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第19話


「それじゃあ別に、彼女と喧嘩してたわけじゃないんですね?」


 不満を務めて表情に表しながら、カンタルは言った。

 対する団長が、空口笛を吹く。


「そんなことは一言も言って無いよ。それより、君も他人行儀な呼び方は止めたらどうだい?」

「本人に斬り殺されませんか」

「大丈夫だよ。なあ、リョカ」


 薄笑いの似合う顔で、彼女に言う。

 リョカが仕方なさそうに肩を竦め、頷いた。


「団長が言うなら、聞き入れるかな。面倒だし」

「そっか。ありがとう、リョカ」

「…………ちっ」


 カンタルは、細くなった彼女の目に睨まれた。

 団長がそれを微笑ましく眺め、手を叩く。


 すると、陣幕の外から、傭兵団の主立った人物が入って来る。

 中には、輜重長のタルマルやエオルも混ざっていた。


 それぞれが中央の長いテーブルの周りに座り、団長を見つめる。

 コウエンが、真剣な顔になった。


「さて、それでは仕事の話をしようか」


 彼が懐から書状を取り出し、目前のテーブルへ広げて置いた。

 中身を読み上げるまでもなく、淡々と口にする。


「『隠れ里』の情報だ。魔獣二匹の素材と引き換えに、ラタリア商会から手に入れた」

「信用できるのかい?」


 タルマルが、渋い顔をして言う。

 団長も表情を崩さない。


「確かではないね。だが、これを差し出してきた」


 再び団長が懐に手を入れ、金貨を取り出した。

 それは、この世界で流通しているようなものでは無く、縦長で奇妙な文様が書き込まれた金貨だった。


「これは……」


 タルマルが絶句して、椅子に深く背中を預ける。

 団長が頷いた。


「そうだ。我々がシャルネを失い、ガーオレン王国から追い出される切欠となった、あの『隠れ里』から持ち帰った金貨と同じものだよ」

「しかし」

「君の考えていることは分かるつもりだ、タルマル。確かにこの金貨が、最近持ち帰られたものと断定する証拠は無いからね。だから、先に偵察隊を出す。エオル、頼めるか」


 団長の視線が、真面目な顔をしていたエオルに向けられた。

 エオルもそれに応える。


「了解した、団長」


 彼がそう言うだけで、傭兵たちが迷わず動き出す。

 場所、日程、補給など、全てが淡々と決まった。


 人員については、エオルが元々指揮していた遊撃隊から、何人かを選抜して偵察隊を組織することになった。


 あまり大所帯では発見されやすく、動きにくい。

 時には森で自給自足することさえ視野に入れた、完全独立可能な部隊を編成する必要があった。


 団長が、それに付け加える。


「あと、リョカとカンタルを同行させる。気を抜くな」

「カンタルも?」


 エオルが難色を示す。


 どんなエリート集団でも、素人が一人交ざるだけで動きが変わって来る。

 素人のフォローに人員を一人奪われることは、少数精鋭において大きなロスとなるだろう。


 ただ、団長の指示に逆らうことは無い。

 何の意味も無く、無駄なことを押し付ける作戦など、ありえないからだ。


 団長が仕方く、鼻で息を抜いた。


「攻め入る訳じゃない。何か問題が起きたら、即座に離脱するんだ。情報よりも、命を大切にする場面だよ。わかるね?」

「団長は、ラタリア商会が信用ならないと?」

「信用、か。これほど傭兵家業で大切で、最も信じられない言葉は無いな。何事も疑ってかかるのは常識どころか礼儀だけど、まあ、そうだね。我々は一度、手酷く裏切られている。そういうのは、もうたくさんだ」

「……うっす」


 エオルの視線が沈み、周囲の空気も重くなった。

 空気を換える意味で、団長が大きな声で言う。


「よろしい、では、解散する。各々、準備を急げよ」

「応っ」


 即座に、陣幕を揺らすほどの返答が起こった。

 各人がそれぞれの持ち場で、与えられた仕事を始める。


 エオルもその一人で、カンタルに近づいてきた。


「おい、いいか?」

「はい」


 カンタルは座ったままで頷く。

 隣に居るリョカの表情は変わらず、腕組みをして目を閉じていた。


 エオルが彼女を一瞥し、カンタルを見る。


「偵察隊にお前が組み込まれたのは、お前にも仕事があるからだ。しっかりやれよ。魔獣のときみてぇなことは、するんじゃねぇぞ」

「はあ、頑張ります。で、俺は何をするんですか?」


 カンタルの言葉に、エオルが渋面をした。

 腰に手を当てた彼が、抑制した声で言う。


「……全部だよ。『隠れ里』の偵察に必要なことを、全部やれ。ただ、俺らの邪魔だけはしてくれるな?」


 それは、忠告であり戒めであった。


 言うなれば、エオルが率いる偵察隊は、エリートで構成された特殊部隊の位置づけだ。

 逆らっても良い事は無いし、命の危険すらある。


 エオルが懐から地図を取り出して、テーブルに置く。


「場所は遠くねぇ。ここから三日ほど進んだ山の麓だ。目的は『隠れ里』の確認とする。最後に、俺の命令は絶対に聞け。わかったな」

「わかりました」


 カンタルは素直に頷く。

 プロが世話をしてくれるというのだから、それに従うことが成功の秘訣だ。

 お荷物として見られている間は、守って貰えるのと同じ意味なのだ。


 ただし、聞いておかねばならないこともある。


「あの、糧食班での仕事はどうするんですか?」

「やってる暇ねぇだろが。今日はこれから準備と休息だ。明日の朝には出発すっからな。そこら辺はタルマルさんが上手くやってくれっよ。あとは――――」


 エオルが再び、リョカを見た。

 そこでようやく、彼女が口を開く。


「全部、エオルに任せるかな。カンタルの護衛は、私がやっておく。面倒になったら、『暗黒』の中に入れて移動するわ」

「悪いな、リョカちゃん。頼んだぜ」


 エオルの顔が、だらしなく綻ぶ。

 カンタル相手とは打って変わった愛想を振りまき、彼が自分の部隊へ戻っていった。


 リョカも立ち上がる。


「じゃ、私は準備する。カンタルも準備した方がいいんじゃない?」

「そうするよ。ありがとう、リョカ」


 カンタルの言葉に、彼女が目を細めた。

 彼は苦笑いを浮かべる。


「名前で呼ばれるのが嫌だったら言ってね?」

「別に、好きにすればいいかな。私は、シノ様を悲しませたくないだけ」


 ふいっ、と顔を背け、彼女が歩いて出て行ってしまう。

 彼女とシノの関係を聞くことも出来ず、その背中が見えなくなるまで見送った。


「うぅむ。準備か」


 一人になったカンタルは、ズボンのポケットに手を入れた。

 貨幣の入った革袋が、音を鳴らす。


 これからの旅程は、行きと帰りで六日間だった。

 アクシデントを考えれば、予備を一日分くらいは確保しておきたい。


「……さてと」


 彼も給料は貰っていたので、食料や旅装を買い求める所持金くらいはある。

 ただ、体力に自信は無いので、対応策くらいは考えておきたいものだ。


「やれること全部かぁ」


 自転車が欲しいところだが、作る知識も材料も無い。

 ならば、基本に忠実になることだ。


 身に着けるものと、救命道具は最優先で揃える。

 サバイバルに必要なのは、水と火をいつでも用意できること。


「ザックに、着替えも欲しいなぁ。火打石と油紙か。小瓶も幾つか用意するべきだな」


 カンタルは指折り数えていく。

 町の雑貨屋で揃えられるものはあるが、自前で準備しなければならない物もあった。


 いざとなれば、ハレナ商会を頼るのも考えている。


「問題は靴だよな」


 基本的に革靴を履いている者が多いのだが、履き心地は現代の靴とは比べ物にならない。

 それなりに革靴に慣れてきたとはいえ、中敷きくらいは欲しいものだ。


 どうにかこうにか考えていると、打ち合わせを終えたらしいタルマルが近づいてきた。

 苦笑いで話しかけてくる。


「いやまさか、偵察隊にお前を引き抜かれるとは思ってなかったな」

「すいません」

「なに、団長命令だ。こちらは何とかする。お前を抜かれると困るんだが、仕方ない。それと例の鶏料理だが、好評だったぞ」

「あ、いえ。結局は宴会になっちゃいましたが」


 カンタルは、優しく肩を叩かれた。


 タルマルに直談判した夜の事だ。

 鶏の香草焼きを、飽きるほど作ったことを覚えている。


 鶏を締める際の断末魔は、こう、心に来るものがあるが、婦女子が笑顔で鉈を振り下ろしているのに、彼だけ青い顔をしている訳にもいかなかった。

 羽毛布団が作れそうなほど羽をむしり、尻から手を突っ込んでモツを取り出した。


 ハレナ商会のクレリアから貰っていたお試しの香辛料を惜しげも無く使い、傭兵たちだけでなく糧食班にも振舞った。

 エールやワインが何処からともなく持ち込まれ、最後には宴会になってしまい、後片付けに苦労したものだ。


 全員が全員、心の奥底から弔意を持っていたのかは疑わしい。

 しかし、誰もが美味しい料理を食べ、口々に死者の名に弔意を述べていた。


 その光景を思い出していたカンタルに、タルマルが口を開く。


「それでいいんだよ。財政的に、何度も出来るこっちゃ無いがな。息抜きは必要だ。気分を切り替えるにも、けじめをつけるにも、切欠が必要なんだよ」


 そう言った輜重長が、その場から張られようとして立ち止まった。

 頭を掻いて言う。


「あ、そうそう。糧食班の一人が、金も取らずにいなくなっちまってな。エリンって女だが、知らないか。ここに来た時に現地で雇った人間だから、まあ、家に帰っただけなんだろうが、気になってな」

「ええっと……」


 糧食班のエリンという女性を思い出してみれば、カンタルが落ち込んでいた時に、クレリアが厨房へ来たことを教えてくれた人だった。


 お金が入ることを喜んでいたと思っていたが、受け取らずにいなくなったのは心配である。


「知らんか。それならいい。もしも見かけたら、給金を取りに来るよう言っといてくれ」

「はい、必ず伝えます」


 カンタルは自分の準備があるので探しに行くことも出来ないが、彼女が無事に給金を受け取れれば良い、と考えたのだった。



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