第44話
乾いた空気が、青草の香りを乗せて通り抜けていった。
草原から見上げる穏やかな空は、何処までも広く透き通っている。
対照的に、草原に集まる軍人たちが、剣呑な雰囲気を隠そうともしていない。
それはそうだ、相容れない国家の重鎮を、急に草原で会談をさせると言い始めた馬鹿がいたのだから、無理もない。
そして、会談が実現してしまったのだから、尚更だった。
巨大な陣幕で囲まれた野戦用の会議場には、草原に見合わない絨毯と、どうやって運んできたのか分からないほど巨大なテーブルが設置されていた。
互いに自国のある方向を背にして向かい合い、フォルデノン王国の第一王子と、ガーオレン王国代表のファルマ『大公爵』が視線を交える。
傍目には優男にしか見えないクラウス第一王子が、微笑みながら言った。
「おめでとう。出世されたみたいだね、ファルマ大公爵殿」
「ありがとうございます、殿下。あなた方のお陰で、『隠れ里』の反乱を手引きした重鎮が根こそぎ排除されましてな。こうして繰り上がってしまったという訳です」
慇懃無礼にファルマが応じる。
隣国の王子に対して不敬なことではあるが、自身が望んでいない出世をもたらした存在へ不満を隠すことも無いらしい。
大公爵ともなれば、急激な大出世であり、王族との婚姻さえ考えられた。
クラウスが、苦笑いを浮かべた。
「会談への参加、感謝する」
「いえ、殿下に異存はありません」
両国とも内政の混乱を理由に、全権代理者による会談であった。
ある意味では、当事者同士の話し合いという訳なので、当然の面子と言える。
しかし、ファルマが苛立たし気な表情を、会場の中心に座る面々に向けた。
「で? 呼び出したてめぇが、何やってんだ」
それは、纏まりのない集団であった。
澄ました顔で酒樽を横に置き、ワインを飲む修道女がいれば、クラウス第一王子に手を振る元王女とお付きの執事もいた。
正座をさせられて頭頂部すら見え隠れする銀髪の少女もいれば、仏頂面で椅子に座る『暗黒姫』もいた。
そして――――『緋毒』が口を引き結んで座っており、その隣に、ただのおっさんがいた。
「あ、いえ、ちょっと緊張してました」
カンタルは、会談を依頼したことについて、後悔していた。
彼の気持ちを例えるのであれば、会長や社長の集まる会議に呼び出された平社員くらいのものだろう。
ましてや、両国の武装した軍人たちが背後に控え、殺気立った空気の中でスピーチしたことなど一度も無いのだ。
周囲の視線が集まり、自然と彼の言葉を待つ雰囲気が出来上がる。
しかし、当の本人は緊張しすぎて、頭の中に言葉が浮かんで来ない。
「あ、あー、ええっと、その、あれ? うん、そうですね、まあ、その、何といいますか」
何も纏まらない頭で、必死に思い出そうとしても、何も出てこなかった。
会場の空気に不満が交じりかけたところで、銀髪の少女が手を上げた。
「あのぅ、もうそろそろ、普通に座らせてもらっていいっすか?」
周囲の意識が、アサに向けられた。
それは当然、好意など一欠けらも無い殺伐としたものだった。
『隠れ里』の首謀者として、両国から指名手配されている大犯罪者に違いないのだから、即座に殺されないだけ、周囲の理性に感謝すべきところだろう。
そして、彼女の頭が、黒髪の少女に叩かれる。
「あいたっ!」
「ははさまがしゃべっているのです。じゃまをしてはなりません」
見た目とは裏腹に、幼い声でシノが言う。
頭を押さえたアサが、顔を両手で覆った。
「ひどいっす! あれから何日正座してると思ってるんすか!」
「え? あれからずっと?」
思わずカンタルが口を挟んだ。
彼が記憶を辿ってみると、確かに彼女が正座を崩していた覚えは無い。
解放された黒装束たちなどは、シノの命令に従って掃除洗濯などを手伝ってくれていたので、アサも人前以外では正座を崩しているものとばかり考えていた。
カンタルは、そっとシノを見た。
「ちょっと長くないかな?」
「このていどでは、ばつになりません」
ふぅ、と珍しく溜息のようなものを吐くシノであった。
彼女が袖の中に手を入れ、酷薄な目でアサを見た。
「どんなりゆうであっても、ははさまをたばかるのであれば――――」
「あ、マジ平気っす。ババ様の折檻に比べれば、天国みたいなもんっすよ。修行より楽ちんっすねぇ」
いきなり表情を崩したアサが、へらへらと笑って居住まいを正した。
嘘ではないらしい。
「……まったく、何でこんなこと言いだしたんだか」
困り眉をして呟くカンタルは、腕組みをした。
ふ、と気が抜けていることがわかって、苦笑いを浮かべる。
「そうだった。もう良かったんだよな」
何を恐れることがある。
己を失うことなど、とうに覚悟の上だ。
あとは、彼の周囲に居る者たちが、失われなければ良いのだ。
そのための、会談なのだ。
「えー、本日はお集まり頂き、感謝申し上げます。早速ですが、本題に映らせて頂きます」
誰もが、カンタルの言葉を待つ。
控える軍人の中から、唾を飲み込む音すら聞こえてきた。
少しの間を置いた後で、彼の口から発せられた。
「我々は、ここに、神聖オーママ帝国の樹立を宣言いたします。領土は、エリンが居た屋敷を中心に、周辺の森も入ります」
その場に居たもので、はあ? という顔をしていない者は、カンタルの周辺に居る人間に限られていた。
誰もが皆、茶番にも似た宣言に呆れ返っている。
それでも騒ぎに発展しなかったのは、『緋毒』が急に立ち上がったからだ。
「そんなに気に入らないなら、私、帰っても良いかしら」
「まあまあ、そう言わずに、ね?」
カンタルは努めて笑顔を崩さず、彼女に近づき耳元で小さく囁いた。
「……ぱんつ」
「わかったわ。協力しましょう」
エリンが急に作り笑顔となり、淑女のように大人しく座った。
軍人たちだけでなく、ファルマも眼を見開いて驚いていた。
その様子を眺めていたクラウスでさえ、少し興味深そうな顔をする。
無論、彼がカンタルの手紙ですべてを教えられて協力しているのだが、目の前で見せられると説得力が違う。
静かに頷いたクラウスが、身を乗り出してテーブルに肘をつき、世の女性を蕩けさせる甘い笑顔で言った。
「我が友、カンタル。国家を建てる、といっても、それは簡単なことでは無いよ?」
再度、会議場にどよめきが走った。
王子と友人関係、と周囲に漏らした影響は、とても大きい。
権力志向の貴族たちがすり寄って来るだろうし、政敵からの嫌がらせや暗殺もある。弱点として、見捨てねばならない選択肢を取らねばならないこともある。
だからこれは、クラウスからの提案だった。
周囲に漏らさぬ友人関係が欲しかったのは、政治に絡まない友情というものが得たい王子の我が侭だ。
ただ、政治が絡んでも壊れない友情を得られるのであれば、クラウスも一人の男として、その信義に応えよう。
地位では無く、年齢では無く、ただ友として。
王子自身、どうしてこんなに彼を厚遇するのか、聡明な頭脳をもってしても理解不能だった。
しかし、王子として手を汚した経験があるからこそ、純粋で奇麗なものに憧れても仕方がない。
さあ、僕の手を取るかい、カンタル。
クラウスの笑顔には、その言葉が込められていた。
カンタルは、王子の表情に照れつつも、決然と言った。
「簡単でないことは、承知の上です。ですが、それでも守らなければならないものが出来ました。この命果てるまで、全うしたいと思います」
「……そうか」
クラウスが、残念そうに笑った。
カンタルがフォルデノン王国に身を寄せると言えば、全力で守ってやれた。
だが、近隣に勝手に国家を建てるならば、潜在的な敵も同じだろう。
例え、妹たる王女がいたとしても―――――。
「ん?」
クラウスの笑顔が停止する。
反逆の兆しを最初に見つけ、逆賊としての汚名を被ってまで国を救った彼の妹が、珍しく大人しく座って、熱い目でカンタルを見つめていた。
「……命果てるまで守らなければならない、大切なもの、か。子でも出来たかな、レイナ」
兄として、妹に声を掛けた。
その妹が、真面目な顔で言う。
「兄様。わかりません。でも、そういうことはやりました」
「やったか」
「はい」
満面の花咲く笑みで答えられれば、否応も無い。
幸せであるならばよい。
ちょっと待って、というカンタルの叫びなど、些事に過ぎない。
え、あ、私もやったわー、忘れてたわー、やりまくってるわー、と白々しく叫ぶ修道女など、視界に入れるまでもない。
どさくさに紛れてカンタルにしがみつく黒髪の少女は、この際知らない振りで通しておく。
「はっはっは、賑やかなことだね」
友を飛び越えて兄弟になってしまったが、まあ、家族が増えるのは悪い事でも無かろう、というのが、クラウスの結論だった。
「さて、それでは、フォルデノン王国の全権代理者として、クラウス・ゼノン・ルウィングが認めよう。その方を神聖オーママ帝国皇帝、カンタル・オーママ一世として取り扱うこととする」
その半面、ガーオレン王国が茶番に付き合わされて、面白いはずもない。
両国の緩衝地帯に、クラウス王子の息のかかった属国が増えるだけだ。
ファルマ公爵が腰を浮かせかけたところで、クラウスが言う。
「その上で、カンタル・オーママ一世に依頼したい。大逆人の妹、レイナ・ゴルト・ルウィングとその一党を我らに引き渡し、『緋毒』を虐殺の咎で処刑しろ。それが出来なければ、我が国はいかなる援助も引き出さない」
ああん? と淑女にあるまじき睨み方をするエリンを抑え、カンタルは首を横に振った。
「お断りします。彼女らを護るために、国を建てるのです」
「そうか、逆らうのだな」
クラウスが表情を消した。
普段は飄々としているが、酷薄な表情でカンタルを見下す王子の威厳を、将来の王として備えていた。
うわ、と首を縮めるレイナなどは、少なからず恐れているようだ。
ははさま、わたしは? とたずねて来るシノの頭を撫でて、カンタルが口を開く。
「その代わり、と言っては何ですが、これをお譲り致します」
彼は懐から、小瓶を取り出した。
その中には、淡く光る液体が詰められている。
カンタルが『天命の器』の中身を振り絞って生成した、霊薬だった。
はしたなくも修道女のセルディが、涎を垂らさんばかりに霊薬を見つめて来るので、即座に執事へ手渡した。
シュミットが恭しく霊薬を受け取り、王子のお付きのメイドのところまで歩いて行って手渡す。
「励めよ」
「はい」
メイドが頭を下げ、受け取った霊薬を確認してから、王子に献上した。
クラウスが、霊薬を太陽に透かしてから言った。
「何かな、これは」
「人を生き返らせる霊薬です。エリクサーと名付けました。どなたかで試して頂いても構いませんが、およそ二回分くらいしか使えません。御不安であれば、試してからの方が良いでしょう」
「……ほう? 『教会』に売れば、それこそ国が買える値段で売れそうだけど」
王子がセルディを見ると、ぶんぶんと首を縦に振っていた。
彼女がそれほど欲しがるだけで、真贋を見定める行為は必要ない。
フォルデノン王国としては、教会に対して、最大限に生かせるカードを手に入れたと言えよう。
カンタルとの手紙にあった約束通りであるならば、『緋毒』さえ討ち取れる切り札だ。
となると、残る問題は、どうガーオレン王国を納得させるか、である。
「うん、うん。これが本物であるならば、私は納得するとしよう。だが、ファルマ殿はどうかな」
言葉を差し向けられたファルマが、静かに頷く。
「納得できかねますな。そもそも、その神聖何とやらが示す土地は、殆どが我が国の領土だ。領土侵犯に対する賠償金、不当な占領における不義を、どうしてくれましょう」
ガーオレン王国の大公爵として、傲岸不遜な態度で指を組んだ。
ファルマが、カンタルを睨む。
「帝国だと、馬鹿かてめぇ。そんなもん、誰が認めるっつーんだ?」
既に貴族の態度など忘れ去った様子で、意地でも認めない様子だった。
私怨も交じっており、真っ当な方法で首を縦に振らすことは出来ないだろう。
カンタル側の陣営で、処す? などと殺気が膨れ上がっているが、この公の場で殺人を許容することは出来ない。
ガーオレン王国を納得させなければ、それこそ戦争が起きる。
『緋毒』のお陰で、戦って負けることは無いだろうが、彼女にこれ以上の負担をかけるのは、カンタルが否定した。
誰も殺さず殺されずに、この会談を乗り切らねばならない。
カンタルは、仕事で培った最大限の営業スマイルで、言う。
「では、どうしたら納得してくれますか」
「知るか。どう足掻いても、俺が頷くことはねぇ。やれるもんなら、やってみろ」
「そうですか。ならば、頷いていただければ良いのですね」
「ああ?」
ファルマが訝し気な顔をする。
毒殺だろうが暗殺だろうが、『不死のファルマ』にとって意味はない。
だからこそ、こうやって無防備にやって来た交渉役だ。
交渉役を殺そうとした事実が残れば、次の交渉を有利に進められる。
それに、カンタル側は戦争を求めていない。
ならば、再び『緋毒』を囲い込むことさえ可能だと考えていた。
カンタルのその、不敵な顔を見るまでは――――。
「リーナ、お願いします」
彼の声で、セルディが隣に置いていた酒樽を二回ノックした。
酒樽の中から、くぐもった声が響く。
「――――『支配』」
「てめぇ、何を企んでやが……る、ぐうっ」
ファルマの動きが止まった。
虚ろな表情で微動だにせず、明らかに何かの影響を受けた状態だった。
背後に控えていたエングレスが、目を細めて前に出てくる。
「っ! 何をしたのですか! 場合によっては、ここで開戦ですよ!」
殺意が感じられるが、まだ理性を保っているようだった。
事実上、ファルマ大公爵の懐刀である彼の命令によって、ガーオレンの軍人たちが一斉に襲い掛かって来る恐れもある。
そこでファルマが、エングレスを止めるように手を上げた。
己の自由が戻ったことを確認し、カンタルを睨む。
「……そのスキル、相手を操るモンだな? どうして俺を頷かせなかった。俺のスキルの弱点だって聞き出せただろうが」
不機嫌な顔で問うた。
カンタルは、仕方なさそうに笑う。
「誰かの頭を押さえつけて言うことを聞かせるっていうのは、短期的には有効でも、長期的には問題だらけですからね。だからって、力が無いと思われると、舐められますから。端的に言うと、ウチの子に手を出したらただじゃ済まさねぇぞ、ってことです」
「ああ? 喧嘩売ってんのか」
「ばぶー」
会議場に、妙な沈黙が舞い降りた。
酒樽の蓋が転がり落ち、中性的な美少女が這い出てくる。
周囲を見回し、カンタルを見つけると、一心不乱にはいはいで近づいた。
彼の足元から這い上がり、胸元で抱きかかえられる。
カンタルは、クラウス王子を見た。
「…………殿下。この子はうちで預かっても良いですか?」
「あー、もう、これだと貴族社会には顔出せないだろうからね。頼むよ」
「あきゃっ」
リーナが赤子のように、手をわきわきさせながら笑った。
元に戻った時のフォローが大変そうだが、彼女に協力を依頼した時点で面倒を見るつもりであった。
我に返ったファルマが、椅子の背もたれに身体を預けた。
カンタルのメッセージは単純にして明快だ。
身内に手を出さない限り、戦いたくはない。
「つまり、誰一人として、この俺に差し出す気はねぇ、と。言う通りにしなけりゃ、『言う通りに』させてやろう、ってか?」
彼としても、カンタルとその派閥を舐めている訳がない。
『緋毒』に『教会の娘』と『元王女』が一堂に会した国など、問題児を集めて煮詰めた魔女の釜だ。
そもそも反乱の所為で国家体制も傾く中で、ガーオレン王国の中にそんな国が誕生しなければ、放って置きたい部類の相手だった。
迂闊に手を出せないとなれば、懐柔するしかない。
どうにもフォルデノン王国に傾き過ぎた陣営を相手にする中で、自国の領土を割譲することで制約を突きつけることも可能だろう。
そして、復興のための資金も調達すべきだった。
「ちっ、頷きはしねぇが、土地は金で貸してやる。……それと」
毒盃を飲み干した気分のファルマが、視線だけを黒髪の少女に向ける。
ははさまそのこはだれですか、とカンタルの服を引っ張っていたシノが、ファルマの視線に気づき、態度を変えた。
目つきが悪くなり、陰鬱な表情が現れる。
彼女のことを気にしている者なら、誰でも人格が切り替わったことを理解するだろう。
「……何かな」
今までやっていたことを無かったことにして、リョカが表情を改める。
ファルマが言う。
「『あいつ』はまだ、俺を殺したがっていたか?」
「ええ」
間を置かず頷くリョカだった。
溜息を吐いたファルマが、犬でも追い払うように手を振った。
「……はぁ。ガーオレン王国全権代理者として、神聖オーママ帝国の存在を認める。そして、もう一つ条件を出す。月に一度はリョカが俺に会いに来い」
「それは認められ――――」
カンタルが否定しようとして、リョカがそれを遮った。
「それでいいかな」
「よし、決定だ。帰るぞ」
いかにも仏頂面で、ファルマが席を立った。
去り際に、クラウス王子へ言う。
「これくらいの無礼は、許して貰いたい。私にも意地があるのでね」
「ああ、気にしてないよ。いずれは、貴公とも良い酒が飲めることを願っている」
クラウスが王子然とした態度で、頷いた。
基本的に敵対している王国同士だが、互いに交渉する窓口は持っていたいのが本音だ。
ファルマが返答とも挨拶とも取れぬ会釈をして、エングレスを連れて会議場から出て行ってしまった。
カンタルは、赤ちゃんリーナに頬を引っ張られながら、リョカに訊ねた。
「あんな約束して大丈夫?」
「心配されるほどのことじゃない、かな。『元』家族、ってだけ。……それより、スキルの成長は順調だよね?」
彼女の目が細められる。
そもそもリョカの目的は、『呪いの暗黒姫』の母を手に入れることだった。
カンタルは気まずそうに言う。
「一応、『天命の器』になった感じだけど……うおっ」
彼の耳に、リーナがいきなり指を突っ込んで来た。
赤ちゃんの指ならまだ耐えられたかもしれないが、無邪気な笑顔の美少女に耳攻めをされて驚かないはずがない。
その指が光るものを掴み、すぽん、と引っ張り出す。
「あぶー」
「まさか、こんな方法で引っ張り出されるとは思っても見ませんでしたね」
光の玉が、珍しく感嘆した声で喋った。
玉の半分をリーナの口に含まれながら、弱い光を漏らしている。
リョカが光の玉を見て、呟く。
「……そう、それが――――」
「おや。幾らか、私の存在を感じることが出来る人間もいるのですね。別に平伏してもいいですが、移動の邪魔はしないでくださいね」
「お前、いつも浮いてるか俺の中だから、関係ないだろ」
カンタルは呆れながら言う。
光の玉も、危うく飲み込まれそうになってリーナから脱出し、光の加減で呆れて見せるという高度な感情表現を見せた。
「それはそれとして、建国するそうですね」
「うん、そうしようと思う」
「『天命の器』にはもう、何も残っていませんよ」
「……そっか。まあ、それは、仕方ないけど、皆にお別れを言えるくらいは生きていられるかな」
「え?」
「え?」
カンタルと光の玉との間で、妙な空気が流れた。
光の玉が、へにゃり、と崩れる。
「まさか、あなた、『天命の器』から中身が無くなったら天に召されると思っていたのですか?」
「いや、普通、そうじゃないの?」
「器は器です。中身が無いから器が消えるとか、ありえないでしょう」
カンタルの瞳が、胡乱に揺れる。
「え、えー。マジかー」
逝くべき時に逝けなかったことが、恥とも安堵とも受け止められず、感情が定まらない。
光の玉が、肺も無さそうなのに溜息を吐く。
「……はぁ、貴方の生死は天が決めることです。だからこその天命でしょう? 死ななかったら、死ぬべきでは無いんですよ。……もしくは、何処かの誰かが、貴方の無事を祈っていたのでしょう」
「そう、なのかな」
カンタルは、腕組みをして悩み込んでしまった。
ふ、と視線に気づいた光の玉が、くるりと半回転すると、そこには腰を抜かしたセルディが、顎が外れんばかりに口を開いていた。
「あ、あばばばばば、まさ、まさか――――」
「我の事は、内密に頼む」
セルディの瞳に、一瞬だけ女性の姿が映るが、他の誰も気づくことは無かった。
それよりも、ヴェールがすっ飛んでいくほど頭を振る彼女を見た王子が、気の毒そうに眼を逸らしたことが、大勢の印象に残っていた。
カンタルは、顔を上げる。
生きていくのであれば、これからを考えねばならない。
周囲にいる者たちが、自分を必要としなくなるその時まで。
「そんじゃあ、まあ、おうちに帰ろうか」
今日の晩御飯は何にしようかな、などと、無意識に呟く。
食糧庫にあった材料で人数分仕上げる目算を立てるが、少し多めに考えておこう。
御飯が足りないのは、悲しい事だ。
お腹いっぱい、食べて欲しい。
それにしても、折角、フォルデノン王国の近くまで来たのだから、塩や野菜を買い足ししておきたいものだ。
クラウス王子に馬車でも借りたいところだが、それでレイナを引き渡す羽目になっても困る。
悩ましいところだが、買い出しはまた今度にしよう。
食べて、寝て、頑張って。
どうか、この子たちが、幸せでありますように。
カンタルは、先頭に立って歩き始めた。
「いくよー」
彼の後には、個性的な面子がぞろぞろと、小鴨のようについていく。
その様子を見ていたクラウスが、行儀作法など知ったことか、とテーブルに肘を置いて呟いた。
「あれではまるで、建国の母ではなく――――ただの母だな」
まあ頑張りたまえ、と王族としての先輩の立場で、苦笑するしかなかったのだった。




