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第8話


「私は――――『支配』のスキルを持っています」

「うわ。それはまた、凄そうなスキルだね」


 オカンスキルに比べれば、物語の主人公になれるようなスキルだろう。

 どう考えても配役を間違えた感がありそうだが、カンタルにはどうしようもない。


「『支配』のスキルは、その意味通り、私が指定した人物の言動を思い通りに出来ます」


 リーナが、覚悟を決めた雰囲気を感じさせる。

 口を開きかけたカンタルを制して、彼女が言葉を続けた。


「このスキルは、私の母方の血統の者に現れるスキルです。それをアルトス家の当主である私の父が利用して、領地を守ってきました」

「利用?」


 あまり良い言葉としては使われないので、カンタルは首を捻った。

 彼女が苦笑いを浮かべる。


「夫婦仲が悪かったわけでは無いですよ。……少し一般的では無いですが」

「……うん」


 彼は頷いて見せた。

 非道な両親に育てられていては、領民を大事にするリーナ・アルトスになることは難しかっただろう。


 一般的では無い、ということが気にかかるが、貴族としての風習がそう見えても仕方がないことも理解できる。

 彼女の言葉を理解することに時間が掛かってしまったのか、リーナが頬を指先で掻いた。


「あの、言い訳をするわけでは無いのですが、支配スキルを使うためには条件がありまして、その影響もあるというか――――」

「え? スキルを使うのに条件がいるの?」

「あ、ええ。私も『教会』に相談したことが無いので詳しいことはわかりませんが、少なくとも私のスキルを使うためには、他にスキルを持った相手が必要になります」

「ふぅむ」


 彼が『教会』で聞いた話だと、スキルとは女神様から与えられる使命――――天命ということになる。

 割と物騒な『支配』というスキルも、協力者無しに使えないとなれば、何かの意図がある気がしてくるというものだ。


「それで、ですね。支配スキルはその効果量に応じて、協力者のスキルに応じた反動リスクを受けます」

「それはまた剣呑な話だね」

「確かに他者の自害を望めば、相応の副作用を受けるでしょう。ですが、他者を傷つけるのに自分だけ傷つかないというのは無理です……ああ、もちろん、協力者は大丈夫ですよ。支配スキルを使っている間だけ、スキルが使えないくらいです。そこは私の父で実証済みです」

「ということは、ある程度の反動の目安はあるわけだ」


 彼は単に納得しただけだったが、リーナが視線を逸らした。


「ええ、まあ、アルトス家の秘事として、教育されましたから」

「そうだよねぇ」


 実際、支配スキルは政治の場で使うにしても、リスクがあろうが利用価値はとてつもなく高い。

 王族貴族に限らず、その存在が知れ渡れば、囲い込むか抹殺するかの二択だろう。


 それを一度会っただけのおっさんに喋っちゃうことと言い、ドイデン家の娘さんに性別が簡単に見破られてしまうことと言い、彼女は腹芸に向いていなかった。

 ただ、妙に運だけは良さそうな彼女について、小さな笑みを漏らすカンタルである。


 おずおずと様子を伺いながら、彼女が言う。


「それで、あの、秘密でなければ名前を聞かせて貰ってもいいですか」

「あ」


 今まで失念していたカンタルだった。

 礼には礼を返すべき人間でありたいと、常日頃から考えている彼にとって、リーナの思いに応えない理由は無い。


「俺は大山貫太郎。言い難いから、カンタルと呼んでくれ」

「遠い異国の方、なんですね。……いえ、打ち明けて頂いてありがとうございます。では改めまして、『今』の私はレオン・アルトスです」


 リーナ――――レオンが、朗らかに笑う。


 中性的な顔立ちの美形が笑うのは、本当にずるい。

 対するおっさんの身にもなって欲しい。


 レオンの笑みが、少しだけ崩れた。


「でも、どうしてカンタルは、ここまで私に優しくしてくれるのですか?」

「それは――――」


 彼自身、明確な理由を言葉として持っていなかった。

 オカンスキルの所為なのか、単に人助けをしたいのか、それとも自分を助けて欲しいのか――――。


 曖昧さを排して、最後に残る事実だけを取り出せば、一言で終わる。


「君を、守りたかったから?」

「…………ありがとうございます。でも、その、困ります。あ、いえ、嫌ではないんですけど」


 レオンが表情を隠してしまった。

 その態度に気が付き、カンタルは慌てた。


 恋愛経験など全くのド素人が、簡単に言って良い言葉ではなかった。

 こういう言葉は、イケメン恋愛上級者が高級ホテルの最上階でシャンパングラスを片手にバチコーンとウィンクを決めながら行うものだ。


 決して、エプロン付けたおっさんが、お家騒動で困っている昼食後の婦女子に投げかけて良い言葉ではない。

 弱味に付け込むような卑劣さに、レオン以上にカンタルが衝撃を受けていた。


「あ、ごめん。困っちゃうよね。ごめんね。あははは。大丈夫、手伝うから」

「いえ、こちらこそすいません」


 彼女が表情を隠しながら顔を上げ、大きく息を吸い込んでから、真面目な顔に戻った。


 しかし、対面している動揺したおっさんは隙だらけだ。

 言わなくて良い事まで言ってしまう。


「こんな変なおっさんでごめんね」

「……謝らないでください。少なくとも、私を心配してくれる人を、私は変人と蔑むことはありません。それは、私の心の中のカンタルを侮辱する行為です」


 レオンの瞳から、強い光を見ることが出来た。

 彼が思うより、レオンは強い心を持った人間だった。


 おっさんの弱い心などとは違い、戦うべき時に戦い、傷を恐れない勇気を持つ若人だ。

 彼は後頭部に手をやり、苦笑いを浮かべた。


 眩しく若々しい光を見ても、それを羨ましいと思うだけで、おっさんが生き方を変えることなど不可能だ。

 おっさんはおっさんだから――――おっさんなのだ。


「うん。そうだね」

「いえ、分かって頂けたらそれで」


 そして、二人の間に微妙な空気が流れる。


「…………」

「…………」


 若人の傷を顧みない戦いの結果と言えよう。

 軍配が若者に上げられたとして、傷つかない勝利は無い。


 その点、常に低空飛行を続けるおっさんにとって、敗北は住み慣れた故郷のようなものだ。

 就職してからのほぼ毎日、老人から生意気な若造まで敬語を使い営業スマイルを絶やさず、金銭と引き換えにしてきた実績は、伊達じゃない。


「それじゃあ、これからどうしようか」

「あ、ええ、そうですね」


 カンタルの先を促す言葉に、レオンが我に返った。

 小さく頷き、彼の眼を見る。


「ドイデン家の当主――――ナイハン・ドイデンと会って、アルトス家と共闘することを宣言させることが出来れば、少しでもケトフェス家を抑えることが出来ます。その間に私がアルトス家をまとめ上げて、王家へケトフェス家の狼藉を訴えます」

「うん――――」


 全てが理想通りに進めば、きっと彼女の言う通りになるだろう。


 ただ、お家の当主を暗殺しての領地乗っ取りなど、成果に見合うものなのだろうか、とカンタルが訝しんだ。

 特にケトフェス家が、王家に訴えられるリスクを背負ってまで、アルトス家を手に入れようとする理由があるはずだった。


「あの」

「はい?」


 彼女に呼びかけられたカンタルは、ふと顔を上げた。

 レオンの頬に朱が差したかと思うと、頭を下げられる。


「すいません、随分と真剣な顔をされていたので、心配になりました」

「いや、大したことじゃないよ。取り合えず、リー……おっと、レオンの言う通りにやってみよう。そんでその前に、支配スキルがうまく使えるか、試しておいた方がいいね。ぶっつけ本番じゃあ、ちょっと怖すぎる」

「ええ、それは私もお願いしようと思っていました。反動がどんなものか、知っておきたいですし」


 うんうん、とレオンが頷く。

 カンタルは逡巡の迷いを少しだけ見せてしまったが、意を決した。


「俺のスキルは、オカンスキル。オカンっていうのは、俺の故郷で母親のことだ。スキルの効果は、何というか、特殊能力とかじゃなくって、母性が強くなる感じかなぁ」

「え! ……えー、良いスキルですね。人を傷つけない、とても素晴らしいスキルだと思います」


 彼女の驚いた反応が気になるカンタルだったが、レオンの言葉に遮られた。


「えっとですね! 私のスキルの反動は、大抵、協力者のスキルの真逆になります。カンタルのオカンスキルが母性の強調だとすると、父性の強調が妥当なものですね」

「そんなものなの?」


 他のスキルなど殆ど知らないカンタルにとって、レオンの言葉を信じるより他ない。

 彼女が自信ありげに頷くものだから、そういうものだと考えた。


「はい、任せてください。私の父様は『鉄壁』スキルの持ち主でした。その反動で、母様が攻撃的になり、鞭で父様を――――はっ!」


 レオンが自分の手で口を押える。


 カンタルは目を背け、心の中で、鞭かぁ、と呟いた。

 それは本当にプレイとかでなく反動だったのか、と考えなくも無いが、彼女の名誉のために口を紡いでおく。


 勢いで何とかしようと、彼女が身を乗り出した。


「だから、大丈夫です!」

「あ、うん。それじゃあ、試してみよっか」

「そうですね! やりましょう!」


 レオンが扉の近くにあるサイドテーブルへ向かい、金属製のベルを手に取った。

 扉を開けて隙間を作り、高音を響かせる。


 少しすると、パタパタと足音が聞こえてきた。

 ノックの後に扉が開かれると、メイドが立っていた。


「お呼びでございますか」

「そうだ。ありがとう――――『支配ドミネイト』」


 男性の口調で、レオンがスキルを使った。


 メイドの動きが固まり、部屋に入ってきた状態で静止している。

 カンタルは胸の辺りに熱を持った感じ以外は、何も変わっていなかった。


「特に問題は無いようですね」


 レオンが何も言わず、指先で指示するたび、メイドがお辞儀をしたり、右手をあげたりしていた。

 最後にメイドの耳元へ口を寄せ、呟く。


「あなたはこの部屋で起こったことは、全て忘れてしまう。そして、私から何でもない質問を受けたと思い込みなさい。部屋から出て扉を閉めたら、いつも通りのあなたに戻りなさい」


 その言葉に頭を下げたメイドが、言われた通りに扉を閉めた。

 足音が遠ざかっていき、レオンが息を吐く。


「はあ、特に変わったことは無かったですね」

「凄いもんだね、やっぱり」


 カンタルは唸った。


 スキルがどういうものか把握できないが、操り人形にしか見えなかった。

 国王さえ操れるんじゃないの、と良からぬことさえ考えてしまう。


 それでも、レオンが首を横に振った。


「あまり不自然過ぎる言動は無理ですよ。いきなり王様が王位を私に譲る、など言っても、他の誰も認めないでしょう。乱心したか、スキルで洗脳されたかを疑われるので、都合よくいきません。多人数を支配したことはありませんが、反動が怖いですね」

「あ、そうだよね」


 リスクが無いわけでは無い、と釘を刺されてしまった。

 支配と言えども万能ではない。


「――――っと、そろそろ反動が来そうです」


 レオンの表情が強張る。

 父性が強調されると、言葉でわかっていても、実際にどうなるかは不明だ。


 未知の恐怖と戦いながら彼女が口を僅かに開く。


「お」

「お?」


 カンタルは緊張して見守りながら、言葉を返した。

 何が起こっても良いように、腰を浮かせて待機する。


「お」

「お、って何? 何が言いたいんだろう」


 彼は不安になった。

 忍び足でレオンに近づき、彼女の言葉を聞き取ろうとした瞬間、彼女が後ろ側に倒れ込んだ。


 慌てて彼が近づくと、手と足を縮めて丸め、不安げな表情でカンタルを見上げていた。


「―――――おぎゃあ」

「………………え?」


 背筋が凍る。

 未だかって経験し得ない冷や汗が流れ落ちた。


 父性どこ行った、と脳内が混乱する。

 手先が痺れたようで、ヤバイしか言葉が出てこない。


 そうこうしているうちに、彼女が表情を変え始めた。

 今にも泣きだしそうな、悲しい顔だ。


 これはカンタルだって見たことがある。

 ちょっと溜めた後に、デカいのが来る奴だ。


「え、マジか。ちょっと待って、っても、待てないよな。えぇ……」

「ふ、ふうぅぅぅえぇぇぇ、おぎゃあ! おぎゃあ!」


 予想外の音量だった。


 扉を貫通して、別室待機しているメイドさんを召喚しかねない悲しみの叫びだ。

 母親を探して呼ぶ声なのだから、とても耳に残る泣き声だった。


 もしも万が一、メイドさんに現場を押さえられたのなら、レオンにとって性別が王様に露呈するよりダメージを受けかねない。


 そして、どうにか出来るのが、彼しかいない。


「すまん!」


 謝罪した後で、カンタルは彼女を抱きかかえた。

 小さく左右に揺らしながら、変な顔をして見せる。


「おー、よちよち、おー、よちよち、大丈夫でちゅかー」


 おっさん的に、こう、心に来るものがあった。

 まさか、自分の子供をあやすよりも先に、年若い男装の美少女を赤ちゃん言葉であやすことになるとは思ってもみなかった。


 女神様、こういうことですかね、と聞きたくもなって来る。


「ふ、ふぅぃ?」


 言葉にもならない言葉で、涙に濡れた瞳を開け、カンタルを見つける赤ちゃんレオンだった。

 それで安心したのか、泣く様子は無くなったが、今度はモゾモゾと体を丸めてカンタルの脇の下へ潜り込もうとしていた。


 しかし、相手は赤ちゃんサイズではなく、年相応に成長したものだ。


「え、それは無理でしょ、え、あ、うおぉぉ、思ったより力が強い!」


 彼女がカンタルの脇の下へ収まるサイズで無いのは明白だ。

 流石に無理だと感じたのか、脇の下に入り込むことは止めて、今度は胸をまさぐり始めた。


 くすぐったいが、まさか投げ落とすわけにもいかない。

 両腕は彼女を支えるために全力を尽くしている。


 そして、彼女がその言葉を口にした。


「まんま、まんま」

「……それは無理だよー、出ないよー、絶対出ないよー、ねんねしようねー」


 彼の必死の訴えかけにも関わらず、絶望の瞬間は訪れた。

 そう、彼女の手が、カンタルの胸板に到達したのだ。


「出ないよー……出ないよね? スキル関係あるかな、これ? あ、こら、よしなさい」


 おっさんの胸板に、彼女の顔が埋められた。

 次の瞬間、部屋の扉が開く。


「どうかなさいましたか! …………あ! 失礼いたしました!」


 すぐに扉が閉まった。


 カンタルは扉の方に向けていた視線を、胸元に戻す。


 すると、眼を限界まで見開いて、絶叫すら出来ずに呆然とするレオンと視線があった。


 どうしていいかわからない瞬間というのは、おっさんになっても無くならないなぁ、とカンタルは切実に思うのだった。


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