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第40話


 カンタルは、夢を見ていた。


 彼の見ている光景は、過去に何度も繰り返されたものであった。


 夕焼け空が紅く広がり、冷たい風が吹く。

 腰の高さまで生い茂った草の中に、ひび割れた道路が浮かんでいた。


 何処までも続く枯れた道を、疲れたなぁ、などと言って歩き続けるのだ。


 背中越しに、遠くから声を掛けられた気がするが、何を言っているのかわからない。

 歩いた先に何があるのかさえ、知らない。


 歩いている理由も、無い。


 歩いている理由を問われれば、足を止める理由が無いからとしか、答えようがない。


 決断することさえ、億劫だった。

 どうせ足を止めたとして、ろくでもないことに決まっている。


 向かい風に乗せられて、足元に空き缶が転がる。


 視線を地面に向けると、子供の頃に大切だった何かが、色褪せて埋もれていた。


 誰に買って貰ったか。

 もう、覚えていない。


 でも、大事にしていたことは覚えている。


 今なら欲しくも無く、買いたければ欲しいだけ買えるほどのものだ。

 価値は無い。


 だったら、どうして。

 色褪せてしまった何かを見ることが、こんなに悲しいのだろうか。


 泣きそうになって、足が止まった。

 涙が落ちることは、無かった。


 夕日が落ちて、暗く染まる。

 色褪せてしまったものさえ、見失って思い出せない。


 こんなことなら、拾い上げていれば良かったと、後悔しか残らなかった。


 今、思うことがあるとするならば。

 次は後悔しないようにしよう、と暗闇の中で誓うことだけだ。


 何度も繰り返した夢の中で、何度も誓ってこの様だけれど。

 難しいことは、一番自分が分っている。


 きっと、この枯れ果てた道には、沢山の色褪せた何かがあることだろう。

 どうせもう、自分は取り戻せないだろうから。


 これからこの道を歩く誰かが、同じ悲しみを抱きませんように、と願う。


 この暗闇の先で、確かに小さな声がした。

 きっとそれは、誰かが大切にしていた、色褪せた何かを探す声だったのではないか、とカンタルは考えていた。


「――――天命は、既に受け継がれた」


 ひび割れた道路の先に立っていた精霊が、そう呟いた。


          ×××


「あら、やっと目が覚めたのかしら」


 この世界では珍しく、金髪のショートヘアが揺れる。

 まだ幼さの残る整った顔立ちに、疲労が見え隠れしていた。


 擦れて一部が破れた乗馬服が痛々しく、震える手には懐剣が握られている。

 それでも少女――――レイナ・ゴルト・ルウィングが笑顔を見せるのだった。


「良かったわ。もう少しで、結婚もしていない未亡人になるところよ」

「……どういうことですかね。痛っ」


 現状がいまいち掴めていないカンタルは、身体を起こそうとして激痛が走った。

 服は破れ、身体は擦り傷だらけで、打ち身もひどい。


 離れたところで、乗っていたと思われる馬が、倒れたまま呼吸だけしていた。

 そこでカンタルは、いきなり連れ去られたことを思い出した。


 訳も分からず馬にしがみつき、振動や安定の悪さで会話の余裕も無い。

 そして暫く走っていたら、視界が揺れて意識を失い、現在に至るという訳だった。


 彼の様子を眺めていた少女が、仕方なさそうに笑う。


「巻き込んで、ごめんなさいね。多分、貴方は殺されないだろうから、抵抗しては駄目よ」


 なんだそれ、とカンタルが視線を彷徨わせた。


 矢が何本も突き刺さって、剣を握ったまま倒れている大男がいた。

 多勢に無勢であろうとも奮戦したのだろう、周囲に黒装束を纏った者たちが血まみれになって突っ伏している。


 それでも、残った複数の黒装束の者たちが、カンタルたちを囲んでいた。

 殺気が込められた瞳というのは、いつ見ても恐ろしい。


 そうしていると、カンタルは顔を挟んで掴まれた。


「え?」

「申し訳ないけれど、私も恋を知る前に殺されるのは嫌なのよ。何もかもを奪われる前に、せめて自分の意志で、恋をしたい」

「はあ」

「で、目の前には貴方しか居ないの」

「そうですね」

「私を覚えていてね。ありがとう。いただきます」


 柔らかいものが唇に触れたと思ったら、歯がぶつかって血が出た。


 頭まで響く衝撃に、何とも言えない残念感が広がる。


「……き、キスって、凄いものなのね」


 口を手で押さえたレイナが、涙目になっていた。

 カンタルとて、色々な知識だけは持っているが、初めての体験に対して語れることが無い。


 正直、すげぇな、という感想だけが確かだ。

 痛みと、口の中に広がる鉄錆の匂いと――――忘れられない他人の柔らかさ。


 彼が視線を上げると、黒装束が立っていた。

 周囲は既に取り囲まれ、逃げ出すどころか、動き出す隙さえ見当たらない。


 そんな中で、やってやったぜ、と笑顔のレイナが印象に残った。


 黒装束の一人が、短刀を持っていない方の手で、レイナの背後から髪を掴み上げる。


「痛っ」


 彼女が、苦悶の表情を浮かべた。

 その瞬間、首元へ鋭利な短刀が刺し込まれる。


 少女の身体が揺れた。

 刃を引き抜かれたレイナが、ゴミのように放り投げられ、地面に倒れる。


 動かず、苦しい方向に手を折り曲げてうつ伏せになり、首元から血だまりを広げていた。

 カンタルは、驚きと共に、心の底から沸き上がる感情を見つめていた。


「待ってくれ。……どうして、この子がそんな目に遭わなきゃならないんだ」


 殺すことは無いだろう。


 そんな物みたいに、投げ捨てることはないだろう。


 彼は、顔を両手で覆った。

 悲しみと怒り。

 不条理に対する、猛烈な憤り。


 そして、煮え滾る黒い感情の中に、一つの光があった。


 祈りを束ねて編み上げられた、愛する者への願い。


 全ては届かぬとも、せめて――――我が身の及ぶ限りは命を尽くそう。


 大切なものはある。

 それが自身の命を超えたとき、人は人でなくなる。


 それこそが、天命。

 天に捧げた命なれば、燃やし尽くすことに異存はない。


 カンタルの天命を、その魂に刻む。


 それは武ではない。

 誰かを傷つけて命を奪う類のものでは、決してあり得ない。


 そして、継承は成された。

 母の願いは、子のために。


「どいてくれっ」


 カンタルは黒装束を押しのけて駆けだし、倒れたレイナを抱きしめた。


 だらり、と彼女の手が垂れ下がる。

 首を刺されば、致命傷なのは条理だ。


 ならば、条理を受け入れなければ良い。

 それは人間が不条理と戦ってきた、進歩と言う名の歴史だ。


 未来の技術を引き寄せろ。

 条理が否定するというのであれば、条理を欺いて条理の不条理を成せ。


 人の願いは、現実を否定するところから始まる。


 『我が子』を助けることが不条理なのであれば、条理に真っ向から反逆してみせる。

 それが――――もう人間と呼べなくなった、カンタルの答えだ。


「大丈夫さ。『俺の娘』は、きっと助かるし、恋もする」


 心音が響く。

 レイナの首元が縫うように貼り付けられ、彼女がせき込んだ。


「かは、はっ、え、え?」


 彼女が驚いて首元を触り、何が起こったのか分からないでいた。

 その瞳がカンタルに向けられ、その必死な表情に気付いたとき、レイナが笑って彼を抱きしめ返した。


「……ありがとう。もう平気よ。だから、そんな悲しそうな顔をしないで?」

「えっと、そうかな」


 カンタルは苦笑いした。

 彼女の頭に手を乗せて、優しく撫でる。


 レイナが猫のように目を閉じ、気持ち良く受け入れていた。


「さて、あの子も助けようか」


 彼の視線の先には、矢が刺さって動かない大男が倒れている。

 レイナが慌てて立ち上がった。


「出来るの?」

「やってみる。君の大事な人なんだろう?」

「ええ、大事な部下よ。代償は何だって払うから、助けて欲しいわ」

「うん」


 カンタルが動き出そうとすると、黒装束が襲い掛かって来た。

 その間にレイナが立ち、いとも簡単に黒装束を殴り飛ばしてしまった。


「――――え?」


 殴り飛ばした本人が、自分の手を見つめている。

 カンタルも唖然としていた。


 その唖然とした口の中から、光の玉が出てくる。


「お、おごっ――――うえぇぇぇぇぇぇぇぇっ」

「喧しいので、叫ばないでください」


 出てきた光の玉が言う。

 カンタルは気が動転して、もう一度叫んだ。


「何か喋ったぁぁぁぁぁぁっ」


 光の玉が小さく伸び縮みして、明らかに溜息を吐く動きを見せたのだった。




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