EP01.白い炎
記念すべき高等部生活初日の朝。
私、フレイア・エテルファルシアはテーブルに並ぶトーストやサラダ、ベーコンエッグといった朝食を摂っている真っ最中である。
トーストはふんわりよりもカリカリ、ベーコンエッグの卵は半熟がいい。サラダにかけるドレッシングはその日の気分だ。
「フレイア、あなた今何時かわかっているの!?」
「もう、わかってるって! でもご飯食べないと元気でないんだからしょうがないじゃん!」
せっかく気分よく朝食を食べていたのに、小言を挟んできたのはお母さん。
もう15年もの間、私のことを育ててくれているのだから、いい加減私が朝に弱いのを理解して、もう少し強めに起こして欲しい。……もちろん、感謝はしているけれど。
だから、初・中等部といつも、私が家を出るのは時間ギリギリだった。
「はいこれ。お弁当も用意してあるんだから急ぎなさい!」
「……もう、わかったよ……」
渋々と好物であるベーコンエッグだけ、口に放り入れて自室に戻った。
自室に戻るとおろしたての真新しい制服に袖を通し、姿見の前でポーズを取る。
採寸はピッタリで姿見に映る自分の姿は中等部の制服を着ていた時と比べ物にならないぐらい、大人びて見える。
制服は黒を基調にデザインされており、袖やスカートの裾といった細部には学院の紋章に合わせた金色の糸で刺繍が施されている。
短くまとまったお母さん譲りの白金髪と対比となり、すごく映えていると自分でも思う。
出るとこもちゃんと出て、引っ込むとこは引っ込んで、それでまた出るとこは出て……。
「……これは男子にもモテモテでしょうな」
「もう少し理知的で、おしとやかに振舞えていたらそうだったかもしれないわね」
「お母さん!?」
「さあ、入学初日なんだからちゃんとしなさい。ほらここ……」
いつの間にか勝手に部屋に入ってきていたお母さんが、服装の手直しをしてくれる。
それぐらいもう自分でできる年齢だというのに、お母さんは少しばかり過保護だから困る。
身嗜みを整え、鞄も背負い、登校の準備は済んだ。……あ、お弁当だけは忘れてはいけない。
時間もギリギリだし駆け足で家を出る。
「フレイア!」
急ぐ私の背中に声をかけるお母さん。
準備は昨晩の内に済ませて抜かりなく、忘れ物はないはずだが一体どうしたのだろうか?
いつもよりも時間が少し押してしまっているのだから、手短に済ませてほしい。
「もー! 何、お母さん!?」
「いってらっしゃい! それだけよ」
「それだけ!? んもー、急いでるってのに……いってきまーす!」
笑顔で手を振って見送ってくれるお母さんの方に向き直り、一度だけ手を振り返す。
そして、そのまま再び背を向けると、学院を目指して走り出す。
新しい校舎。新しい友達。新しい先生。それらを集めた新しい環境。何もかもが新しい。
そんな学院生活が始まると思うと、胸の鼓動がいつもよりも早く鐘を打つ。
しかし、入学初日から遅刻してしまっては、せっかくの新しい環境なのに周りの心象が悪くなりかねない。
頑張って走れば十分遅刻は回避できる時間。
初日の朝から少し慌ただしいが、遅刻するよりマシだろう。
私は浮き立つ足を全力で走らせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結果から言うと、私は遅刻した。
私が通う私立バルメデアラ魔法学院は一貫進学式の名門校だ。
ヴァン・エグセリオン王国内でも有数の知名度を有しており、その魔法知識を学ばんと方々(ほうぼう)から人が集まってくる。
初等部から高等部までは一貫進学式で上がることができ、成績や先生方の推薦等の多少の条件はあるが、その先の大学部にも試験無しで進学することができたりもする。私のお母さんもバルメデアラ魔法学院の卒業生であり、延いては大学部まで進学し、さらにその先の大学院まで卒業しているらしいが、あまり詳しい話を聞いたことはない。
もっとも、大学部まで進むのはほんの一部の生徒だけであり、大体の生徒は高等部を卒業すると同時に王国軍に志願する。
軍人は非常に高給取りだし、退役後も手厚い保障がある。
そうして、しっかりと地盤を固めた後に自分の好きな事をして暮らしていくのが、最も安定した選択肢だからだ。
バルメデアラ魔法学院は、初等部、中等部までは同じ敷地内に別々の校舎が存在しているのだが、高等部からは外部からの編入生も多くなり初・中等部とは別の敷地に、かつての校舎と比べ一回り以上大きな校舎があるのだ。
それを忘れていた私は、9年間もの間ずっと登下校した通学路を走ってしまった。
周囲を歩いていた生徒の中に同学年だった者たちの姿が少しも見えなかったことで、それに気がついた。
気がついてからは来た道を引き返し、死ぬ気で走ったが満足に朝食も摂れていなかったため途中でばててしまい結局、遅刻してしまったのだ。
そして、遅刻した私は自分の教室を探し、校舎内を彷徨っていた。
大講堂での入学式に間に合っていれば終わり次第、周りの生徒と共に教室まで移動できたのだろうが、それは叶わなかった。
そのため、自分の足で教室を探す必要があるのだが校舎は非常に広く、教室の数も多い。
新入生である私には今どこを歩いているのかもわからず、迷宮のような校舎に囚われてしまったのだ。
しばらく、誰の姿も見えない廊下を歩いていると、前方から学院の教師と思しき男が歩いてくるのが見えた。
彼に教室の場所を聞けば教えくれるかもしれないが、同時に新入生がこんなところで何をしているのかと怒られてしまうかもしれない。
しかし、このまま自分の足でずっと探していても、教室が見つかる気もしないので意を決して聞くことにした。
私が駆け足で近づくと向こうも私に気が付いたようで、彼から話しかけてきた。
「君の顔……見覚えがあるな……」
白く染まってしまった髪と顔に刻まれたいくつもの皺、低く渋い声はそれだけで威厳を感じさせる。
黒のスーツに身を包んでおり、杖をついている。
いかにもな風貌に少し緊張してしまう。
「あの、すみません。新入生なんですけど理由あって遅刻してしまって……自分の教室がわからないんです」
「……生徒が普段授業を受けるのは隣の教室棟だ。ここは旧棟……この学院は歴史も古く、旧棟と言えど歴史的価値を持つため取り壊せない。生徒は入れないように鍵がしてあったはずだが……まあいい、君の教室まで案内しよう」
「あ、ありがとうございす!」
ありがたいことにわざわざ教室まで案内をしてくれるらしい。
礼を言い、白髪の先生が進む後について歩く。
「……君の名前を教えてもらっていいかな?」
「フ、フレイアです。フレイア・エテルファルシア……Aクラスです」
「エテルファルシア……フィエレスの娘……通りで見覚えがあるはずだ」
名前を聞かれ担任の先生にでも報告されるのかと思い、ドキッとしたがどうやら違うらしい。
フィエレス……フィエレス・エテルファルシアは私のお母さんであり、この先生はどうやら私のお母さんを知っているようだ。
もしかしたらお母さんが学生の頃から学院に勤めている先生で、お母さんにも魔法を教えていた……なんてこともあるかもしれない。
「お母さんのこと、知ってるんですか?」
「ああ、知っているとも。フィエレスは私の教え子だからね」
思った通り白髪の先生は私のお母さんの先生をしていたらしい。
そう聞くと学生の頃のお母さんがどんな生徒だったのか話を聞いてみたくなってしまう。
「気になるかい?」
「は、はい! お母さん、昔のことあまり話してくれたことなくて……」
どこかそわそわした雰囲気を漂わせていた私を横目に見て、胸の内を察したのだろう。
先生は柔らかな笑みを浮かべ、どこか懐かしいものを見るように目を細めた。
「話してやりたいのはやまやまだが……ここを真っ直ぐ進めば君の教室がある。これからは遅刻をしないように気をつけることだ」
「うっ……は、はい。ここまで案内して頂き、ありがとうございました」
案内してくれた先生は頷き踵を返すと、再び旧棟の方に向かって歩き出した。
「あ、あのっ! 先生のお名前、教えてもらってもいいですか!?」
「……ゼグス・ウインズ・バルメデアラ。この学院の統括理事をしている。またいつか話をしようじゃないか、フレイア」
自分で名前を聞いておいてなんだが、その正体に思わず唖然としてしまう。
私が白髪の先生と勝手に思い、教室までの道案内をしてくれていた人はたった今紹介にあったように、この私立バルメデアラ魔法学院の全てを統括している理事長――ゼグス・ウインズ・バルメデアラその人だった。
そんな人に教室までの案内をしてもらっていたと考えると、背中に冷たい汗が伝い落ちる。
理事長との出会いがこの学院での初めての出来事だと思うと、この先の学院生活はどうなってしまうのかと期待と不安が入り混じってしまう。
とりあえず、遅刻をしても理事長にだけはバレないようにしないといけないと思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
教室の扉を開けた瞬間、私に注がれる視線の雨……担任の先生もクラスメイトたちも、その全員が私を見ていた。
遅刻をして遅れて教室に入ったのだから仕方のないことではあるが、視線が痛い。
入学して最初のホームルームの時間だったようで、自己紹介の途中だったようだが、私が入ってきたことで中断させてしまったようだ。
「……えっと、すみません、遅れました……」
「貴様は……フレイア・エテルファルシア。入学初日から遅刻とは随分と余裕なのだな」
教卓に立った、長い金髪を後ろに流し、小ぶりの丸眼鏡をかけた担任の先生が名簿と思わしきものを見て、私の名前と共に嫌味を言ってきた。
遅刻した私が全面的に悪いのはそうなのだが、これが互いに初見となる。私に対する当たりが強いと思うのは気のせいだろうか。
「ちょ、ちょっとした理由があってですね……」
「言い訳は結構。自分の席に着きたまえ」
少しも言い訳を聞こうとせず、着席するように促されてしまった。
なかなかに手厳しい先生だ。
一つだけ空いてる席に着席すると自己紹介が再開された。
中断していた次のクラスメイトが前に出て自己紹介を始めた。
黒板に自分の名前を書いて、名前を答えるだけの簡単な自己紹介。
それを終えると自分の席に戻り、後ろの席に座っているクラスメイトが入れ替わりに前に出て、自己紹介をする。
自己紹介は残り数人だったらしく、ほとんどのクラスメイトの名前を知らないまま終わってしまった。
「以上で自己紹介を終了する。一緒の教室で学ぶクラスメイトだ、仲良くし、問題など起こさないように」
最後に先生が自己紹介を締めようと話すが、私はまだ自己紹介をしていない。
私の席順ではすでに順番が過ぎていたためタイミングがなかったのだ。
そのことを先生に伝えようと控えめに挙手する。
「あの~、まだ私の自己紹介終わってないんですけど……」
「貴様の自己紹介ならば、私が代わりに済ませてやっただろう。別に、感謝なら必要ないぞ」
私の自己紹介って先生が名前を呼んだあれだけ!?
記念すべき入学初日の自己紹介が、無情にも自ら名乗ることも許されずに終わってしまった。
「それと、貴様が遅刻していなかった間の話は、優しいクラスメイトたちに教えてもらえ。そして、昼食を終えたら職員室の私の元に来ることだ」
「……はい」
クスクスと聞こえる小さな笑い声。高等部に進学したのだ、クラスメイトの一人が遅刻して来たからといって騒ぐような子供ではない。
自分はそうはならないと嘲笑し、一週間もすれば、そんなことがあったということも記憶から消してしまうのだ。
陰湿だとは思わない。立場が違っていれば私もそうだったかもしれないのだから。
「……それと、午後は各々の実力を測るための模擬試験を行うので各自準備しておくことだ」
そう先生が言うとタイミングよくチャイムが鳴った。
しっかり空気を読めるのはチャイム君だけのようだ。
先生はそのまま教室を後にし、生徒たちは各々に昼食に移る。ある者は学食に。ある者は中等部からの学友と席をくっつけて。
学院まで全力疾走をして空腹が限界に達していたため、机横にかけた鞄から、朝お母さんに渡されたお弁当を取り出して昼食の準備をする。
準備をしていると机の前より目だけを覗かせて誰かが私のことを見ていた。
「あ、あのぅ……」
無視して昼食を進めていると彼女の方から話しかけてきた。
「お弁当、忘れたなら食堂に行くといいよ」
「ち、違います……! お、お弁当は持ってきてる……」
「それなら早く食べればいいと思うけど?」
「! い、一緒に食べていい……?」
「別にいいけど?」
お弁当を忘れてしまい、私にたかりに来たのかと思ったが違ったらしい。
昼食を一人寂しく食べるような特殊な趣味もないため、彼女のお誘いを承諾すると嬉しそうに顔をほころばせ、前の席を私の席にくっつけて着席した。
声をかけてきたのは暗く落ち着いた黒色のセミロングを揺らす女生徒。
前髪が少し長く、目が半分ほど隠れているため、暗めの印象を受ける。
前髪を上げるだけでも随分と雰囲気が変わると思うが、本人の好みもあるのだろう。
けれど、隠れている部分がミステリアスを演出しているようでもある。
全体的に見るならばミステリアスな雰囲気はあれど、小柄な感じで可愛らしいと思う。
少しおどおどし、ぎこちない様子だが、初対面なのだから緊張しているのだろう。
「え、えっと、フ、フレイアさん……?」
「フレイアでいいよ。あなたは?」
「わ、私はノ、ノ、ノインでしゅ……。あぅ……ノイン・メイヴィアです……」
自分の名前も満足に言えないほどに緊張しているのか、舌を噛んでしまったようだ。
この状態のまま話していては職員室に行く時間がなくなってしまうので、とりあえずノインをなだめる。
「ノイン、緊張しすぎだから落ち着いて? 私はあなたの友達だからさ?」
「と、友達……! ほ、本当に……?」
「う、うん……本当、本当だからさ」
「フ、フレイア……よろしくお願いします……!」
友達という言葉に反応したのか、星のように目を輝かせるノイン。
先生も言っていたが、同じ教室で学ぶクラスメイトなのだから、壁を作ることはない。
たしかに初めての相手では緊張してしまうのもわかるが、特段、私に関してはその必要はない。
「それで、ノインはどうして私とお昼を食べようと? 自分のことだからアレだけど、遅刻して笑われた人に近づくのは憚られない?」
「わ、私クラス委員長、任されて……フ、フレイアにクレストール先生の話を教えないとって……」
なるほど、嫌味なあの担任の先生は、クレストール先生というのか。
とりあえずはこれで職員室に行った際に、迷わないで済む。
「それすっごい助かる! 中等部からの進学だから顔を知ってる人はいても、そこまで仲のいい人いなくて、どうしようか困ってたんだ」
初・中等部から学院に通っている私は、9年間を変わらない面子で過ごしてきた。
だから、みんな互いに名前は知らなくても、顔は知っているというのがこの学院の生徒だ。
しかし、それで言うならば私はノインのことを知らなかったので外部からの編入生なのだろう。
「え、えへへ……わ、私フレイアの友達だから……!」
少しドヤった顔で控えめに笑うと、その可愛らしさが際立つ。
まだ完全に緊張が解けたわけではないだろうが、やはりノインはこうして笑っているのがいいと思う。
「それで先生はなんて言ってたの?」
「えっと、えっと……学則は生徒手帳……生徒同士で問題は起こすな……じゅ、重要なのは魔法戦のパートナーを今週中に決めておけって……」
「魔法戦のパートナー……ねえ……」
魔法学院と言うぐらいなのだから、当然魔法の授業はある。
通常の学業に加え、高等部になれば授業の半分近くが魔法の授業となる。
魔法授業は座学と実技に分かれており、学期前半は座学で基礎を学び、後半で実際に実技を行うというのがこの学院の基本的な方針だ。
それは初・中等部も同じであり、授業数はそこまで多くないが魔法戦の授業も、もちろんあった。
魔法戦は実戦を想定した授業であり、パートナーと二人一組で戦うことを基本とする。
前衛と後衛二つに分かれ、互いを補い、生存率を上げることを実戦では求められているためだ。
しかしながら私が使える魔法は一つしかなく、どうしてもパートナーの足を引っ張ってしまう。
魔法で勝てないのならと腕力に物を言わせた結果、授業の趣旨に合わないとパートナーを組んでくれた
クラスメイト共々、授業評価を下げられてしまったのだ。
今になって思えば随分と馬鹿なことをしていたものだと思う。
「しょ、しょれで! わ、私とパ、パ、パ、パ、パ、パートナーを組んでほしくて!」
また緊張してしまったのか、また舌を噛んでいるし、パが5つほど多くなって壊れた機械のようになっているノイン。
パートナーを組むのは構わないのだが、初・中等部の頃から相も変わらず一つしか魔法が使えない。
それを踏まえた上で、ノインがいいと言うのなら私は全然構わない。
「あー、組んであげたいのはやまやまなんだけど、私一つしか魔法使えなくてさ……他の人に頼んだ方がいいと思うよ?」
「い、いいの! わ、私こんな感じで話すの苦手で……ず、ずっと友達できなくて……いつも余った人同士で組んでたから……」
笑ったり、しょんぼりしたりしている目の前のクラスメイト――ノインについて少しわかってきた。
本人も言っているように、ノインは人と話すのが苦手なようだ。
すぐに緊張してしまい、話し方もたどたどしい。
けれど、責任感はあるようでクラス委員長を任されたのもあり、先生の話をわざわざ伝えに来てくれた。
遅刻して笑われただとか、魔法が一つしか使えないだとかは、彼女には関係ないのだ。
ただ、純粋に誰かと話せるだけで嬉しいのだ。
最初は少し変わってると思ってしまったが、ノインとはこれから楽しく過ごしていけそうだ。
「じゃあ、私ご飯食べ終わったし、職員室に行ってくるね」
「……え、ええっ!? ま、まだ私食べ始めてもいないのに……こ、高等部でも一人でお昼食べないといけないの……?」
ノインがたくさん話してくれている間にお弁当を食べ終わったので、職員室に行こうとすると、潤んだ瞳で私を見つめてくるノイン。
そんな顔で見つめられては傍から見ると私が悪者みたいではないか。だからやめて、その表情は卑怯よ。
しかし、クレストール先生に職員室に呼ばれていては仕方ない。
あまり知りたくなかったカミングアウトは無視させてもらう。許せノイン。
「ま、また明日ね! 今日はクレストール先生に呼ばれてるから、ね?」
「ぜ、絶対だからね……! や、約束だからね!?」
「う、うん……」
明日お昼を一緒に食べるという約束をすると、パッと花が咲いたような笑顔を見せるノイン。
そんなに嬉しそうにされては、きっと断れるものも断れないだろう。今回の約束については断るつもりもないけれど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「グレープフルーツ先生ー。A組のフレイアです」
「私の名前はクレストール・リヒテンタルトだ! そんな甘酸っぱそうな名前ではない! フレイア・エテルファルシア!」
えぇ……職員室の入り口からクレストール先生の名前を呼ぶと甘酸っぱそうよりも、もっと甘くて美味しそうな名前が返ってきて困惑してしまった。
しかし、そのおかげですぐに先生の席を把握することができた。
職員室に足を踏み入れクレストール先生の席まで行くと、眉間を寄せて不機嫌そうな顔で私を睨む。
「それで何の用ですか?」
「何の用とは……まったく、貴様という奴は遅刻のこともそうだが本当に困りものだな」
「いやー、本当に困りますよね。昔からどうしてか目立っちゃって……オーラって言うんですかね? 隠せないものですね……」
「そんな事は言っていない! 入学初日から入学式にも出れないほどの大遅刻、初・中等部からの内申を見ても問題が多い……! 君は本当にあの魔法使いの娘なのか!?」
クレストール先生は職員室中に響くほどの大声で問題を指摘してきた。
「あの魔法使い……ですか?」
「自分の母親の事だ。知らないわけがあるまい。君の母親、フィエレス・エテルファルシアはこの王国で最も優れた魔法研究者だった。その自在に魔法を操る様から王国で唯一魔法使いの称号を与えられ、正直、同じ研究室にいた時はその才能に嫉妬もしたよ。だが、その娘であるお前がこんな体たらくとは……」
「お母さん……そんなにすごい魔法研究者だったんですか? お母さんが魔法を使うところ、見たことなかったから知りませんでした」
親子なのだから当然だが、物心ついた頃からお母さんとはずっと一緒に暮らしてきた。
離れ離れになるようなこともなく、本当にほとんどの時間を一緒に過ごしてきたのだ。
しかし、そんなに長い時間を共に過ごしてきても、お母さんが魔法を使っているところを一度たりとも見たことがない。
初等部の頃、お母さんに魔法を教えてもらおうとせがんだことがあった。
だが、お母さんは魔法を使うことができなの、と言って頑張って魔法を使おうとしてくれた。
それが魔法を使えない演技のようにも見えず、それ以来私がお母さんに魔法のことを聞くことはなかった。
私自身一つの魔法しか使えないため、魔法とはそういうものだと、親子揃ってそんな感じなのかと思ってきたが、クレストール先生の話を聞く限りではそうではないらしい。
「ふん。大方、お前に才能が無いのを見抜き、魔法を使わないようにしていたんだろう。自分との才能の差を思い知ったお前が絶望しないように」
「……なるほど。悲しいですね……。子はいつか親を越えるものなのにそれが怖かったんですね、お母さん」
「……おい、ちゃんと聞いていたのか? 才能の無い貴様では越えられるはずがないだろう! 内申にも書いてある。初等部で習う基本の魔法も使えず、唯一使える魔法は通常の魔法体系とは異なる独自のもので、貴様自身もその魔法がどのようなものか全ては理解できていない! 終いには話も通じないとはな!」
教室でも思ったがやはりクレストール先生の私に対する当たりは少しばかり……いや、普通に厳し過ぎやしないだろうか?
遅刻をしたことに加え、内申を鑑みて要注意人物として見られていたにしてもだ。
思うに、先ほど話に出てきた同じ研究室にいた頃というのが引っかかる。
きっと、先生は時が経った今でも未練がましく、お母さんに嫉妬し続けているのだ。
それを娘である私にきつく当たることで、その溜飲を下げようとしているのだろう。
そんなことを思うと、過去と決別しきれていない先生を可哀想とすら思ってしまう。
しかし、言われっぱなしでは気が済まないし、優しい私はここで先生に決別の機会を与えるべきだと考える。
「タルト先生、さっきから才能才能って、才能で人生が決まるんですか? 昔の未練なんて断ち切ってすっきりしましょうよ?」
「昔の未練……貴様は何を言っているんだ? そんなもの、とっくの昔に私は克服している。ただ、貴様が馬鹿過ぎて教育者として指導しなければと思うだけだ!」
「ば、馬鹿!? 仮にも教育者なら生徒にそんなこと言っちゃダメでしょう!?」
「そう思うなら、そう思われないための行動を取るべきだな」
……クレストール先生の言葉が一理あるのはわかる。
けれど、今回はたまたま遅刻しただけだし、内申に関してはクレストール先生が下した評価ではなく、それだけのことで実際に下された評価が"馬鹿"というのは納得がいかない。
だから、クレストール先生は克服したとは言っているが、心の奥底に未練が残っているのでこうも厳しく私に当たってしまうのだ。
「じゃあ、先生も同じだ! 教育者だと思ってもらうにはもう少し言葉を選ぶべきですね!」
ぱんっ、と手を叩き笑顔でそう言ってやる私。
それを聞いたクレストール先生はもちろん、額に青筋を浮かべ顔を真っ赤にさせている。
「貴様……教師である私に対して喧嘩を売っているのか?」
「まさか! 嫌だなあ喧嘩だなんて。野蛮……野蛮ですよ!」
喧嘩は、好きじゃない。
私たちには魔法という叡智があるのだから、わざわざ争う必要なんてない。
それでも争うのならば、持てる力は全て使うのが道理だろう。
魔法を一つしか使えない私がどれほど馬鹿にされてきて、それをどれほど拳で解決してきたことか。
誰も幸せにならず、傷つくだけの野蛮は、嫌いなんだ。
だけど、
「……ああ、でも午後からは模擬試験でしたっけ? 魔法戦なら公平でしっかり実力も測れますね!」
"模擬試験で実力を測るための魔法戦"という名目があるのなら、生徒が担任教師をぼっこぼこにしたって問題あるまい。
逆もまた然り、試験の延長で担任教師が生徒を相手に多少の指導をしても問題あるまい。
いいじゃないか、公平で。
「……貴様、そこまで言うのなら、その安い挑発に乗ってやろうではないか……!」
好きですよ。
自分の気持ちに素直で、簡単に挑発に乗ってしまうような人は。
思わず口角が上がってしまうぐらいに。
「はい! フレイア・エテルファルシア、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
これで私とクレストール先生で魔法戦を行うことができる。
私には才能が無いとクレストール先生は言う。
ならばその私が魔法学院の教師であるクレストール先生に勝てたなら、才能など人生には関係なく、それに振り回されるのは馬鹿らしい、と証明できるのではないだろうか。
それによってクレストール先生には過去と決別してもらうのだ。
「……おい」
「? なんですか?」
宣戦布告も済み、職員室を後にしようとした私をクレストール先生が呼び止めた。
午後の授業が始まる時間も近いのだ、まだ何かあるのだろうか。
「私の名前はクレストール・リヒテンタルト……タルト先生ではない!」
しまった、心の中で思っていたことを、どこかで口に出してしまっていたようだ。
危ない。これからは気をつけなければ。
クレストール先生に向かってにっこりと笑顔を向ける。
「もし先生が私に勝てたらなら、ちゃんと呼んであげますよ」
最後にもう一度挑発を重ね、踵を返し教室に戻る。
こうしておけば、万が一にも逃げるなんてことはあるまい。
「……フレイア・エテルファルシア。後悔するがいい……!」
午後の授業を行うため慌ただしく準備をする教師たちの中、クレストール・リヒテンタルトの憎々しげな呟きは雑音に掻き消された。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「え、え、え、え、え!? フ、フレイアとクレストール先生で魔法戦!?」
驚愕の声を上げるノインを筆頭にざわつくクラスメイト達。
午後の授業である模擬試験を行うため、私たちA組の生徒は模擬戦闘場に移動していた。
模擬戦闘場は攻撃用魔法を使用しても問題が無いように、学院敷地内に用意された広大な戦闘場で、魔法の実技授業やこうして模擬試験にも使用される。
その中央に私とクレストール先生は立ち、今すぐにでも魔法戦を始められる状態だ。
「静かにしたまえ、ノイン・メイヴィア君。これはフレイア・エテルファルシアが自ら望んだことなのだ。愚かな彼女にはこうして現実を見せることでしか教育できない。教育者として自分の未熟さを思い知らされた気分だよ」
「みんな、私が勝つところをしっかり見ててねー!」
私は観客であるクラスメイトに向けて手を振る。
みんなには私とクレストール先生の勝負の見届け人になってもらわねばならないのだ。
その結果をしっかりとその目に刻んで欲しい。
「んっ、ん"ん"! これはあくまで模擬試験、フレイアの実力を測るためのものだ。フレイアが降参するまで続ける」
「私が降参するまで? それって先生の攻撃を避けるだけってことですか?」
「そんな暇を私が与えると思っているのか? そう思っているのなら、君の好きにしてくれて構わない」
素晴らしい驕りだ。
それもそうだろう。教師とその生徒が魔法戦を行うのだから、負けるなどとは思うまい。
しかし、それでこそクレストール先生は過去と決別できるのだ。
「じゃあ、先生が降参したら、先生のこと引き続きタルト先生って呼ばせてもらいますね!」
「……いいだろう。すぐに音を上げるだろうが存分に頑張りたまえ。その姿勢は評価する」
冷静を装ってはいるが眉をひくつかせているので怒りを隠しきれていない。
クレストール先生がこんなに単純な人で本当によかったです。
ルールも決まったことだし、いつ模擬試験を始めてもらっても大丈夫だ。
「準備はできているので、いつでも始めてもらっていいですよ」
「ん、そんな装備で私と戦うだと? 模擬試験なのだから訓練用に用意されている学院の備品ではなく、普段から使用している私用装備を持って来い」
「え、私用装備じゃないとダメですか? 今日は持ってきていないのでこの訓練用のままでいいですよ」
「ふん。それを実力の言い訳にしようとしているのならば無駄だぞ? 入学式前の事前通知で私用装備は持って来るようにと、しっかり伝えてあるのだから」
「あれ、そうだったっけノイン?」
「そ、そうだよ……! ど、どうして忘れちゃったのフレイア!?」
「あー、私の私用装備、今握ってる訓練用の剣と盾の一式とほぼ同じなんだよね。なんなら標準魔法まで同じだし。で、持ち歩くのも面倒だから置いてきちゃった」
確かに事前に家に届いていた入学のしおりには、何やらいろいろと書いてあった記憶がある。
……が、面倒なので隅々まで見るようなことはしていない。
それに今言った通り、私が普段使っている私用装備は剣と盾の一式であり、その装備に標準で備わっている標準魔法も剣には≪斬撃≫、盾には≪防御≫と使える魔法は変わらない。
ただ、違いを挙げるとするならば、盾に関して、訓練用が円盾、私用が三角盾となっているぐらいだ。
魔法が一つしか使えない私ではあるが、標準魔法は他のみんなと同じく、魔力を込めるだけで使うことができたので、これにはだいぶ助けられた。
標準魔法さえも使えなければ、私は今ここにいなかったかもしれない。
「フ、フレイア、今日は先生に謝ってせめて別の日にしてもらうべきだよ……!」
「……ふむ、私も少しばかり大人げなかったと思わなくもない。ノイン・メイヴィア君の言う通り、機会を改めてようではないか。その時には貴様の頭も冷えているだろうからな」
「別に負けたって言い訳はしませんよ。ただ、先生が逃げたなんて噂が広がったら大変だと思うんで、やっぱり今日でいいですよ。それならタルト先生も言い訳できないでしょう?」
にんまりと挑発の笑みを浮かべて、クレストール先生の目を真っ直ぐに見る。
「……ここまで救いようのない馬鹿だとは……フィエレスを交えての三者面談も考える必要があるな。いいだろう、ノイン・メイヴィア君。クラス委員長である君に模擬試験開始の合図を任せる。私が合図をしてしまうと公平ではなくなってしまうからな」
「お、私の命運ノインに任せたよ」
「え、え、え、え、え、えええええっ!? む、無理ですけど!?」
目に涙を浮かべながら叫ぶノイン。
命運を任せるとは言ったが、別にそこまで気負う必要はない。
少しからかいすぎただろうか……?
「いいから合図をしたまえ! ノイン・メイヴィア君!」
「うん、ノイン一思いに頼んだよ……!」
「うぅ……、フ、フレイア……先生……。い、行きます……!」
ようやくの模擬試験開始に、その場にいる者たちの緊張感が高まる。
先ほどまでざわついていたクラスメイトたちの誰もが息を吞み、私たちを見ている。
クレストール先生も教師用の魔法杖を構え、魔力を高め始めた。
呼吸を整え、盾を前面に構え、戦闘態勢に移る。
「――――し、試験、開始っ! ……でしゅ!」
締まらないノインの合図で、先に動いたのはクレストール先生。
「あくまで生徒の実力を測るための模擬試験……最初はこれだ! 魔法の使えない君でも避けることや、防御することはできるだろう! ≪炎≫!」
魔法杖から生成されたバスケットボール大の炎が私目がけて放たれる。
それを着弾するより早く後方に飛び退いて回避する。
直前までいた場所の地面が爆裂し、赤熱している。
火の基本魔法である≪炎≫だが、流石クレストール先生、かなり洗練された威力だ。
「反射神経と身体能力はなかなかに良いようだ……次も同じ魔法だが、少しばかり変化を加えよう! ≪炎≫!」
再び魔法杖から先ほどと同じ炎が生成されるが、今度の炎は一つではない。
正面から一つと、私を左右から挟み撃つように二つ。
左右からの挟撃の炎は後方に回避し、その回避先を狙うような正面からの炎は盾で受ける。
「いいぞ! 今のは同じ魔法ではあるが、その違いは何か理解できているか?」
「えっと、今先生が使った魔法……≪炎≫は、四源属性の一つである火をただ発生させるための魔法……それを相手に飛ばしたり、三つに分裂生成させることは、先生の魔法操作技術の高さから……ですか?」
「基本座学だ、理解していて当然ではある。≪炎球≫などの攻撃用の魔法はそうなるように作られた魔法だが≪炎≫は君の言った通り、元はただ火を発生させるだけの魔法だ。それほどに魔法を理解できているのならば、私に挑むことがどれほど無謀なことなのかも理解できそうなものだが……」
いきなりガチ実戦授業が始まって少しだけ焦った。
あくまでクレストール先生は私に模擬試験・実戦授業をしてくれるつもりらしい。
その魔法を見ただけで初・中等部の先生方とは一線を画しているのがわかる。
きっと、その自信の高さは、自分の持つ魔法能力の高さによる裏付けからだということが窺えた。
「そうですね……先生は強いです。その魔法を見ただけで誰でもわかると思います。それでも自分の母親の不始末を、ずっと引きずっている人がいるのは娘として見過ごせないんです」
「……嘆かわしいな。まともに魔法を扱うことができていればあの魔法使いを越えることも夢ではなかったかもしれない。それであれば貴様の言う通り、決別できていたのかもしれん……」
先生は蔑み――いや、これは憐み。そんな目で私を見るが、別に私はこのままでいいと思っている。
お母さんはお母さんだし、私は私だ。
お母さんは魔法研究の道を選んだのかもしれないが、私は別の道を往くと決めている。
「私、お母さんみたいな魔法使いは目指しません。高等部を卒業したら王国軍の魔法騎士に志願するんです」
「魔法騎士……彼らは今の君のように武器と盾を握り、戦場の最前線を駆け、戦線を維持するのが彼らの仕事だ。……しかし、それは虚栄だ。実際は盾持ち……防御の標準魔法が備えられただけの大盾を持たされて戦場に送り込まれ、後方の安全地帯から敵を攻撃する魔法術師の肉の盾となるだけの存在だ。そんなものに志願したいだなんて……」
クレストール先生の言っていることは概ね正しい。
魔法騎士などと謳ってはいるがその実、そのほとんどが先生の言う盾持ちに回されてしまうことを学院の生徒たちは知っている。
戦場の最前線を駆ける彼らの損耗率は後方で戦う魔法術師の何倍も高く、実質的に死地に送られているも同然なのだ。
だから、高等部を卒業して王国軍に志願する生徒のほとんどが魔法術師を志望し、魔法騎士を志望するのはまともな魔法教育も受けていない高給に目が眩んだだけの者が多いのが現状だ。
――だが、一つだけ抜けていることがある。
「……アレクシア・ベル・フルール――」
その名は、現在王国軍を指揮・統率する騎士団長に任命されている魔法騎士の名だ。
彼女は王国に住む者たち全ての憧れであり、私もその一人である。
軍を指揮する立場にありながら戦場の最前線を他の魔法騎士同様に駆け、無傷の凱旋を果たし王国に勝利を持ち帰る、その姿はまさに戦女神――――。
「……彼女と肩を並べて戦ってみたいんです」
「貴様がアレクシアと肩を並べる? 笑わせてくれる。貴様と違って彼女には才能が有り、優秀な人材だ。まともに魔法を扱えない貴様とは天と地ほどの差があるのだよ」
魔法が扱えないわけではない。
標準魔法ならば普通に使えるし、私だけが使える魔法が一つある。
それを言ってもクレストール先生は、聞く耳を持とうとはしないだろう。
であればこの模擬試験でそれを示すしかあるまい。
「私はそうは思いません。……だって私は、才能は無くても彼女と同じ優秀な生徒ですからっ!」
言うと同時、訓練用の剣に備えられた標準魔法≪斬撃≫をクレストール先生目がけて放つ。
しかし、クレストール先生は微動だにせず、≪防御≫の魔法を発動し、カーテンのように薄いバリアであっさりと防いでしまった。
「話の隙を突き攻撃を仕掛けるのは構わない。どんなことをしても勝ちを目指す姿勢は評価に値する。しかし、訓練用に威力を抑えられている魔法でこの私をなんとかできるとは思ってほしくないな……! もう一度こちらから行く、≪雷撃≫!」
高速の雷撃が魔法杖から放たれ、空を駆け抜ける。
≪炎≫とは比較にならないほど高速で攻撃能力の高い魔法≪雷撃≫。
その魔法の発動を見てからでは回避はほぼ不可能であり、とっさに訓練用の盾に備えられた標準魔法≪防御≫を発動し、防御するが、その威力の高さに薄いバリアは破られてしまった。
そのままの勢いの雷撃をなんとか盾で受けることができたが、後方に吹き飛ばされ、なんとか受け身を取ることができた。
「訓練用の性能に助けられたな。マジックコートが弱い私用装備では、貴様を病院送りにしているところだ。だが、貴様の実力はよく理解できたし、この私を相手に十分に戦ったと言える。……だから、そろそろ降参したまえ」
性能に助けられたか……馬鹿を言うな。
今の攻撃は私の身体能力と訓練用の装備性能を鑑みて、私の防御をギリギリ上回るように威力を調整されており、装備者が傷付かない程度を理解しての攻撃だった。
なので、こうしてまだ私が立っていられるのは訓練用の盾の性能ではなく、クレストール先生が真に魔法操作技術に長けた優秀な先生だからだ。
やはり今までの初・中等部の先生たちとは実力があまりにも違う……少しばかりクレストール先生のことを見くびっていたようだ。
だが、私は勝たなければならない。
勝ってクレストール先生の過去を断ち切るのだ。
「先生が本当に優秀な先生だってことは理解できました。先生が私に強く当たってきたとはいえ、少しばかり礼を欠き過ぎました……ごめんなさい。けど、降参するのは先生です。……次で終わらせましょう」
「……いいだろう。フレイア・エテルファルシア、貴様は内申ほど酷い生徒ではないとこの模擬試験で思い直したが、それは私の思い過ごしだったようだ。大丈夫、貴様の言う通り私は優秀だからな……死にはしない!」
クレストール先生が精神を集中させ、この模擬試験を終わらせるための魔法を発動しようとしているのがわかる。
その魔法の発動に備え、盾を構え直し、次の攻撃を待つ。
「『――炎よ、風よ。二つの力――」
「え、詠唱魔法!?」
今まで黙って試験を見ていたクラスメイトたちの誰かがそう言ったのを皮切りに、クラスメイトたちが再び騒がしさを取り戻す。
詠唱魔法……それは古の呪文を用いて精霊の力を直接引き出す大魔法だ。
その魔法専用の詠唱が必要であり、実戦ではそれを発動できる機会はほとんどないが、発動すれば絶大な威力で不利な戦況も簡単にひっくり返すほどだという。
「――螺旋となりて我が敵を討て』≪炎の竜巻≫!!! これで模擬試験は終了だ!」
詠唱が完成し、魔法が発動された。
円を描くように何本もの巨大な炎柱が地面から発生し、それらはその中心にいる私に向かって近づいてくる。
私を焼き尽くさんとするそれらは合体し、一つとなりその名の通り巨大な炎の竜巻となった。
「フ、フレイア……? フレイアーーー!?!?」
ノインの悲痛な叫びが模擬戦闘場中に響く。
涙を流し、人と話すのが苦手な彼女からは想像もできないような声だ。
「ノイン・メイヴィア君……大丈夫だ。教師である私がその生徒であるフレイア・エテルファルシアを殺してしまうようなことはありえっ……何っ!?」
「――――――≪祝福≫よ……!」
巨大な衝撃波が自身の真横を通り過ぎ、焦り取り乱すクレストール先生。
自分が発生させた、この模擬試験を終わらせるための一撃が、一閃の斬撃が放った衝撃波の元、中心から爆発し掻き消えたのだから無理はないだろう。
クレストール先生の格好つけた台詞、遮ってごめんなさい。
……でも流石に今の魔法は熱すぎる!!!
舞い上がった土煙が次第に晴れていき、炎の竜巻に閉じ込められていたフレイアの姿がだんだんと視認できるようになる。
「フ、フレイアが……燃え……てる……?」
私の魔法――その身に纏う白き炎を初めて見た人はいつもそんな反応をする。
ノインも例に漏れずの反応をしてくれた。
この白き炎は私を燃やし尽くすように全身を覆ってはいるが、実際に何かを焼き尽くすようなことはないので安心して欲しい。
「大丈夫だよ、ノイン。この白い炎が私の魔法だから」
「そ、それがフレイアの……魔法……?」
「な、なんだと言うんだその魔法は!? 見たことのない、私の知らない魔法だと!? それで私の≪炎の竜巻≫を防いだのか!?!?」
自分の魔法を破られたことに余程驚いたのだろう。
他の生徒たちの目があることも忘れ、私に説明を求めるクレストール先生。
ちゃんと説明はするので少し落ち着いてほしい。
「これが私の唯一使える魔法――≪祝福≫です。この白い炎は誰が触れても燃えたりすることはなくて、たぶん、火属性よりも光とかもっと別の属性の魔法なんだと思います」
「しゅ、≪祝福≫……聞いたこともない! それはどんな魔法だ!? どうすれば使える!?」
血走り、見開いた目で睨みつけてくる先生。
お母さんと同じ研究室にいたと言っていたが、興味のある魔法のこととなるとこんなにも豹変するのか……。
「私自身この魔法をよくわかってはいないんですが……≪強化≫の魔法をさらに強化したような魔法なんだと私は思ってます。この白い炎を纏ったモノは人であれ、物であれ、普段以上の力を発揮することができるようになるんです」
「……つまり先ほど私の≪炎の竜巻≫を破ったのは、白い炎を纏い強化された≪防御≫で防いだか……それとも≪斬撃≫で内側から直接斬り裂いた……または両方ということか……!」
流石、自分で優秀と言ってみせただけある。
これだけの説明を聞き、少し考えただけでクレストール先生は私がしたことを、導き出してしまった。
「そうです。≪防御≫で防御をしつつ、炎が最大の状態になるのを待って≪斬撃≫で脱出しました。……その方が盛り上がると思ったんで」
「まさか、本当にそんなことが……しかし、それほどの魔法をどうやって……」
「先生はそれほどって言いますが、残念ながら本当はそれだけの魔法なんです。物心ついた時からどうしてか、この魔法しか使えなかった……他の魔法を使えない私がこの魔法を使っても、他の人よりも少しだけ身体能力が高くなるだけで、武器の標準魔法がなかったら戦えもしません」
自分で言っていて馬鹿らしくなる自分の魔法に思わず苦笑いする。
「ば、馬鹿げている……。確かに、それだけの魔法なのだろうが……」
「それでも何とか高等部まで来れたんです。だから、きっと頑張っていればいつか彼女の……アレクシアの隣にだって立てると思うんです」
それが私の夢であり、今まで頑張ってきた理由。
だからクレストール先生もお母さんのことなんか忘れて、自分の好きなように頑張ればいい。
「ふん。やはり馬鹿げていると言わざるを得ない。たったそれだけの実力で彼女の隣に立とうなど……。しかし、今日の模擬試験はもう終わりだ。終了のチャイムが時期に鳴るだろう。全員教室に戻ってホームルームだ」
「じゃあ、先生の降参ですね」
「何!? 馬鹿を言うな! 今日はもう時間だと言っている! このまま続けても私が勝つのは明白なのだから!」
「あー、はいはい。わかりました、わかりましたから……もうそれでいいですよ」
「フレイア・エテルファルシア、貴様……! わかっているのか、本来ならば……」
クレストール先生の言葉を遮り、授業終了のチャイムが模擬戦闘場に響く。
やはりチャイム君は空気をよく読んでくれる。
それを聞いて散り散りに教室に帰り始めるクラスメイトたち。
それに続いて、悪態をつきながらクレストール先生も帰って行ってしまった。
魔力をかなり消費して疲れたので私も教室に戻るとしよう。
「……フ、フレイア!」
「ノイン、まだ残っ……ぶばあっ!?!?」
私とクレストール先生の話が終わるのを待っていたのだろうか?
教室に戻らずにいたノインがいきなり飛びついてきて、その頭が私の顎に直撃する。
「ほ、ほいんさん……?」
顎をさすりながらノインの表情を確認しようとするが、抱き着かれた状態ではその顔を見ることができない。
「わ、私……フレイアが死んじゃったかと……」
クレストール先生の≪炎の竜巻≫に閉じ込められた時だろう。
単純に高威力の攻撃魔法であればよかったのだが、炎に閉じ込められたのだ、あの熱さにはどうなることかと流石の私も焦ってしまった。
「大丈夫、私が死ぬはずないよ。それに先生も加減してくれたみたいだし(たぶん)」
「で、でも、私……フレイアがいなくなったら……」
「ノインは心配してくれたんだよね。ごめんね? よしよし!」
ノイン頭を撫でてあげる。サラサラの髪の感触がなんとも癖になりそうだ。
頭を上げ、私を見上げるノインの目尻は赤く、涙が浮かんでいた。
「ま、またパートナーを探さないといけないんじゃないかって……だ、だからもう、無茶はやめて……ね?」
……ノインさんの心配はそっちですか!?
人と話すのが苦手なのはわかったが、そこは素直に私の心配をして欲しい。
「じゃあ、私が無茶しないようにノインに守ってもらおうかなー? さ、教室に戻ろ?」
「そ、そんなこと私にできるかな……って置いてかないで!?」
ノインを置いて走り出した私の背にノインの悲鳴が響く。
これはさっきの頭突きのお返しだ。
これに懲りたらいきなり飛びついても頭突きはしないように!
記念すべき入学初日にしては慌ただしい一日だった。
思っていた始まりとは少し違っていたが、ノインにクレストール先生……二人のことをほんの少しだろうが知ることができた。
それはまずまずのスタートと言っていいのではないだろうか。
それに新しい学院生活は始まったばかりで、明日もまたバルメデアラ魔法学院で授業を受けるのだ。
立ち止まっている暇はないが、とりあえず疲れたのでホームルームが終わったら購買に何か食べ物を買いに行こう。
11/29_改稿Ver.1.5.0




