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第23話


 隙間風と山羊の鳴き声が、枝をより合わせて造られた壁を貫通してくる。

 これでも広めに造られた村長の家なのだから、寒村の経済状況は推して知るべしだった。


 カンタルたちが地図に無い村へ戻ってきたとき、予想に反して歓迎されてしまった。

 斥候の人が上手くやったのかと思っていたら、村は旅人を歓迎しているようだった。


 エオルと同年齢くらいの若い村長が、灰色の髪を撫でつける。


「いえね。隣の村で疫病が流行りまして、とりあえず逃げて来たんですよ。先に生活基盤を作っておかないと、逃げられない人もいるんでね」


 村長の顔に貫禄など無く、無理矢理に役割を押し付けられた様子だった。

 本人が苦笑いで言う。


「僕も村長なんかやりたくなかったんですが、他に成りたい人が居なくて」

「そうなんですか。大変ですねぇ」


 カンタルは、同情するように言う。


 あまり抑揚をつけ過ぎるとわざとらしいので、経験に裏付けされた塩梅で同意する。

 もちろん、仕草は相手を真似ていた。


 心理学でいうミラーリング効果を狙ってのことだ。

 これだから社畜は禄でもない、と彼は心の中で毒づいた。


 村長がテーブルの湯飲みを手に取って言う。


「そうなんです。お金も無いし、旅人や商人に宿を提供して、何とかなってる感じですね」

「ははは、他人事とは思えないです」


 カンタルも、エオルから交渉役を任命されていた。

 糧食班で商会との交渉を成功させた手腕を認められてのことだろう。


 ちなみに最初の交渉役である斥候の人は、疫病のことを確かめるために単独で出払っていた。


 そして、リョカとエオルに交渉事を任せる訳にはいかない。

 なぜなら彼女らは、口よりも先に手が出るタイプだからだ。


 湯飲みが傾けられ、喉を潤した村長が言う。


「ところで、宿泊の件は本当によろしいので?」

「あ、ええ。もちろんです。銀貨一枚で泊まらせてください」


 カンタルは頷いた。


 木で編んだだけの家に素泊まりするのであれば、カンタルたち全員でも銅貨三枚で賄える。

 この寒村からすれば、儲け話に聞こえるだろう。


 その代わりに、武装した傭兵を世話してもらうのだ。

 世の中はギブアンドテイクで回っている。


 村長もカンタルも、互いに心から信用し合っている訳では無いのだから、金銭で解決するのだ。


 寝静まった頃に傭兵が村を襲っても困るし、就寝中の傭兵が村人に囲まれることだって無いとは言えない。


 村長が、重い息を吐いた。


「はい、わかりました。では食事と水も用意します。ですが、武器は見えないようにして貰えると助かります。村の者が怯えても困るので……」

「えっと」


 カンタルは、横目で隣に居るエオルを見た。

 顔だけはイケメンの彼が、僅かに頷く。


「そうですね。目につかないように隠します」


 取り上げられないだけマシであるし、傭兵が武装解除に応じることは無いので、良い落とし所ではあった。

 村長が腰を上げた。


「それでは、村の人に説明してきます。カンタルさんたちは、この屋敷をそのまま使ってください」

「え、ここ村長の家ではないんですか?」

「そうですけど、この人数が泊まれる家がこれしか無いんです。僕は知り合いの家に泊まるので、適当に何でも使ってください。何もないですが」


 申し訳なさそうに言う村長だった。


 防犯意識は何処にいった、と思いそうだが、盗む物すら無いのでお好きにどうぞ、という無敵理論だ。


 村長が出て行こうとしたところで、木の枝で作られた扉が開く。


「村長、いますか――――あれ?」


 扉を開けた女性が、カンタルを見て口に手を当てた。

 カンタルは、間の抜けた表情になる。


「あ、エリンさんじゃないですか」

「どうして? え?」


 糧食班として出稼ぎで働いていた女性が、エオルとリョカを見て身構えた。


「……私、何かしました?」

「いえいえ、この村に来たのは偶然です。仲間の調子が悪いので、泊めて貰うつもりなんですよ」

「ああ、よかったわ。安心したわよ。さっきまで、生きた心地がしなかったんだから」


 胸をなでおろすエリンだった。


 確かに、傭兵団のエースと『呪いの暗黒姫』が揃っていれば、何事かと思う気持ちは理解できる。

 カンタルは朗らかに笑いながら彼女を安心させ、給料のことを伝える。


「そうだ、エリンさん。お給料を貰ってなかったそうですね」

「え、ええ。私の居た村で疫病が流行ったって話をきいたものだから、急いで帰ったのよ。でも、兵士に封鎖されて門前払いだったわ。それで、いつでも行けるようにこの村でお世話になってるの。もちろん、落ち着いたら貰いに行くつもりよ」


 エオルが面倒そうに言う。


「それなら余計に金が必要だったんじゃねぇのか。相談ぐらいしていけよ」

「ごめんなさい。今思えば、迷惑をかけました。お金については、カンタルさんから玉子焼きのことで特別給金を貰っていたから、大丈夫だと思ったの」

「は、そうか。ならいいんじゃねぇ?」


 エオルの視線が、カンタルに刺さる。

 カンタルは苦笑いで誤魔化した。


「タルマルさんから、給金はいつでも取りに来て欲しいって聞いてるので、落ち着いたら行ったらいいですよ」

「はい、すみません」

「気にしないでください。鶏の件に賛成してくれたじゃないですか」


 世話になった気持ちはカンタルも一緒なので、給料の事さえ伝えれば問題無かった。

 エリンが微笑んで、袖を腕まくりして見せる。


「お詫びにはならないけれど、今日の夕食は任せておいてね。私、ここでも食事を作って働いてるから」

「糧食班にいたエリンさんなら、期待できますね」

「ええ、任せて」

「ところで、村長に話が合ったんじゃないですか?」

「あ、そうなのよ。ごめんね」


 彼女が村長に近づき、話を始めた。


 既に治療を終えている傭兵の二人は、様子見のために藁のベッドに寝かせているので、やることも特に無かった。

 手持無沙汰になったカンタルたちは、村長の家から出る。


 リョカが言った。


「私は、アサの様子でも見に行ってくるかな」

「そうだね」


 カンタルは賛成した。


 敵、しか喋れない銀髪の少女は、村人から見ると、どう見ても訳ありだとしか思えない。

 食事と睡眠だけは一緒にすることにして、今は村の外で待機しているはずだった。


 リョカが一瞬、村長の家を振り返って、歩いて行った。

 何か気になることでも、と考えたカンタルだが、話を聞こうにも彼女の背中は遠くなっていた。


「そんじゃまあ、昼寝でもすっかぁ」


 エオルの気だるげな声がする。

 カンタルは小さく手を上げて発言した。


「あの、剣を教えて貰ってもいいですか?」

「はあ? 何で?」


 嫌そうに顔を引きつらせるエオルだった。


 どう考えても、親切で教えてくれる気は無さそうだ。

 カンタルにしては、身を守る術として切実に必要だった。


「自分で自分すら守れそうにないのは、ちょっとどうかと思いまして」

「何だそりゃ」


 しかし、エオルの表情が変わることが無く、更に険しいものとなる。

 少し俯いて、彼が息を吐いた。


「あのなぁ。それなら剣なんか持たなくていいだろが。近くにあるモンで、人だろうが金だろうが靴だろうが、適当に投げつけて逃げろ。下手に武器なんか持ってると、真っ先に狙われんぞ?」

「……そうなんですね」


 カンタルは、腕組みをして頷いた。

 エオルにとって、その様子すら呆れるものだったようだ。


「そもそもだなぁ。お前、剣で人を斬れんの?」

「無理ですね」


 即答するしかない。

 技術的にも心情的にも、人は斬れそうにない。


 剣をバットのようにフルスイングすることで物理的に可能だったとしても、そんなことをしたい欲求は持ち合わせていない。


 強い理由でもあれば別なのだろうか、と思う。


 エオルが、がしがしと後頭部を掻いた。


「意味ねぇだろが。馬鹿か」

「ああ、いえ。実戦経験者の話は参考になりますけど」


 カンタルは、ポケットから革袋を取り出し、玉子焼きで儲けた銀貨を取り出した。

 それをエオルに渡す。


「では、剣でなくても良いです。襲われた時の対処法を教えてください」

「……変な奴だよ、お前。普通なら受け取らねぇんだからな。飯まで暇だから付き合ってやるだけだ。ったく、面倒くせぇなぁ」


 エオルが銀貨を指で弾き、落ちて来たそれを取って握りしめた。


「俺ぁ傭兵だからな。金額分くらいは教えてやんよ」

「……ツンデレ」

「おい、何つった。馬鹿にしてねぇか」

「いえ、俺の故郷では誉め言葉です」


 彼は至って真面目な顔で言った。


 イケメンでツンデレなど、どこに出しても恥ずかしくない程に最高の属性である。

 少女漫画では鉄板であるし、男同士が非常に仲のよろしいメディアでも絶対に一人は存在している。


 カンタルとしては、転生したはずなのに、どうしてエオルが女では無かったのだろう、と不思議なくらいだ。


「あー、まあいいか。ついてこい」

「はいはい」

「はい、は一回だろが。やっぱお前、俺の事舐めてねぇか?」


 鋭い眼で睨まれる。

 カンタルは言い直した。


「はい」

「舐めてんのか!」

「いや、一回って言ったじゃないですか!」


 走って逃げるカンタルである。

 すぐに追いつかれ、拳骨を叩きこまれる羽目にはなったが、銀貨一枚分以上の護身術を教えて貰えたのだった。


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