EP28.翼の集いI-憂う瞳
バルメデアラ魔法学院寮――フレイアの部屋。
その一日の始まりは部屋の主の悲鳴から始まった。
「もう9時過ぎてる!? どうして起こしてくれなかったのグラス!?」
壁に掛けられた時計は9時過ぎを指し示しており、すでに一限目の授業が始まっている時間。
厳格なクレストール先生のことなので、どんな事情があろうとも雷を落とされてしまうのは確実だろう。
そして、ある意味で同居人であるグラスから返事は返ってこない。
どうやら狸寝入りを決め込むつもりのようだ。
昨日は酷いという言葉で片付けるには生温い……地獄のような一日だった。
バルメデアラ魔法学院……その統括理事長であるゼグス・ウインズ・バルメデアラに呼び出されたと思えば、王国特別令状なる書状が届いたことを知らされた。
内容は私――フレイア・エテルファルシアを王国評議会と魔法聖教会の連名により、封印指定するというものだった。
王国の意思決定機関と国民の半分以上が信仰する宗教組織が、一個人に対して封印を行うという決定事項が通達されたのだからその本人としては呆然とし、言葉を失うのも無理はないと思う。
この時点でだいぶ混乱していたのだが、地獄はそれで終わってはくれなかった。
ゼグス理事長が秘密裏に保管していたらしい、お母さんの魔法研究報告書。
その名前からして書いてあるのは難しい内容だろうと高を括り、クレストール先生とアレクシアが読んで得られた情報を必要であれば聞けばいいと思っていた。
しかし、クレストール先生は私にも見るようにとそれを渡してきた。
それを自室に持ち帰り、目を通した私は絶望した。
今も鼻に付く刺激臭がそれを思い出させる。
魔法研究報告書は8割以上が黒く塗り潰されており、詳細部分については一切わからなかったのだが、≪精霊降ろし≫という魔法について書かれていることはわかった。
それはある一冊の禁書に記されている魔法らしいが例に漏れず書名は黒塗りにされており、内容から察する私の推測でしかないが、魔法聖教会と女神教会の成り立ちに関わることが記された禁書なのだと思う。
そして、それに記されていた魔法こそが≪精霊降ろし≫だ。
お母さんは未完成のこの魔法に独自の考察・研究を行い、新しい魔法を創りだしてしまった。
それが≪精霊誕生≫であり、その結果が私――フレイアだ。
15年もの間何も知らずのうのうと生きてきた私の裏で、グラスの犠牲があったと思うと耳鳴りに吐き気、まともな思考も真っ直ぐに歩くこともままならず、洗面所に着く前に吐いてしまった。
それが刺激臭の正体だ。
とりあえず、これ以上放置しては部屋に臭いが残ってしまうので臭いの元を片付ける。
昨日グラスが破ってしまい、使い物にならなくなったインナーシャツに最後の仕事をしてもらう。
吐いた時点でこの世界から消えてしまいたいとさえ思ったのだが、グラスがそれを思い直させてくれた。
15年分の思いの丈を知ってしまえば、それに応えないわけにはいかない。
問題ばかりがまた増えてしまったが、こうしてまた今日を迎えることができたのだからグラスには感謝しなければならない。
昨日の吐瀉物の処理は終えたが、一限目はもう諦めるとして朝食を食べて制服に着替えて、せめて二限目には間に合うようにしなければ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やばい。
失敗した。
失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した……失敗した!
なんとか二限目に間に合うよう急いで準備をしたのだが、昨日の夜からお腹の中が空っぽで酷い空腹だった。
遅刻しそう(している)なのだから我慢するべきなのだろうが……それはそれで辛かったので、がっつり朝食を食べる選択をしてしまった。
結果、私は二限目にも遅刻した。
他の授業ならよかったのだが、こっそりと教室内を覗くと教卓で教鞭を執るのはクレストール先生。
他の先生なら呆れられつつも少しの口頭注意で済んだのかもしれないが……今教室に入ったら何を言われるかわかったものではない。
ここは二限目も諦めて三限目から受けるべきか……。
そう思い教室を後にしようと、覗いていた姿勢を低くしたら足を教室の扉にぶつけてしまった。
「……? そこにいるのは誰か!」
耳ざとくそれを聞いたクレストール先生は扉越しに声をかけてきた。
こうなってしまっては逃げるのは悪手、さらに怒りを買うばかりだろう。
素直に授業に参加する他あるまい。
「あ、あの……すみません、遅くなりました……」
「フ、フレイア・エテルファルシア……!?」
遅刻したことを謝罪しつつ入室すると、どこか困惑したような反応をするクレストール先生。
叱られるとわかっていても遅刻する私が信じられず、逆に困惑しているのだろうか。
「え、ええと……席についてもいいですか? それとも出てた方がいいですか……?」
クレストール先生の反応に、どう対応したらいいのかわからず思わず変な打診をしてしまった。
これでは墓穴を掘ったも同然だ。
「い、いや、授業を受けられるならそれでいい。席に着きたまえ」
「は、はい……?」
どこか釈然としないクレストール先生の反応を疑問に思いつつも一応、許しを得られたので自分の席にそそくさとついた。
「体調が悪くなったらすぐに申し出ろ。すぐに医務室に運ばせる」
「うえぇ!? べ、別に体調が悪いって……い、いえ、ありがとうございます……」
どうやらクレストール先生は私の体調が悪いと勘違いしているらしい。
また墓穴を掘ってしまうところだった。
それらしく咳でもして、少しぐらいフリ(・・)をした方がいいだろうか。
いや、それは最後の切り札に残しておこう。
とりあえず参考書を鞄から取り出して授業に参加する。
クレストール先生は黙々と授業を進めるが、私のことが気にかかるようでちょくちょくと見てくる。
心配してもらえるのはありがたいのだが、こうも頻繫に様子を確認されては騙しているような気分になり、気が引ける。
この授業が終わったら素直に事情を話して謝ろう。
「……フレイア・エテルファルシア」
二限目の授業が終わるとなんとクレストール先生から私の方にやってきたではないか。
その声のトーンは重く、やはり遅刻を咎めに来たのだろうか。
「あの、その……昨日の夜はいろいろあってですね……」
「いや、私の方こそ思慮を欠いていた……すまない……」
「ど、どうして先生が謝るんですか!?」
クレストール先生にそんな真剣トーンで謝られては、こちらの方が焦ってしまうではないか。
一体何がクレストール先生を謝らせたのか……。
「私はどんな秘密でも自分のことなのだから知っておくべきだと思った。しかし、それは私の考えでしかない……貴様はまだ子供だ。その重圧に耐えられるかなど考えもせずに私は……!」
「ちょ、先生! 一応、大事なことなんだから他のクラスメイトの前でそんな声高に言わない方が……」
「あ、ああ。それもそうだな……すまない、取り乱したようだ。この話はまた別の機会にするとしよう……だが、本当に体調が悪ければすぐに申し出るのだぞ?」
「それはわかりましたから、無理はしませんから!」
ここまで心配されては逆に鬱陶しい。
クレストール先生は渋々といった様子で次の授業にために教室を後にした。
しかし、まだ心残りがあるといった表情だった。
「せ、先生朝のホームルームの後……私たちにフレイアを支えてやれって言ってきた……」
「うん、いつもの厳格な先生じゃなくてすごく後悔してる感じだったかも……」
クレストール先生が去ると今度はノインとミレイユの二人が私の席にやってきた。
支えてやれ……後悔……クレストール先生が言っていたことを含めて考えると昨日のことを言っているのだろう……いや、それ以外無いか。
確かにショックを受けるには十分な内容だった。
クレストール先生は私がそれを引きずっていないかと心配してくれていたのだ。
昨日の夜こそ散々だったものの、今は大丈夫だ。
「放課後にちゃんと話した方がよさそう……二人もありがとう。……ところでロゼッタは?」
いつも一緒にいる三人なのだから今回も一緒なのかと思ったが、そうではない。
気になってロゼッタの席を確認してみると、どこか憂いを帯びた瞳で窓の外を眺めるロゼッタ。
「朝からずっとあんな感じなの……」
「は、話しかけても……ええ、そうですわね……しか言わない……」
「それってかなり重症なんじゃ……」
正直、人の心配をしている場合ではない程、問題を抱える身ではあるのだが、やはり気になってしまう。
だが、ロゼッタに話を聞くにしても、この休み時間では詳しく聞くことはできないだろう。
「流石に昼食は一緒に食べるだろうしその時に聞き出そうか」
「「(う、)うん……!」」
人のことにはあれだけ首を突っ込んで来たのだから、お節介とは言わせない。
今度は私が友達の力になる番だ。
そこそこの設定は明かせたと思うのでまた新しい展開を描いていきたいと思います!
EP2前半部分は改稿して更新しました。




