先生になら話せます」


「ふん。指導室に場所を移そう。……クリスティア先生、この馬鹿に教育的指導が必要になりました。我がクラスのホームルームを頼んでもよろしいでしょうか?」


「わ、わかりました。お引き受けしましょう」


 その馬鹿って言うのは言葉の綾ですよね?

 反論してやりたいが今は時間が非常に惜しい。

 黙って先生に付いて行こう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「なんてことだ……! フィエレスが攫われただと!?」


 生徒指導室に場所を移した私とクレストール先生。

 そこで昨日からの出来事について全て話した。


「あくまで推測ですが……あと、これがその手紙です」


「確かにこの手紙にある紋章……女神教会のもので間違いないだろう。だが、解せん。フィエレスほどの魔法使いがそう簡単に攫われるなど……!」


「前も言いましたけどお母さんが魔法を使えないってのは本当なんです! あっ、私が見たことないだけで本当は使えるのかもしれないけど……」


「正直フィエレスを見てきた私としてはとても信じられん話だ。しかし、娘のお前がそう言うなら……いや、私の話も15年以上前のものだ。その間に何があったか私たちは知らんのだからな」


「そう……ですね……」


 私の知っているお母さんと、先生の知っているお母さんは、話を聞いているとまったくの別人にさえ思える。

 私の知っているお母さんは魔法の「魔」すら使えないような人で、私の大事なお母さん。

 そして、先生の知っているお母さんは先生ですら及びもしない天才魔法使いだと言う。

 その違いはどこから来ているのだろうか。

 私たちはそれを知らないのだ。


「しかし、だ。お前の攫われたという推測は遠くないはずだ」


「……っ!」


「次は私が女神教会について知っていることを話す番だ。……そうだな、ニュースを見ていればたまには殺人事件なども目にするだろう。言い方は悪いが単発的なものであればいい。しかし、それに組織的な犯罪が絡んでいるとしたら?」


「! その組織が、女神教会……!」


 私の答えに先生は頷き、続きを話してくれた。


「奴らは身元が分かりづらい、孤児や奴隷といった者たちをどこからか攫ってきた。そして、彼らを街外れの廃墟など、人目がほとんどない場所で殺した。軍の調べでは奴らは何かの儀式をしようとしていたらしい。似たような事件が多くなって、最近になって、ようやくわかったことだ」


「それじゃあ、急いでお母さんを助けないと……!」


 生徒指導室を後にしようと立った私の手を、先生が掴んで引き留めた。


「落ち着け。言っただろう、奴らは何かの儀式をしようとしていると。一向に成功しない儀式だ、奴ら、必要なものを必死に探そうとするだろう」


「必要なもの……儀式に使う人? ……違う! 儀式を行う側の人!?」


 そうだ、先生のようにお母さんのことを知っているのであれば。優秀な魔法使いだと思うだろう。

 そんなに優秀なお母さんであれば、儀式が成功しない理由にも辿り着き、いつか儀式を完遂することができる、そう考えるはずだ。


「その通りだ。私の推測が正しければ、の話だがな。しかし、フィエレスを攫えばすぐに足は付くのだ。そのことからもやはり、フィエレスを殺すためとは考えにくい」


 先生の推理に、一応の安堵を覚える。

 しかし、それならそれで疑問が生まれる。

 女神教会は、どうやってお母さんを従わせるのか?

 金銭? 強迫?

 お母さんが金銭で動くとは考えにくく、それならば強迫されていると考えるのが妥当だろう。

 殺すと脅されれば抵抗するのは難しいが、隙を突いて逃げられる可能性が残る。

 であれば、人質として先に私を攫うのが奴らにとって一番だったのではないか?

 ―――私たちは何かを見落としている……!?

 今からそれを探し出すだけの時間はあるのか。

 先生の推理が当たっているなら十分に時間はあると考えられるが、見落としているものがそれをひっくり返すものであったなら……!


「先生……、女神教会ってどこにあるんですか? 一応は、普通の宗教教会を謳っているならその看板を掲げる教会があるはずです!」


「近くに一つだけ、その教会が存在するようだが、今そこに飛び込んで何になる!? 君が捕まれば、それこそ最悪の事態になりかねないのだぞ!?」


 やはり先生も同じことを考えていたようだ。

 私が女神教会に捕まってしまえば、きっとお母さんは従わざるを得なくなる。

 そして、今のお母さんでは儀式を完遂することはできないだろう。

 そうなれば、何をされるかわからないのだ。


「これは軍に任せるべきだ。君も軍に保護してもらう。しばらくは窮屈な生活だろうが軍が解決して、きっとフィエレスも帰って来る!」


 ……!

 帰って来る。ノインはそうは言ってくれなかった。

 クレストール先生、あなたが私よりも優秀だと言ったノインがです。

 ノインは他人に任せようとせず、私に協力しようとしてくれていた。

 自分のお母さんの運命……他人になんて任せられない!


「……私、お父さんがいなくて……お母さんだけが唯一の家族なんです。そして、先生の言っていることは絶対に正しい。 でもそれを選んじゃうと私は……絶対に後悔してしまう……。だから、行かせてください!」


 これで先生を説得できなければ、あとは自分で何とかするしかない。

 ただ一人の家族……お母さんを絶対に助けるのだ!


「……知っているか?」


「えっ?」


「かつて私はフィエレスと同じ研究室にいたと言っただろう。私は彼女に勝ちたいと思っていたよ。しかし、ある日気づいたんだ。フィエレスは魔法そのものを見ているのだと。私では彼女に勝つことはできない、それを惨めに思った私は研究室を出て、軍に志願した。軍では自分でも驚くほどに出世したものだ。まさか一個師団を任されるとは思わなかったよ」


 えっ、何?

 先生の昔語りが急に始まったんだけど?

 何か脈絡があっただろうか。

 それともただの自慢話か。


「先生、その話って今必要なんですか?」


「いいから聞け! ……出世したことは別に良かったのだが、あまりにも退屈だった。フィエレスとの魔法研究の日々は驚くほどに充実していた……そして、私も魔法が好きだったことを思い出させてくれた。そう思うと私は軍を辞めていた。研究室に戻ろかとも思ったがフィエレスも別の道を見つけたのか研究室を去っていた。であれば、次代に私の志を継いでくれる者が現れると願い教鞭を取ったのだ」


 ………………なっげえ。

 つまり、えっと?

 それどころじゃなくて最後ら辺聞いていなかった。


「つ、つまり……?」


「これだから察しの悪い奴は嫌いなのだ! 私も一緒に女神教会に付いて行くと言ってるんだ!」


 えー……そんな話だったか?

 いや、それでも先生が付いてきてくれるなら頼もしい限りだ。


「ありがとうございます、クレストール師団長!」


「師団長は昔の話だ! だが、軍の知り合いにこの話は通させてもらう。女神教会……奴らは危険だ!」


 あまりこのことを広めたくはないが、先生に任せる分には間違いないだろう。

 私は頷いた。


「では私はこのことを伝えてくる。先に準備して校門で待っていてくれたまえ」


「はい、わかりました」


「くれぐれも先走るようなことはするなよ?」


「は、はい……」


 これだけ腹を割った話をしたのにまだ疑われる私って一体……。

 いや、今はそれどころではないのだ。

 迷いがあっては失敗する、今はお母さんを助けることだけを考えろ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 先生と生徒指導室で一度別れ、教室に自分の私用(プライベート)装備を取りに戻る。

 教室に戻るとちょうど休み時間だったようでロゼッタに捕まってしまった。


「フレイア様! 姿が見えずに心配しましたわ! ノインさんもお休みのようですし……」


「ちょ、ちょっとクレストール先生に生徒指導室に呼び出されちゃってさ。ご、ごめん! 急いでるの!」


「お待ちください!」


「えっ!?」


 強引にロゼッタを振り切ろうとしたが、腕を掴まれて制止させられてしまった。


「これは私の勘なのですが……何かおありになったのでしょう!? 私では、フレイアの力になれないのですか!?」


「ロゼッタ……」


 ロゼッタに初めて名前を呼び捨てにされた。

 いつもは様付けで、むず痒く感じていた。

 ロゼッタが私をよく慕ってくれていたことを理解してはいたけど、それがどこか対等ではない歪な関係に思えてしまって距離を感じてしまっていたのだ。

 でも、今のロゼッタの真剣な表情を見ればわかる。

 勝手に距離を作っていたのは私で、ロゼッタは最初から私を友達として見てくれていたのだ。

 だから、これ以上友達を巻き込みたくない。

 酷いよね、そんな友達にこれから噓をつくなんて……。


「大丈夫! すぐに終わる用事だからさ! ……そうだ! それが終わったら、たまには中庭(ガーデン)でお昼にしようよ!」


「……ええ、もちろんですとも! テーブルの確保はお任せください! ……ですので、早く戻ってらしてくださいね?」


「うん……。いってきます!」


 自分が許せなくなりそうだ。

 ロゼッタは私の嘘をわかっていた。

 なのに送り出してくれた、泣きそうな顔で。

 ―――フレイア・エテルファルシアはそれでいいの?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 校門に着いたが先生の姿は見えず、まだ時間がかかるようだ。

 何もできない時間がこんなにももどかしく感じるのは、初めてことだろう。

 一人でいることがひたすらに怖い。

 ノイン……ロゼッタ……。

 私、どうすればよかったの?

 ノインを家に一人だけ残して、置いてきてしまった。

 ロゼッタに酷い嘘をついて、傷つけてしまった。

 側にいて欲しいのに、それを選ばなかったのは、私だ。


「女神フレイア―――。お迎えに上がりました」


「――! 誰っ!?」


 自分のことで一杯で、気がつかなかった。

 私に話しかけてきたこいつは何者だ? 一体いつから、ここにいた?

 先生が呼んだ応援か?

 違う、こいつは確かに私をフレイアと呼びはした。

 しかし、私を女神と呼ぶ者はいない、間違いなくこいつは敵だ!


「申し遅れました。私は遣いのモンデストと申します」


「残念だけどあんたみたいな怪しい奴知らないし、迎えを寄越されても困るから」


「ご安心ください。私は怪しい者ではありません」


「怪しい奴は皆そう言うんだっての!」


「そうでしょうか? もし私が怪しい者だったならあなたの知りたいことを知らないはずです」


 こいつ……!

 随分といい趣味をしている。

 下衆な笑顔と相まって最高に腸が煮えくり返る……!

 ああ、そうだお前は、お前たちは怪しい奴なんかじゃない。

 お前たちは明確に私の敵だ……!


「……知りたいことがあるって知ってて出てきたってことは、それを私に教えてくれるの?」


「もちろんですとも! あなた様のお母様は我らが教会でお待ちしていますし、ノイン様にロゼッタ様、共にご招待の用意ができております」


「お前ぇ! 今すぐお母さんを返せえええええ! ノインとロゼッタにも近づくなあああああああ!」


 抜剣してモンデストに斬りかかる。

 避けられても何度でも斬る。

 私の全てを踏みにじろうとするこいつらを、今すぐ私に殺させろ……!


「あなた様の仰られたことなら我々は全て従います! ですが、それには一度、我らが教会に来ていただく必要があるのです」


 攻撃を止める。考えなしに斬っていたので息が苦しい。

 モンデストの言っていることは罠だ。

 私の弱みに付け込んで、私を孤立させようとしているに違いない。

 しかし、――――


「それは……本当か……?」


「本当ですとも! 我らが女神フレイア! 強引な手段を取ってしまった我々を疑う気持ちは理解できます。それに我々は本当に、あなた様に危害を加えるつもりはないのです! ですので、ここでクレストール様がやってくるのを待ちましょう! 応援に来る軍の方々も一緒で構いません! ノイン様、ロゼッタ様の両名もお呼びしましょう!」


「……黙れ……! 誰も待たなくていい。私だけ連れていけ……」


 自分でわかるほど、酷く冷たい声をしている。

 まるで自分じゃないみたいだ。


「こちらにゲートを召喚します。……これに入れば一瞬で我らが教会に移動することが可能です」


 モンデストが右手で示した空間に、黒い門が出現する。

 これに入ればお母さんが捕まっている教会に行くことができる。

 けど、入ってしまえば最後、私は帰ってこれないかもしれない。

 それでも―――。


「おや、クレストール様がお見えになりました。本当に待たなくても?」


「……」


 クレストール先生……。

 走ってこちらに向かってきている。

 何か叫んでいるが、聞こえない。

 ……ごめんなさい。

 また私は大切な人を―――裏切ります。

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