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第2話


彼が目を覚ますと、胸を隠したショートヘアの美女がナイフを突きつけていた。


「あ、あなた! 誰なんですか!」

「……ん?」


 思わず眠っていた男だったが、彼女が意識を取り戻していることに気付く。

 まあ確かに、気付くと裸にされていて、背後で裸の男が眠っていたらそう考えるよなぁ、とは彼の弁である。


 そして、言い訳をしようとした彼の身体は、安堵のあまり力が抜けた。


「良かったぁ」

「いやいやいや、良くないでしょうこれ! 少しも良くない! この際、口封じも兼ねて黙らせますか」


 美女が目を細めた。


 覚悟が入った瞳と言うのは、無機質だった。

 ナイフが突き入れられる。


 ――――オカンスキル、発動します。


 不思議と、彼の心に不安など無かった。

 愛しい我が子が、怯えて刃物を握りしめていたらどうするだろう。


 迫る刃を強く握りしめた彼は、顔を顰めて泣き始めた。


「よがっだぁ、生きてたぁ、よがっだよぉ」

「え? はあ? ええ?」


 泣きたいのは美女の方であろう。

 裸にされ、殺そうとした男に泣かれるのだ。


 余りに無防備に泣き続けるため、美女は困った様子で周囲を見渡した。

 すると、竈の横で衣服が干されているのを発見する。


 状況から考えて、自分を助けようとしたことが伺えた。

 あまり気分が良いわけでもないが、命を助けて貰って感謝こそすれ、敵ではないなら殺す理由も無い。


被せられていた衣服を、男に差し出す。


「あー……何か、あの、すいませんでした。私が悪かったので、ナイフから手を離して貰えませんか。あと、服です。ありがとうございます」

「ゔん」


 二人でもそもそと着替えを済ませ、向き直る。


 川の流れる音が響き、どちらも話をするタイミングを失っていた。

 大きく溜息を吐いて、最初に話しかけたのは美女の方だった。


 既に乾いた金髪のショートヘアが揺れ、凛々しい表情を浮かべている。


「助けて頂いて感謝します。家名を名乗ることは出来ませんが、この恩は必ず返します」

「あー、いいよいいよ。俺も、その、失礼なことしちゃっただろうし。家名? ってことは貴族でしょ。何か理由があるんだよね」


 彼は訳知り顔で頷いた。

 川で流されていた彼女をよく見てみれば、男性的な恰好をしている。


 いわゆる男装の麗人そのものだ。

 髪が短く揃えられているのも、軽鎧を身に着けていることからも推測して、お家騒動と言う奴だろう。


 きっと、跡継ぎに男が居ないので、女の子なのに男の子として育てられたに違いない。

 伊達にファンタジー慣れしていないのだ。


「……ん?」


 つまりそこから類推するに、正体がバレそうになって、この女性は追手に狙われているということだ。

 しかも、川の上流から流されてくるほど切迫している状況だと言えよう。


「えっと、大丈夫? 追手から狙われてない? 逃げるなら早い方が良いよね」

「あの――――あなたは何を知っているんですか?」


 美女が警戒を露にしていた。

 手元には、いつでも突き出せるようにナイフが用意されている。


 彼は首が回転しそうな勢いで横に振り回し、両掌を見せた。


「あ、いや、違うんだ。独身貴族だったから、ちょっと詳しいだけなんだ。今は違うんだけどさ」

「独身貴族? 独り身の貴族ですか。よっぽどの問題が無ければ、婚姻は貴族の武器でしょうに」

「ああ、そうね。問題といえば問題だね」


 残業代も貰えず少人数でシフトを回していたブラック企業で、給与も低賃金だった。

 次の仕事を探す暇もなく、職場を飛び出す勇気も無く、気付けば歳を取っていた。


 せめてもの救いが、趣味のファンタジー物を読み漁ることぐらいだ。

 嫁を取るなど夢のまた夢で、自分の人生すら危うかったのである。


 これで転生を望まぬものがいるだろうか。


「……ええ、大体見当はつきます。望まない婚姻が嫌で出奔してきたとかでしょう。長男でもなく零細貴族であれば、見過ごされるでしょうね。それが良いと思います」


 ふう、と美女が息を吐く。

 見下された訳ではなく、私もそうであったなら、と僅かな羨望さえ伺えた。


「私は望む生き方などありませんでしたが、やはり、偽りの人生も疲れるものです。逃げ出せるものであれば、どんなに良かったことでしょう」

「逃げられない?」

「ええ、領地を守るためです。私が男として家を継がねば、領地は王家に返されるでしょう。そうすれば隣の領地に併合され、領民が虐げられます。あなたも貴族であれば、わかることだと思います」

「そうですね」


 彼は難しい顔をして頷いた。


 元々は中小企業だった彼の職場も、不況の煽りを受けて業績不振となり、大手企業に吸収合併された経緯がある。

 それで大手並みの待遇があれば良かったのだが、子会社として待遇はさらに悪化し、親会社から出向してきた上司に過剰労働を課されていた。


 人権に上下は無いのだろうが、役職としての上下は実際に存在するのだ。

 世界が変わっても、世知辛さは変わらない。


 美女が短く笑った。


「ふふ、他人の領地にそこまで深刻な顔をする貴族を、初めて見ました。私が領地を奪われ、元領民に八つ裂きにされたとしても、あなたのその優しさを忘れることは無いでしょう」

「……いや、その」


 彼は曖昧に目を逸らした。


 失敗すれば酷いことになる、とは簡単に想像できる。

 彼女の領民たちが、自分たちを不幸に貶めた怒りを誰にぶつけるかなど、わかりきったことだ。


 どんな領主であれ、新しい領民の不満の解消法として利用するだろう。

 人の尊厳など、いくらでも刈り取る方法がある。


 人類世界の歴史上でも、一族郎党が悲惨な目に会った者は少なくない。

 正真正銘のブラック人生だ。


 その道を歩もうとしている彼女が、笑顔で手を差し出してきた。


「心配してくれて――――命を助けてくれてありがとう。あなたの優しさは、私にとって光そのものだ」

「俺は、そんな大層なものじゃないんだよ」


 お手軽に一発逆転を狙って転生を願うような男なんだよ、と付け加えたかった。

 チートスキルで楽にハーレム作ってウハウハしながら金を儲けて幸せになりたかった。


 彼の動かない手を、彼女が近づいてきて握りしめた。


「私の本当の名は、リーナ・アルトスです。……これで私の言葉を信用してくれますか? きっと女神様は、今日の行いを見て下さっていることでしょう」

「――――え?」


 呆然とする彼の手から、彼女のぬくもりが離れた。

 決してついてくることの無いように、と念を押すような強い足取りで、振り向きもせずに行ってしまった。


 遠ざかる背中に、何の声もかけられなかった。

 追いかけて、良いぜ守ってやるよ、とか言えたら格好いいのにな、と思う。


 きっとそう言える男は、何処の世界でも英雄で男前でモテるのだろう。


「あの子、俺より年下だったよなぁ」


 助けてやると、言えなかった言葉がある。

 英雄など最初から柄ではない。

 格好よく颯爽と現れる系の男には、決してなれない自信がある。


「だから、まあ、うん。俺のやり方でやるしかないわな」


 地味でコツコツと陰湿に徹底的に表に出ないやり方で――――彼は決意したのだった。


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