EP30.翼の集いIII-フレイアが抱える問題
午後のホームルームが終わり、放課後。
私は職員室のクレストール先生の元を訪ねていた。
「どうした? 昨日のことで体調が優れないならすぐに医務室に……」
「ち、違います違います! 心配してもらえるのはありがたいんですけど、そうじゃなくて……えっと、二人で話せませんか?」
やはり先生は魔法研究報告書に書かれていた内容のことで、私を心配してくれていたようだ。
叱られないのはいいのだが、それでは先生を騙しているようで、私の良心がそれを許さない。
そのことについては大丈夫だと伝えることもだが、昨日ゼグス理事長が話していたことについても相談したいので、場所を変える提案をした。
わざわざ理事長室に呼ばれるぐらいの話なのだから、他の先生もいる職員室では話さない方がいいと思ったからだ。
「それは構わないが……?」
「クレストール先生……この前から気になっていたのですが、まさか生徒に手を出すようなことはしていませんよね……?」
横の席から訝し気な目で話に入ってきたのは、隣のクラスの担任をしているクリスティア先生。
女神教会にお母さんが攫われた時、クレストール先生が代理でホームルームを頼んでいた先生だ。
「……は? クリスティア先生、何を馬鹿なことを……私がこのような頭の悪い生徒に手を出すなど、ありえません」
はー。やっぱりそのまま心配してもらってた方がいいかもしれない。
誰が頭の悪い生徒だ、誰が。
だが、そんな事実は確かに無いし、そもそもこちらからお断りなので、このことについてはいつか仕返しをするとして今は突っ込まないでおく。
それでも訝し気な目のクリスティア先生を他所に、私たちは指導室に移動した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
指導室に移動するため職員室を出ると、ノイン、ロゼッタ、ミレイユのいつもの三人が待ち構えるようにして待っていた。
「三人ともどうしたのそんなに怖い顔して?」
「フ、フレイア……ホームルーム終わったらすぐに飛び出していったから……」
「うん、それに先生もいつもと違う様子だったし……」
「また……隠し事なのですか……?」
先生と二人、これだけ怪しい動きをしていたら感付かれるもするだろう。
しかし、わかって欲しいのだが、三人に隠そうとしていたつもりはない。
大っぴらにしていい話ではないから理事長は人と場所を選んだのだろうから。
「ええっと、それはね……」
「彼らには事情を話しておくべきだろう」
なんと私の言葉を切ったのは先生だった。
先生のことなので理事長の思惑を理解していないはずがないとは思うが、それは本当に私たちで決めていいことなのだろうか。
「確かに簡単にしていい話ではない……しかし、自分のことだ。自分の味方は自分で選ぶべきだ」
「……! 先生、三人も一緒に指導室に付いて行って大丈夫ですか?」
「……好きにするがいい」
先生の言葉にぱっと顔をほころばせる三人の友人たち。
ここまで私を信じて力になってくれたのだから、今更巻き込むことを後ろめたいとは思わない。
であれば、これからもありがたく私の道連れになってもらうだけだ。
場所を指導室に移し、みんなに昨日の出来事をかいつまんで話した。
「……フィエレスの残した魔法研究報告書を読むまでは、にわかには信じられなかったが……フレイア、貴様の中には確かにもう一人が存在しているのだな……」
「先生には少し話した気がするんですけど……?」
「ああ、あの時は頭を打ったとも聞いていたのでな……ついにイカれてしまったと思っていた」
「それ本気でそう思ってたって顔ですね!?」
これだから拗らせ独身教師はお断りなのだ。
そう思っていたとしてもそこは冗談だと言うべきところだ。
「あ、あの、えっと……つ、つまりフレイアは人間じゃないの……?」
私が考えないようにしていたことを、戸惑うように口にしたノイン。
改めてその事実を告げられるとやはり辛い。
その身体は人間――グラスのモノでも、私はお母さんが生み出した精霊なのだ。
「まあ、そうなるかな……私、人間じゃなかったみたい……」
冗談めかして言おうとしても、無理矢理の笑顔しか作れない。
気を抜けば、涙してしまいそうですらある。
「……? フレイアが人間じゃなかったとして何かあるの?」
「そうですわ。問題なのはフレイアが人間ではないことよりも友達に隠し事をしようとするような、残念な感性の方ですわ!」
「た、確かに……!」
「そこ納得するな! あなたたちの頭も相当残念な方だけどね!?」
まったく、私の曇っていた気持ちを一瞬で晴らして、笑顔に戻してくれるのだからすごいと思う。
もう少し言葉を選べるようになったらもっとすごいと思うけど。
「それに精霊は存在の実証もされていないのだ……フレイアがただの頭のおかしい二重人格者だということもまだ否定できない」
「否定しろ! もうこの話は終わり……次!」
正直、自分ですら受け入れがたいことだったのだ、みんなが受け入れてくれるか心配だったがあまりにも杞憂だった。
「つ、次はフレイアの封印指定……」
「女神教会……王国評議会……魔法聖教会……人気者ですわね」
「それって人気って言うのかな……疎まれてるから封印指定なんじゃ……」
「ミレイユさん……?」
私は笑顔で首を横に振った。
それでミレイユは、はっとして何かを察し、それ以上は何も言わなかった。
うん、それ以上はいけないよ。
好き好んで嫌われたい者はいない。人気者ならそれでいいじゃないか。
「それで何か考えはあるのか? 昨日は理事長と何か話をしていたようだが……」
「無いですね」
先生の問いに私は即答した。
策を考えるにしても、そんなことを考える時間は無かった。
いつものフレイアだねとノインとミレイユが何やら安心しているがしっかりと聞こえていますからね?
「よくそれでやってみせるなどと言えたものだ……しかし、一人で勝手に先走られるよりはいいか」
「はい、そうです!」
先走った事がある私が言うのだから間違いない。
しかし、とりあえずでも何でも指針を決めねば、動くにも動けない。
「理事長が言ってたんですけど王国評議会か魔法聖教会、そのどちらかを説き伏せられれば令状を撤回できるかもしれないって……」
「そうだな……どちらの組織も相手にするには規模が大きすぎる。どちらかに絞るのは間違っていないだろう」
「だけど私、その二つについてほとんど知っていることがないのでどっちに絞ればいいのか……」
「それならば王国評議会でしょう。近く、顔を合わせる機会がありますから」
どちらに絞るべきか悩んでいたところ、ロゼッタが提案をしてきた。
流石五大貴族の一角ホークリング家の娘。王国評議会議員と会える機会があるとは。
しかし、ロゼッタが王国評議会議員と会ったところで令状を撤回させることは難しいと思うのだが……。
「ロゼッタ・ホークリング……いくら貴様が五大貴族の生まれであり、その機会があるとはいえ一人でことを動かすのは厳しいだろう。なにせ、ただの令状を撤回させるのとはわけが違うのだから」
先生も同じことを考えていたようだ。
いくらホークリング家が王国評議会と近いパイプを持っていても、その家の当主ではないロゼッタは一学生でしかないのだ。
ホークリング家の娘ということを踏まえたとしてもきっと、できることは限られている。
「いえ、フレイア自身がですけれど?」
「「は?」」
ロゼッタの言葉に思わず先生と反応が被ってしまった。
いやいや、ロゼッタが言うような機会があった覚えはない。
ただの学生である私に、そんな機会があるはずがないのだ。
もちろん、お母さんの生まれであるエテルファルシア家が実は有力な貴族だ……なんてこともない。
「……そうだよフレイア! ロゼッタが言ってるのは、お昼に話をした翼の集いのことだよ!」
「そ、そのパーティーには五大貴族なんだから当然オウルドット家も集まる……げ、現王国評議会議長はオウルドット家……!」
五大貴族についてお昼にロゼッタから説明を受けたばかりなのを忘れていた。
「正直、どの家もすごすぎてピンと来ないというか……どちらかと言えば忘れていたかったかも……」
すごいというのはひとつ、クロウクロス家を除いてだが。
何をしているのかわからないのでは評価のしようがない。
何もしていないのに五大貴族として留まっているという点では、すごいのかもしれないが……。
他家のわかりやすい王国支配に比べたら劣ると言わざるを得ない。
「ちょっと待て貴様ら! どうしてそこの頭のおかし……頭の悪い奴がそんな集まりに出られるというのだ!?」
「言い直しても同じですからね!?」
デリケートな女の子である私に対して、こんな雑な扱いしていいはずがない。
わざと怒らせて思い悩まないようにという配慮かも、と思わなくもないが……良くも悪くも先生は堅すぎる。
その表情だけではどちらなのかわからない。
「頭が悪くても使いようはあります。今週末ある翼の集いに私の付き人として同行してもらうことになっています」
「……女神教会が私の居場所な気がしてきた」
「ちょ、フレイア早まらないで!?」
「フ、フレイアを虐める人たちこそ人の心がない……!」
ミレイユ……ノイン……。
二人も最近、雑な扱いをしてくれたような気がするが、素直に慰めてもらえる方が嬉しい。
「そ、そうやってフレイアを甘やかすのがいけないのです! ……私、今度フレイアに噓をつかれたら……」
泣きそうな目を逸らして俯くロゼッタ。
私が許してもらえるとみんなに甘えた結果、それでは私は変われないかもしれないと、ロゼッタは厳しくしようとしてくれていたのか。
「……ごめんね、ロゼッタ。私、もうみんなに噓つかないようにがんばるから……」
「でしたら、もちろん今週末のパーティーから逃げるようなこともありませんのね?」
食い気味に確認をしてくるロゼッタ。
私は性格の悪い女に騙されたようだ。
なんだこの茶番は……。
「……はい……」
言ってしまった手前、頷くしかなかった。
他のみんなの残念なものを見るような視線が辛い。
「ま、まあ、事情がどうあれ相手の頭に近づけるのはチャンスに違いない。……しかし、それと同時に危険なことでもある。最悪の場合、その場で捕まる可能性だってある。それを理解しているのか?」
「……やりますよ。女神教会も王国評議会も魔法聖教会も……私の気も知らないで勝手ばっかり! 少しぐらい反撃してやらないと気が済みません! だから、今度はこっちから噛みついてやるんです!」
女神教会の奴らには、お母さんを攫われ、未だクリスタルに囚われたまま。
王国評議会と魔法聖教会はそんな時に私を封印しようとしている。
あまりの理不尽に腹が立たない方がおかしい。
だから、手始めに王国評議会……その議長を相手に王国特別令状を撤回させてやるのだ。
「翼の集いは王国五大貴族が一堂に会する場です。たとえ評議会議長を任されるオウルドット家でも、他家を敵に回すような乱暴な振舞いはできないでしょう」
「それはそうだが……いや、他に代替の手段もない。そもそも令状を発行された時点で逃げ場など無いのだから貴重なチャンスは生かすべきか……」
「では、先生の承諾も得られたことでフレイアの出席は決定ですわね!」
ここぞとばかりに大きな声で確認を宣言するロゼッタ。
「そこまで信用ないかなあ、私!? うぅ……令状を撤回するための説得は週末までロゼッタの家で考えるとして……これで全部話したかな」
私とグラスの関係については最初に話をした。
王国特別令状が届き、私が封印指定されたことについても説明した。
それを撤回させるための案として、とりあえずはロゼッタの付き人として翼の集いに出席することも決定となった。
これで私から話すべきことはすべて話したはずだ。
「では、私からもう一つ……ロゼッタ・ホークリングとミレイユ・カーテイラには関係の無い話になるのだが……フレイアとノイン・メイヴィアの追試を行わなければならない」
「うげぇ……理事長も言ってた……」
「か、完全に忘れてた……」
前期中間試験期間……私とノインは色々あった結果、無茶しまくって倒れてしまい、そのほとんどをベッドの中で過ごした。
初日に二体の魔物を狩りはしたのだが、以降はベッドの中。
それだけでは合格点に足りず、無慈悲にも追試の判断が下されたのだ。
「そのため明日二人には通常の授業ではなく、追試として、学院の授業で使用する植物を学院外で採集してきてもらう」
「……えっと、それだけですか?」
中間試験は魔物狩りだったことを考えると、もっと厳しい課題を課せられるものかと思った。
それが植物採集で済んでしまうとは拍子抜けだ。
「それだけとは……まあ、貴様らの実力はこの目で見させてもらった。理事長にかけあった結果、それで評価はするが、他の生徒の手前追試自体は行わなければならないと学院への奉仕活動を提案してくださったのだ」
「せ、先生ありがとうございます……!」
感極まって感謝の言葉を口にするノインに先生はどこか恥ずかしそうにする。
「し、しかしだ! 植物を採集するだけとはいえ、魔物も出現するのだ……気を抜かず追試に集中することだ!」
ツンデレか?
普段からそれぐらい優しければ……いや、先生に限ってそれはありえないか。
先生なりに私たちを案じてくれたわけだから、そこは感謝しなければならない。
けれど今日は私のことを散々好きに言ってくれたのだから、素直な感謝は伝えられない。
「先生……クリスティア先生には黙っておいてあげますね! ふふっ!」
「……は? な、何をだ? 私は何も隠す必要があることなど何も……!?」
私が何を指して言っているのかわからず、焦り取り乱す先生。
もちろん、そんなにやましいことはない。
追試で生徒に手心を加えたことが他の先生に知れればどうなるか……それは厳格なクレストール・リヒテンタルトの沽券に関わるだろう。
それを優しい私は秘密にしておいてあげようというのだ。
私以外の三人は首を傾げ、何のことを言っているのかわからないという様子だがそれでいい。
これが今日私にしてくれたことへのお返しなのだから。
今回は最新話の続きを書きました。
次回はNewEP03からの続きを投稿する予定です。




