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第34話


 フォルデノン王国の城下町は、普段から賑やかな喧騒に包まれていた。


 石畳で舗装された道を、貴人が乗った馬車が駆けていく様子も珍しくない。

 建築物にしても、華やかで洗練された趣きが見て取れる。


 忙し気に行き交う人々の中、一人の町娘が石畳に足を取られて転んでしまった。

 スカートがめくれ上がり、白い足が露になる。


 そこへ、大きな影が差す。


「嬢ちゃん、いい足してんなぁ」

「ひいっ」


 町娘が地面に手を突いて青ざめた。

 彼女の見上げた先には、幾日も水浴びすらしていない髭だらけの大男が立っている。


 袈裟に毛皮を巻き、使い込まれたロングソードを腰に差していた。

 控えめに言って見た目が山賊であり、言動も荒々しいことこの上ない。


「げへっへっへ」


 山賊の恰好をした男が、少女に手を伸ばす。


 周囲の人間などは、巻き込まれては敵わないと目を逸らすか、無視を決め込んでいた。

 もう誰の目にも、肩に担がれて連れ去られる少女の姿しか思い浮かばなかった。


 そんな中、足音がした。


 小気味よく響く駆け足は、長いドレスを翻す。

 高貴な者としては珍しく、短めに揃えた金髪が跳ねていた。


 控えめな胸に息を思いっきり吸い上げ、大男の背後に立つ。


「何やってんのよっ!」

「ひぎぃ!」


 山賊の恰好をした男が、背後から急所を蹴り上げられた。

 股間を抑えたまま頭から蹲り、地面に頬をつけたまま振り返った。


「ち、ちげぇんです、姉御! 俺ぁ、転んだ娘を引き上げようとしただけで――――」

「だまらっしゃい!」

「はがぁ!」


 本日二度目の急所蹴りが炸裂した。

 一仕事を終えた豪奢なドレスの少女が、転んだままの町娘に微笑みかける。


「ごめんなさいね。怖かったでしょう」

「あ、いえ、その」


 町娘が上手く言葉を出せずに狼狽えた。


 見たことも無いような上質な生地のドレスを身に纏い、彫像のように整った顔立ちの少女だった。

 それよりも特徴的なのが、周囲を威圧してしまう真っすぐな赤い瞳だ。


「何か賠償があれば、このレイナ・ゴルト・ルウィングがすべて支払います」

「え、お、王女様?」


 町娘の顔が蒼白に染まる。


 相手は野蛮で乱暴者と有名な姫将軍として名高い、あの王女である。

 殆ど城下には姿を現さず、粗末な練兵場で兵士と暴れているとしか話を聞かない。


 噂では、蛮族を従え生肉を食らう大女とされていたが、ドレスさえ着ていれば確かにクラウス王子に似て美形で品がある。


 町娘が緊張で何も言えないでいると、レイナが背後に向けて声を上げた。


「タマ!」

「へいっ……いてて」


 玉を蹴られたタマことタマガルスが、即座に立ち上がった。

 顎を突き出し、直立不動の姿勢となる。


 赤い瞳が、大男を貫いた。


「この私に誓って、この娘に手出ししていないでしょうね!」

「誓いやす!」

「そう。……蹴る?」


 振り向いたレイナが、町娘に声を掛けた。

 町娘が首を何度も横に振っている。


「タマ!」

「へいっ!」

「壁になれ」

「へい?」


 タマガルスが言葉の意味を理解し損ねていると、王女が急にドレスを脱ぎ始めた。


「あ、姉御ぉ」


 山賊の大男がレイナを庇うように身体で目隠しを作る。

 視線も周囲に向けて、覗こうとする不埒者を睨みつけた。


 レイナが笑う。


「ごめんね。装飾の類は嫌いだから、身に着けていないのよ。このドレスをお詫び代わりにあげるから、好きに使って欲しいわ」

「ひゃ、ひゃい」


 町娘も、考えが纏まらずに頷いた。

 こんな高貴な人間の申し出を断るのも怖いし、ドレスを貰うのも恐れ多い。


 コルセット姿になったレイナに、山賊が羽織っていた毛皮が被せられた。


「姉御、そんなことしなくても」

「いえね、ちょっと私には窮屈で似合わないのよ。やっぱり私は、普段着がいいわ」


 毛皮のワンピースを摘まんで見せる。


「でもちょっと臭い」

「へい、洗います」


 強面の大男が、借りてきた猫のように身を竦める様が、何ともおかしかった。

 周囲に居た青年が、調子に乗って声を上げる。


「おい、そこの臭いの! お前にゃ不釣り合いだな!」

「あ?」


 レイナの顔がぐるりと回り、青年を捉える。

 微笑を湛えたまま青年に近づき、思い切りぶん殴った。


「私の部下を馬鹿にするなっ!」


 鼻血を出して地面に倒れ込む青年であった。

 謝罪もせずに逃げ出そうとする様を見て、王女のこめかみに青筋が立つ。


 彼女の腰裏に隠されてあった懐剣に手がかかる。


「おのれ……」

「あ、やべ」


 流石にタマガルスも冷や汗をかく。


 青年がどうなろうと知ったことでは無いが、城下で王女が刃傷沙汰など、誰が考えても王女の方に醜聞が立つ。


 彼が飛び出して青年を追いかけ、尻を蹴り上げた。

 さっさと逃げろと青年を押し出し、レイナに敬礼する。


「姉御、ケジメは俺が取りましたんで! 謝罪も受け取りました!」

「アホ、我が国民を蹴るな!」

「すんませんっ!」


 理不尽過ぎるレイナに向けて、周囲の視線が注がれる。


 ただし、タマガルスは満更でも無かった。

 我らのために怒り、我らのために剣を抜く王女。


 お前ら誰も、この王女の本当の価値を知りはせんだろう、と内心で呟いて見せる。

 その彼の得意気な顔も、次の瞬間に凍り付いた。


「うげっ」


 特徴的で硬質な足音が響く。

 執事服の初老の男が人垣を割って現れた。


 ――――勇退した元騎士団長。


 国王の信頼も厚く、数々の誉れを残し、武勇の頂とも称された騎士の鑑であった。

 本来ならば重職につくところだったが、年齢を理由に引退し、本人たっての希望で王女の傍付きとなった。


「姫様?」

「なにかしら、シュミット」


 少しは悪いと思っているのか、レイナの表情が硬い。

 シュミットの目が細まる。


「そのお姿は、どういうことですかな」

「あげたわ」


 言い張って顔を背ける王女に、嘆息する元騎士団長だった。

 彼の視線に呆れが混ざる。


「……まるで山猿ですな。その様なことで、嫁入りが成るものでしょうか」

「嫁入りっ! 姉御がですかい!」


 山賊がお宝を忘れて帰ったような顔をして、タマガルスが叫んだ。


 婚姻の話が来たのか。

 そもそも、この王女が結婚できるのか、といった驚きがある。


「うっさいわねー。兄様が決めたんだから仕方ないでしょ」


 王女自身でさえ、婚姻の話は寝耳に水だった。

 今回の登城の件については、ほぼこのフォルデノン王国を掌握しているクラウス王子の依頼である。

 本人は否定しているが、既に国王よりも求心力を持っていた。


 レイナが王女としての働きを無視して好き勝手を出来ているのも、クラウスが手を回しているからこそだ。

 その意味で、兄様には頭が上がらない。


 タマガルスが剣呑な表情を見せる。


「姉御は、御嫌ですかい」

「嫌なわけ無いでしょう。兄様が間違えたことがある? 国を護るのが王家の誇りよ。そこを間違えてはいけないわ」

「いえ。男女の仲という意味ですがね」


 両人の気持ちが問題だ、と息を巻くタマガルスに、王女と元騎士団長が肩を竦める。


 婚姻とは王侯貴族に取って、重大なカードの一つだ。

 よって、最良の結果さえ得られれば、当人同士の気分など問題にならない。


 仮に最低の亭主に嫁がされたとしても、賠償金と戦争の火種を生み出すことが出来る。


 それくらいは平気で考えるクラウスだろうが、割と身内には甘いので恐らくそれは無い。

 あってもシュミットが居ればどうにでもなる。


 レイナが気持ちだけ受け取ったことにして、呆れた顔をした。


「会ったことも無い男に、好きも嫌いもないでしょうが」

「まあ、そりゃそうです。妙な男でなけりゃいいんです」


 タマガルスが神妙に頷く。

 それに彼女が、何か思い出して手を打った。


「あ、でも、おっぱいが出るらしいわ」

「……はあ?」


 自分の耳と脳みそを疑って有り余るほどにしかめっ面をしたタマガルスが、身を乗り出していた。

 シュミットが口元に人差し指を立てる。


「姫様、機密事項です」

「未来の旦那様のことでしょう? それくらい許してくれるわよ」

「え、姉御はそれで良いんですかい?」

「別に。誰が出したって、いいじゃない」


 何かおかしい事かしら、と言外に語るレイナの態度に、タマガルスが眉根を寄せる。

 彼の訝し気な視線が、王女の足元に向けられた。


「……そうか、姉御は男を知らねぇのか」

「知ってるわよ。馬鹿にしないでよ」

「はあ、経験があるんですかい」

「ある訳ないでしょうが。これでも王女よ?」

「ああ、わかりやした。もう大丈夫でさ」


 タマガルスの視線が、シュミットに向けられた。

 元騎士団長が、立場に見合った貫禄を見せて静かに頷く。


「機密事項だ」

「へい。……ですが、よろしいんで?」

「クラウス様のお決めになったことだ。悪い事にはなるまい。なったならば、それはそれだ。それよりも、貴様らには存分に働いて貰うぞ」

「へえ、そりゃ構いやせんが」


 ここらで野盗狩り以外に何かあったっけ、と首を傾げるタマガルスだった。


 曲がりなりにも、王女の近衛騎士団だ。

 貴族のミソッカスや、山賊崩れを寄せ集めて叩き上げた集団だが、忠誠と士気だけは何処にも負けはしない自負がある。


 存分に働くほどの相手ともなれば、国軍ぐらいしか思い当たらない。

 この山賊じみた見た目のタマガルスだが、頭の回転は悪くなかった。


「隣国、ですかい」

「そうよ。ガーオレンの庭先に捕らえられた、花婿を迎えに行くわ」


 歯を見せて笑うレイナが鷹揚に頷き、代わりに応えるのだった。

 


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