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第5話


「お小遣いを渡されてしまった……」


 ぼけっとした顔のカンタルは、貨幣の詰まった布袋を懐に仕舞い込んだ。


 セルディから渡されたものだが、彼女は『教会』の偉そうな人間を集めて話し合いをしている。

 相手をしている暇が無いからこれで遊んでおいで、と言外に言われたようだが、無一文のカンタルとしては異論がない。


 先ほどまで難しい顔をしていたリョカも、セルディからの依頼を受けて何処かへ消えてしまった。


「……ふむ」


 カンタルはもっともらしく頷き、歩き始めた。

 転生してからというもの、水しか飲んでいない現実を思い出したのだ。


 とにかく何かを口に入れたいが、小遣いまで貰っておいて、食事まで『教会』に迷惑をかけるわけにもいかない。


「あのクッキー美味しそうだったなぁ」


 セルディが頬張っていた焼き菓子に想いを馳せる。

 考えると余計に腹が減るもので、足早にもなろうというものだ。


 『教会』の敷地から出て周囲を見渡すと、離れた場所に建物の密集している場所があった。

 荷馬車を引いた商人が出入りしており、食事処か露天商くらいはあるだろうと予想する。


 草の生えた砂利道を歩き、暖かい陽気に胸が躍る。

 緑の濃い匂いが風に乗って通り過ぎ、自然の豊かさを感じることになった。


「――――ほう」


 大都会でもない地方の街並みに、それほどの賑わいは感じられない。

 商人が出入りしているから目立たないだろうと高を括っていたカンタルは、見事に周囲から浮いていた。


 完全に上京したてのお上りさん状態だが、その通りなので仕方ない。


 あまり視線を散らさずに歩き続け、果物の露天商らしき人物の前で立ち止まった。

 頭巾を巻いた婦人が、不愛想な顔を向ける。


 愛想の良い現代店員に慣れていたら、怒って帰ってしまいそうな態度だろう。


「買うのかい? 買わないんだったら帰りな」

「そうだなぁ」


 彼が見た限りでは、白いパパイヤと赤いバナナが並んでいた。

 今すぐ食べられるものか不明の上、値段が書かれていない。


 何とか食べ方がわかりそうな赤いバナナを見つめ、手を懐に入れた。

 とりあえず、お小遣いから一番大きな貨幣を出しておけば買えるだろうと考える。


「まあ何事も試して――――あ」


 ――――オカンスキル、発動します。


 何でこんなところで、と心の中で呟く。


 そんな彼が懐から取り出したのは、一番みすぼらしい色の貨幣が一枚だけだった。

 当然、頭巾の婦人が顔を顰める。


「そんなもんで買えるわけないだろうよ。これが欲しけりゃ、それをあと五枚は持ってきな!」


 五本の指を広げての主張だった。

 カンタルは二枚の貨幣を出す。


「そいつは高いよ。これで充分だろう」

「いーや、駄目だね」

「なら三枚だ。これ以上なら他で買うよ」


 頭巾の婦人が目を白黒させ、憮然とした表情で貨幣を三枚取り上げる。

 そして、赤いバナナを突き出してきた。


「ありがとう」


 受け取ったカンタルは、露店の少し離れたところで地面に座り込んだ。


 皮を剥いて、一口で頬張る。

 ほのかな甘みと、粘り気の強いバナナだった。


 今までの空腹からか、五本ほどのバナナを一気に食べ終えてしまう。

 満ち足りた顔で座っていると、先ほどの頭巾の婦人が近寄ってきた。


「あんた、何処から流れて来たんだい?」


 器用に皮を残して実を切り開いた白いパパイヤらしきものを手渡してきた。

 無理にでも渡してきたので、カンタルは思わず受け取ってしまう。


「悪いね。……ずっと遠くの、あの山の向こうからさ」

「はあ、そうかい」


 頭巾の婦人が山の向こうを見上げてから、腰に手を当てる。


「宿はあんのかい」

「一応、『教会』で世話になる……と思う」


 そう言えば泊めてくれるのか聞いてない、と考えて、今後の生活に不安を覚えた。

 頭巾の婦人の方も、難し気に頭を捻る。


「まあ、教会なら間違いは無いと思うけどねぇ。最近、ちょっとばかし変なのが居ついてるそうじゃないか」

「黒い方?」

「いや、何か偉そうな女らしいよ? ずっといる神父様が、頭が上がらないんだってねぇ」

「あー、俺が聞いた限りなら、本部の偉い人っぽいかな」


 貴重なスキルのために教会自体をあげようとするくらいの人物ならば、偉くない訳がない。

 しかも、神父が丁重だったのは間違いなかった。


 頭巾の婦人が大きく頷く。


「だろうねぇ。まあ、それならいいや。けど、もしここに居つくなら、仕事くらいは紹介してやるさ」

「え、本当?」


 カンタルは思わず身を乗り出していた。


 仕事と言えば、給料だ。

 生きるためには金が要る。金のためには働かなければならない。


 頭巾の婦人が声を小さくして続ける。


「向こうの山から来たのなら、ケトフェス家の領地で捕まらなくて良かったね。あの貴族は流れ者を奴隷にするらしいよ。ここはドイデン様の領地だからそんなことは無いが、まあ、給料が安い事くらいは覚悟しとくんだね」

「ほぉ」


 彼が耳に挟んだケトフェス家といえば、リーナを追っている貴族の事だ。

 もう少し情報が欲しいところではある。


 ただ、変なことを聞いて疑われてもいけないので、絶妙なさじ加減が必要だった。


「そういえば、教会に世話になる前の街で、何か騒ぎがあったみたいだけど――――」

「ああ、アルトス家の当主が殺されたらしいね。若い息子が継ぐとかなんとかって話だけど、こっちに飛び火してこなきゃいいが」

「え? 何でこの領地が関係あるのさ」

「そりゃあね、ドイデン家とアルトス家は交流があったからね。どっちもケトフェス家ほど大きくない家柄だから、仲良くしとくに越したことはないさ」

「確かに、仲良くするのは大事だ」


 彼が強く頷くと、頭巾の婦人が苦笑いを浮かべる。


「いきなり銅銭一枚でバナナを買おうとした、あんたには言われたくないよ」

「悪かったよ。お姉さんの売ってるバナナは美味かった」

「はあ? お姉さんだって? こんな年寄つかまえて、馬鹿言ってんじゃないよあんた」

「いや、充分若いって。でもまあ、物騒な話だ」


 カンタルは、貰った白いパパイヤを食べ終えた。

 甘酸っぱくてすっきりした味わいで、良い香りが口内に残る。


 彼が顔を上げると、青年が近づいてくるのが見えた。


「さて、ありがとう。また来るよ」

「そうかい」

「次からこの露店の横に、椅子を置いててくれると俺が嬉しい」

「?」


 首を傾げる頭巾の婦人を横目に、カンタルは歩いて行った。

 目線も合わせず、青年とすれ違う。


 彼の背後で、青年が言っていた。


「バナナくれよ。何か、さっきの奴が美味そうに食ってるの見たら、腹減っちゃってさ」

「はあ? そんなもんなのかい」


 不思議そうな頭巾の婦人の声が、少しだけ耳に残った。

 しかし、次には思考を切り替えている。


「ドイデン家、か」


 そういった事情があるのであれば、リーナがドイデン家の領地まで逃げて来た理由もわかる。

 ドイデン家に、後見人か後ろ盾になってもらい、ケトフェス家と対立しようと考えたのだろう。


 だが、聞いた話ではケトフェス家の規模が大きいらしい。

 最悪の場合、ドイデン家がリーナの身柄を売る可能性もある。


「難しいねぇ」


 とは考えるものの、ドイデン家の動きによっては戦えないことも無い。

 どうにかドイデン家を調べることが出来れば、次にやれることも見えるというものだ。


「さて、行きますか」


 正面から頼み込んでも、無礼討ちされるのが関の山だろう。

 貴族の屋敷に忍び込むなど、それこそチート級のスキルが必要だ。

 オカンには荷が重い。


 よって、正攻法も裏技も駄目ならば――――横入りするしかない。


 オカンにはオカンの戦い方がある。

 そう思いたいカンタルであった。


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