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第6話


「あんた、バナナが好きなんだねぇ……」


 頭巾の婦人が、物珍し気な表情をして言う。

 カンタルは、この街を散策した帰り道に、露天商のところへ再び寄り道していた。


 ちなみに、散策の成果は芳しくない。

 ドイデン家の屋敷があることを知ることは出来たが、貴族街のため近づくことさえ出来なかった。

 近くに兵隊の宿舎もあって、訓練している光景も伺えたが、そんな屈強な兵士たちを相手に戦闘行為など出来ようも無い。


 そして結局、戻ってきた彼はバナナを食べていた。


「あー、うまい。欲を言えば、チョコバナナも食べたいなぁ」


 彼が子供の頃、屋台で食べた禁断のオヤツである。

 甘いバナナを更に甘いチョコでコーティングし、カラフルなチョコスプレーで華麗に彩られたスイーツを思い出す。


 暇そうにしていた頭巾の婦人が、首を傾げた。


「何だいそりゃ」

「バナナを使ったお菓子だよ」

「はぁん、そうかい。こっちじゃ油で揚げたもんが人気だよ」

「それもいいね。……ああ、油ね。エビフライ食べたい」


 彼は社畜時代、そこまで料理に気を使っていなかった。

 自炊する暇も無かったので、そこらの既製品で済ませていたのだ。


 そのため、食事で思い出すと言えば、実家で料理をしたことぐらいだった。

 頭巾の婦人が、片目をあげて言う。


「料理ができるのかい」

「まあ、それなりには」


 カンタルは、レシピと材料があれば、大体の料理は作れる。

 ただ、誰かを喜ばせるほどの腕前があるわけでもない、といった程度だ。


「それなら、ちょっと手伝っておくれよ」

「何を?」

「あたしの知り合いが、食堂で人手が欲しいって言ってんだよ。何やら兵隊さんが集まってるらしくてさ。まあ、お隣で物騒な事件があったばかりだから、無理も無いんだろうけどね。どうせ、あんた無職だろ」

「……確かに」


 カンタルは腕を組んだ。

 『どうせ』『無職』という言葉が胸に刺さらなかったわけでもないが、ドイデン家に近づくためには利用できそうな話だった。


 加えて、兵隊が集まってきているという情報が得られた。

 兵隊の集結は戦時の前段階であり、食料や生活用品は兵站に欠かせない。


 戦争は兵器だけで行うわけではなく、兵隊が飲み食いすることも忘れてはならない。

 彼は、物資の流れから争乱の目的を読むことを、戦記物や時代小説で学んでいた。


 どの程度の規模で兵隊を収集しているのかわかれば、軍事演習か防衛戦闘か、はたまた侵略戦かを判断できるだろう。


「戦略とは可能性を消していくこと、か。ミステリみたいだなぁ」


 かの有名な名探偵が残した言葉に通じそうなものがあった。

 頭巾の婦人が口を曲げる。


「何言ってんだい、あんた。やるのか、やらないのか、はっきりしな」

「あー、やる、やります」

「じゃあ、顔合わせだけでもしとくかい」


 頭巾の婦人がそう言うと、正面の建物に向かって叫んだ。


「あんた、ちょっと出てくるから店番しといておくれよ」


 建物の開けっ放しの窓から、忙しいんだよ、と遠い声が返ってくる。

 それに対し、頭巾の婦人も引くことが無い。


「何言ってんだい! この穀潰し!」

「あーあー、何だってんだよ、もう」


 建物から、よれよれの衣服を着た青年が現れた。

 腹が減ったとバナナを買いに来た彼だった。

 青年がカンタルを指さして言う。


「誰こいつ」

「エルネ姉んとこに紹介しに行くんだよ。わかったら、さっさと座ってな」


 気の抜けた返事をしつつ、露店の定位置に座って大あくびをする青年だった。

 頭巾の婦人も大きな溜息を吐く。


「はあ。ったく、誰に似たんだか」


 カンタルも苦笑いを浮かべるしかない。


「息子さん?」

「不肖の、ね。まあ、そいつはいいんだ。ついてきな」


 婦人が肩で風を切って歩き、ずんずんと進んでいく。

 勝手知ったるもので、路地を幾度か曲がっていく割には歩く速さが落ちることが無い。


 それが近道だったことがわかる速さで、宿舎に到着する。

 兵隊の宿舎なので高い塀があったが、頭巾の婦人が裏門の通用口を叩いた。


「へいへい、何の用事だい」


 年寄の兵士が出てきて、婦人を見て眉を緩める。

 婦人が気安く声を掛けた。


「まだ生きてたのかい、ジイさん」

「うっせえ、悪いか。あんたこそ、若い男連れて良いご身分だね」

「エルネ姉の使いだよ。人が要るんだろ」

「あぁ、面倒くせぇことになっちまったもんだよぉ。結局、しわ寄せは下っ端に回って来るんだからよ。で、こいつが兵士になれるもんかね?」


 年寄の兵士が、薄ら笑みを浮かべてカンタルを見ていた。

 婦人がわざとらしく溜息を落とす。


「人をからかうのもいい加減にしな。厨房に人が要るって話だろ。連れて帰ってもいいのかい。あんたがエルネ姉に怒られるんだよ」

「……おー、怖い怖い。晩飯減らされちゃ敵わねぇやな。ボウズも、気を付けるんだぜ」


 意地悪く笑った年寄の兵士が振り向いたところで、エプロンを身に着けた女性と視線が合う。

 表情が怖いものの、笑えば男たちが振り返りそうな女性が、腰に手を当てて立っていた。


「私が、何だって?」

「これは手間が省けたぜ。あばよ」


 年寄とは思えぬ速さで、老練の兵士が去っていった。

 その場の三人がそれぞれに嘆息し、気を取り直した頭巾の婦人が言う。


「エルネ姉、連れて来たよ」

「悪いね。お茶でも飲んでいきなさい」

「いやぁ、息子に店番させてるから心配でね。帰るよ」

「そう? なら、また暇なときに顔出して」

「そうさせてもらうわ。……じゃあ、頑張んなよ」


 カンタルは、笑った頭巾の婦人に肩を叩かれた。

 去っていく夫人の背中に、礼を言って頭を下げた。


「ありがとうございます、頑張ります」

「よし、じゃあこっち来て。ジャガイモ剥いて」

「え? 今から働くんですか」

「当たり前でしょう。何しに来たのよ」

「……そうですね、頑張ります」


 急な話に面食らったカンタルだが、経験が無いわけではない。

 他部署の応援に駆り出されて、聞いていた話と違う手伝いをさせられることはあった。


 想定とは目安でしかなく、賃金の出ない残業は日常茶飯事だ。

 上司に訴えても、その上司こそがひどい有様なのは言うまでもない。


「こっちよ」

「ういっす」


 厨房近くの土間に連れていかれたカンタルは、桶に山盛りにされたジャガイモの前に立たされた。

 怖い雰囲気のある女性が言う。


「私がエルネよ。これ、剥いといてね」

「はい。俺は、かん……カンタルです」

「へー、そう。よろしく」


 エルネが厨房の中へ入っていった。

 詳しい説明も見本も無く、道具も適当に使えと言わんばかりの放置プレイだった。


 現場仕事ではありがちだが、これで仕事が出来ていなくても怒られるというパターンだ。

 伊達におっさんしてない彼は、周囲を見回して包丁を発見し、空の桶を持ってきて地面に座った。

 後は、黙々とジャガイモを剥いていくだけだ。


 空の桶に、剥いたジャガイモを積み上げていく。

 あまり細かいことを気にしないのは、何をしても怒られるときは怒られるからだ。


 それに、新入りに重大な仕事を任せないのは基本中の基本だ。

 ジャガイモ剥きが新人の仕事として任されるのは、理由がある。


 上司も新入りを見定めていると考えれば、それなりに答えは出るものだ。


「……終わったな」


 適当に考え事をしながらでも、桶一杯のジャガイモは剥き終わってしまった。

 彼は、次の仕事を貰うために厨房を覗いた。


「あのー、すいません」

「は、何だい? 包丁が無いなら自分で探しな!」


 エルネがこちらも見ずに言う。

 大釜でスープを煮詰めている女性を監督していて、彼女には優しく指導していた。


 若干の不公平を感じつつも、再び言う。


「いえ、剥き終わったんですけど」

「はあ? あなた、無茶苦茶やったんじゃないでしょうね!」


 こちらを突き飛ばしかねない勢いで、彼女が向かってきた。

 結構な剣幕だが、食料を粗末に扱ったと思われているのであれば無理も無い。


 土間に飛び込んで来たエルネが見たものは、普通に剥かれたジャガイモたちであった。


「こりゃ、まあ、普通ね。ベテランがやったら、だけど」

「そうですか」


 カンタルは彼女の言葉を待つが、エルネも難しい顔をしている。

 根負けしたエルネが、剥かれたジャガイモを指さした。


「誰かにやってもらった?」

「いえ、自分で剥きました」


 何か疑われてるのか、と思い至ったカンタルは、苦笑いを浮かべる。

 オカンスキルが発動していたら、ジャガイモ剥きもベテラン並みで当然だ。


「多分、スキルでしょうね」

「……スキル?」


 エルネが、はっとした様子で口元を押さえた。

 可哀そうな子供を見る目つきとなっている。


 そして、優しく彼の肩に手が置かれた。


「よかったね。そんなスキルじゃどこ行っても役立たずだろうが、ウチじゃ大歓迎よ」

「あ、え。あの、違います、皮剥きスキルとか――――」


 そんなものがあるのだろうか、と彼ですら疑問に思うスキルではないと否定しようとしたが、エルネが聞く耳を持たなかった、


「いや! あなたは何も言わないでいい! 恥ずかしくないよ。良いスキルじゃないか。女神様に愛された証だ。大事にしな? 恨むなんて筋違いなこと考えるんじゃないよ! スキルがあるだけで大したもんさ」

「あ、はあ、ありがとうございます?」


 バシン、と背中を叩かれる。

 笑った顔のエルネが、彼の背中を押す。


「今日の仕事はこいつで仕舞さ。もう帰っていいよ。明日も働く気があるなら、夜明け前に宿舎の門で待ってなさい。門番のジイさんに、入れてくれるように言っとくから」

「どうも……」


 頭を下げて、土間から出て行くカンタルであった。

 給与体系や出勤時刻を詳しく聞きたかったが、聞いても仕方がないかもしれないと考えた。


 彼が考えるよりも、アバウトな感覚で物事を進めていくようである。

 それよりも、問題があった。


「どうやって夜明け前に目を覚まそう……」


 目覚まし時計など持っていない彼にとって、至難の業であることに違いない。

 今日の宿のことも含めて、教会で聞いてみることにしたのだった。





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