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第17話


 討伐が完了しても、人間は飯を食って生きて行かねばならない。

 嬉しくても悲しくても、いつかは腹が減る。


 まともに回るようになった糧食班でも、カンタルが抜けて良いわけがない。

 ただ、その忙しさがカンタルを僅かに助けていた。


「……はぁ」


 討伐された魔獣が二匹だったため、報酬の上乗せと素材の引き渡しが済むまでは、陣幕を引き上げることが出来なかった。


 幸いにして、食料は一か月分を買い込んでいる。

 問題があるとすれば、死者が一名と、負傷者が六名の被害があったことだ。


 無傷で討伐を終えられるとは誰も考えていないし、傭兵であれば誰もが承知の上の事だろう。

 それでも、損害を喜ぶ者がいないのは当然だ。


「……はぁ」


 何度目か忘れるほどの溜息をした後で、出稼ぎの婦人に呼びかけられた。


「あの、カンタルさん?」

「あ、なんでしょう」

「お疲れのところ悪いんだけど、例の商人さんが来てるのよ。玉子焼きも欲しいって言ってるんだけど、帰ってもらおうか?」


 婦人の心配そうな表情に、少しだけ元気づけられる。

 気合を入れ直したカンタルは、周囲を見回した。


「いえ、出ますよ。玉子焼きだけ作っていきますんで、厨房をお願いしてもいいですか?」

「いいのよ、任せておいて。御給金が良くなったの、あなたのお陰だから。頑張るわ。例の件も賛成しているわよ」

「ありがとうございます」


 笑顔で優しく背中を叩かれた。

 ありがたいなぁ、と思いつつ、彼は玉子焼きを作った。


 木箱に入れた玉子焼きを持ち、食堂に出ると、人がいない端のスペースにクレリアが座っていた。


 彼女がカンタルを見るなり、立ち上がって頭を下げた。

 彼も会釈を返し、テーブルに着く。


 クレリアが真顔で言う。


「この度は、魔獣の討伐を感謝いたします。被害に遭われた方には、ご冥福をお祈り申し上げます」

「……ありがとうございます」


 カンタルの元気の無さに、彼女が首を傾げた。


「被害に遭われた方は、お知り合いでしたか?」

「話したことはありませんが、同じ団の……仲間、でした」


 彼は自分で『仲間』と言ったものの、その者の名前を知らなかった。


 顔すら知らず、布に包まれた状態で隣り合わせになっただけだ。


「そうですね。申し訳ありません」


 クレリアが一礼する。

 カンタルは、これではいけないと思い直し、玉子焼きを差し出す。


「あ、いえ。遅くなりましたが、玉子焼きをどうぞ」

「まあ、ありがとうございます。では、さっそく」


 商人としてマナー教育は受けているだろうクレリアが、そっと摘まんで玉子焼きを食べた。

 少し顔を綻ばせ、ふぅ、と息を吐く。


「ねえ、あなた。最初の勢いはどうしたのよ。そんなんじゃ、商売人に向いてないわよ」

「え?」


 カンタルは顔を上げた。

 彼女がいきなり商売人の顔を投げ捨てて、素のクレリアを出してきたのだ。


 場合によっては、失礼だと追い返されても仕方がない態度だった。

 客に対してタメ口で駄目出しする店員がいたら、気分を悪くする人もいるだろう。


「別に良いんだけどね。討伐の契約はお父様の仕事だしぃ? ラタリア商会と団長のコウエン氏は、魔獣素材の件で契約を纏めちゃったし。私なんて、食堂のおじさんと話し込むしかやること無いんだから」

「それは大変でしたね」


 何というか、仕事の本流から外されたキャリアウーマンの悲哀が感じられるカンタルであった。


「まあ、そんなものよね。期待されて無かったし。元から出来レースだったのよ」

「出来レース?」


 彼は首を傾げた。


 クレリアの属するハレナ商会が、魔獣素材の件で外されたことも初耳であるし、出来レースなることも聞いていない。


 彼女が再度、玉子焼きを食べた。


「とある情報と引き換えに、ラタリア商会へ魔獣の素材を売ったらしいわ。とんでもない額の売り上げと引き換えなんだから、相当の情報よね。何か聞いてない?」

「いえ、何も聞いてないですが……」


 思い当たることなど――――と考えていて、エオルの言葉を思い出した。


 それは『魔獣退治だけではない』といった意味合いだった。


「ほぉん。心当たりはあるけど、内容は聞かされてはいないってとこね。情報提供、感謝しまーす」


 そういうクレリアに、気負いは全く感じられなかった。

 むしろ投げやりで、やる気さえ見えない。


 玉子焼きを食べながら、彼女が言う。


「ところで、この玉子焼き美味しいわね。でも、銅貨二枚って高すぎない?」

「木箱を返して頂ければ、次回は半額で良いですよ」


 クレリアが目を細める。

 人差し指でテーブルを叩き、口を尖らせた。


「嫌らしいやり口だわ。えげつないわね。損をさせるためでなく、得をさせるために買わせるとか、尊敬するわ」

「はあ、すいません」


 木箱代も馬鹿にならないので、現代にもあったシステムを真似ていた。

 無双できるほどの知識ではないし、誰もが真似できる簡単な理屈だった。


 クレリアが腕を組み、斜に構えた。


「私に雇われない? 月に金貨二枚出すわよ。傭兵団に置いておくのは、もったいない才能だわ。それに、もっと色々なアイデアを持ってそうだし」

「えっと」


 彼女の話に乗れば、何とか生きていくことくらいは出来るだろう。

 待遇だって悪くない。


 慎ましやかに異世界で生きていくことが、間違っているとか言っていられない。


 優しい奴は、いつだって損をする。


 ならば――――。


「俺は商人に向いていないので、あなたのお手伝いは出来ません。申し訳ありません」


 損得勘定が苦手であるなら、商人など務まらない。


 そもそも、現実ブラック企業のしがらみから脱出できたのに、わざわざ戻ってたまるか、というのが彼の言い分だ。


 さほどの惜しさも見せず、クレリアが息を吐く。


「そう、後悔するわよ」

「でしょうね。でも、商人で無いからと言って、商売が出来ない訳でもないでしょう。玉子焼きの作り方と、この商売のやり方を売りますので、用意して貰いたいものがあります」

「また交換条件なの? 今度は何かしら」

「砂糖を壺一つ分、用意して頂けませんか?」


 彼女が首を捻った。

 確かに砂糖は貴重で高価だが、これからも儲けられる商売道具を売り渡すほどの金額でもない。


 裏の事情を勘ぐるクレリアであったが、不承不承らしく頷いた。


「いいけれど、何に使う気なの?」

「玉子焼きの新しいレシピで、女の子の気を惹くためです」


 照れて横を向くおっさんと、呆れて無表情になるクレリアだった。


「俗物ぅー。……でもまあ、いいわ。私も試食できるんでしょう?」

「ええ、ご用意しますよ」

「いいわね。あ、そうだ。討伐が終わって本拠地に帰るのなら、鶏が余るんじゃない? 買い取りましょうか」


 この件については、彼女が厚意で申し出た売買だった。

 しかし、カンタルは首を横に振る。


「いえ、そちらは使うつもりです」

「そうなの? では、契約成立ね。商会の倉庫に砂糖があったはずだから、明日には持って来られるわ」

「はい、ありがとうございました」


 カンタルは、深々と頭を下げた。

 素直な気持ちを晒すというのは、中々に難しいことだ。


 特にカンタルなどは、慎重に過ぎるタイプである。

 去っていく姿さえ優雅に見えるクレリアなどとは、正反対の部類だろう。


 だが、彼とて学ばない訳ではない。


 自分の気持ちを伝えるためには、素直になるのが一番だ。

 彼はクレリアの態度を見て、そう考えたのだった。


「さて」


 カンタルは、意を決して食堂から出た。

 少し歩いてから、陣幕まで辿り着く。


 護衛に会釈して陣幕の中に入ると、輜重長のタルマルと傷病兵の手当てをしていた男が、立って会話をしていた。


 タルマルが振り向き、難しい顔をした。


「何か用事か?」

「はい。邪魔でしたら出直します」


 カンタルの言葉に、会話をしていた男が一歩下がる。

 タルマルの肩を窄める仕草が見えた。


「いいぞ、言ってくれ」

「ありがとうございます。では、陣の外で飼っている雌鶏について、今夜の食事に振舞いたいと思います」

「ん? あれは名目上、糧食班の財産だから好きにして構わないぞ。だがな、売って金にした方が良くないか」

「それも考えましたが、今回は仲間の追悼に使って頂きたいのです」


 カンタルの視線と、タルマルの視線が衝突する。

 輜重長が、すぐに頭を掻いた。


「……糧食班の納得は得ているか?」

「はい。全員から賛成を貰いました。給金についても、養鶏の卵で儲かったので、それを還元しています」

「なるほど。それで、俺のところに来たのか。……まあ、話も聞いてる。お前はリョカが連れて来た客人だ。無理をすることはない」

「いえ、せめてお世話になった恩返しをしたいのです。あと、失礼だったことも謝りたい」


 失礼なことをしてしまったならば、謝罪をするのは当たり前だ。

 相手が受け入れてもらえるかどうかは相手次第だとしても、気持ちを伝える事に真摯でありたい気持ちがある。


 隣に立っている男が、口を開いた。


「偽善だな。罪滅ぼしのつもりか」

「俺の代わりに戦ってくれたのです。それだけで勇敢だと思いました。善悪は関係ありません。感謝です」

「ふん、言いやがる。仲間、と言ったな。見ていてやるから、覚悟しとけ」


 男がカンタルの胸をわざと押して、陣幕から出て行った。

 タルマルが、仕方なさそうな顔をした。


「あんなこと言ってるが、納得していると思う。あいつは素直じゃないんだよ」

「気持ちは分かります」


 カンタルは真面目な顔をして頷き、輜重長と一緒に男を見送った。


 幾ら年齢を重ねても、失敗は無くならない。

 けれど、失敗をした数なら、若い者には負けはしない。


 失敗は成功の母なのだ。


 その都度、立ち上がって来た経験が、彼にはある。


 そこで、頭を下げて切り抜けてきた経験を思い出し、あれ俺結構怒られてるな、としんみりするカンタルだった。



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