EP04.主人公と相棒は彼らの夢で
朝。まだ目を覚ましたくない。
起こされても、起きない。
それを理解しているお母さんは、時間ギリギリまで私を起こしには来ない。
しかし、額に感じる違和感が私の安眠を妨げる。
何かを乗せられているような、ほんの少しの重い感覚。
自らの大切な安眠のためそれを除こうと手を伸ばしたが何も掴めず、自分の額に触れるだけだった。
「……?」
おかしい。
確かに何かの感覚はあるのに、掴めないなんて。
安眠を手放すのは惜しいが、放っておくには強すぎる違和感に諦めて起床する。
ベッドから起き上がり、姿見の前に立つと姿見が映したのは赤く、大きく腫れあがった自分の額。
寝ぼけて夢を見ているのかと自分を疑い、寝ぼけ眼を擦るが姿見が映すものは何も変わらない。
「紅玉のような林檎………………って、なんじゃこりゃあーーー!?!?!?」
私の悲鳴のような叫び声にその日は、お母さんがすぐに駆けつけて来たのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
見られている。
すれ違う生徒に。一歩遅れて隣を歩くノインにも。
目が合うのだから挨拶をしようとするが、すぐに視線を逸らされる。
おかしいなあ……本当におかしいなあ。
「……アクセル君、もう教室にいるといいな。ふふっ……」
「フ、フレイア顔が怖いよ……!?」
私が怖い顔をしている? まったく、ノインはおかしなことを言う。
私はこんなにもニコニコと笑っているのだから、ノインはまだ寝ぼけているのかもしれない。
仮に怖い顔をしているなら何か原因があるはずではないだろうか。
まだホームルームも始まっていない朝の時間、起きてからそれほども経っていない。
そんな人間に怖い顔をさせるには、それなりの理由が必要だ。
「一体誰のせいだろうねえ……?」
ねえ、アクセル・タウドレッド君?
はやる気持ちが私を教室へと急がせた。
教室の扉を大きく開け放ち、入室して真っ先に向かったのは自分の席ではない。
朝には似つかわしくない不機嫌そうな顔で、自分の席で腐っている彼の元。
その席の前に立つと彼は私に気付いたようだ。
「んだよ、何か用かよ……ってお前その顔っ!?」
私の顔を見て驚きの声を上げた彼こそがアクセル・タウドレッド。
彼が何に驚いたのかさっぱりだが昨日、アクセルが決闘しろなどと言い出さなければこうはならなかっただろう。
そもそもだ。何をどうすれば同じ学院で学び、高め合う学友に加減もしない本気の頭突きをできる?
決闘中のこととはいえ、あまりの暴挙ではないだろうか。
だから、アクセルには事の責任を取ってもらう必要があると私は考える。
「顔がどうかしたかな……おはようアクセル君?」
「お、おう……おはよう。そんな事よりも早く保健室に行った方がいいと思うぞ……?」
まったく、朝の大切な挨拶をそんな事と言ってはいけない。
それにどうして保健室に行く必要があるのか。
わからないのでご教授願いたい。
「えっ、どうして?」
「どうしてってお前……林檎みてえに額が腫れあがってんだろ!?」
知っている。
姿見で確認をして、お母さんにも言われたのだから間違いはない。
それでも、あえて包帯も何も巻かずに登校したのだ。
「あれれ~? どこかにぶつけた覚えはないんだけど……どうして腫れてるんだろうね?」
いつもよりも声を高くして、わざとらしく言ってやった。
「お、俺に聞くんじゃねえよ!? 用がないならさっさとどっかに行けよ!」
昨日はお互いに散々な目に遭ったのだからそんな言い方はないんじゃないかな。
一方は望まない決闘を、また一方は望まない敗北をしたのだから。
それに用件はちゃんとある。
「あっ、思い出した! 昨日アクセル君に乱暴されたからこうなったんだよ!」
教室中に聞こえるよう大きな声で言ったのは、もちろんわざとだ。
そして、それを聞いたクラスメイトたちがどよめきだす。
「嘘だろ……アクセルの奴、悪そうな奴だと思ってたけど……」
「乱暴って……そういうことだよね……ありえないんだけど……」
「これって先生に言った方がいいんじゃ……」
クラスメイトたちの冷たい視線にアクセルはたじろぎ、がたんと椅子から立ち上がり自身の潔白を叫ぶ。
「お、お前ら勘違いすんじゃねえ! こいつとは昨日決闘をしただけで、俺は何もしてねえ! お前も何か言えよ!?」
何かとは、何か。
これ以上私から何か言う必要があるのだろうか。
私はただ一言、アクセルに謝って欲しいだけなのだ。
「……私にあんなことをしたのに……忘れちゃったの!?」
悲しみの演技でさらにクラスメイトたちを煽る。
その効果は抜群だったようでクラスメイトたちだけでなく、アクセルにも及んだ。
「ば、ばっか、おまっ……!?」
焦り、言葉に詰まるアクセル。
そろそろ可哀想に……とは思わないけど、助け船を出してあげようではないか。
アクセルにだけ聞こえるよう低く小さな声で語りかける。
「……ねえ、こんなに腫れてるのは誰のせい?」
「はあ? そんなの決闘中にぼうっと突っ立ってたお前が悪……」
「くだらない茶番だけど、私はまだまだ続けてもいいんだよ?」
「っ……!? わ、わかった俺が悪かった! だから今はこの場を収めるのに協力してくれ、頼む!」
そう言って頭を下げたアクセル。
とりあえず聞きたかった言葉は、半ば強引にだが聞き出せた。
ああは言ったがこれ以上痴情のもつれを演じては、私にも降りかかりそうなので潮時なのも確かだ。
「……借りにしといてあげる」
「お、おう……」
不服と安堵がない交ぜになった表情。
不条理には不条理が返ってくると理解したなら、難癖つけて強引に決闘を申し込むのは辞めることだ。
「……みんなごめん! さっきのは私の勘違いだったみたいだから、忘れて!」
「勘違いって本当かよ……乱暴されたんだろ?」
「どうだかな……廊下でぶつかりでもして謝らずに立ち去ったとか?」
「ああ……あいつ自分からは謝らなさそうだもんな」
勝手な想像で保管してくれたようでよかった。
「誤解が解けたならやっぱり保健室には行っておいた方がいいんじゃない? ほら、委員長?」
「! う、うん、行こうフレイア……!」
流石、アクセルの幼馴染だ。丁度いいタイミングでジルウェがさらなる助け船を出してくれた。
ジルウェに指名され、傍からそわそわとこちらを気にしていたノインが寄って来てくれて、保健室に行くため一緒に教室を出た。
「アクセル……俺たち、ヤバい相手に決闘を挑んだみたいだね」
「ああ、ありゃあ魔王だ……」
言ってアクセルはその魔王に聞かれていないか怖くなり、一度周囲を見回して確認をしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
保健室で腫れあがった額を見てもらうと、かなり腫れあがってはいるがただのたんこぶだということで薬を塗ってもらい、一応、包帯も巻いてその日一日を過ごした。
放課後にもなると塗ってもらった薬が効いたらしく、だいぶ腫れは治まっていた。
跡も残らないだろうと先生には言われたので、ほっと一安心だった。
そして、アクセルに聞きたいことがあった私は、今、彼を探して校舎を彷徨っていた。
「……ったく、アクセルの奴どこにいるんだか……鞄は教室に置いてあったからまだ学院のどこかにはいるはずだけど……」
午後のホームルームが終わって、その話を聞こうとアクセルの姿を探したのだが、教室にはいなかった。
どうしていないんだとも思ったが、今朝のことを考えると教室で話をすれば良からぬ噂が立つかもしれない……と、そう自分に言い聞かせ、校舎の探索に出たのだ。
しかし、下の階から目ぼしい場所を順に巡り、残っているのは屋上だけ。
すれ違いになっていないことを祈りながら、屋上の扉を開けると目的の人物の姿がそこにあった。
「うわ……最後に残った場所が当たりって……上から探せばよかった」
そう私が愚痴を吐くとアクセルは、邪魔をするのは誰だとでも言いたげにこちらを振り返った。
「……あん? って、またお前かよ!?」
私の姿を確認するとアクセルがあまりにも驚いたような反応するので、今朝のことを少しやり過ぎたかなと思ってしまった。
「そんなに驚くことないでしょ。私たち昨日今日でだいぶ仲良しになったんだから」
「俺とお前がいつ仲良くなったんだよ!? そんな覚え俺にはねえよ!」
そんなにきっぱり言われると少しだけ傷つく。
あれだけ騒いで決闘だってしたのだ、それが終わったからと、はいお終いで済ませられては寂しすぎる。
もっとも自分から挑んだ決闘で負けたのだから、不貞腐れるのもわからなくもないが……。
アクセルの言葉を無視した私は彼の隣まで進み、落下防止の柵越しにバルメデアラ魔法学院を見下ろした。
つい昨日、決闘をした模擬戦闘場もそこからは見え、昨日のこと思い出しつつ、聞きたかったことについてアクセルに質問をした。
「……聞かせてよ。どうして主人公に拘るのかさ……」
「……んなこと、どうしてお前なんかに言わなきゃならねえんだよ」
わかってはいたが、そう簡単には答えてくれない。
アクセルを探すのにも結構な時間を使ってしまった。
これ以上はまどろっこしいので直球で行く。
「靴を舐めるか質問に答えるか……選ぶ権利をあげましょう」
「んなっ!? 卑怯だぞお前!!?」
「それでいいって言ったのは誰だったかな……アクセル君?」
ノインの言った私たちが勝った場合の無茶苦茶な条件がここで役に立った。
どの道そんなことをしてもらう気はなかったのだから、何にもならないよりはマシだ。
「くっ……言えばいいんだろうが、言えばよ!」
最初から素直にそうしていれば、私がそれを口にすることはなく、敗北を思い出すことはなかったのに。
ジルウェも言っていたがアクセルの頑固さは本当に筋金入りらしい。
「……主人公ってのはどいつもこいつもすげえ奴らばかり……中には世界を救っちまうような奴だっていやがる」
アクセルの言う通り、物語に出てくる主人公は本であれ劇であれ……なんだって活躍している印象を持つ。
特に本をよく読むわけでもなく、劇場に足を運ぶこともほとんどないので私が知っている物語の数など高が知れているのだが、間違ってはいないはずだ。
「世界なんてのは知らねえが……そんだけの力があれば自分の大事なもの、一つぐらいなら……ってガキの俺は思ったんだよ」
想像すると微笑ましくなる、いい夢だと思う。
お姫様になって豪遊したいなどと思っていた、幼い頃の私の数倍いい。
「アクセル少年はいい子なのにどうして……」
「うっせ! 茶化すならこれ以上は話さねえからな!」
「冗談、冗談だから……はい、続きをどうぞ」
チッ……と舌打ちしながらも続きを話してくれるらしい。
「主人公になろうと躍起になった俺は初等部の頃、火の魔法を練習し始めた。それで周りより少しだけ魔法を上手く使えて……ガキの俺はそれを勘違いした……!」
苦々しく吐き捨てるように言ったアクセルを、私は横目に少しだけ覗った。
それはたぶん、後悔の表情。
「力とか強さってもんの意味をはき違えた俺は、今の俺のように自分勝手・好き勝手に振舞った……途中で間違いに気付いてもそん時にはもう止まれねえ……! 主人公は俺の免罪符……それを失ったら俺はただのクズだ!」
「まるで今はクズじゃないよう……あっ、あー! 幼き日の過ちってあるもんねー!」
危なかった。
視線だけで人を殺せそうな目で睨まれていることに途中で気付けてよかった。
でなければ、思わず本音を言ってしまうところだった。
「……そうだよ、俺はクズだ! どうしようもないクズなんだよ!」
自暴自棄に自分を卑下するアクセル。
どうやらしっかり聞かれていたようだ。
まあ、本当のことなので仕方ない。
しかし、アクセルがどんなにクズだろうと、救いはある。
「そりゃ、諦めたらクズで終わるけどさ……本当に主人公になれば幼き日の過ちってことで少しは許されるんじゃない?」
「お前に負けた俺が今更どうやって主人公になるってんだ……? 俺には最初から無理だったんだ……」
昨日、私たちとの決闘に敗北したことが相当に響いてるようだ。
アクセルの言葉から察するに、今まで彼は魔法戦で負けたことがない。
だから、初めての敗北に心が折れかけてしまっているのだ。
一つの魔法しか使えず、敗北し続けてきた私だから、その気持ちを少しだけ理解できる。
負けるとイライラする。負けた理由を探す。魔法が使えないこと=自分の能力が低いからだと結論付ける。
敗北はそんな単純なものでは決まらないのに、頭に血が上っているからそれと決めつけることしかできない。
アクセルは主人公を免罪符と言ったが、きっと違う。
心のどこか……まだ諦めきれていないから、主人公は彼の夢だから言い続けたのだと思う。
それをずっと一緒にいた幼馴染はどう思うのか。
「……ですってー! どう思いますかー、相棒さーん?」
私は屋上からの眺めをから振り返り、その人に呼びかけた。
「えー、今回は君が面倒を見てくれるんだと思ったんだけど?」
屋上の入り口、こちらからは死角になって見えないところから、やれやれといった様子で出てきたのはアクセルの幼馴染であるジルウェ・エル。
まさか、自分たち以外に誰もいないと思っていたのだろう、驚いたアクセルは目を見開いた。
「!? てめっ……ジルウェ……聞いてたのかよ……」
アクセルはジルウェを怒鳴りつけようとしたが、その声は尻すぼみに小さくなり、最後には彼から視線を逸らして俯いた。
「どうして私が面倒を見なきゃいけないの? それって普通、幼馴染の役目じゃない?」
私はあくまでアクセルに聞きたかったことを聞きに来ただけだ。
決闘を挑まれた理由を聞いて、納得できれば少しは溜飲も下がるというもの。
だからアクセルを慰める役目は私のものではない。
「そうは言っても男の俺じゃあね……それにフレイア、君、お節介を焼く気満々じゃなかった?」
「ざーんねん! お節介じゃなくて野次を飛ばしに来ただけです!」
酷い人だね、と言ってジルウェは笑った。
女の子に優しくして欲しかったら決闘なんて挑まないでよ、と返して私も笑った。
「お前ら、聞いてりゃ好き勝手言いやがって……! 俺は誰の助けも必要ねえんだよ!」
私とジルウェが楽しく話をしているとアクセルが怒鳴ってキレた。
ジルウェの制服の襟を掴み上げ、今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうだ。
「……離せよ、アクセル」
私と笑っていた時とは一転、ジルウェは冷たい表情でアクセルを突き放すように言い放った。
それを聞いたアクセルは眉間を険しくして、もう片方の拳で殴りかかったが、ジルウェはその拳を手のひらで受け止めた。
「そうやってすぐに暴力に訴えかけるのがお前の言う主人公だったのか?」
「っ……!」
アクセルがジルウェを殴った時はひやひやした。
それをジルウェが受け止めたからいいが、加減を知らないアクセルの拳をまともに食らえば歯の一、二本簡単に折れていただろう。
加減を知らない頭突きを食らった私だからわかる。
「主人公は一度負けたぐらいで諦めたりしない……そうだろ?」
ぐずった子供をあやすような優しい声でジルウェは言った。
アクセルは、はっとして少し逡巡した後、ジルウェの制服からゆっくりと手を離した。
やっぱりアクセルの面倒を見るのは私の役目ではない。
聞きたいことも大体聞けたし、後はジルウェに任せれば大丈夫だろうと、私は静かにその場から離れた。
「……おい、フレイア」
屋上から去ろうとする私の背中に声がかかった。
「……なに? 邪魔したら悪いかなって思ったから帰るとこなんだけど?」
私は振り返らずに言った。
「悪かった……そんだけだ」
うん、悪くない言葉だ。
それだけ聞けばもういいだろう。
私は黙って屋上から去った。
「次は負けねえからな!」
後ろからまだ何か聞こえる気がするが何も聞こえない、聞きたくない、次なんて無い。
これ以上の面倒は流石に付き合いきれないので、急ぎ私は教室に戻ったのだった。
年末年始少し投稿の間隔が空くかもしれません。
楽しみにしている方々には申し訳ございません。
次回は最新の続きを投稿する予定です。




