第14話
ちょっとした服装というものは、予想以上に強い印象を与えるものだ。
仕立てが良く丈夫で地味過ぎない生地が、普段から使いまわせるお金の余裕を匂わせている。
野外の炊事場には不釣り合いの、金髪の女性が会釈してきた。
確実に、カンタルより若いと分かる肌つやをしている。
「先日はどうも、ウチの者が失礼しました。私はハレナ商会のクレリア・ハレナと申します。あなたも挨拶なさい」
「申し訳ありません。この度は、よろしくお願いします」
彼女の隣で、肌が日に焼けた青年が、頭を下げた。
カンタルは苦笑いを押し隠し、着座を勧める。
「いえ、こちらこそ先日は失礼しました。では、お座りください」
全員が食堂の簡易な席についたところで、タイミングよく糧食班の一人がお茶を運んできた。
緊張を解すことを兼ねて、カンタルは茶を飲み込む。
喉を潤したところで、本題に入った。
「この度は私が御指名、ということですが、よろしいですか」
「はい、暁光の傭兵団といえば、音にも聞く傭兵団です。その方々から厚い信頼を受けていると存じ上げます」
クレリアが、営業スマイルでお世辞を言う。
彼も笑って応じた。
「そのようなことはありません。新参者ですが、良くしてもらっております。ハレナさんこそ、商会の名前からするに、商会の店主をされているのではありませんか? 凄い事だと思います」
「いえ、商会を成したのは父でございます。小さな店は任せて貰っておりますが、恥ずかしながら、それも父あってのことです」
「とんでもない。貴方のその行動力こそ、商人の宝だと存じます」
「ふふふ、どうも私は腰が軽いものでして、父にも迷惑をかけております」
「ははは、さて――――」
カンタルが息を整えると、青年の雰囲気が固くなった。
営業を受ける立場になってみると、相手の雰囲気に敏感になるものだ。
クレリアが失点隠しのために、笑顔で口を開く。
「はい。糧秣の御準備が必要かと思いまして、それなりに揃えさせて頂きます」
「そうですね。五十人分の食料を、とりあえず一か月ほど調達したいのですが」
「ええ、ご用意は可能です。ただ、ケストネの町では農業をあまり行えていませんので、金貨二枚ほどかかります」
「……ふむ」
吹っ掛けて来たなぁ、とカンタルは舌を巻いた。
クレリアの言うことは間違っていない。
ただ、糧食班に人たちに相場を聞いてみても、多くて金貨一枚と半分ということだ。
交渉の基本は、まず吹っ掛けてから割り引いて見せる。
お得感というのは、主婦で無くても嬉しいものだ。
クレリアが口元を押さえて笑った。
「ですが、町を守って頂く方々に、相場でお譲りするわけにもいきません。半額の金貨一枚でご準備させて頂きますよ」
「ははは、それは嬉しいご提案ですね」
なるほどー、とカンタルは心の中で頷く。
これで魔獣討伐に失敗でもすれば、糧秣を安く提供したという恩義を着せられる。
更には糧秣で利益も上げられる、ということだ。
しかも、割と納得できない訳ではない範疇を狙うところが嫌らしい。
クレリアが言葉を続けた。
「そこで相談なのですが、魔獣が無事に討伐出来ましたら、その素材の売買について、私どもを推して頂けませんか?」
「ほほう」
乗せてくるねぇ、と商売人の強さが羨ましくなる。
いやむしろ、商売人とはこうでなければ生き残れない、といったところだろう。
カンタルとしても、このままなし崩しに頷かされては先が無い。
「魔獣に関しましては、私の手に余りますね。団長の裁可が必要でしょう」
「推して頂くだけで結構ですわ。そこまでして頂くと、恐縮してしまいます」
クレリアが、頭を下げた。
悪意のある受け取り方をすれば、お前に決定権なんか無いの知ってんだよ、と言ったところだ。
交渉なんてやっていると性格が悪くなりそうだが、タフにはなるようである。
カンタルは探りを入れてみることにした。
「ところで、このことはラタリア商会さんもご存じですか? 魔獣討伐の報奨金を折半されているので、素材に関しても取り決めがあるのかと思いまして」
「それは商人どもの契約がありまして、お答えすることは出来ません。お気を悪くして頂きたくないのですが、我らも傭兵家業と同じく、守るべき筋というものがございます」
穏やかな口調ではあるが、反論を許さない雰囲気があった。
クレリアにとって、譲れぬ所があることは知っている。
「ああ、いえ、そこまで聞きたいことではありません。失礼しました」
苦笑いで誤魔化すカンタルだった。
糧食班の人に情報収集してもらった結果、分かったことがある。
ケストネの町には、二つの商会が存在していた。
ラタリア商会とハレナ商会だ。
それぞれ、ガーオレン王国と、例のクラウス殿下がおわすフォルデノン王国に本拠を置いていて、国家間の流通に力を注いでいる。
今では小競り合いは無くなったものの、商隊の休息地として、ケストネの町の確保は最重要課題だ。
流通が生み出す金銭は、思いの他に大きく、国家の思惑も絡み、かなりきな臭いことになっているようだ。
ここでは、火薬庫じみた町へ両王国が騎士団など派遣することも敵わず、商会による代理戦争が行われている。
そうなると、傭兵団の糧秣事情にさえ商会の娘が直々に出張るのも、驚くことでは無い。
傭兵団と繋がりを持とうとして、青年にわざと下手を打たせ、懐へ潜り込んで来たと考えるのが妥当だ。
両国の天秤を傾けるなと言われている訳では無いが、片方に敵視されるのも御免である。
カンタルは、大きく息を吐いて見せた。
「ふぅ、そうですね。私の力は微々たるものですが、それとなく団長には伝えてみましょう」
「感謝いたします」
クレリアの頭が下がり、長い金髪が垂れた。
カンタルは両手を振って、彼女の頭を上げさせる。
「とんでもない。礼には礼で返すのが普通でしょう。傭兵団に対するご厚意、しっかりと確認させて頂きました」
「は、はあ」
彼女の表情に、困惑が交じる。
何を言ってるんだこいつは、と顔に書いてあった。
「では、私についての厚意を頂きたい」
「カンタルさんへの、ですか。それは我々にとって、利があるということですか?」
彼の図々しい言葉に、少しばかり棘のある皮肉が返って来る。
お前に何が出来る、と問われたに等しい。
――――オカンスキル、発動します。
カンタルは、最大級の営業スマイルで対応した。
「派遣された傭兵団五十人の胃袋を掴んでいる人間が、そんなに頼りなく見えますか? では良いでしょう。今回の件、輜重長のタルマルさんにお伝えします。御指名ということでお会いしましたが、残念でした。糧秣は、ラタリア商会さんにお願いしてみます」
彼は席を立った。
馬鹿にするのは良い。馬鹿にする者の心根が卑しいからだ。
文句を言うのも良い。実力がない者の言い訳だからだ。
ただ、舐められるのだけは容赦しない。
人を舐めた阿呆の始末は、面倒に尽きる。
相手が大砲で、こちらが針しか持っていなくても、刺されば痛いということを教えてやらねばならない。
「申し訳ありません。謝罪いたします」
彼女がすぐに立ち上がって、奇麗な角度で頭を下げていた。
機を見るに敏、とはこの事だろう。
己の怒りを捻じ込んで頭を下げられる人間が、頭が悪い訳がない。
きちんと損得で話し合えるということだ。
多少は恨まれただろうが、それも含めて、ついに本来の交渉に入れる段階になったと言える。
この何とも言えない緊張感が胃に来ることを、カンタルは思い出していた。
「いえ、こちらこそ謝罪させてください。大言を吐いてしまいました。撤回いたします」
互いに顔を上げ、どちらともなく静かに席に着いた。
クレリアが、微笑んで言う。
「今回の糧秣は、我々が奉仕させて頂きます」
「あ、いえ。適正なお金は払いますよ。適正ですものね。金貨一枚でお願いします。その代わり、糧秣とは別に雌鶏を頼めませんか?」
無償の施しは、多大過ぎる借りになってしまう。
相手が舐めてこないなら、ある程度の儲けは貸しにしても良い。
儲けを薄くするなら銀貨十七枚がデッドラインだろうが、差額は謝罪分として渡すことにした。
その代わりの、頼み事というわけだ。
互いに利が無ければ、商売は続かない。
「はあ、雌鶏ですか。養鶏でも始められるので?」
彼女の戸惑う顔は、年齢なりに可愛らしいものだった。
しかし、頭の回転は速い。
「そうですね。ですから、小屋が必要になります。大工さんも都合して貰えませんか。もちろん、こちらの支払いは別に出します。全て合わせて銀貨五枚でどうでしょう」
「それはよろしいですが……はい、わかりました。直ぐに手配します」
腑に落ちない様子で、クレリアが頷く。
カンタルはもう一度、大きく頭を下げた。
「よろしくお願いします。今後とも、良い商売をさせてください」
交渉が成ったところで、大きな安堵を得ることが出来た。
だが、これからもやることがあるので、休んでいる暇は無かったのだった。