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EP32.翼の集いV-ようこそ、ホークリング邸へ

 オリヴィアと別れた後、私たちは最後に残ったトドンの花の根の採集に向かった。

 ノインの示した目星(ポイント)には他の植物同様、トドンの花が群生しており、採集を済ませ、無事目的を達成できたので、学院への帰途についた。

 その頃には日が傾き始めており、一日歩き続けた私たちはくたくたとなっていた。


「……疲れた。ノインは学院まで一瞬で移動できるような魔法使えたりしないの?」


「て、≪転移≫の魔法には対となる魔法陣が必要だから……無理……」


「うへぇ……来た時と同じく、また一時間以上歩かないとかあ……」


 思い付きで言ったことではあったが、わずかな期待は非情にも叶わず、まだ歩き続けなければいけないことに私は溜息をついた。


「フレイアこそどうなの……?」


「えっ、私がそんな魔法使えるわけないでしょう?」


「? 風の魔法……使えるようになったんじゃないの?」


 不思議そうに首を傾げたノイン。言われて私は、以前グラスから彼女の力の一部を託されたことを思い出す。

 悪いことに使わないよう釘を刺されていたこともあり、すっかり忘れていた。

 再び湧いた期待を胸に、私は自分の内にいるグラスに語りかけた。


『グラス聞こえる? 風の魔法で学院まで飛べたりしない?』


『……聞こえるし聞いてた。私の力……無駄なことに使おうとしてない?』


 聞こえるし聞いてたのなら、昨日の朝、私が語りかけたのも聞こえていたのではないか?

 グラスは私のことを無視してくれたのか。へー。

 まあ、それは今追求することではないので保留とする。


『まさか。今まで≪祝福≫の魔法しか使えなかったから力だけ託されても使い方がわかりません……ってことでご教授願います、お姉ちゃん』


『……お姉ちゃんって言っておけば許されると思ってない? 基本の魔法は使えたのだから他の魔法もそれと同じ……自分でやってみなさい』


 そんなこと決して思っていない。……思っていませんとも。


『まずは集中して……風の魔力を集めて』


 グラスの指示に従い、精神を集中すると感じる二つの魔力。

 以前、私が異質と感じていたこの魔力こそ風の魔力。その魔力を一点に集中させる。


『その調子。次はイメージを……集めた魔力でどうしたいかを想像して』


 イメージ……想像……歩くのは、疲れた。歩かずに学院まで飛べたらいい。そう……風のように。

 以前同様、まだ魔法は発動していないにも関わらず、私を中心に周囲を風が吹き始めた。

 これが魔法発動の予兆であるならば、今回もちゃんと魔法は発動するはずだ。


「ノイン、私に掴まって!」


「ど、どこに掴まれば……?」


 私が許可を出した時に限ってコミュ障を発揮するのだからもどかしい。

 どこに掴まればいいか決めかねおどおどしているノインを左腕で抱えるようにし、さらに強いイメージを思い描く。

 直線ではダメだ。一度、空に飛び上がってそれから学院まで一気に……!


『学院までは距離がある……その距離を一気に飛ぶには、元から持っているあなたの力も必要。さあ、私たちの力を一つにして……!』


『! うん……!』


 元から使える方ならば、それだけをずっと使い続けてきのだから説明の必要はない。

 二つの魔力を集め、イメージが完成する。


「……≪祝福の風の舞い(ウインドステップ)≫!」


 瞬間。

 私たちは風となる。

 足元に集めた風を踏み台に、空高くへと舞い上がる。

 上昇中も風で加速し、ついに高高度へと到達する。

 こうして魔法でも使わなければ到達することのできない場所からの眺めは新鮮で、とても美しい。

 普段は見上げることしかできないバルメデアラ魔法学院の校舎も眼下に小さく見える。


 しかし。この高さ――


『あまりにも高すぎる!!?』


 ≪祝福≫の魔法で他の魔法を増幅するのは初めてではない。むしろ、幾度となくしてきたことだ。

 しかし、そのほとんどが出力が固定された標準魔法(プリセットマジック)か他者への強化であり、自分自身が発動する魔法に対しては初めてである。

 そのため加減がわからず、必要以上の高さまで飛んでしまった。


『魔法の出力が高すぎ……それでも優秀な魔法使いの娘なの?』


『いやいやいや!? まともに魔法を使うのなんて初めてなんだから……ってひぃぃぃい!?』


 呆れるグラスに反論しようとしたが、それは悲鳴に変わる。

 魔法は次の段階に移行。学院目指して落下、加速する。

 恐怖と加速によって口を開くことすらできず、ノインに助けを求めようとするが白目を剝いて気絶してしまっている。


『まったく、本当に世話のかかる妹なんだから……』


 そう言うとグラスは私の空いている右腕を前に突き出した。

 学院の校舎はどんどん大きくなり、それにつれて地面も近づいていく。


『目は閉じないで。タイミングがわからなくなるから』


 無茶を言う。一瞬でも気を抜けばノインを落としてしまいそうなのに、このまま落ちるのを見ているなんて。

 だが、グラスの言う通りにしなければ、今の私にこの窮地を脱する(すべ)はないのだ。

 グラスを信じて、しっかりと目を見開いた。


『あ、先に謝っとくけど、失敗したらごめんね?』


「はあああああああああああああああああ!!?」


 地面がもう目の前というところ、思わず私は叫んだ。


『……嘘に決まっているでしょ……≪風のゆりかご(ウインドクレイドル)≫……!』


 地面に激突する寸前、風の繭が私たちを包み込み、緩衝材の役割を果たす。

 そのまま風の繭は私たちをふわりと地面に降ろし、私はその場にへたり込んだ。


「い、生きてる……? 夢じゃないよね……?」


『当たり前でしょ。あなたに死なれては困るもの』


「あ、ありがとう……助かりました……」


 正直、グラスには言いたいことがたくさんある。

 しかし、今はそれを言及する元気はもう残っておらず、グラスの助けがなければ、私たちは死んでいたため感謝だけ伝える。

 安心したらどっと疲労感が襲ってきた。

 歩いた方がまだマシだったかもしれないと思いつつ、私はしばらくその場から動けなかった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「せ、先生……頼まれた植物たち採ってきました……」


 ようやく動けるようになった私は、気絶したノインを教室に運び、ロゼッタたちに預けた。

 疲労困憊(ひろうこんぱい)の私と気絶したノインを見て、何があったのかと驚いた様子だったが、説明は後にし、クレストール先生への報告を先に済ませなければならないと職員室に向かった。


「何やらひどく疲れているように見えるが……そんなに大変だったか?」


 採集した植物を入れた袋を差し出すと先生はそれを受け取り、その中身を(あらた)めつつ、何があったかを聞いてきた。


「あー、いや、採集自体は順調に終わったんですけど……一日中歩き回って……いろいろあったんです……」


 歩くのに疲れ、初めて使う魔法で帰ろうとした挙句、死にかけたなんてとても言えない。


「そのいろいろというのがわからんが……確かに目的の植物は十分数集まっている。ご苦労、これで追試を終了とする」


 採集量が足りないことを危惧したが、足りていたようで安心してほっと息をつく。

 これで私の抱える問題が一つ減った。


「……しかし、ノイン・メイヴィアの姿が見えないがどうした?」


 私が安心しているとノインが一緒ではないことを目ざとく指摘する先生。


「あ、あはは……ノインも歩き疲れてて、先生への報告ならどっちかがすればいいだろうって、じゃんけんで決めたんですけど私が負けて……先に教室で休んでます」


 気絶してしまったので教室で寝かせているなんて言えるはずもなく、適当に嘘をついた。


「まったく、貴様らは……内容は奉仕活動だったとはいえ追試の報告なのだ。これ以上の報告はもう必要ないため今回は許すが次は二人で来い」


「はい……」


 先生の言っていることはもっともだが、私が疲れていることを鑑みてか、それ以上深く追求されることはなく、私は教室に戻った。


 教室に戻るとロゼッタとミレイユの二人が、ノインの介抱をしながら待っていてくれた。

 こうして傍から見る立場になると、ノインも結構気を失って介抱されているなと思う。

 今回に関しては私のせいなのだが……。


「おかえり、フレイア!」


「おかえりなさいませ。どうやら今回もまた無茶をしたようですが……」


「待って、違うの。今回は奉仕活動……植物採集だよ? 無茶のしようがないって」


 労いも早々に痛いところを突くロゼッタに私は反論をする。


「ノインはちょっと……少し……それなりに頭のおかしい子。私のことが大好きなこともあって私が抱きしめてあげたら気絶しちゃったの」


 ありえなくもない……、と頭を抱えるロゼッタに、ミレイユは苦笑する。

 ノインを頭のおかしい子と言ったのにツッコまれないのは、もはや私たちの中でそういった共通認識があるからだろう。

 そして、実際のところノインがいつから気を失っていたかは、魔法の発動に集中していたためわからないのだ。


「仮にもしそれが本当だったとして、どうしたらそのような状況になるのですか?」


 ロゼッタめ、まだ疑うか。

 ロゼッタの私に対する疑い深さは異常だ。

 まあ、それも私のせいではあるのだが……。


「ノインの植物知識が役に立って採集が早く終わったからご褒美にと思って」


「ご褒美なら白目を剥くことはないんじゃないかな……」


 純粋に思ったことを口にするミレイユ。

 思っていても言っていいことと、悪いことがある。ミレイユの余計なツッコミを入れるところはいただけない。


「ミレイユ……私もミレイユに抱きしめられたらその嬉しさで白目を剝いて気絶するかもしれないよ?」


 言って私はそれを試そうとミレイユにハグを求めた。


「いや、求められてもしないけど。……そう言われるとあるかもしれない」


 ミレイユどうして……。前はあんなに熱い夜を過ごしたというのに……。

 しかし、ちょっと待って欲しい。ミレイユはどうして思い直したのか。

 まさか、私とノインが同じように頭がおかしいと思っているわけではあるまいね?


「まあ、怪我をしているわけでもありませんし……そろそろ本題に入りましょう」


「本題……?」


 呆れたような顔で次の話題に切り替えようとしたロゼッタ。

 本題とは何のことか、私が思案する間も与えられず、その答えを切り出した。


「忘れたとは言わせません。週末の翼の集い(ウイングス・パーティー)に向けてですわ!」


 翼の集い(ウイングス・パーティー)……忘れていたわけではない。

 参加が決まった昨日からロゼッタの家に泊まりでマナー等必要なことを教わるはずだったのだが、追試で朝早くから出発しなければならなかったため、今日からにずれたのだ。

 主導権はロゼッタにあり、私から動けることはないため気は重いが気にしてはいなかった。


「そんな鳥頭みたいに言わなくても忘れてないって。それで私はどうすればいいの?」


「………………忘れてないならいいですわ。外に迎えを待たせていますので、詳細については追々話しましょう」


 おい。今、絶対に忘れてる前提で話そうとしていただろう。

 初めて出会った頃の私を尊敬していたロゼッタはどこに行ってしまったのか。


「そう言えばアレクシアはどうなったの?」


 アレクシアは私の護衛として今も学院寮に部屋を借りている。

 他の軍の任務もあり最近は朝と放課後しかその姿を見かけないが、ゼグス理事長の話を聞いてから彼女の姿を見かけていなかった。


「アレクシアなら他に優先する任務があり、後から合流するそうですわ」


「そっか、ちゃんと合流するんだ」


 アレクシアは普段は寡黙でクールな騎士団長をしているが、お母さんのこととなると、とんでもないポンコツメンヘラと化す。

 それに私がどれほど振り回されたか……。

 理事長の話を聞いて、途中で退席した時は嫌な予感がしたが、合流するというなら少しは安心していいか。

 クレストール先生でさえショックを受けた内容なのだから、当然、アレクシアも思うことがあったに違いない。しかし、さすがは王国軍騎士団長。公私混同はしないか、すでに気持ちを切り替えたのか。

 どちらにせよ頼もしいことではある。


「ではミレイユ、すみませんがノインのことは頼みますわ」


「今度お礼にデートするからね!」


「うん、また明日。ショッピングも楽しみにしてるね!」


 笑顔で手を振るミレイユ。

 デートと言ったはずだが……わざわざショッピングと言い直したのは他の人がいる前では恥ずかしかったか。ミレイユ可愛い。


 ミレイユと一時別れの挨拶を済ませた私はロゼッタと二人、教室を出て迎えが待っているという正門に向かう。

 日はすでに沈みかけており、学院に残っている生徒は少ない。

 特に話すこともなく廊下を歩いていると、ふと思った。


「こうしてロゼッタと二人でいるのって、なんだかんだ初めてじゃない?」


「言われてみるとそうですわね。ノインはフレイアのひっつき虫ですし、最近ではミレイユも一緒ですから」


「ふふっ、そうだよねー」


 それが悪いということではないのだが、みんなとは実際に一緒にいた時間よりも長い時間一緒にいるような気がする。

 それなのに一人一人とじっくりと話したことはほとんどなく、それがおかしく感じて笑みが漏れた。


「ふふっ、フレイアは本当に人気者ですからね」


 ロゼッタも笑った。

 さっきまでの互いを疑うような言い争いをしていたのが、嘘のように素直に話せている。

 だから、普段は言葉にしないようなことも今なら言葉にできる気がした。


「私、ロゼッタが友達でよかったよ」


「……どうしたのですか、突然。気持ち悪いことを言って」


「それそれ! 今は他に誰も聞いてないんだから、少しは素直になりなよ?」


 嫌な顔をして茶化そうとするロゼッタを私は叱るように諭す。


「美味しいものを食べさせてくれるし、高そうなアクセサリーもプレゼントしてくれた、これはノインもだけど。……それに真っ向から私を叱ってくれた」


 その彼女たちにプレゼントされてから毎日付けている首のチョーカーを優しく撫で、中間試験の時、宿でロゼッタにぶっ叩かれたことを思い出す。

 あれは最高に効いた。


「それはあなたがだらしないから……って私もですけどね」


「ん~?」


 私は首を傾げた。

 誰だってだらしないところの一つや二つあるのが当然だ。

 完璧な人間などいないのだから、貴族令嬢であるロゼッタと言えど同じだろう。


「私は今まで他人に頼らないよう生きてきたつもりでした……私は貴族として生まれ、常にみなに与える側にいるべき……その私が与えられる側に回るのは間違っていると教育されてきたのですから」


「うわ……やっぱりあるんだ。そういうお嬢様的エピソード……」


 ロゼッタのお約束のような話に、私は引きつらせた笑顔を浮かべた。


「だから、今回のこと……どうするべきか悩んでいたのです」


 どうするべきかってのは、私たちを頼っていいのかということだろう。

 友達に頼られれば、力になれる範囲で存分に力を貸すだろう。

 しかし、友達同士互いにそう思っていても実際に頼るのは難しい。私もそうだったから。

 だから、ロゼッタも同じように思い悩んだのだろう。

 加えてロゼッタはそう教育されてきたのだからなおのこと。


「フレイア……私もあなたが友達でよかったと思います。だらしないあなたをいつも助けているのですから、気兼ねなく頼ることができました」


「うわー……素直に感謝だけ伝えればいいのに……」


「そんな恥ずかしいこと、お断りしますわ」


 こんな時ぐらい素直になってもいいだろうに。

 夕暮れに染まる校舎内。ロゼッタの頬が夕暮れの赤とは別の赤に染まっていることは黙っておこう。

 それを言ってしまったら、私の頬が熱くなっていることも指摘されてしまうだろうから。

 それから私たちは言葉を交わすことなく、静かに廊下を歩いた。


 正門に着くとロゼッタの迎えらしき、ゴシックな使用人服を着た金髪の女性が待っていた。


「お待ちしておりました。ロゼッタ様、フレイア様」


「すみません、エリン。待たせてしまいましたね」


 うやうやしく頭を下げたエリンと呼ばれた女性。その振舞いは流れるような自然な動きで美しい。

 仮に彼女も貴族だと言われたらきっと信じてしまっただろう。


(わたくし)、ロゼッタ様の側仕えをさせて頂いております、エリンと申します。屋敷にいる間はフレイア様のお世話も私が担当いたしますのでよろしくお願いいたします」


「は、はい! ロ、ロゼッタにはいつもお世話なっていて……えっと、その、エリンさん、こちらこそよろしくお願いします!」


 エリンは(あるじ)でもない私にも深く頭を下げ、私はそれに対してどう返していいのかわからず、焦ってしまった。


「フレイア……翼の集い(ウイングス・パーティー)が終わるまでエリンはあなたの側仕えでもあるのですから毅然としてください」


「初対面の相手にそんなの無理でしょ!?」


「週末まで時間がないのですから、強引にでも無理にでもしていただかないと」


 週末の翼の集い(ウイングス・パーティー)まで、今日を含めて五日しかない。

 学院に通いつつなので、実質的な時間はさらに少ない。

 王国評議会議長であるオウルドット家の当主を相手に、王国特別令状を撤回させなければならないのだから、ロゼッタの言う通り強引にでも無理にでもなんとか貴族の振舞いを身につけなければ始まらない。

 私は覚悟を決める。


「……エリン。週末までの短い間ですが、よろしくお願いいたします、わ」


「わかってはいましたけど……これはかなり厳しそうですわね……」


 ロゼッタは額に手を当て眉をひそめ、エリンは笑顔で頷いてくれた。

 自分で言っていて鳥肌が立つのだから、傍から見るとその違和感は凄まじいだろう。


「ではお嬢様方、まずは屋敷に帰るとしましょう」


 そう言ってエリンはパチンと指を鳴らし、私たち三人は一瞬の光に包まれた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 光に包まれたと思ったら知らない景色が視界に映った。

 まず最初に目を惹かれたのが、学院の校舎ほど大きくはないがそれでも十分な大きさを誇る屋敷。

 次にその屋敷を囲むよう、様々な花が彩る手入れの行き届いた美しい庭が目に映る。

 ここは一体……。


「さ、こちらですわ」


 何が起こったのか理解できないでいると、先に歩き出していたロゼッタが手を傾げて屋敷を示した。


「えっと……この大きな屋敷がロゼッタの……」


 状況から考えるにそれしかありえないだろう。


「――――――ようこそ、ホークリング邸へ」

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