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第22話


 カンタルは大いなる安堵と共に、息を吐いた。


 膨らんでいた胸の双丘が、今まで見慣れたものに戻っていたからだ。

 自分の胸を抱きしめて膝をつく。


「うあああ、めっちゃ安心するぅー」


 カンタル、男泣きである。

 女性はよくあんな重いものを二つも装備して背骨が曲がらないものだ、と感心しながらの涙だった。


 エオルがそれを、複雑な表情で見ている。


「ああ……まあ、よかったんじゃねぇか?」

「他人事みたいに言わないでくださいよ」


 カンタルは、恨みがましく眼を細める。

 対するエオルが、呆れた顔をした。


「いや、他人事だろうが」

「あ、そういうこと言いますか。もし、オカンスキルにおっぱいを生やす能力が追加されたら、一番最初に試しますからね?」

「ああっ! てめぇ、ふざけんな!」

「じゃあ真剣に考えて下さいよ!」


 二人が下らないことで睨み合っていると、カンタルの袖が引かれた。

 そこから彼が視線を追うと、シノが頬を膨らませている。


「ははさま? いちばんは、わたしにおねがいします」

「大丈夫、必要ないよ」


 カンタルは微笑みで返した。


 彼女を眺めてみるが、精霊の面影は無い。

 カンタルの聞いた精霊の声が女性の物だったので、女精霊と考えている。


 結局何がしたかったのかは聞けていない。

 彼も願い事を聞いてもらった手前、素直に悪く言えなかった。


 女神様とスキルとの関係まで気になるが、あれから心で話しかけても反応は無い。


 カンタルは思い切って、シノに聞いてみた。


「ところで、さっきの精霊さんは何だったのかな」

「……ははさまは、ははさまですが?」

「ん?」


 カンタルとシノが、揃って首を傾げた。


 何がどこまで『ははさま』なのか、という疑問がある。

 カンタルから出て来た精霊、となると、カンタルの一部という認識での『ははさま』かもしれない。


 それに、精霊の能力が計り知れなかった。

 天命――――スキルを借りる存在など、カンタルの手に負えない。


 今のところ、胸も治ったし体調も悪いところが無いので、放置するしかないという結論に至った。


 そんな中、エオルが気分を立て直し、地面の辺りを指さした。


「で、あの生首どうすんだよ」


 そこには、虚ろな表情をした銀髪の少女が、頭だけになっていた。

 口元が僅かに動く。


「敵ぃ……」


 首から下は、シノのスキルで影に埋まっていた。

 拘束しているように見えるが、精霊の言うことには心配ないらしい。


 カンタルは、その時の言葉を思い出した。


『妙な毒で操られておるの。影の中で安静にして、念のために我の初乳でも飲ませておくかのう。それから、ついでにそこで倒れとる男らも助けてやろうか。どれ』


 いきなりシノが服を脱いで胸を出そうとするので、彼は止めた。

 

 何をするのか、分かっている。

 断腸の思いだった。


 彼の心の中の天使と悪魔が壮絶な争いを繰り広げ、満身創痍で天使が勝った。


 見返りは無い。

 それどころか、代わりを引き受けねばならない。


 負けたはずの悪魔が、にやりと笑う。

 カンタルの胸には、二つの膨らみがあったのだから――――。


「お、お、お、お」


 彼は頭を振って、忘れたい記憶を追い払った。

 結果だけ見れば、銀髪の少女が襲ってこなくなり、二人の傭兵は一命を取り留めた。


 それでいいじゃないか。


 シノの代わりをしたことで、精霊から再びお褒めの言葉を貰ったカンタルだったが、精神的疲労が大きすぎて、内容はあまり覚えていない。


 我に返ったカンタルは、シノ見て言った。


「ちょっと、やめてあげてね」

「よいのですか、ははさま」


 屈んでいた彼女が立ち上がる。

 今まで首だけ出した少女の頭を、拾った棒で突いていたのだった。


 シノが棒を捨てる。


「よかったですね、アサ。ははさまはかんだいです。ないておわびしなさい」

「……敵」


 アサと呼ばれた銀髪の少女が、器用に頭だけ下げて見せた。

 頑張って泣こうとしている様子だが、変な顔になるだけだった。


 カンタルはシノを見た。


「この子、知り合い?」

「いちばんしたっぱです。シノのほうがえらいのです」


 えっへん、と胸を張るシノだった。


 この状態でリョカに戻ったら殴られそうだな、とカンタルは考えた。

 彼はシノの頭を撫でてやりながら言う。


「ふぅん。ところでこの子、いつもこんな喋り方してたの?」

「どくで、こわれてるみたいです」

「毒かぁ」


 カンタルの思いつく毒で考えるならば、身体機能を阻害するものだ。

 時には命さえ奪う性質を持っている。


 彼は、どちらかというと洗脳に近い気がしていた。

 洗脳に使われる薬物もあるのだから、広義で考えれば毒になる。


 技術的に不可能では無いだろうが、洗脳には専門知識が必要だ。

 最悪、誰かがスキルを使ったことまで可能性は広がる。


 そして、アサの背後にスキル持ちがいるとすれば、その目的が気になるところだった。


 カンタルは腕を組んで目を閉じ、考え事をしていた。

 エオルに肩を叩かれる。


「おい、止めなくていいのか?」

「はい?」


 彼が目を開くと、ゴルフのスイングで異形の剣を振り上げたシノがいた。

 地面から首だけ出したアサが、マジかよ、といった顔でシノを見上げている。


「敵ぃぃぃっ」

「しかたありません。こわれたアサは、ぽいです」


 カンタルは急いで止めに入った。


「駄目ーっ! その首は、ぽいしちゃ駄目ーっ!」

「ですが、ははさま。さからったうえにこわれていては、ぽいしてやるのがなさけというものでは?」

「大丈夫、改心してるよ。なあ、アサ?」

「敵ぃ!」


 ぶんぶんと激しい勢いで頭を上下に振るアサだった。

 殺されそうなので、必死なのは当然だ。


 シノが、カンタルとアサを見比べて、異形の剣を陰に仕舞った。

 そのまま、アサの頭の前に屈み込んで言う。


「はんせいしましたか?」

「敵っ!」


 風切り音が聞こえる程に頷く。

 しかし、シノの表情が緩まることは無い。


「では、ははさまに、ふくじゅうのあかしをみせなさい」

「敵っ!」


 ここが正念場とみて、盛大に頷くアサだった。

 シノが微笑んで手を差し出す。


「おて」

「……敵ぅぃ?」


 地面から首だけ出したアサの動きが止まる。

 どう足掻いても、手が出せそうにない。


「できませんか」

「敵ぃぃぃぃぃぃん!」


 地面でアサの首が踊っていた。


 彼女が頑張っているのは、誰もが認める光景だ。

 中々にシュールな絵面で、見ていて不憫ですらある。


 カンタルは、シノの隣に屈み込んだ。


「もう、やめてあげようか。影に埋まってて、手が出せないんだよ」

「なんと。このていどでおゆるしになるとは、やはり、ははさまはかんだいです。これほどのなさけをいただいて、いうことはないのですか」

「敵ぃぅぇ!」


 首だけで、出来得る限りの謝罪を見せられた。

 下っ端の気持ちが良くわかるカンタルとしては、ここまでしなくても開放してやっても良かった。


 小さく息を吐いたシノが、影の中からアサを出してやった。


「ははさまのごおんじょうで、アサをしきかにおきます。はいめいしなさい」

「敵っ!」


 一生懸命働きます、と新入社員のように輝きに満ち溢れた眼をしたアサが、その場で膝をつく。

 シノが腰に手を当てて言う。


「うらぎりは?」

「敵!」

「よろしい」


 深く頷いたシノが、小走りでカンタルに近寄り、抱き着いた。

 彼は自然に、シノの頭に手を置いて撫でた。


「ありがとう。良い子だね」

「あい。それだけでシノは、がんばれます」


 むふー、と顔をカンタルに押し付けて息を吐いた。

 ふわ、と彼女の体勢が崩れかけて、元に戻る。


 彼の手は、払いのけられた。


「……新記録ね」


 表情が引き締まり、声に冷徹さが交じる。

 態度からして、リョカに間違いなかった。


 彼女が、カンタルの胸を見る。


「もう少し、生やしていても良かったんじゃないかな?」

「勘弁してくれ」


 嫌そうなカンタルの表情を横目に見つつ、リョカが銀髪の少女を睨む。


「この『導化兵』、どうするつもり?」

「行くとこ無さそうだから、可愛そうだな、と思ってさ」


 カンタルは、この異世界に飛ばされてきた当時の事を思った。

 誰も彼もを救えるわけでは無いが、この子くらいは優しくしてやりたいと決めていた。


 リョカの眼が、更に細まる。


「隠れ里が、里で出た罪人を人体改造と精神操作で導化した兵士よ? 隠れ里が再洗脳すれば、簡単に敵に回るわ。それなら、ここで処分しておいた方が良いかな」

「いや、シノがなんとかしてくれたみたいだし、大丈夫だろ?」

「階級が下の者を、上位者として指揮下に入れただけよ。……まあ、シノ様がお決めになったことなら、どうしようもないけど」


 リョカが、ぶつぶつと小声で独り言を言い始めた。

 今まで成り行きを見守っていたエオルが、片手を挙げて割り込んでくる。


「おう、話は済んだか。それなら早いとこ、こいつらを運んでやりてぇんだが」


 彼が言ったのは、アサに切り伏せられた傭兵二人のことだ。

 カンタルの母乳効果で傭兵らの傷は塞がり、痛みも感じていない。


 ただ、傷が深かったのか、すぐには起き上がれない様子だった。


 安静にするには、屋根のある場所で休ませるのが好ましい。

 近場では、通りがかりにあった寒村しか存在しない。


 エオルが、後頭部を掻く。


「仕方ねぇな。さっきの村に戻って交渉だ。斥候の奴が上手くやってくれてりゃいいんだが。さて、一人は俺が背負うとして……」


 彼がカンタルを見つめて、即座に顔を歪めた。


 一番の戦力であるリョカに負傷者を運ばせるなど出来ないし、暗黒スキルの中に負傷者を保管するわけにもいかない。


 そのとき、ちょんちょんとカンタルの肩が突かれた

 彼が振り向くと、微笑むアサが立っていた。


「敵ぃ♡」


 任せろ旦那、と言わんばかりにアピールしている。

 これにはエオルも、苦虫を丸飲みした表情を浮かべた。


「まあいいんだけどよ。傭兵にゃ、斬られた相手に運ばれることも無くは無ぇ。ただし、カンタルが面倒見ろよ」

「……はぁい」

「敵っ」


 間延びしたカンタルの返事と、その彼のに向かって敬礼するアサの表情が、見事に対照的だった。





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