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第20話


 移動を始めてから、既に三日が経過していた。


 なだらかな丘陵地帯が続いていたが、ある程度の起伏はあって当然だ。

 微妙な高低差が、じわじわと体力を削っていく。


 そして、荷物を背負った行動というのは、肩腰足にとても悪い。

 特に腰が爆発してしまいそうなほどの疲労に襲われる。


 カンタルが思いつく限りの対策をしてなお、帰り道の事さえ考えたくない状況だった。


「……思ったより進んでねぇな」


 今ではもう見慣れてしまった、エオルの渋面が見えた。


 偵察部隊の傭兵たちとリョカについては、基礎体力から違っていた。

 旅慣れた者たちでさえ、彼らには敵わない。


 夜中に襲ってきた夜盗の類さえ、撃退した上に略奪していたのだから、どっちが被害者かさえわからなかった。


 カンタルは、あまりの辛さに、同行を拒否しなかったことを後悔していた。

 どうせ断っても団長とリョカが許さないだろうなぁ、などと考えていた過去の彼を蹴り飛ばしたい気分だった。


 今まで黙っていたリョカが言う。


「仕方ないかな。これから先は、荷物を私が受け持つ。身軽になれば、まだマシよね」

「いや、助かるぜ、リョカちゃん。それに比べてこいつときたら、分かってのか?」

「……ふわぃ」


 エオルの言葉など、体力不足でへばっている彼には二割も届いていない。


 一流のスポーツ選手とおっさんの運動能力を比べたところで、そりゃそうでしょうよ、という感想しか出てこないのと一緒だ。


 ただ、それはそれとして、自身の運動不足については反省している。

 暇な時間が出来たら運動しようと心に誓って、社畜時代に何度も挫折した記憶が蘇る。


「……今度は、頑張るから」

「ちっ、今頑張れよ」


 呆れたエオルの声が聞こえた。

 カンタルの独白に応えてくれたらしい。


 エオルが仲間の傭兵と、地図を広げて旅程を見直し始めた。

 口は悪いが、見捨てる気は無いのだろう。


 年長者として迷惑をかけるばかりでは心苦しいので、出来るだけの事はする。


「ふぅ」


 鼻から息を深く吸って、ゆっくりと口から吐く深呼吸で息を整えた。

 革靴を脱いで、足裏をマッサージする。


 その時、革靴から中敷きが飛び出た。

 リョカが眉を顰める。


「何かな、それ」

「へ? ああ、ヘチマの中敷きだよ。ハレナ商会で貰って来たんだ。蒸れ予防とクッションだね」


 立ち仕事の経験があるカンタルにとって、革靴の蒸れ対策に余念は無かった。

 彼女の口元が曲がる。


「……妙なことを考える、かな」

「使ってみる? 予備があるから、形を切って整えれば使えると思うけど」


 ザックから、足形になった薄いヘチマを取り出し、彼女へ渡した。


 胡散臭そうにヘチマを見つめるリョカだったが、腰元から切れ味の良いナイフを取り出して形を整える。

 靴の中に入れて、靴紐の縛り具合でサイズを調整した。


「……ふぅん」


 地面を蹴って感触を確かめ、そのまま歩いて行ってしまった。


 彼としては感想が聞きたかったのだが、ある程度使ってから聞いた方が良いかと考え直した。

 ポケットから小瓶を取り出して、中身の蜂蜜を一口分だけ飲み込む。


 疲労回復には、甘味が良い。

 小瓶を持って座っていたら、彼女が戻ってきた。


「ん」


 リョカに手の平を見せられる。

 もう何度目かも分からない蜂蜜の催促なので、小瓶ごと渡した。


「はい」

「よろしい」


 彼女が小瓶を持って、再び何処かへ行ってしまう。

 小瓶に小分けしておいて、良かったというものだ。


 そうしているうちに、エオルが顔を上げてこちらを向いた。


「おい、そろそろ行くぞ」


 既に斥候役の傭兵が、出発していた。

 その背中を見失わないよう、歩いてついていくのがカンタルの役割だ。


 他の傭兵は、周辺の警戒を行いながら同行している。

 いつの間にか、リョカが隣に戻って来ていた。


「行くよ」


 彼女がそう言うなり、地面に下ろしていたカンタルのザックが、影に飲み込まれていった。


 暗黒スキルで、影の中に保管して運んでいるらしい。

 リョカの持つ特徴的な長剣も、普段の荷物も、スキルが露見しない程度にスキルで収納していたそうだ。


 黒い外套の理由も、その為なのだろう。

 思いついたことを言ってみる。


「それって、沢山の荷物を運べたりするの?」

「スキルの容量には限界があるし、自分の物以外を長期に保管し続けると、暗闇の中で何処にいっちゃってるか分からなくなるかな」


 便利道具扱いするな、と言いたげな視線をリョカから向けられた。

 スキルにしても、長所短所があるということだ。


 それでも荷物を背負わなくて良いというのは、有難い事だった。


「助かるよ、リョカ」

「…………」


 彼女の視線が、僅かに逸らされる。

 静かに落ち着いた声で、忠告された。


「あのさ。あまり、スキルを甘く見ない方が良いかな。確かに利点だけ見れば有用かもしれないけど、人間の理を外れるって、異常なのよ。誰かに無理矢理に捻じ曲げられた針金が、例えどれだけ便利に使えたとしても、最後はどうなるかくらいわかるよね」

「あ、ああ」


 責める訳でもない真面目な口調に、何故だか気圧されるカンタルだった。


 天啓の意味は、神様のような超越的な存在に、お告げを受けることだ。

 未知のものを明らかにする、という意味も内包している。


「わかったよ、気をつける」

「まあ、良いんだけど。私にとっては、カンタルがスキルを使い続ける方が助かるから」

「そうだよね」

「ところで、まだ蜂蜜あるかな?」

「もう少なくなってるけど、まだ残ってるよ」


 彼がまた、ポケットから蜂蜜を取り出した。


「食べ過ぎないようにね」

「うるさい」


 乱暴な言葉遣いではあるものの、口調に棘が無い。


 なるほど女性が甘味に弱いとはこのことか、などと頷くカンタルであった。

 こうなればハレナ商会で買えるだけ準備しておこうとさえ考えている。


 暫く歩いていると、距離の離れた斥候の傭兵が立ち止まっていた。

 彼が地面を見て、右手側を見る。


 斥候の向いている方には、粗末な木柵で囲われた集落があった。

 殿を務めていたエオルが全員を追い越し、先頭に立つ。


「地図に無い村だ。注意しろ」


 暗黙の了解で、傭兵たちが身を低くして周囲を警戒しながら動いた。


 地図に載っているような村や町は、長くから住民が過ごしているという意味で、消費と生産が安定していることになる。

 つまり、敵か味方かはともかくとして、一応の平和を保つ条件が揃っていた。


 しかし、新しく出来た村などは、はぐれ者が集まって出来ることがあるので、注意が必要になる。


 カンタルたちの集団が、斥候に追い付いた。

 エオルが斥候に言う。


「どう見る」

「ここから目立った武装は見えない。羊を放牧しているようだ。女子供も交じっている。村自体に問題は見当たらないが、『これ』がな」


 斥候が指さす地面に、深い轍の跡があった。

 荷車を引いて出来るようなものでは無く、足を取られそうなほど深いものだった。


「恐らく、四頭立ての馬車だ」

「あぁん? そいつは妙だな」


 エオルの口が、への字に歪む。


 寒村に馬は高級品だった。

 移動手段としても、農作業にしても利用される。


 そんな馬を四頭もまとめて使うなど、貴族か豪農、大商人くらいしか存在しなかった。

 だとすると、貴族らがこんな辺境と言える場所を訪れる理由が不可解だ。


 リョカが腕組みして言った。


「四頭立てなら儀装馬車、かな。この大きさだと、それなりの貴族だと思う」

「きな臭くなってきやがったなぁ。貴族と隠れ里が絡んでると考えて行動した方が良さそうだ。あまり深追いは出来ねぇな。はぁ……」


 エオルの溜息が深い。

 彼が顔を上げて、斥候に言う。


「お前は村を調べてくれ。大人数で押しかけて警戒されるのはマズイ。出来れば帰りの補給がしてぇところだが、無理はするんじゃねぇ。終わったら合流しろ」


 斥候が黙って頷いた。

 エオルが振り返る。


「俺たちは、道筋の確認と敵情視察だな。隠れ里を見つけても、本格的な調査は団長と合流してからだ。隊列は、俺が先頭に出る。リョカちゃんに殿を任せていいかい?」

「わかったかな」


 異論を見せず、彼女が腕組みをしたまま返事をした。


 淡々と段取りが決まっていく中で、カンタルは蚊帳の外だった。


 ただ、彼は慌ててなどいない。

 餅は餅屋と、相場が決まっている。


 素人が口出しして良い事は一つも無い。

 邪魔をしないだけでも、まだマシな方だ。


 話が終わった斥候の傭兵に近付き、ポケットに入れていた蜂蜜入りの小瓶を渡した。


「どうぞ」

「何だこりゃ?」

「蜂蜜です。疲れた時に使ってください。傷薬にもなりますよ」

「お、おう。悪いな」

「いえ」


 微妙な反応をされたが、受け取って貰えたので良しとする。

 長期保存できる甘味は貴重なので、集落との取引にも使えるだろう。


 カンタルはザックの中身を思い出し、これからの移動に備えたのだった。




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