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EP33.翼の集いVI-理想の振舞い

 エリンの案内に従って正面玄関から屋敷に入ると、かなりの広さを誇るエントランスが歓迎した。

 エントランスだけで余裕で小さな家ほどの広さがあり、その家の威を示すかのように飾られた調度品たちはどれも高そうな物ばかりで、もし引っかけて落としてしまったら……と思うとぞっとする。

 屋敷は左右・正面・さらに階段で上階へと続いており、個人が所有する家と言うにはあまりにも巨大で、城と言われた方が頷けるというものだ。

 そんな屋敷を堂々と歩くロゼッタとそれに付き従うエリンはとても絵になっており、普通の貴族と一線を画し、ホークリング家が王国五大貴族と言われる所以(ゆえん)の一部がそこに垣間見えた気がした。


「どうしたのですか、フレイア? 早くついてきてください」


 思わず立ち止まってしまっていた私を急かすロゼッタ。

 この屋敷を友人の家と割り切るのは簡単ではなく、緊張の糸が縛るのだからそう急かさないでほしい。

 きっと私でなくともこの屋敷に踏み入ったなら、誰だって足を止めるだろう。

 同じ五大貴族を除き、普通の貴族だってこんなに大きな屋敷には住めはしないのだから。


「いや、あの、屋敷が想像してた以上にすごくてさ……それに一瞬でここまで移動してきたのはエリンの魔法……?」


 つい数時間前のことだ。

 私はノインに学院まで移動できないのかと質問したが、≪転移≫の魔法には対となる魔法陣が必要だと返された。

 それが記憶に新しかったため、エリンが指を鳴らしただけで彼女を含めた私たち三人を、一瞬で屋敷まで移動したことに驚いた。

 魔法陣を介して移動したようには見えなかったし、もちろん、私がしたような無茶な移動をした感じもなかった。

 なので、エリンがどうやって移動させたのかと疑問に思ったのだ。


「その通りでございます。私が魔法でお嬢様方を屋敷まで移動させました」


「フレイアが疑問に思うのも無理はないでしょう……通常、魔法を使って移動を行うには≪転移≫の魔法陣を使い、定められた場所と場所を行き来するのが普通ですが、エリンは王国全土の詳細なまでの地理を把握しており、その魔法力の高さと合わせて、王国内であれば魔法を使ってどこにでも一瞬で移動することができるのです」


 結界が張られている場所など特別な場所は無理ですが……、とエリンが付け加えたがそうであったとしてもすごい魔法だ。

 魔法力に関しては身近にも長けた人たちがいるので納得できるが、どうすれば王国全土の地理を把握することができるのか。想像もできない。

 きっとアレクシアでも無理だろう。……いや、アレクシアの場合、お母さんが指示したのならもしかしたら……?


「エリンみたいな優秀な人が使用人だなんて……さすがホークリング家……」


「いえ、すごいのはエリンですわ。何せ屋敷ではエリン以外の人員を雇っていないのですから」


「ええっ!? こんなに大きな屋敷の仕事を全部エリン一人でこなしてるの!?」


 ロゼッタから明かされた驚愕の事実に思わずエリンを凝視する。

 これほどの屋敷を常に美しく保つためには、考えずともかなりの労力が必要なことが一目にわかる。

 それをエリン一人で賄えるとは到底思えない。


「私など……御当主様がそれほど厳しく(おっしゃ)られないので、適度に手を抜かせていただいてるだけです」


「エリン、あなたよくそんな嘘を……家事清掃はもちろん、庭の手入れに屋敷の警備まで。その全てをあなた一人で完璧にこなしているではありませんか……」


「研究開発に専念する御当主様たちが屋敷に帰ることは週に数回あれば多いぐらい、今ではロゼッタ様も屋敷を荒すようなことはしませんから、言うほどのことはありません」


 涼しい顔のエリンと(にが)そうな顔のロゼッタを見ればなんとなくわかる。

 エリンが言っているほど屋敷の管理は簡単ではなく、誰でもわかるように実際ものすごく大変なのだろうということが。

 それをエリンは一人でやっているのだからロゼッタがすごいと言ったのも理解できる。


 一通り屋敷を案内された後、週末までの間、私が泊まる部屋へと案内された。

 部屋の窓からは庭が一望でき、玄関から見渡すだけでは植物に隠れて見えなかった噴水もここからは見えた。

 普段私が使っている二倍以上の大きさのベッドには天蓋まで付いており、極上のふわふわ感。

 他、基本的な家具はもちろんのこと、洗面台やトイレも備え付けられている。

 さすがに浴室までは無かったがお風呂については屋敷の大浴場を使っていいとのこと。

 それだけでも至れり尽くせりなのに、さらにエリンが世話までしてくれる。

 しかし、――――――


「フレイア様、制服のままではしわになりますので、先に入浴を済ませてはいかがでしょうか? 本日は遠くまで足を運んだとも聞いています」


「あっ、はい……ちがっ……その、わ、私なんかがいいのでしょうか?」


 エリンと二人きりの状況。緊張しておかしくなる言葉遣い。

 常にエリンが近くいることに加え、丁寧な言葉遣いを心がける必要があり、かなりしんどい。


「ふふっ、こういうのは慣れませんね。ロゼッタ様はボロを出さないようあえて、堅く堅く話すよう習慣付けているので、それを真似せずともよいのですよ」


 微笑むエリン。

 私の言葉遣いを笑っているようではない。

 たぶん、そのボロ(・・)のことを笑っているのだ。

 私はそれが気になったので聞いてみる。


「……ボロって?」


「お心当たりはあると思いますが、貴族令嬢である点を除けばロゼッタ様はかなりのやんちゃ娘ですからね」


 エリンの言う心当たりは大いにあった。

 初対面の私にパートナーを申し込んできたり、その末にノインと決闘(デュエル)をしたり。

 ミレイユとは魔法の相性を確認もせずにパートナーを組んでいた。


「もしかして……ロゼッタって私以上に滅茶苦茶するの?」


「……フレイア様のやんちゃの程度はわかりませんが……貴族のマナーで縛っていなければ蛮族と変わりないかと」


 蛮族……自分の付き人に言われてしまったロゼッタ。

 私も結構な無茶をしてきた自覚はあるが、貴族マナーで縛っていてもその片鱗が微妙に見え隠れするのだから恐ろしい。


「ですので、落ち着いて丁寧な言葉選びを意識して、自信を持って発言すればフレイア様もすぐに淑女たりえますよ」


 落ち着けとはお母さんにも言われたことだ。

 周りから見て私はそこまで落ち着いていないように見えるのだろうか。

 いや、見えるからこそ指摘されるのだろう。

 エリンの言葉をしっかりと胸に思い浮かべ、深呼吸をする。


「ありがとう、エリン。先にお風呂をいただきます」


 屋敷まで来てしまった時点でもう後戻りはできない。全力で貴族マナーを身につけるしかないのだ。

 時間も限られているし、いつまでも恥ずかしがってエリンの世話を増やしては、逆に彼女の迷惑になる。

 エリンに全力で甘える形になるが、屋敷の仕事を一人でこなしている彼女であれば、私一人の世話が増えたとしてもきっと許してくれるだろう。


「はい、フレイア様。大浴場にご案内いたします」


 エリンは頷くと主人に対するよう深く頭を下げ、私を大浴場に案内してくれた。


「洗濯物はそちらに。お着替えは用意しておきますので、ごゆっくりどうぞ」


 大浴場に案内され、エリンはそれだけ言うと脱衣所を出て行った。

 脱衣所に用意されていた洗濯かごに脱いだ制服を突っ込んでから、畳んで入れた方が良かったかと思い直す。

 かごの中を覗くとすでに一着の制服が脱ぎっぱなしで入っていた。


「………………」


 少し考えてからそこまで求められはしないだろうと思ったが、エリンにロゼッタと同じように思われるのは(はばか)られると制服を畳み、タオルを巻いて大浴場に入った。

 言うまでもなく大浴場もかなりの広さで、公衆浴場よりも広いかもしれないと思うほど。

 すでに張られた湯船には赤い花びらが浮かんでおり、ほんのりと甘い香りがする。

 洗濯かごを覗いた時点でわかっていたが、先客の姿もそこにあった。


「ごきげんよう、ロゼッタ様」


「あら、ずいぶんとそれっぽく振る舞っていますが、恥ずかしがるのはやめたのですか?」


「………………はい。今更恥ずかしがっても仕方ないので、それならエリンに甘えることにしました」


「? 気になる間ですが週末まで時間がありませんし、いい心がけでしょう」


 一瞬、訝しむ顔をしたロゼッタだが深くは追求せず、私を隣へと招いた。

 もし、追求されてもロゼッタのようなやんちゃだと思われたくなかった、とは言えまい。


「! すごい……! このお湯すごく気持ちいい……!」


 湯に足を()けた瞬間にわかった。張られているのが普通のお湯ではないことが。

 その湯をロゼッタの隣まで進み、湯に浸かる。


「エリンが調合した薬湯です。あなたをもてなそうと思ってのことでしょう」


「それは素直にありがたい……ですが、薬湯の調合までできるエリンは本当に何者……」


 王国中を行き来できるほどの魔法力を持ち、家事清掃、庭の手入れに屋敷の警備……終いには薬湯の調合まで。一人の人間ができることの容量(キャパシティ)を優に超えている。

 それだけのことができるのだからエリンにできないことはないのではないかと思ってしまう。


「私も前に尋ねたのですがはぐらかされてしまい……(かたく)なとして教えてくれないのです……」


 両手で湯を(すく)い、小さな水面に暗い表情を映すロゼッタ。


「ご説明はしたはずですが……まだご納得頂けていませんでしたか」


「ひゃああああ!!? エリン!? いつから聞いてたのです!?」


 間の抜けた声を出したことを恥ずかしがるよう慌てて顔の半分を湯に隠し、恨めしそうに自分の従者を睨むロゼッタ。

 一体いつからそこにいたのだろうか。

 タオルを巻いたエリンが大浴場の入口に立っていた。


「フレイア様をご案内して、お嬢様方のお着替えを用意してからなので……最初からでしょうか」


 着替えを用意していたのなら途中からではないのか……。

 てきぱきと入浴の準備をしたわけではないが、さすがエリン。仕事が早すぎる。


「フレイア様もどうぞお気になさらず、何でもお申し付けください」


「は、はい……その時はお願いします……」


 苦笑する私の隣に浸かるエリン。

 最初からいたのであれば私の言ったことだって聞かれているか。

 胸を借りるつもりで言ったことではあるが、本人に聞かれてしまうと恥ずかしい。


 しかし。

 私を挟むように湯船に浮かぶ立派な桃が四つ。

 決して発育が悪い方ではない私の桃を凌駕する大きさ。

 たまに学院でも視界に入る度に思うのだが、やはりでかく、主が主ならその従者もか。

 そんなものに挟まれては普通以上はあるはずの私の桃が小さく見えてしまう。

 どうして私の隣に浸かったのか。


「もう! 聞いていたのなら今度こそ答えてもらいますわ、エリン!」


 主の気など知らないとばかりに平然と湯に浸かるエリンに対し、痺れを切らしたようロゼッタが詰め寄る。


「何度も言っていますが、努力をしたのです。家事・清掃等のスキルは使用人としてのは教育を一通り受け、魔法についてはお嬢様方と同じバルメデアラ魔法学院に通い、全過程を修了しています」


 二人が私を挟んで話すため、私の桃が窮屈そうに潰れてしまう。

 こんなに広い大浴場なのだからこんなに身体を近づけ密集する必要はないだろうに。


「その説明でどうやって納得しろと!? フレイアも言ってください!」


「ええっ!?」


 聞いたのはロゼッタなのに、どうしてここで私に振ってくるのか。

 エリンの説明を聞いた限りでは確かに説明が省かれ過ぎているとも思わなくもないが、貴族の使用人になるための教育となればかなり厳しい教育だと予想される。

 魔法についても学院の卒業生ということであれば、優秀な卒業生としてクレストール先生にアレクシア、私のお母さんもいるのだからそこまで不思議とも思わない。


「うーん……魔法で仕事を効率化してるとか?」


「はい、フレイア様の仰る通りでございます」


「それぐらい私にも思いつきます! しかし、あなたは魔法を使っているような素振(そぶ)りを見せないではありませんか!」


 ロゼッタが言いたいこともわかる。

 エリンは私たちを魔法で屋敷まで移動させたと言ったが、指を鳴らしただけの一瞬で私たちを移動させたのだ。

 魔法を使っているというよりも手品を見せられているような感じだった。


「それは、貴族の従者としてあるためです。湖に優雅に浮ぶ白鳥も水面下では必死に脚を動かしています。人はそれを美しいと思い、美しくあるためには醜い部分は隠すのです」


 ああ……と感嘆の声を漏らした。

 私たちが美しいと思うものがあったとして、その裏だったり、過程までそうであることはない。

 完成された表以外を好んで見たいと思う人はいない。むしろ見たくなどないのだ。

 庶民に羨望を向けられる貴族も同じであり、清濁を併せ持っていたとしても"濁"の部分を見られないよう完璧を求められた。

 それは、貴族の従者も同様に。

 だから、私たちが理想とする振舞いをエリンは演じた。


「ロゼッタ……エリンの指導があれば週末までになんとかなりそうですね」


 つまり、エリンの振舞いが理想であるなら、それを真似ればいい。

 本人から直接指導してもらえるならなおさらだ。


「もちろんです。ロゼッタ様にも、そのご学友であるフレイア様にも、恥はかかせられませんから」


 ロゼッタはまだ納得できないといった顔をしているが、私はエリンが言っていることを信じる。

 それに他にどう説明されたとして、納得できそうな説明がどんなものか私には思い浮かばない。


「……最悪、間に合わなかった場合は奥の手を使いましょう」


「……奥の手?」


 にこやかに微笑むエリンが怖い。


「奥の手は奥の手であって、できれば使いたくはないので……」


「ああ、言い忘れていましたが、エリンは私の教育係もしていて今後のため奥の手だけは避けた方がいいかと……」


「なにそれ!?!!?」


 撤回だ、撤回!

 使用人の教育を受けたとか、魔法学院に通ったとかそんなことは些細(ささい)なことだ。

 エリンは私たちに説明しないのではなく、きっと説明できないようなことを……。

 あれ? 何か、頭が、ぼーっとして……。


「あら、のぼせてしまったようですね」


 のぼせてしまい前かがみに倒れるフレイアを抱き支えたエリン。


「薬湯の調合を間違えたかもしれません」


「……本当に間違えたのか怪しいものですね。話のタイミングもピッタリに……」


「まさか。……ですが、これで素直に聞き分けて頂けるようになったのではないでしょうか」


 幼い頃よりエリンと過ごしてきたロゼッタはため息をついた。

 ホークリング家の使用人であり、自分の側仕えであり、教育係でもあるエリンとは当主である父親よりも、自分を産んでくれた母親よりも長く一緒にいたのだから彼女がどんな人間かもおおよそ理解できている。

 何もかも完璧にこなしてきたエリンが失敗をすることなどありえないことも。

 そんな彼女から過去に「奥の手」という名の教育的指導を受けたことがあるロゼッタは願った。

 フレイアが自分と同じトラウマを植え付けられることがないようにと。

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