EP09.それぞれの決意
フレイア・エテルファルシア:(15)
ノイン・メイヴィア:(15)
ロゼッタ・ホークリング:(15)
クレストール・リヒテンタルト:(44)
フィエレス・エテルファルシア:(42)
「遅かったではないか」
すでにもぬけの殻となった女神教会大広間に、応援として駆け付けたかつての副官に声をかける。
あと数分だけ時間を稼げれば、あるいは到着が早ければ女神教会の幹部格と思われる、シンとモンデストの二人を捕らえることができたかもしれない。
好機ではあったが、済んでしまったことではしょうがない。
「急に駆り出された私の身にもなって欲しいものですね。クレストール師団長」
「その呼び方は止めろ。今はただの教師なのだから」
相変わらず堅苦しい彼女は、アレクシア・ベル・フルール。
普段、堅苦しいと言われる側の私ではあるが、彼女には及ぶまい。
休日だというのに鍛錬しているのを見かけ、そのまま通りすぎるのではあまりに無愛想が過ぎると思い声をかけたが、休日なので構わないで頂きたい、とだけ返された時は、流石の私も頭を抱えたものだ。
「ただの教師であればこんなところにまで出張っては来ないでしょう?」
「ふん。私をそこいらの教師と一緒にしてもらっては困るな。馬鹿な教え子でも見捨てはしない優秀な教師なのだ」
「……フレイア・エテルファルシアですか。フィエレス師匠の娘……」
フレイアは連中が去る最後、自らを「グラス=フレイア」と名乗り、気を失った。
彼女が眠っている今、その意味を問うことはできないが、今はノイン・メイヴィアとロゼッタ・ホークリングに介抱されている。
特に目立った外傷もないようなので直に目を覚ますだろう。
その時に改めて今回の事件について聞けばいい。
「しかし、あのフィエレスがこんなことになろうとはな……」
「フィエレス師匠は魔法を使えない……いえ、それどころか魔法に関する記憶を全て失っていました。抵抗などできなかったのでしょう……」
「まさか事実だったとは……。知っていたとして防げはしなかっただろうが、対策はできたはずだ」
「それは私を責めているのですか?」
「まさか。判断をするのは上だ。いくら君が騎士団長と言えど従うほかないだろう。……それに天才魔法使いと呼ばれていたのも結局は過去の話だ」
「………………」
悔しい……だろうな。
アレクシアは軍人であり、上官である私ではなく、フィエレスに師事を仰いだ。
優秀ではあるが軍人でもなく、ただの魔法使いだったフィエレスにだ。
あの頃からすでに自分というものを確立していたアレクシアのことだ。
自分に足りないものは私にではなく、フィエレスにこそ学べると判断したのだろう。
かつての私であれば憤慨したのだろうが、アレクシアの判断は正しいと自然と納得できた。
「ちなみに聞くが、フィエレスが封印されたこのクリスタルはどうにかできるのか?」
「無理でしょうね。通常のクリスタルではありえない魔力濃度です。無理矢理にどうにかしようとすれば、ここ一帯全てが更地になる可能性も考えられます。しかし、その魔力は現在この教会稼働に使用されているようで魔力が尽きてしまえば消滅するでしょう。ただ……」
「魔力の総量を見るに莫大な時間がかかるのは明らかだし、その頃にはフィエレスも力尽きているだろうな」
クリスタルの魔力が尽きるのをただ待つのであれば、特に問題はないだろう。
しかし、それではフィエレスはもたないし、その強大な魔力が暴走する可能性のある爆弾だということだ。……アレクシアが言い淀むのも理解できる。
フィエレス一人を犠牲にし、魔力が尽きるのを待ちさえすれば、いずれ解決する問題ではある。
フィエレス一人の犠牲で済むとも言えるがそれではあまりにも……!
「私は一度、報告のために軍に戻ります。この場は軍の方で調査を進めるので、クレストール師団長は教え子たちを学園まで送ってあげてください」
「そう……だな。あとはそちらに任せる。……それと師団長は止めろと言った」
「私も教え子のように"センセイ"と呼べと? 私の師匠はもう……」
途中で言葉を切り、踵を返しその場を後にしたアレクシア。
……そうだな……。
私は彼女に酷なことを言ってしまった。
彼女にとってフィエレス以外"センセイ"と呼べる者はいないのだ。
私などでは彼女の"センセイ"にはなれないのだ。
だからといって師団長は勘弁願いたいが……。
しかし、奇妙なものだ。
私とアレクシア。互いに堅く、それぞれに信念を持つ。仕事でなければ言葉も交わさなかったであろう私たち。
それがフィエレスという共通点が繋ぎ、道を分けた今もこうして、再び繋がることができた。
そう思うと私はフィエレスに魔法研究だけでなく、人としても劣っていたのだろうことがわかる。
……敵わんな。
だが、私の性としてやはり、負けを認めたくはない。
だから、お前の馬鹿な娘を一人前に教育することで、お前を見返そうと思う。
必ずだ。だから、お前も絶対に助けてやる―――!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クレストール師団長はああ言ったが、最近の王国軍と評議会の力はほぼ拮抗している。
私が王国騎士団長となり現体制に大きな変更を加えたことで、王国軍が評議会の犬に成り下がるようなことはなくなった。
そのおかげか評議長であるガゼッド・オウルドットには敵視されているようだが、王国の現状を鑑みれば致し方あるまい。
だから、私がフィエレスの状態を把握できた時、秘密裏にでも監視や護衛を付けることはできたのだ。
しかし、私はそれをしなかった。ただ一言、副官のゼディアラに指示するだけでよかったのに、ただの一般人に成り下がってしまったフィエレスには、もう存在価値は無くなったとそう判断を下したから何もしなかった。
それがこの現状を招いたというのか!? ……失態だ。
個人的に価値が無くなったからといって、他はフィエレスをそうは見なかった。
かつては天才魔法使いと呼ばれており、だからこの私も師事を乞うたのだ。
政治的にも使い道はあるだろうし、ましてや今回の事件、フィエレスは魔法的に利用されたのだ。
かつての天才魔法使いだった師匠ならば女神教会の奴らに、いや、誰にも遅れをとることはなかっただろう。
師匠が魔法を失うことさえなければ……どうしても考えてしまうのだ。
15年前、師匠の身に一体何が起きたのか……。
今になってはもうそれを知る術はない。
今回の事件が起きなかったとしても、魔法に関する記憶まで失ってしまった師匠にそれを確認することはできないのだ。
いや―――
「……15年……前……!」
こんなにもわかりやすいヒントを、どうして私は見落としてしまっていたのだろうか。
フィエレスが失踪したのが15年前。
フレイアが生まれたのが15年前。
そして今回、女神教会の奴らはエテルファルシア親子を標的とした事件を起こした。
フィエレスをクリスタルに封印したことと、娘であるフレイアの拉致・誘拐だ。
フィエレスが狙われる理由は、深く考えずとも十分すぎるほどにある。
しかし、娘であるフレイアが狙われる理由はどうだろうか?
事件の一部始終を知っている師団長から聞いた話ではあるが、奴らはフレイアを女神と呼び、フレイアも彼らと話し、指示をしていたということだ。
フィエレスの行動を制限するために、先に娘であるフレイアを誘拐したというなら事件は単純明快だ。
だが、そうではない。
奴らの狙いは、フレイアにこそあったのだ。
一介の学生であるフレイアが女神? 女神教会の者に指示? どちらも馬鹿げた話だと思う。
しかし、フレイアが何かの"鍵"となる存在だからこそ女神教会の奴らは接触してきたのだ。
つまり、フィエレスではなく、フレイアこそが全ての中心にいるのだ。
それは、フレイアについて詳しく調べれば、師匠が全てを失った理由に辿り着けるかもしれないということだ……!
「フレイア……お前が本当に女神かそれとも忌み子か……その正体、私が明かそう……!」
ひと先ずは王城へ帰還するとしよう。
副官のゼディアラと評議会に、今回の事件のことを報告するのが優先される。
ゼディアラに情報を共有しておけば、私が別の任務に就かなければならなくても、そちらで判断し情報を収集、独自に動くだけの能力を彼女は備えている、本当に頼りになる副官だ。
評議会と軍の体裁を取り繕うために、そちらにも報告は上げるがそちらは期待できないだろうな。
せいぜい勝手に踊って、少しでも女神教会の情報を引き出してくれれば御の字だ。
フィエレス師匠、私は一度、あなたのことを諦めてしまった。
だけど、あの頃の―――魔法と共にある師匠を取り戻すことができるなら、全てを切り捨ててでも、それを成し遂げる。
魔法と向き合っていた師匠を私は、愛していました。
だから、また一緒に、誰にも邪魔されない世界で、私に魔法を教えてください―――。
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