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第18話


 甘く香ばしい湯気が、ふわりと流れて消えていった。

 黄金色にも見紛う玉子焼きを、丁寧に切り分け、箱に詰める。


「さて――――ん?」


 彼が振り返ると、物欲しそうな顔をしたクレリアが立っていた。

 視線が木箱に釘付けとなっている。


 カンタルは、そっと木箱を背後に隠した。


「……あげませんよ」

「えー、食べさせてくれるって言ったじゃないの」

「後で同じのを作りますから、今は勘弁してください。このために砂糖を用意してもらったんですよ。大体、甘い玉子焼きの作り方は見てましたよね?」

「職人の手際を即座に真似られると思うほど、高慢ではないつもりよ?」


 彼女が流し目で、見つめてくる。


 カンタルはそれに、仕方なく頷いた。

 特に高度なことはやっていないので、単に、私は作りたくないので作れ、という意味だと受け取った。


「俺の成功を祈っていてください」

「祈っているから、早くしてね。あ、そうそう。サービスで適当に他の香辛料も持ってきているから、試してみたら?」


 へらへらと笑うクレリアだった。

 そうやってサービスしつつ、他のレシピも覗こうとする辺り、実に商売人らしい。


 今度、このやり口を参考にしよう、と思いながら食堂を出た。


 そこで、ちょうど団長と出会う。

 苦笑いを浮かべ、近づいてきた。


「ああ、良かった。君を呼びに来たんだ」

「え、俺ですか? 団長が自ら?」

「少し私用でね。リョカの件だが、ついてきて貰ってもいいかな?」

「ええ、俺もちょうど、会いに行くところだったんです」

「そうか、すまない」


 団長が目を細め、先に歩き出した。

 その後ろを、木箱を持って追いかける。


「君には、迷惑をかけるね」

「そもそも、剣で脅されて連れて来られましたからね」

「それにしては、よく働いてくれるじゃないか。糧食班でのことも、追悼のことも聞いた。感謝する、カンタル・オーママ」

「いえ、こちらこそお世話になってます。ありがとうございます」

「そこで礼が出るか。君は随分と育ちが良い」


 振り向かずに、団長が言う。

 背中越しで表情が読めないが、団長の言葉には重い雰囲気があった。


「は、はあ」

「僕はね、復讐のために傭兵をやっているんだ。だからかな、君の優しさが、ひどく羨ましいことがあるよ」

「そうですか……」


 カンタルは、気の利いた言葉を返すことが出来なかった。

 すると何を思ったのか、団長が隣まで来て、肩を叩いてくる。


「リョカのこと、頼んでいいかな?」

「……手を出してはいませんが?」


 恐る恐る言うカンタルだったが、団長の目が点になっていた。

 団長――――コウエンの眉が下がる。


「なるほど、これは予想外の反応だった。確かに、そういう話の流れにも聞こえるな。うん、僕を笑わせようとしてるなら、良いセンスをしている」

「すいません」

「なに、謝ることは無い。何だったら、今の話は忘れてくれ。僕も少し、考え過ぎていたようだ」


 振り返り気味に顔を向け、コウエンが朗らかに笑う。

 彼が歩く速度を落とさず、陣幕の中に入っていった。


 大きめの天幕が張られた会議室へ、突き進んでいく。

 そこには、項垂れた様子でリョカが座っていた。


 団長が天幕の入り口を塞ぎ、三人だけの空間となった。


「まあ、こういうことでね。事情を説明させてほしい。座ってくれ」

「はい」


 会議室の中心にある長テーブルを挟み、団長とカンタルが座る。

 団長が机に肘を当て、視線を遠くにやりながら言う。


「今朝から、『シノ』が呼びかけに応えてくれないらしいんだ。もうわかってると思うが、シノは、リョカの中にいる少女の事だよ。いや、シノの中にリョカが居ると言った方が正しいね」

「それは、その……」


 カンタルは言葉を濁す。

 呼びかけに応えない原因を、知っているからだ。


 団長が短く息を吐く。


「『呪いの暗黒姫』って通り名は、そのままの意味でね。これはシノの事だ。ダンジョンの隠れ里で、兵器として育てられたのが彼女だよ」

「隠れ里、ですか」

「ダンジョンにも色々あるからね。まさに異郷というやつさ。廃墟もあれば、原住民が暮らす町があることも、稀にある。教会に言わせれば、女神の悪戯らしい」


 確かにあの女神様ならやりかねないな、と心の中で独り言ちるカンタルだった。

 団長が続ける。


「その隠れ里を攻略するように言われたのが、ウチの前団長にして彼女の養母――――シャルネ・エルトベルトさ。僕らは元々、ガーオレン王国を根城にしていた傭兵団でね。勢力が大きくなりすぎて、王国からスカウトがあったのさ」


 カンタルは頷いた。

 ガーオレン王国とて、命令を聞かない武装勢力が台頭するのを、黙ってみていることは出来ない。


 そこで選ばれたのが、懐柔という話だった。


「服従するなら遺跡の探索をしろ、ってことで、隠れ里を襲撃したんだ。王国を敵に回すわけにもいかないからね。結果、壊滅的な被害を受けて、傭兵団は王国派と独立派に内部分裂したよ」


 コウエンが詰まらなさそうに言う。


「その後、シャルネは暗殺された。味方だった男に裏切られてね。もちろん、実行犯の貴族はシノが始末した。それが『墜ちた英雄』の二つ名で呼ばれる事件だったんだが――――」


 嫌な思い出を振り払うようにして、コウエンが首を横に振った。


「話を戻そう。シャルネは『最恐』の二つ名で呼ばれていたが、普段は優しい人だった。敵だった幼子のシノを引き取って、自分の養女にするくらいにね。随分と『暗黒』スキルの使い方を教育してやっていたよ」


 ――――僕の娘のリョカも、彼女をよく世話していたものさ。


 一瞬、カンタルは言葉の意味が分からなかった。


 彼が視線を上げると、暗く深い目をしたコウエンが、乾いた微笑を浮かべていた。

 リョカの肩が震える。


 団長が、優しく言葉を吐いた。


「そう心を動かす必要はないよ。リョカは、『あの男』の刺客に狙われたシノを庇って瀕死の重傷を負い、『暗黒』スキルに喰われてしまった。ただそれだけのことだ。それ以来、姿形がリョカそのものになってしまったのは驚いたが」

「あ――――」


 リョカが何かを言いたそうにして、途中で顔を伏せた。

 コエウンの視線が彼女を捕えることはない。


「あの男を殺すまで、気が晴れることはないだろうね」


 ――――オカンスキル、発動します。


 リョカの頭の上に、優しく手を置く。

 立ち上がったカンタルは、木箱の玉子焼きを彼女の前に置いた。


 見上げるリョカに優しく微笑み、コウエンを睨む。


「少しは己の弱さを、娘に見せてやってはどうでしょう」

「……何が言いたいのかな」


 コウエンが、怜悧な表情で問う。

 応える言葉に一つでも間違いがあれば、白刃が飛ぶ。


 カンタルは、次の瞬間に首を飛ばされる覚悟をした。


「父親が父親をやらないで、誰がやるってんですか。団長という役割で誤魔化してるだけでしょう。親代わりとか、養女とか、スキルとか、今のリョカに関係無い。好きなだけ優しくしてあげればいい。シノだって、リョカを助けようとしてスキルを使ったんじゃないですか?」

「ははは、よくもまあ、好き放題言ってくれる――――覚悟は出来ているんだろうね」


 コウエンの手が、腰元へ動く。

 ここは陣中で、傭兵団の総大将が客人を無礼打ちにしても、問題にはならない。


 団長が腰の革帯から鞘ごと短剣を引き抜き、顔の前で鞘を外した。


「親の気持ちなど、君にはわかるまい」

「別にあなたは、理解して同情して欲しい訳でもないでしょう。どうにもならない怒りを自分の中に溜め込んでるだけだ」


 コウエンの瞳に、暗いものが宿る。

 カンタルは、スキルの所為だろうか、怖くは無かった。


「自分が愛しいと思うものには、優しくしてください。優しくしたいのに出来ない悔しさなら、俺にもありますよ。俺だって、この子に優しくしたかった!」


 助けてくれたリョカ――――シノに、怯えた表情を見せてしまった。


 それはもう、取り返すことなど出来ない。

 だが、生きている限り次がある。


 同じ過ちを繰り返さないよう、どうにかやっていくしかないのだ。


「ああ、その気概は認める」


 コウエンが、手の中でくるりと短剣を回した。

 刃を鞘に納めると、片目を閉じる。


「ならば、娘に免じて許すとしよう」

「――――ん?」


 カンタルの腰元に、黒衣の少女が抱き着いていた。


 むぐむぐと顔を服に埋め、彼の服を引っ張っている。

 いつもの苦笑いを浮かべたコウエンが、身体を傾けて覗いてみせた。


「シノも、そう思わないかい?」

「……あい。ははさまが、よいです」


 顔を上げず、服に押さえつけたまま、シノが小声で言う。


「と、言っているが、君はどうする」

「どういうことです?」


 カンタルは首を捻った。

 はて、シノは呼びかけに応えてくれなかったはずでは、と混乱していた。


 コウエンが頬を緩める。


「いや、実に察しが悪いな、君は。食器の仕返しも兼ねて、少しね。シノは君に嫌われているんじゃないかと、心配していたんだよ」

「そんなわけないじゃないですか」


 間髪入れずに彼が言うと、シノに強く抱きしめられた。

 思わず彼女の頭を撫で、木箱の蓋を開ける。


「ほら、新しい玉子焼きを作って来たよ。前と違って、甘いからね。食べてくれると嬉しいなぁ」

「ありがとうございます、ははさま!」


 笑顔で飛び跳ねるシノが、行儀よく座って玉子焼きを口に入れた。

 目を見開いて驚き、カンタルを見て、にこっと笑う。


 シノの頭には、優しく撫でるカンタルの手が置かれていた。


 玉子焼きが、半分ほど無くなる。

 途中で彼女の唇が尖ったが、そのまま頭を撫でられ続けていることに、コウエンだけが気付いていたのだった。




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