EP12.アレクシア・ベル・フルール
フレイア・エテルファルシア:(15)
アレクシア・ベル・フルール:(32)
アレクシアとの模擬戦から二日、最後にアレクシアのきつい一撃を貰った私は、一日ずっと眠っていたようだ。
ベッドの前にカレンダーが貼られおり、日付のところに印がついていたのですぐにわかった。
きっと、ノインかロゼッタが看病をしてくれて、学院で授業を受けている最中に私が目を覚ました場合に少しでも状況がわかるようにと記録してくれたのだろう。
「ッ~~~~~!?」
目を覚ましたばかりのぼんやりした状態で起き上がろうとして、身体中に激しい痛みが走り、顔をしかめる。
その痛みで二日前に何があったかを思い出した。
私は王国軍騎士団長アレクシアと模擬戦を行い、顔面をぼこぼこに殴られ、終いには両肩を槍で刺し貫かれたのだ。
「ふぁれすしあふるふぁん」
顔を包帯でぐるぐる巻きにされているようで、上手く声も出せない。
まったく、最悪だった。
憧れたアレクシアがあんな人だとは思いもしなかった。
普段は"王国軍騎士団長アレクシア"という理性の仮面を被り、獣の本性を隠してたのだろう。
あんな化物が王国軍騎士団長だなんて……いや、化物でもなければ王国軍騎士団長なんて務まらないか……。
しかし、お母さんがアレクシアの師匠をしていたというのにも驚いた。
魔法を使っているお母さんを知らず、過去についてもあまり詳しくは知らない。
私の知らないお母さんがあのアレクシアを育てた……なんて悪い冗談だろうか。
「おはよう。フレイア……」
ああ、嫌だ嫌だ。
まだあのねっとりと眼球を舐めるような嫌な声が耳に残っている。
しばらくの間は聞きたくもないと思っていたのに、何故思い出してしまうのか。
「お腹は空いていないかい? 軽食で良ければ用意するよ?」
「うん、ふぁべる」
「じゃあ、少し待っていてくれ」
そう言って、アレクシアが部屋を出て行くのが横目にちらりと見えた。
…………………………???
…………………………ん~?
んんんんン!?!?!!!?
……か、身体の震えが止まらない。
いやいや……いやいやいやいや……嫌ァァァァァァア!?
何で、どうして魔王が私の部屋にいるの!?
私は死んで、地獄に墜ちたのか!?
そりゃあ、ノインにロゼッタ、先生……三人を裏切るような真似をしてしまった私が天国になんて行けるはずがない。
だけど……だけどぉ! こんなのはあんまりではないか!?
一日ずっと眠っていたため、普通にお腹も空いており、つい反射で答えてしまった。
ねえ、フレイア。ここは私の部屋、中に誰がいるかぐらいちゃんと確認しよう?
ほら、魔王が帰ってきちゃったよ!?
「ごめんね。何が好きなのかわからなかったからこれにしたんだけど……ああ、手は動かせないだろうから私が食べさせてあげるね」
お椀を持って私に何かを食べさせようとしている人物を、顔は動かせないので視線だけで確認すると、確かに二日前に模擬戦を行った魔王の顔があった。
そして、今その魔王が私に向けてスプーンを差し出している。
食べると言った手前、口を開けないわけにはいかないので、少しだけ開けた。
すると、口の中にゆっくりとスプーンが差し込まれた。
私は一体何を食べさせられてのだろうか、口の中で舌を転がす。
……特に強い匂いはせず、硬い感触もない。
飲み込んでいいのか困惑していると二口目が差し込まれてしまった。
このまま飲み込まずに食べさせられ続けたら、窒息してしまうので意を決して飲み込んでみた。
………………ん、普通に美味しい。
毒とか劇毒とか遅効毒が入っていないなら、普通に美味しいおかゆだ。
「お腹一杯になったら合図してね」
そう言うと魔王は再びスプーンを差し出してきた。
おかゆを食べている間は、驚くほど穏やかな時間が流れた。
魔王がどうして私の部屋にいて、どうして私の看病をしているのかはわからないけど。
…
……
………
おかゆを食べ終えると部屋に沈黙が訪れた。
食事は済んだというのに魔王が私の部屋から出て行く気配はない。
ベッドの縁に背を預け、座って動かない。
……えっと、食事が終わっても帰らないということは、たまたまその場にいたのではなく、私の看病をしていたのは魔王だったってこと……!?
もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。助けて……ノイン……ロゼッタ……先生……。
「……夢を……見たんだ……」
え……? いきなり何を言い出すかと思えば夢? 夢ぐらい普通に見ませんか?
「フレイア……君と模擬戦をした日の夜だよ。夢の中で師匠に逢えたんだ」
……語り始めた!? 聞きたくない! 聞きたくないんでやめてもらえますか!?
「君に罰を与えて……師匠に褒めてもらえると思った……」
私の顔面をこんな風になるまでぼこぼこ殴ってくれたのって私に罰を与えてるつもりだったの!? 私が魔王に何をしましたか!? 誠に遺憾である!
「また師匠の淹れてくれたコーヒーを一緒に飲めると思った……。それなのに師匠はどうしてか私の首をゆっくりと絞めるの……」
……自分の娘をボロボロにされて怒らない母親なんていない。それに私なんてお前に、実際に首を絞められたのだから自業自得だ。
「怖くて……怖くて……。目が覚めると泣いていたんだ……」
………………そうだよ、とても、とても怖いんだよ。
「私……悪いことをしたのかな……?」
「しふぁんふぁよ! いっふぁーーーー!?」
思わず怪我してるもの忘れて叫んでしまったではないか!
悪いこと! したんだよ! してないと思ってたの!?
そのことに驚きだ!
やっぱり、この女の頭のネジはぶっ飛んでいる。
「フレイア、そんな大怪我をしているのによく元気でいられるね……」
おい。おい。あなたですよー? あなたがぼっこぼっこにしたんですよー?
こんな身体で元気なわけないんですよ?
というか、この人たった一回、夢を見ただけで元気無くし過ぎでは?
正直、学院の応接室で会った時はもっとこう……なんて言うか……前半はカリスマ的な感じで、後半からは…………………………メンヘラだったな。
うん、結構最初からメンヘラしてるわ、この人。
「教えてよ……私はどうしたらいいの……?」
知らねー。
「ねえ、起きてるよね?」
寝てます。
「やっぱり、殺さなかったのがダメかな?」
「ねふぁせほよ! いっっふぁいーーーー!」
「さっきまで寝てたのに……」
あなたのせいで本当に……本当に疲れたんです!
マジで寝かせてください!
「早く良くなって、私の話を聞いてね……?」
そんなことを言われたら良くなりたくても、なりたくなくなるだろ……。
もう、本当に疲れた……だから……寝ます……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あれから一週間が経った。
完全回復とまではいかないが、両肩以外を動かせるまでには回復した。
回復するまでの間、私の看病をしてくれたのはやはり、メンヘラでほぼ毎日私の部屋にいた。
看病してくれている間は、延々とお母さんの夢の話をしてくるのでいい加減に出て行ってもらおうと思う。
「お、おい、ア、アレクシア!」
だ、大丈夫、今のメンヘラなら強く出ても何ともないはずだ。
なんなら逆に圧倒できるかもしれない……!
「フレイア……もう身体はいいの?」
よ、よし。やはり、いきなり殴られるようなことはない。
この調子で話して出て行ってもらおう。
「りょ、両肩以外は動かしても痛くない程度には回復した」
「そっか……良かった。でも、まだ両肩は動かせないんでしょう?」
「こ、これぐらいならノインとロゼッタに手伝ってもらえば何とかなるんで、帰ってもらって結構です!」
い、言った! 言いました!
これでようやく心の平穏が―――
「今はフレイアの護衛が任務だから、気にしなくても大丈夫だよ」
「なん……だと……」
私の心の平穏……どこ行った?
無い無いなちゃった……。
「言ってなかったっけ?」
「言ってない! ずっと夢でお母さんと逢ったことしか話し……はっ!?」
しまった。
ずっと寝たふりをして聞き流していたのに余計なことを言ってしまった!?
「ちゃんと聞いててくれたんだね……。じゃあ、どうすればいいか教えてよ?」
「知らねー! そもそもどうして私が知ってると思った!?」
「どうしてって……フレイアが全ての中心にいるからでしょう?」
「えっ?」
今、メンヘラは私が全ての中心にいると言った……?
それはどういう……。
「えっ? とっくに自分でも気づいてると思ったんだけど……わかってなかったの?」
「……。煽ってます?」
「そっか、師匠の頭脳は遺伝しなかったんだね……」
憐みの目で私を見るメンヘラ。
そういうとこだぞ! そういうところだからな!
だからお母さんも話さなかったんだよメンヘラ女ァ!
「最初から説明しろ!」
…
……
………
メンヘラの話はこうだ。
15年前、お母さんは突然姿を消して失踪した。
これは軍の機密情報で、一般には伏せられていたそうだ。
それがつい最近になって所在が分かり、確認するとお母さんは魔法と魔法に関する記憶を失っていた。
そして、そこには娘のフレイア―――私がいた。私の年齢から失踪と同時期に生まれたと考えられる。
もう一つ、今回女神教会が起こした事件。連中は私を狙ってお母さんを誘拐した。つまり、お母さんよりも私の方が連中には重要だった。
それらを総合すると私の出生に何か重要な秘密があるのではないか、ということだ。
「いや、あなたの話の中に軍の機密入ってるよね? ずっとお母さんと暮らしてきた私が知るはずないよね?」
「……一緒に暮らしていたなら失踪について聞いてたかも」
「知らないが?」
「……だから、私が護衛をしていたんだ」
「話を逸らすな……まったく、これって私ボコられ損じゃん……」
「そんなことはないよ、なんやかんやでぶちのめしたくなってたと思うから」
なんやかんやで、ぶちのめす?
頭は大丈夫ですか? 頭の良さと賢さは比例しないことがよくわかる。うん。
本当によくそれで王国軍騎士団長になれたものだ。
自分の中で勝手に結論を出して、それを自分勝手に押し付ける。
そして、その結果が自分を苦しめる……これだからメンヘラ女は……。
ノインも片足突っ込んでいる気がするから、会ったら注意しとこう。
「それで、いつまで私はあなたに付きまとわれなきゃいけないんですか?」
「しばらくは、ずっとかな」
「……最悪です」
「……お茶を淹れよう、待ってて」
話題を変えるために席を立ったな……。
まあ、ずっと話を聞きっぱなしで喉が渇いていたところだ、お茶を待つとしよう。
少しするとメンヘラが二つのカップを持って帰ってきて、テーブルにカップを置いた。
「……お茶って言うから紅茶かと思ったんだけど……」
「あれ、コーヒー飲めなかった? 師匠はいつもコーヒーを淹れてくれたからフレイアもコーヒーを好むものだと……」
「飲めなくはないけど……いたた、うえぇ……苦ぁ……」
頑張って肩をあまり動かさないようにしつつ、一口だけカップに口をつけると、それだけで口の中に苦みが広がる。
いつもコーヒーを飲むときは砂糖をたくさんとミルクも半分ほど入れて飲むのだ。
ブラックなんて飲めたものではない。
「無理しなくていいよ。紅茶を淹れ直すから」
「いいです、砂糖とミルク入れれば大丈夫なんで」
本当は紅茶の方がよかったのだが、どこか癪に感じて断った。
テーブルの端に備えてある砂糖とミルクをカップに入れて、カフェオレにしたものをもう一度口に運ぶ。
うん、これなら大丈夫だ。
「……少し前、師匠に会ったんだ……」
でたよ、メンヘラ語り……。
こうなるとメンヘラは止まらないので、黙って聞くだけ聞く。
「魔法と記憶を失っているって聞いて絶望して、確かめるために会いに行ったんだ……。魔法を失っているってことはすぐに分かった。魔法のこと……忘れているはずなのに、私との思い出を楽しそうに師匠が話すのだから、私も嬉しくなった……」
………………。
「……その時にコーヒーを淹れてくれてね。ずっと昔にも同じように淹れてくれて、何も変わっていなくて……とても、美味しかったんだ……」
「……それでか」
「……?」
いつの夜だったか……いつもは食後に紅茶を淹れてくれるお母さんなのだが、その日は何故かコーヒーだった。
あまりに嬉しそうに勧めるものだから紅茶がいいとも言えず、いつものようにコーヒーをカフェオレにして飲んだ。
初めてコーヒーを飲んだ時からその苦さが理解できず、家ではそれからずっと紅茶になった。
たまたまコーヒーの気分だったのだろうと深くは考えていなかったが、そんなことがあったとは……。
ちゃんとあるではないか……魔法なんて関係ない、お母さんとの思い出。
……でも言葉にはしない。
メンヘラが治ってまた攻撃されでもしたら大変だから、今ぐらい落ち込んでもらっていた方がいい。
そして、いいことを思いついた。
「あ。お母さんを助ける方法あった」
「! それは本当か!?」
「お母さんにしっかり育ててもらった私は、噓なんてつきません」
「どうすれば助けられるんだ!?」
「それは言えません。私一人で助けますから」
「はあ……はあ……ひ、一人で? 協力して効率よく動けば早く助けられると思うが……?」
う、うわ……興奮してはあはあ言ってる。
目も見開いて血走っていて怖い。
「もっともですね。でも、信用できる相手でなければ協力できません。女神教会に通じてる相手だったりしたら―――」
ひいいいいいいいい!?!?
パァンという乾いた音と共にテーブルが真っ二つに割れた。
いや、音の方が少し遅かったかもしれない。
えっと……東の武術にカラテというものがあると聞く。
武器は用いず素手で戦う武術だそうで……魔法騎士なんかよりもそっちの方が合っているのでは?
「わ、わ、私が……せ、師匠に害を与えた連中と通じていると……?」
「言ってない! 言ってないからあ!」
「だったら協力できるだろう!!!」
その必要な信用が今目の前で真っ二つになっただろうが!
これで協力なんてできるはずないだろう!
これだからすぐに暴力に訴え出るメンヘラ女は!
「し、信用って言ったでしょう!? 私はまだあなたを信用していません! あなたが私にしたこと、覚えてますよね?」
「……看病してあげた。今も護衛をしている」
「それ、本気で言ってるならあなたには絶対に―――」
「絶対に……なんだ?」
な、何が起きたのかわからない。
バチンという音がしたと思ったら、真っ二つになって倒れたテーブルが塵も残さずに消滅していた。
テーブルがあった場所には小さな焦げ跡のようなものがあるぐらいだ。
「……ぜっ、絶対に……信用する方法があります……」
「何をすればいい? 服を脱いで裸になるか。隠していることなど何もないことがわかる。片腕でも落とすか。両手を落とされては流石に、連中を殺すのに支障があるかもしれないから……」
「ア、アレクシアが私の師匠になるの!」
あっっっっぶねえ……。
ちょっとだけ裸で謝罪をなんて思ったが本当にやりそうで怖い。
そんなことをしてもメンヘラには全然ダメージないだろうし、賢い私は別の手段を採らせてもらう。
お母さんがアレクシアの師匠であったように、アレクシアにも私の師匠になってもらうのだ。
アレクシアの力は痛いほど理解しているし、その力の一端でも得ることができれば、私一人でも女神教会と戦う……いや、これは違う。
一人で戦っては以前と同じことを繰り返すだけ。
とりあえず戦うことは後回しで、能力アップは期待できるだろう。
そして、本命はその師弟関係だそのものだ。
今、メンヘラはお母さんのために必死になっているということは、師弟関係になれば少しは私に対しても情愛が芽生えるはずだ。
そうなれば、今までの罪悪感でメンヘラに真に頭を下げさせることができるかもしれないのだ!!!
「私が……師匠……」
「これが飲めないならもう、護衛もしなくていいので帰ってください」
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫なはずだ。
裸になったりだとか、腕を切り落とすより、ずっと普通の条件のはずだ。
ほら、何もしてこないしね!?
「……少し、考えさせてくれ……」
あ、あれ? 一体どうしてしまったのだろうか。
間髪入れずに承諾されて万事OKだと思っていたのだが、メンヘラは少し俯いた表情で部屋を出て行ってしまった。
それに面食らって部屋に一人立ち尽くしてしまう。
……テーブル、無くなちゃった。
一日一話更新……失敗……
無念……




