EP23.中間試験IX-姉妹
悠長に思考している暇など与えられるはずもない。
アーマートータスの先制攻撃が私たち三人を襲う。
口から勢いよく吐き出される水の塊。その攻撃を横っ飛びに回避するが、回避した先にも水撃が放たれるので回避に専念することを強いられる。
地面に着弾した水撃は地面を削り取り、崩落した岩盤を軽々と粉砕する。
それが自分の身に当たったらと考えると恐ろしくなる。
「二人とも私が前に出るから援護して!」
そう言って物凄いスピードで私の横を駆け抜けていくミレイユ。
あっという間にアーマートータスの前脚まで近づき、双剣での連撃を見舞う。
しかし、前脚を覆う鎧のように変質した鱗に阻まれて、ミレイユの連撃はまったく効いているように見えない。
なので、アーマートータス攻略の糸口が見つかるまではミレイユに攻撃を任せ、私とロゼッタは遠距離から支援しつつ、その攻略の糸口を探ることにする。
「ミレイユに≪祝福≫を!」
白い炎がミレイユの双剣を包む。
その状態で再び連撃を繰り出すが依然として効いている様子はない。
そして、ミレイユを鬱陶しく思ったのかアーマートータスは前脚を振り上げて踏みつぶそうとする。
「させません! ≪重力≫!」
短杖を掲げ、超重力を発生させ、アーマートータスの前脚を押さえつけたロゼッタ。
その隙にミレイユは前脚の攻撃が届かない範囲まで距離を取る。
テルミナでのブリッツベアとの戦い……魔法機銃の轟音によってエンシェント・エイプを引き寄せてしまった経験から、ロゼッタは今回の探索、いつもの私用装備である魔法機銃を宿に置いてきた。
狭い鍾乳洞で魔法機銃を使用してはテルミナ同様、他の魔物を引き寄せたり、何よりも崩落の危険を考えたから、宿にて待つノインの短杖を勝手ながら借りてきたのだ。
他の装備を調達する暇もなかったのできっと許してくれるはずだ。
「鱗の鎧に覆われてる部位への攻撃はほとんど効いてないよ!」
「魔法での攻撃はどうでしょうか?」
「≪水斬り(ウォータースラッシュ)≫でも攻撃してみたけどダメだった……」
物理攻撃も魔法攻撃も鱗の鎧に対してほとんど効果が見込めない。
水棲魔物らしくミレイユの水属性と相性が悪いのかもしれないが、他の魔法が効くとも思えない。
雷の魔法ならば少しは効果があるかもしれないがミレイユが水属性、ロゼッタが土属性の魔法を主に使用するため風属性である雷の魔法を使えるものはこの場にいない。
であれば鱗の鎧で覆われていない部位を避けて攻撃するしかない。
しかし、そうなると攻撃できる場所は限られて目や口の中を狙うことになるが、アーマートータスの口から放たれる水撃の射線上に入る必要があるためかなりの危険を伴うのだ。
こうしている間にも水撃は休みなく私たちを襲い続ける。
私たちのスタミナが切れる前に決着をつけなければならない。
「……何かいい案ある人いる?」
「地底湖の水を使って魔法の威力を上げてもダメかも。たぶんフレイアの支援を貰っても私の魔法じゃ無理だと思う……」
「私の≪重力≫でも巨体の一部を抑え込むので精一杯……他の魔法も使えないことはありませんがノインの≪結晶槍≫に迫る魔法はありませんわ……」
アーマートータスを倒す必要は無い。
大空洞の奥に進むための道を塞ぐ瓦礫を撤去する時間さえ稼げればいい。
帰るための道は大空洞の奥にも存在しているかもしれないので今は考えない。
けれども、どれほどの瓦礫が道を塞いでいるのかわからず、撤去にかかるであろう時間の予測がつかない。
そうなればやはり、アーマートータスを倒せることがベストに思える。
しかし、今の私たちにはアーマートータスを倒す手段が無い。
一体どうすれば……。
「フレイアっ!? 水が!!」
「っ!? しまっ――」
考え過ぎて回避するのが遅れてしまった。
なんとか直撃は避けたが大きく吹き飛ばされ、地面を転がり、崩落した岩盤に身体を打ちつけた。
頭を打ってしまったのか、視界が歪み、流れた血がさらに視界を狭めた。
早く立ち上がらなければ追撃が来るかもしれない。
それなのに立ち上がることができず、ゆっくりと力が抜けていく。
ここで意識を手放してしまったら、すぐにでも死がやってくるのに指先一つ動かすことができない。
ノインを助けたかった。今も戦っているであろうロゼッタとミレイユを助けたい。
何よりも冷たくなる指先の感覚が怖い。
私は、死にたくない――――――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は死んだのだろうか?
何も存在しない真っ白な世界に、ただ意識だけが存在している感覚。
手を動かそうにも、足を動かそうにも、私の身体はどこにもない。
「だって、その身体はあなたのモノではないから」
どこかで聞いたことのある声が聞こえた。
動かせる身体はここに存在していないので、意識だけを声の方に向けるようにした。
するとその心当たりの理由に納得がいった。
私の身体――私が話していたのだから当然だ。
その身体に触れようと試みるが、触れることはできない。
意識だけなので当然なのだが、何か透明な壁に阻まれているような感覚があるのだ。
「この身体に戻りたい?」
戻りたい。
戻ってロゼッタを、ミレイユを……ノインを助けたい。
「いくらそう願おうとも本来この身体は、あなたのモノじゃない……私のお母さんが勝手にあなたを閉じ込めただけなの」
私が言っていることの意味がわからない。
私は産まれてからずっとその身体で生きてきたのだ。
それを閉じ込めると表現するのは違う気がする。
今は時間が無いってことを、私ならばわかっているはずだ。
だから、早く私を目覚めさせて欲しい。
「あなたの意思で動かないこの身体……それをどうして自分のモノだと思うの?」
それは……そう、死にかけに見る虚ろ夢。
死にきれない未練が見せる最期の夢を私は見ているんだ。
「じゃあ、それを否定する。あなたはまだ死なない」
違う? 私は死なない……。
だったら……!
「ダメ。ちゃんと答えてくれないならあなたはずっとこのまま……この世界に永遠に縛られる」
私ならわかってよ!
早くしないとみんなを助けられない!
「ならわかりはしない……私は"フレイア"ではないから」
フレイアではない……?
頭の先から、足の先まで、どこをどう見ても私――フレイア・エテルファルシアではないか。
――――!
「やっと気がついたみたいだね……だからノインに鈍感なんて言われるんだよ」
女神教会司教のシンが言っていたもう一人の私……二つの魂……。
そして、アレクシアが必死になって探し求めていたモノ……。
それが……あなたがもう一人の私――グラス。
「あなたがあまりにも平和な生活を送るものだから、なかなか逢うことができなかった……あの日までは……」
……平和だとどうして逢えないの?
私にこんな意地悪をするのがグラスの目的なの!?
「あなたにその自覚は無いのだろうけどあなたは私の全てを奪ったの……。少しぐらい意地悪したい気持ちはあるけど、違う。私の代わりにあなたが平和な生活を送ってくれるのなら、何も知らないまま……私の全部をあげてもいいと思ったの」
私がグラスの全てを奪った……?
グラスの全部をあげるって……?
「わからないよね……あなたもお母さんが生んだ子だもの。知りようがない。だから、知らなくていいなら知らなくていいと思った」
………………。
「数日だけど姉なのだからその名の通りにフレイアの全部を受け止めてあげたかった……。けど、お母さんを必死に助けようとするあなたを見てわからなくなった……」
全てを知ってるわけじゃないからなんとなくだけど……グラスは、お母さんが苦手なんだね。
「苦手……私のそれは嫌いじゃないのか?」
ううん、嫌いじゃないよ。
グラスはお母さんと話したことがないから、どんなことを話していいのかわからなくて……それが不安で苦手に思っているだけ。
自分のお母さんなんだもの、嫌いなんて絶対にあり得ないよ。
「でも……私は……」
まったく……グラスはノイン以上にコミュ障だね。
でもそんなお姉ちゃんのために妹である私が一肌脱ぎましょう!
「何を……するの?」
お母さんとグラスがちゃんと話せるように、私がなんとかする。
それでちゃんと話せたなら仲直り……って言ったら変かな? 区切りを付けられると思うの。
だから……もう少しだけ私に任せてくれないかな?
「やっぱりフレイアのことも少し苦手かもしれない。……けど、妹のお願いなら聞いてあげないとね」
……!
ありがとうグラス。
たぶん私は、グラスに対して酷いことを言っているよね。
けれども、やらなければならないことがあるの。
だから、グラスの力も貸して欲しい……!
「いいよ。いってらっしゃい、フレイア――――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「フレイア……フレイア!?」
「大丈夫ですの!?」
どこか虚ろな目でゆらりと立ち上がったフレイアに友の声は届いていない。
ただ、みんなを助けるためだけに立ち上がった。
まだ棲み処を荒そうとする者に対し、アーマートータスは再び水撃を放つ。
ロゼッタとミレイユがいる場所から大きく吹き飛ばされてしまったため彼女たちではフレイアを庇うことができなかった。
「≪防御≫が間に合いません……!」
「フレイア避けて!!?」
大空洞に二人の悲痛な叫びが響くが、水撃はフレイアには届かなかった。
水撃がフレイアに直撃するその前に水蒸気と化して一瞬で蒸発したのだ。
それを傍から見ていた二人は何が起こったのか理解できなかった。
そして、ゆっくりと数歩進むとフレイアは魔法の詠唱を始めた。
「『暗き雲は空を覆い尽くすこと叶わず、雷光よ、我が剣となりて斬り払う力を与えよ――」
「フレイア魔法使えないんじゃ!?」
「それも詠唱魔法を……!?」
フレイアの使えるはずのない魔法の詠唱に二人は驚愕し、ただ呆然とする。
そして、その詠唱を中断させようとアーマートータスは水撃を浴びせるが、やはりそれがフレイアに届くことはない。
「――私はそれを祝福する。貫き、穿ち来たれ』――≪祝福の雷撃剣≫……!」
魔法の詠唱が完成するとアーマートータスの頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
そして、その中心から雷鳴と雷光を迸らせる一本の巨大な光の剣が召喚され、アーマートータスを真っ二つにし、地底湖の水を一気に蒸発させた。
役目を終えた光の剣はアーマートータスに断末魔を許すことなく、すぐに彼方へと消えた。
そこでただ呆然と見ていることしかできなかった二人は我に返り、蒸発した水蒸気を搔き分けるようにフレイアの元に駆け寄った。
「フレイア!」
フレイアが無防備に倒れ込む直前、なんとかミレイユが受け止めることに成功した。
そのままフレイアを横にすると気を失っていることを確認した。
「一体フレイアは何を……」
「う、うん……。でもそれより今はフレイアがなんとかしてくれたんだから魔晶石を見つけないと!」
「ええ、そうですわね。先に私が周辺を確認してきますのでミレイユは少しの間、フレイアの身を守っていてください」
ミレイユが頷いたのを確認しロゼッタは未だに晴れない水蒸気の中、周囲の確認を始めた。
疑問は残るがとりあえずの窮地は脱したので、ほっとする気持ちはある。
しかし、目的である魔晶石はまだ採取できていない。
気持ちの整理がつかぬまま二人は鍾乳洞の探索を再開した。
今回はそこそこ退屈しない話を書けた気がします。
次話で中間試験は完結予定。




