EP25.女神教会と魔法聖教会
一週間続いた前期中間試験期間も終わり、翌週の放課後。
バルメデアラ魔法学院高等部最上階、その最奥に存在する理事長室に続く廊下を私、フレイア・エテルファルシアとその担任であるクレストール・リヒテンタルト先生は進んでいた。
クレストール先生によると今朝の職員会議で放課後、私と共に理事長室に来るように通達されたらしい。
呼び出された理由についていくつか心当たりがないこともないが……理事長室に呼び出されたということはこれから話をする相手は、このバルメデアラ魔法学院の統括理事長であるゼグス・ウインズ・バルメデアラ以外ありえないだろう。
理事長室に急ぎつつも、クレストール先生とこれからについての話をする。
「これから話をする相手……流石に貴様でもわかっているだろうがこのバルメデアラ魔法学院の全てを統括する理事長だ。くれぐれも失礼のないようにするのだぞ!」
「は、はい……!」
相手はこの学院のトップ、クレストール先生でも緊張しているのかその語気も自然強いものとなる。
高等部入学の初日、私はゼグス理事長と話をしている。
その時はその素性を知らず温和な雰囲気に釣られこちらも軽く話をしていたが、それを知ってしまった今は恐れ多くて普通に話すこともできないかもしれない。
別れ際、ゼグス理事長が最後に言っていたまたいつかの話であればよいのだが……タイミング的にそれはないような気がする。
「……実はこの呼び出しについてだが、私も何も聞かされていない。ただの学院生が理事長と話をするなんてことはまず無い。そのことから貴様が中心の話になるだろうことは容易に想像できる」
「……やっぱり、そうなりますかね?」
「それ以外に何があると思う?」
「無い、ですね……」
やはり、ほんの気まぐれでお母さんの昔話をしてくれるのかと淡い希望を抱くが、それならばクレストール先生が一緒にいる理由は?
お母さんとクレストール先生が旧知の仲とはいえ、わざわざただの昔話に忙しい学院の教師を招くだろうか……。
それからはどちらも何も言わず、理事長室に着くまでは廊下に靴の音が響くだけの静かな時間だった。
そして、
「着いたぞ。……覚悟は、いいか?」
入室する前の最後の確認をするクレストール先生。
目の前で威圧感を放っている理事長室の大扉を開いてしまえば、話が終わるまで余程のことがない限り退室することはできないだろう。
お花摘みは済ませてきたのだが、もう一度行っておきたい気分だ。
だが今はそれを我慢して頷いた。
クレストール先生も頷き、アンティーク模様がしつこくなりすぎない位に刻まれた大扉をノックした。
「理事長。クレストール・リヒテンタルト及びフレイア・エテルファルシアの二名、参りました」
どこか厳かな名乗りをちょっとかっこいいなと思ってしまう。
そう思った直後、大扉は手を触れていないのに勝手に開いた。
扉が最大まで開いたのを確認すると私たちは中に入った。
理事長室の中はたくさんの本棚に囲まれ、難しそうな本がたくさん並んでいる。
その中には古代語や外国語だろうか……私には読むことすらできような本もある。
その奥にはお高そうなアンティークの机とそこにどっしりと構える統括理事長――ゼグス・ウインズ・バルメデアラ。
さらには来客用のテーブルとそれを挟むように用意されたソファには先客――アレクシア・ベル・フルールがいた。
学院のトップと王国軍のトップである二人が同じ室内で私たちを待っていたと思うと、背中に冷たい汗が流れる。
「……どうやら揃ったようだね。アレクシア、彼らにもお茶を淹れてもらえるかい?」
「はい。師団長はコーヒー……フレイアは紅茶でいいかな?」
「ああ、頼むよ」
「……はい」
理事長室に満ちる香りはコーヒーのもの。
先に待っていた二人は、コーヒーを飲みながら私たちが来るのを待っていたのだろう。
クレストール先生もコーヒーを飲むようで、私一人だけが紅茶を淹れてもらうのは居心地悪く感じる。
アレクシアは私が紅茶の方を好むことを知っていたため気を利かせてくれたのだろうが、この場では余計なお世話だ。
だが、わざわざコーヒーで頼み直すのも気が引けるので、大人しく頷くことしかできなかった。
「緊張しなくていい……と言うのは無理があるかな。とりあえずそこにかけたまえ」
ゼグス理事長の言葉に促され、クレストール先生がソファにかけたので続いて私もその隣に腰を下ろした。
前半の言葉は私に向けられた言葉のようにも思えるが、ここに来る前クレストール先生も緊張をしていた。
かつての副官だったとはいえ、現王国軍トップであるアレクシアと今でも対等に話すクレストール先生が緊張する学院理事長とは一体どんな人なのだろうか。
そう考えているうちに両手にカップを持ったアレクシアが戻ってきて、それをテーブルに置き自分もソファにかけた。
目の前に置かれたカップを手に取り、口を付けるクレストール先生。
アレクシアもそれに続く。
私も一口ぐらい飲んだ方がいいのだろうかと思うが、こんな雰囲気の中でお茶を飲むことは私には無理だ。
恐る恐るゼグス理事長の顔を窺うと柔らかく笑って、お茶を促してくれた。
きっと私が必要以上に緊張しないように振舞ってくれているのだろう。
そう思い意を決してカップに口を付けた。
「今日集まってもらったのはフレイア君の退学についての話だ」
「んほおっ!? おほっ、おほっ、んぇ!?!?」
私の退学という言葉に思わず、口に含んだ紅茶を吹き出しそうになり咽る。
突然のことに理解が及ばず目を白黒させるしかない。
そして、私の様子を見たゼグス理事長は高らかに笑っている。
「はっはっはっ! こういう反応が見たかったのだよ! 君たち二人は堅すぎて敵わん」
「失礼ですが理事長……普通の人であれば呼び出されて最初にクビだと言われれば言葉を失うしかないですよ。こんな面白反応をできるのはどこかの馬鹿ぐらいだ」
「えっと……え? え?」
「すまんなフレイア君、退学は冗談だ。初見の相手には毎度これをするのだが……君は素晴らしいよ」
もう意味が分からない。
面白反応……退学は冗談? 毎度している?
怒涛のことに頭がこんがらがって思考が定まらない。
「理事長はね、最初に冗談を言って緊張を解そうとするんだけど、その冗談が非常に質の悪い人でね……私も退学と言われたことがあるよ」
「二人とも黙ってその冗談を受け入れようとするのだから困ったものだよ」
「ほ、本当に冗談なんですよね……? 退学しなくていいんですよね!?」
「君が退学を望むなら退学届を書いてもらうことになるが……」
「望みませんし、書きたくないです!!!」
さらに焦る私を見て満足そうに笑うゼグス理事長。
冷静な二人であれば黙って受け入れてしまいそうなところを容易に想像できるが、本当に質の悪い冗談だ。
十年ぐらい寿命が、ぎゅっと縮んだ気分だ。
「フレイア君の緊張も解けたところで本題に入ろうか」
ゼグス理事長が言うように確かに緊張は吹き飛んだのだが、それ以上にこれから何を言われるのかと身構えてしまう。
初見の相手にと言ってはいたが、これほどのインパクトを記憶に刻まれては次回以降も身構えてしまうものだ。
それを知っていたからクレストール先生も緊張していたのかもしれない。
「……アレクシア、この書状を読んでくれないか?」
ゼグス理事長が手に持った書状がふわりとその手を離れ、アレクシアの前に置かれる。
アレクシアはそれに軽く目を通して、その場に居る者たちに聞こえるように読み上げた。
「王国特別令状……以下の者を封印指定とする。名――フレイア・エテルファルシア」
読み上げられたのはとても簡潔な内容だが、先ほどのゼグス理事長が言った悪い冗談がマシに思えるほどの衝撃が私を襲う。
頭の中が真っ白になり、それを理解することを拒んでいる。
「……王国評議会並びに魔法聖教会の連名にて決定とする」
「特別令状に魔法聖教会まで引き込むとは……評議会め……!」
「思うところはあるが、女神教会……彼らが本格的に動き出したのだから仕方ないとも言える……」
「ですが理事長……!」
学院のトップを相手に必死に食い下がろうとするクレストール先生。
思えばクレストール先生には結構熱いところがある。
私が女神教会のことを話した時もそうだったように。
「あの老害が魔法聖教会まで巻き込んだのは意外ですね」
「いや、女神教会との因縁は彼らの方が深い……動きが早いのも魔法聖教会からすり寄った結果かもしれない……」
私のことを話しているはずなのに私自身は蚊帳の外にいる。
クレストール先生たちが何を話しているのかわからないので、この場にいることが不安になる。
「あの……私……」
「いきなりこんなことを言われても理解する方が難しいね……何から説明をしようか……」
ゼグス理事長は私の不安を煽らないように無理に笑ってくれているが、寄った眉は隠せない。
退学と言われた時は驚いたが最初に思った通り、生徒に寄り添ってくれるすごく優しい人のようだ。
何から説明するかを少し逡巡して説明を始めた。
「まずは女神教会、彼らの目的から話すべきだろうね。彼らの目的はその名の通り女神を信仰することにある」
「確かにシンって奴もモンデストって奴も、私のことを女神って言ってました……」
「彼らが謳う女神とは、我々が知っているような神話の女神ではない。魔法聖教会の前身となる精霊信仰により、この世界に精霊が降ろされた」
精霊……膨大な魔力が一か所に集中し、そこに意識が芽生えたとされる存在。魔力集合意識とも呼ばれるが、それが実際に存在すると証明できるものはないため現在ではまゆつばとされているが……。
「そして、その降ろされた精霊を女神とし、信仰し始めたのが彼ら女神教会でありそれを認めず、分派として別れたのが魔法聖教会なんだ」
「精霊って存在しないんじゃ……それに元々一つだった信仰はどうして別れてしまったんですか?」
「それは降ろされた精霊に理由がある。聖女とされる者の肉体を依代に降ろされた精霊はこの世界で活動できる肉体を得たことにより、およそ人智の及ばない力で破壊の限りを尽くした。なんとかその聖女の肉体ごと精霊を封印することはできたのだがそれにより、その力を神格化する者と危険視する者で別れたのだ」
それは今の魔法に似ていると思った。
魔法はとても便利なもので、それを利用して自分たちの生活や暮らしをより良いものとする。
しかし、それはそれ以外にも利用される。――戦争だ。
あまりにも便利な魔法という力は、効率良く人を殺すためにも利用された。
強い力は人々を魅了するが、同時に人々はそれを怖れもするのだ。
「自分たちの意思と関係なく破壊を繰り返す精霊など必要ないとしたから、その存在を秘匿されたんだ」
「精霊……本当に存在したとは……」
「フィエレス師匠は精霊の存在に気付いていた……だから、女神教会に……?」
「君たちも初めて知る情報に動揺するのはわかるが、今はフレイア君に説明をしているんだ、少し静かにしてくれ」
流石のゼグス理事長の注意を無視できるはずもなく二人は口を閉じた。
ゼグス理事長はうんうんと頷くと続きを話した。
「それでだ。女神教会はその女神の復活を目論んでいる……フレイア君を使うことでね」
「わ、私……ですか?」
「ここにフィエレスが最後に残した魔法研究報告書がある」
「どうしてそれがここに!? ずっと探していたのに見つからなかった……理事長、あなたが隠していたのですね……!」
テーブルに思い切り両手を叩きつけ、勢いよく立ち上がるアレクシア。
その形相にゼグス理事長も焦りを隠せない。
「待て待て、隠していたは隠していたのだが……これを見たら君たちは暴走するだろう! それを見越してだよ」
流石ゼグス理事長、アレクシアをよくわかっている。
お母さんのこととなると本当に周りが見えなくなり、暴走しかねな……いや、実際に暴走していたのだから恐ろしい。
今だってゼグス理事長に殺意を向けているのがありありとわかる。
「……その存在を私たちに明かしたということは中身を見せてもらえるのでしょう?」
冷静な立場からクレストール先生が問うとゼグス理事長は頷き、その手に持った魔法研究報告書を先ほどの書状のようにクレストール先生の元に置いた。
同様にアレクシアの元にも複製された魔法研究報告書が置かれた。
すぐに二人はそれを手に取り、食い入るように見始めた。
「二人が目を通し終わるまで君には説明の続きをしよう。……そのように犬猿の仲の二つの教会だ。一方が女神を復活させようとするならば、それを阻止しようとするのがもう一方だ」
「それで女神教会の目的である私を封印……でも、封印なんかよりも、その、直接私を処刑でもした方が……」
「それも考えただろうが……封印という手段を用いることで、女神教会の動きをある程度絞りたいのだろう。君という目的を失えば次に彼らがどう動くのか予測がつかないからね」
「な、なるほど……」
即時処刑という最悪の方法を選ばれなかっただけ喜んでいいのだろうか。
いや、死なないというだけで封印でも本質は変わらない。
魔法聖教会にとっても王国評議会にとっても私は厄介者というわけだ。
「その君の封印を指定した王国特別令状だが、ただの令状とは訳が違う。王国が発令する令状の中でも最高の拘束力を持っているため、それから逃れる方法は基本的に無いと思っていい。ただ……」
「ただ……?」
「唯一方法があるとすれば、それを撤回させることだ。かなり厳しいだろうが、過去に一度だけ撤回された前例がある」
前例があるということは、厳しくても撤回できる可能性があるということだ。
逃れる方法が他に無いのならばそれに賭けるしかない。
「……教えてください。その前例はどうやって令状を撤回させたんですか!?」
「君のお母さん……フィエレスだよ」
「はい?」
「フィエレスの名声を妬んだ研究者たちが、王国に違法な魔法研究をしていると吹き込んだ。かなり手の込んだ研究捏造までされたのだが、彼女はそれでも真っ向からそれを否定した。そして、潔白を証明し切った彼女は逆に、その研究者たちを牢に送ったんだ」
「あ、あはは……お母さんも大変だったんだ……」
お母さんのとんでもない過去を知って、思わず乾いた笑いが出る。
母娘と揃って同じ道を辿ることになろうとは……やはり、私たちは正真正銘親子のようだ。
「ただ、君の場合は連名での特別令状となっているため、なんとか片方を説き伏せることができれば撤回できる可能性は高い。それにそのまま後ろ盾を得られれば……いや、今は撤回させるのが優先か……」
「……私には果たさないといけない約束があるんです。だから、可能性がある限りやってみせます……!」
女神教会に魔法聖教会、王国評議会まで出てきて私の人生滅茶苦茶だ。
こうなれば無茶でも何でもやるしかない。
勝手に無茶をしたら怒られるが、今の私にはみんなが付いている……だから、大丈夫。
「うむ……フィエレスと同じ目をしている君ならばそう言うと思ったよ。我々もできる限りの協力はしよう」
「あれ、でも理事長はどうしてこんなにも私に良くしてくれるんですか?」
協力してくれるのは素直に嬉しい。
子供の私だけでは何ともならない場合があるのも確かなので、クレストール先生やアレクシア以外にも大人の協力者ができるのは心強い。
しかし、お母さんの先生をしていて多くのことを知っているとはいえ、理事長にこれほどまでに私を助ける理由はあるのかと思ってしまったのだ。
「理由はフィエレスが書き記したこの魔法研究報告書……ですね?」
「まあ……そうなるかな」
魔法研究報告書を読み終わったのか、クレストール先生が横から話に割って入る。
お母さんが残した魔法研究報告書にその理由があるとは……?
「フレイアに見せても?」
ゼグス理事長が頷くのを確認するとクレストール先生は自分の魔法研究報告書を渡してくれた。
「……私は一度協力すると決めている。それを覆すことはない……しかし……!」
すまない、そう言って理事長室を出て行ってしまった。
それに続いてアレクシアも無言で立ち上がり、理事長室を出て行く。
理事長室には私とゼグス理事長はだけが残されてしまった。
この魔法研究報告書に一体何が書かれているというのか……。
「これでは話は続けられない、か……。君がまだ聞きたいなら話すが……いきなり多くを語られても整理しきれないだろう。今日はそれを持って寮に戻ってゆっくり休みなさい」
「は、はい……。今日は、ありがとうございました」
「礼などいらんよ、貴重な時間を使わせてしまったのだからね」
「貴重な時間ですか?」
「ん、クレストール君から聞いていないのかい? 中間試験、君とノイン君は追試だそうだが?」
「んぇ!? は、初めて聞きました……」
放課後理事長室に呼び出されたことについては、朝のホームルームが終わった後に聞いた。
きっとそのせいで追試のことを失念していたのだろう。
中間試験、あの後ロゼッタとミレイユが頑張って合計40P分魔物を狩ってくれたのだが、結局ベッドで寝ていただけの私たちを合格にはできなかったようだ。
頑張ってくれたのにごめんね、ロゼッタ……ミレイユ……。
「この学院内……私の力が及ぶ範囲なら君を守れるが、退学となるとそうもいかない。なのでそうならないように精進したまえ」
「は、はい!」
ゼグス理事長に礼をし、魔法研究報告書を手に私も理事長室を後にする。
女神教会だったり封印だったりの前に追試で退学とは……本当に私の人生ハードモード過ぎる。
少しぐらい手心があってもいいのではないかと本気で思う。
だが、たとえ手心など無くても、私は必ずやり遂げてみせる。
三人が去った理事長室、アレクシアがテーブルに残した魔法研究報告書の複製を魔法で自分の手元に手繰り寄せたのはゼグス・ウインズ・バルメデアラ。
それの最期に記された一文に目を落とし、彼は溜息をついた。
「祝福、か……」
そう呟き外部に秘密が漏れないよう複製を炎で塵に還し、彼もまた理事長室を後にした。
誰もいなくなった理事長室の窓からは夕焼けが差し、その室内をどこか不吉を感じさせる色に染め上げていた。
前回で主人公が新しい力を託されたので話を展開させました。
EP2の改稿はしばしのお待ちを……。




