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第13話


「で、今度はどうして俺が野原で料理を作ってるんですか?」


 カンタルは素直な疑問を投げかけた。


 手には巨大なおたまを持って、大鍋をかき混ぜている。

 石を積んでできた簡易の竈から洩れる火が、彼の額を炙っていた。


 対する男は、腰に剣を差した美丈夫の青年だった。


「下らないことを気にしてんだなぁ。もっとスマートに考えろよ、俺みたいにな」

「ですが、ダボルテさん」

「テメェ、俺を家名で呼ぶんじゃねぇって言っただろうが!」


 イケメンが烈火の如く、怒り心頭となった。


 家名の響きが嫌いらしく、名前で呼ぶようには言われていた。

 カンタルとしては、あまり親しくない人を名前で呼ぶ方が気持ち悪いのだが、このままでは剣でも抜かれそうなので言葉を変えた。


「失礼しました、エオルさん」

「ったりまえだろ。はじめっからそう言えよ。……まあ、俺が暁光の傭兵団きってのエースじゃなかったら、斬ってたな」

「そうですね、すいません」


 彼は適当に頷いていた。


 実際、団長から紹介された時には、エオルが腕利きのエースであることを伝えられている。

 あまりそう見えないのが難点で、他の団員からもからかわれている所をたまに見かけることがあった。


 エオルが片眉を上げて言う。


「それで、お前が呼ばれた理由は、飯を作れるからに決まってんだろ」

「はあ。魔獣退治、ですよね。こんなに賑やかでいいんですか?」


 含んだ物言いで、カンタルは周囲を流し見た。


 簡易テントが並び、中央に陣幕が張られている。

 炊事場は火を使うので、多少離れたところに建てられていた。


 そして、近くの町から行商人らしい人物がカンタルのところまで現れて、商魂たくましく消耗品の売り込みがあったのだ。


 これでは退治というより、遠征に近い。


「物を知らねぇ奴だな。魔獣のねぐらを突き止めるまで探索しなきゃならんし、温かい飯や酒でも無けりゃやる気も出ねぇよ。商人は商機さえありゃ寄って来るし、金は要るが便利だろ」

「いえ、何の魔獣か詳しいことも聞かされずに連れて来られたので……」

「あー、リョカちゃんだからな。仕方ねーだろ。可愛いよなー」


 エオルの頬が緩んでいる。

 カンタルが簀巻きにされてリョカに担がれていても、歯の浮くような言葉でアプローチしてきた青年であった。


 その彼が、ふっと表情を消す。


「まあ、魔獣退治だけじゃねーんだけどな」

「そうなんですか?」

「知らねぇ方が良い事もあるってことだ。精々、芋でも洗っとけ。かっはっは!」


 エオルが笑いながら、炊事場から離れて行った。

 彼が何をしに来たのかも分からず、何をしたかったのかも分からなかった。


「うぅん……」


 カンタルは、重い呻きを漏らす。


 魔獣の嗅覚が鋭ければ、香りの強い料理は避けるべきだろう。

 調理が終われば、輜重長のタルマルに聞いてみようと考える。


「おーい」

「あ、タルさん」


 考えていたところ、調理場に口髭の目立つ壮年の男が現れた。


 いかにも歴戦の傭兵といった貫禄があるが、利き腕を怪我して現在の輜重長となったタルマルだった。

 彼がカンタルを見つけると、苦笑いで近づいてくる。


「よう、カンタル。エオルから聞いたぞ」

「へ?」

「調理場が嫌なんだってな。捜索隊に加わるか?」

「いえ、結構です。料理大好きです」


 カンタルは、至って真面目な顔で答えた。


 この世には猟師の漫画や小説だって存在している。

 当然、カンタルは履修済みだ。


 抵抗してこない鳥や小型獣でさえ、見つけるまでの苦労は多大なものだった。

 体力も無いのに山や野原を駆けずり回り、運よく見つけても、そこから戦うなど正気の沙汰ではない。


 そんな気持ちを読み取ったのか、タルマルが口髭を撫でつける。


「助かるよ。ウチじゃあ、お前みたいなのは少数派だからな。どいつもこいつも、獲物に一番槍を打ち込んで、報奨金を狙う奴しかいないんだ」

「まあ、傭兵でしたら仕方ないことかもしれません」

「だろうな。それで、だ。お前に仕事を頼みたい」


 不敵な笑顔を見せるタルマルの眼が細められた。

 カンタルは、碌なことでもないことを感じ取った。


「また仕入れですか」

「頼むぜ、お前を御指名なんだ。今度は店長を連れて来たそうだ」

「余計に面倒じゃないですか」


 露骨に嫌な顔をするカンタルだった。

 陳地を張ってすぐの時に、割と身なりの良いカンタルを見つけた商人が、傭兵よりは与しやすいと販売攻勢を仕掛けてきたことが発端だった。


 オカンスキルの権能――――『母の交渉術』が発動し、カンタルは見事に商品を安値で買い叩いてしまったのだ。


 傭兵とは命と引き換えに金銭を得る者たちだが、糧秣を消費しない訳では無い。

 むしろ、輜重は常に頭を抱えている仕事だった。


 有能であれば、褒めて脅して報酬を与え、最大限の能力を発揮させる方が良いのは、どの世界でも同じだ。

 金と命が直結しているのであれば、その行動も直截なものになる。


 タルマルの口元が緩んだ。


「裁量は金貨一枚だ。五十人が陣幕で一か月くらい暮らせる食料を買ってくれ。値切った上がりの三割を持ってって良いぞ」

「……それ、丸投げしてません? 献立も」

「糧食班の連中に相談してみたらどうだ?」

「歩哨に何人か取られてて、人数が足りてませんけど。糧食班は危険が少ないので、給料低いですから」


 必ず必要な仕事とはいえ、給料が必ずしも高くない職場が糧食班だ。

 危険でも良いので危険手当が欲しい、という人間は、傭兵で無くても多い。


 タルマルが頭を掻く。


「あー、悪い。次からは、あまり引き抜くなと言っておくよ。それと、今回はこれで何とかしてくれ」

「……えぇ」


 カンタルは、薄汚れた革袋を渡される。


 感触と音からして、革袋の中身は銀貨が五枚ほどだ。

 金貨一枚で銀貨二十枚と同じだから、結構な額を貰ったことになる。


 この準備の良さから考えるに、最初から現状を分かっていて、やらせる気で準備していたに違いない。

 クレームもせず純粋に引き受けていたら、褒賞という名目で出しただろう必要経費だ。


 ブラック企業時代を思い出すやり取りだった。

 手当てが出るぶん、まだこちらの方がマシといったところだろう。


 いや、こっちの世界では金を渡してなければバックレが怖いか、とカンタルは変な顔になった。

 それをどう思ったのか、タルマルが苦い顔をする。


「これ以上は俺も出せんぞ。……うん、そうだなぁ。この仕事が片付いたら、女のいる店に連れて行ってやろう。もちろん俺のおごりだ」

「……え?」


 思ってもみなかった言葉をかけられ、彼は狼狽した。


 カンタルは今まで、夜の街に繰り出したことが無い。

 働く時間以外は、寝るか飯を食うか漫画を読むか、ストロングな酒で済ませていたからだ。


 女の子と遊ぶなど、何をしていいか分からないレベルで経験が無い。

 唐突に、背中を叩かれた。


「リョカには黙っておいてやるよ。頼んだ。お前しかいないんだ」

「はぁ、もういいですよ。それで、魔獣のことについて聞いても良いですか」

「へぇ、やっぱり気になるか」


 タルマルが、血気盛んな若者を見る目になる。

 カンタルとしては、やめて欲しい態度だった。


「そうでもないんですけどね。魔獣って、嗅覚が鋭いとかありますか? 献立を考えるのに、あまり香りが強いものを使えないとかあれば、知りたかったんですよ」

「お? そこまでリョカから何も聞いてないのか?」

「ええ、魔獣が何なのかも知りませんし、ここがどこかも知りません」

「苦労してるなぁ。それなら簡単に言うが、ここはケストネの町の隣にある丘陵地帯だ。たまにデューラが出て商隊を襲うんで、商人が金で傭兵を雇うのが普通だ」

「貴族はいないんですか?」


 カンタルは何気なく言う。


 所領を守るのが貴族の役目というのが一般常識にあったからだ。

 何もしてくれないのに、税金だけは納めるのも気分が良いものでは無い。


 タルマルが両手を上げた。


「ま、仕方ないんだよ。ここら辺は国境が曖昧でな。過去の戦いで取ったり取られてりして、今でもどっちか決まって無いんだ。だからケストネの町も、税金を両隣の国へ半分ずつ払ってる。国境だから商売は盛んだが、あまり畑は見当たらないだろう?」

「はあ、何というか、凄いもんですね」


 カンタルの嘆息に、タルマルが小さく頷く。

 彼が力こぶを作って見せた。


「だからこそ、傭兵に仕事があるのさ。で、その相手ってのがデューラなんだが、まあ、でっかい猫だ。それなりに嗅覚もある」

「へえ」


 猫科と言えば、戦闘力が高い事でおなじみだろう。


 ライオンや豹だって、人間一人で相手できるものでは無い。

 完全武装の傭兵が五十人でも、負傷者が出ないことは無いだろう。


「だがな、やつは足が六本で、頭から角が生えてる」

「化け物じゃないですか」

「魔獣だからな。普通の獣なら、自警団の小遣い稼ぎにしかならん。ただ、危険な分、金になる。報奨金もそうだが、魔獣の素材は結構な金額だぞ。商人も、それが目当てで近づいてくるからな」

「なるほど」


 商人だけに、お金の匂いには敏感といったところだろう。

 今回の魔獣にしても、エイリアンのような未知の生物ではないため、自分が戦うわけでもないので気にすることは無さそうだった。


「納得したか? なら、仕入れのことは頼んだぞ。もう少しで、商人がこっちに来るはずだ」

「はい、支払いと伝票はタルさんに付けて貰いますね」

「わかった。頑張って値切れよ」


 そう言って、タルマルが調理場から去っていった。

 見送り終わったカンタルは、くるっと回って周囲に声を掛けた。


「はーい。糧食班の人―、集まってください」


 顔を上げた高齢の男性や、出稼ぎの主婦たちが集まって来る。


 とても戦うことに長けた者たちではないが、一緒に料理を作って来た同僚たちだ。

 新入りの時にはお世話になったし、商人との交渉が終わってからは一目置かれるようになった。


 恩を返すという訳では無いが、カンタルには考えがあった。


「えー、人員の増員が無いことになりました」


 彼がそう言うと、露骨に嫌そうな表情が見て取れる。

 辛うじて文句が出ないのは、カンタルに文句を言っても現場が変わることは無いし、タルマルには怖くて文句すら言いようが無いためだ。


「と、言うことで、糧食班で何とかしたいと思います。まずは手持ちのお金を増やして、お金で解決しましょう。そのために、商人と交渉してみます。皆さんも、どうか手伝ってください」


 糧食班の面々が次々に首を傾ける中で、元ブラック企業の商人が笑って見せたのだった。




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