第41話
口から光の玉が出てくれば、誰しも驚くことだろう。
言葉にならない言葉を飲み込んで、カンタルは光の玉を指さした。
「何だこれ!」
「何だとは失礼ですね。我こそが精霊です」
光の玉が、斜め上方向に回転した。
踏ん反り返っているのだろうが、見た目は変わらない。
それにしても、精霊と言えば、あの傲岸不遜な感じの女性だと思っていたカンタルだが、喋り方も何もかもが違っていた。
「精霊? あの人は?」
「ああ、彼女ですね。あれは我と同化していた、先代の『天命の器』です。正式に代替わりしたので天に召されました」
「天に……召された?」
突然の別れに、少なからず衝撃を受けた。
もう朧気になってしまった夢の中で、声を聴いたことを思い出した。
難しい顔をするカンタルに、光の玉が頷く。
「ええ、見事に役目を果たしたのです。褒めてやってください」
「そりゃ、確かに良い人だったけども、そんな急じゃなくてもいいじゃないか」
カンタルの泣きそうな声に、光の玉が頷いた。
「存在の格が上がって、人間の認識の壁を越えてしまっただけです。消滅したわけではないですし、人格は複写してますので呼び出しますか?」
「…………ちょっと理解が追い付かないので、それは後にしてください」
カンタルは両手で顔を覆い、何も考えられないでいた。
しかし、光の玉は気にしない。
「では、今代の『天命の器』さん、よろしくお願いします。男性だとは、思っていませんでしたけどね」
何それ、と思わずにいられないカンタルだった。
彼が光の玉に話しかけようとして、切羽詰まったレイナの声が響く。
「ねえっ! こいつらが邪魔で、近づけないわ!」
彼女が慣れない手つきで、黒装束を薙ぎ倒していた。
後ろから短刀で突き刺されても、服しか破れず、肌に傷が残らない。
痛みすら感じていないようで、近づく黒装束を捕まえては、地面に叩きつけている。
こんなに光る玉なのに、誰も何も注意を払っていなかった。
周囲の黒装束でさえ、こんなに目立って光る球を見ている者は一人もいない。
どうやら視認されていない様子の光の玉が、呆れた声で言った。
「まるで山猿ですね。力の使い方がなっていません。これでは、力を分け与えた意味が無いようです」
「力って?」
「……貴方が願いましたよね。誰かを殺す力で無く、誰かを助ける力です」
何やら表情のない光の玉でも、胡乱な顔で見つめられている気配がした。
そう言われてみれば、確かにレイナを助けたいと考えた。
光の玉が、力なくふわふわした、
「言葉の意味がわかりませんか? おかしいですね。知識レベルは器に合わせたはずなのですが」
「さらっと馬鹿にしないでくれるか。意味くらい分かるわい。力ってやつの効果と原理が分らないだけだい」
「はあ。原理までは、言っても分からないと思いますよ。これはかなり遠い未来の技術を持ってきてますからね。この世界の人類たちが、辿り着けるかどうかも分からないほど先です」
光の玉が事も無げに言う。
カンタルは眉根を寄せた。
「何でそんなものが?」
「貴方が願ったからですよ」
「つまり?」
「……もう、魔法が使えるようになったということにしておきましょう。原始人にパソコンを渡すようなものです。別に原理は分からなくても、使えれば良いでしょう」
光の玉に説明を諦められるカンタルであった。
しかし、ここにきて誰かから、元の世界の言葉を聞くのは懐かしすぎた。
「確かに君は、知識レベルが高いんだな」
「突然どうしたのですか。頭をモノリスの角にでもぶつけましたか? まあそれにしては良い判断です。ところで、あの大男を助けなくても良いのでしょうか」
光の玉が回転する。
目がついているとは思えないが、倒れている大男を示しているようだ。
「あ、そうだった。でも、レイナは助けなくて良いのかな」
「あの程度の原始的な武器で、傷つくことはありませんよ」
カンタルが横目で見ると、刃物が効かないと分かった黒装束たちが、数に物を言わせて何人も掴みかかっていた。
それをレイナが、怪力で掴んで投げ飛ばずことを繰り返している。
何となく大丈夫そうなので、誰も注目してい居ない間に大男へ近づいた。
矢が何本も突き刺さって、血溜まりに沈んでいる大男だった。
「これ、大丈夫なのかな?」
「すぐに助けた方が良いですね。心臓が止まりかけています」
光りの玉の冷静な言葉に、カンタルが慌てる。
「え、どうすればいい?」
「その男に触れて、助かれ、と思うだけで結構です」
カンタルは急いで大男に近づくが、ピタリと止まって振り返る。
「服の上から? それとも肌に直接触れた方がいい?」
「……面倒くさい人ですね。どっちでも好きな方を選んでください。効果に変わりはありません」
「ああ、わかった」
大男の背中は矢が刺さって血まみれで手を置くところが無く、下半身に手を触れるのも嫌だったので、頭に手を置いた。
「悩んだ上でそれですか」
「仕方ないだろ」
光の玉の嫌味に応えつつ、助かれー、と心の中で呟く。
すると、刺さっていた矢が蠢いて、筋肉に押し上げられ、地面に落ちていく。
血や服はそのままだが、肌の血色が良くなっていき、胸が呼吸を始めた。
カンタルが光の玉に聞く。
「もういいのか」
「ええ、修理ついでに、少し力を分けておきました。戦闘技量については、そこの山猿よりマシなので、働いて貰いましょう」
「修理って言うなよ。あと、山猿も」
彼が嫌そうに言うと、光の玉が縦方向に回転する。
「失礼しました。撤回します。治療は完了です。もう目覚めますよ。でも、山猿だけは直しません」
「何で?」
カンタルが追求しようとすると、ぶはぁっ、と息を吐いた大男が起き上がった。
熊のような体格と髭面で、腰元の剣を抜いて周囲を伺う。
それを見つけたレイナが、怒った顔になる。
「タマ! 今までよく寝ていたわね! その分、しっかりと働きなさい!」
「へ、へい! この男は?」
見事に縮こまった熊男が、カンタルを指さす。
レイナが黒装束を投げた。
「最優先で守り抜きなさい!」
「承知しやした!」
筋肉が躍動する。
基本的に、力は筋繊維の太さに依存している。
太ければ太い程、酸素と栄養を消費し、偉大なる運動量を出力するのだ。
熊男が剣を振るうと、黒装束が上下に分かれた。
皮も肉も骨も、お構いなしに斬り飛ばしていく、
剛剣が振るわれるたび、黒装束が飛び散った。
「何でぇ、歯応えのねぇ奴らだ。……それとも俺の調子が良すぎんのか」
粗野にして野蛮な剣だが、実戦で磨かれた一つの技だ。
一対一であれば、黒装束に負けることはあり得ない。
けれども、カンタルとレイナを守りながら多数の相手をするにあたって、流石に無傷とはいかなかった。
斬り捨てられた黒装束を目隠しにして、その背後から別の黒装束の短刀が突き出される。
「痛ぇ! けど痛くねぇ!」
短刀を持つ腕を斬り落とし、熊男が距離を取る。
敗れた服から、血は流れていない。
「……おう? 筋肉で止まったのか? まあいい」
「そんなわけ無いでしょう。我がやりました」
光の玉が飛んで行って熊男の顔面に纏わりつくが、見えていない様子だ。
諦めて戻って来た光の玉が言う。
「まったく、助けられた感謝くらいして欲しいものです」
「見えてないから、仕方ないと思うんだけど」
「それくらい知っています。ただの無害な嫌がらせですから気にしないでください」
「あ、そう」
カンタルは肩を落とした。
精霊もストレスを溜めるのかなぁ、などと考えたりする。
ちょっと落ち着いたところで周囲を見渡すと、明らかに黒装束の数が減っていた。
その黒装束集団の一人が、懐から笛を出して、音も無く吹く。
恐らくは犬笛のようなものの一種で、感度の高い者にしか聞こえない音が出ているはずだった。
「え、何なの?」
レイナが呆然と立ち尽くす。
いきなり統率された動きで、退却を始めた黒装束たちを見たからだった。
退却した方向は、『緋毒』の屋敷がある方向だ。
レイナが口をへの字に曲げる。
「……怪しいわね」
「そりゃ、こんな見た目してやがりますからねぇ」
彼女の隣に立った熊男が、地面に転がっている黒装束を剣先で突いていた。
装束が破れ、中身の年齢に大体の見当がつき、顔を顰める。
「ちっ、くだらねぇ」
敵対者が何であろうと戦うのが戦士であるが、それを好んでいるとは限らない。
熊男の視線が、レイナに向けられる。
「こいつらが、例の『隠れ里』ってわけですかい?」
「ええ、そうよ。でも、変な時に退却したものね――――」
彼女が言葉を止める。
その視線が、悠然と歩き出すカンタルに向けられていた。
彼は腕組みをして、倒れた黒装束たちの横に立つ。
光の玉がついてきた。
「どうかしましたか?」
「この子たちも、治せるかな?」
少しの沈黙の後で、光の玉が肯定する。
「……倒れている半数は蘇生可能ですが、もう半数は不可能です。ですが、蘇生した途端に攻撃してくるので、推奨しません」
「君の能力で、何とかならない?」
「可能です。特定の神経だけ接続を切れば対応できます。……ただし、どうするんですか?」
光の玉が、不可解そうに上下していた。
確かにそうだろう、とカンタルは考える。
合理的な考えでは、決してないと言えた。
だからこれは、ただの偽善で――――ただの意地だ。
「あー、うん。彼らに選んで欲しいと思ったんだ。いや、選ぶ権利を与えてあげたいんだ」
「無意味でしょう」
即座に光の玉から、否定の意見を頂戴した。
その通り、結果など欲していない。
だから、屁理屈だって言う。
「俺は、傷つけない能力を願った。なのに、助けたはずの能力が、彼らを傷つけたんだ。責任を取る必要がある」
「ありませんね。その論拠であれば、責任を負うのは、そこの熊人間です。そもそも、殺意を以って相対した者たちから身を護ることを否定するのは、生命の否定です。我として認めることは不可能です」
「うん。だから、俺は、君にお願いしてる」
「…………」
光の玉が黙った。
ぐねんぐねんと動き、悩んでいる様子であった。
それでも、ゆっくりと動きが静かになる。
「どんな結末になっても、考えることを止めないでください。それが我の願いです」
「いいよ。お互いに、お願い事をしよう」
「何もしてないくせに、恩着せがましいですね」
「ごめん。今日だけだから」
カンタルは、申し訳なさそうに謝った。
それくらいしか、出来なかったからだ。
光の玉が半回転して、倒れた黒装束を見渡す。
すいすいと飛びまわって、カンタルの元に戻ると、黒装束たちが動き始めた。
「な、こいつら!」
熊男が、剣を構えた。
それをレイナが制止させる。
彼女が見つめていたのは、悲しそうに笑うカンタルの横顔だった。
彼は、蘇生した黒装束たちに言う。
「俺は君たちを生き返らせた。それでも攻撃してくるなら、戦うしかない。俺だって万能じゃない。誰も彼も救えるわけじゃない。だから、君たちに決めてもらう。俺についてくるなら、武器を捨てて欲しい」
光の玉が少しだけ強く光ると、黒装束たちの手に神経が戻った。
これで、右手だけが自由に動く。
黒装束たちは――――迷わず短剣を自分の首に突き刺した。
光の玉が言う。
「薬物と暗示を使った強烈な洗脳ですね。脳を健康な状態に戻しても、意識を捻じ曲げることはできません。ですから、こうなることは分かっていました」
「……やっぱり、駄目なのかな」
カンタルは疲れた顔をしていた。
ただ、光の玉の表情が読めない。
「そうですか。これでも驚いているのですが」
「え?」
光の玉が飛んで行った先に、一人だけ、黒装束が座り込んでいた。
その黒装束の手から、短剣が転がり落ちている。
反撃の意志がないと判断した光の玉が、完全に治療してやると、走って逃げて行った。
古惚けた貴族屋敷とは、反対方向だった。
光の玉が、戻って来る。
「ま、悪くない部類の結果ですよ」
「そうかな」
カンタルは約束通り、これを考え続けることにした。
答えなど、ありはしないのだから。




