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第12話


 食欲を誘う香りが、ふわふわと流れて落ち着いた頃だった。

 昼時の活気は過ぎており、遅れて来た少数の男たちが残り物で腹を満たしている。


 カンタルは、ようやくのことに大きく息を吐いた。


「やっと終わったかな。……さて、片付けか」


 厨房では既に、幾人かの女性たちが食器を洗っていた。

 流石に、何十人もの食べ終わった食器が積まれている様子には、辟易とさせられる。


 彼がもう一度やる気を出して腕まくりをしたところで、来客があった。


「あれ、もう終わりかな?」

「あ、団長さん」


 カンタルは会釈して、不思議そうな顔をした。


「どうしたんですか」

「ははは」


 白髪交じりの優男が、苦笑いを浮かべている。

 垢ぬけない田舎の青年がそのまま歳を取った様相だが、その実、百人を超える傭兵団の団長だった。


 山間部に傭兵団の拠点を持ち、この食堂を築いた本人である。

 そんなお偉いさんが、どうして此処に、と考えて当然だろう。


「いやぁ、会議が長引いちゃってねぇ。お昼を食べ損ねたんだよ」

「ちょっと待ってください」


 カンタルがそう言って、厨房に下がる。

 大鍋のシチューが、僅かに残っていた。どうにか竈に火も残っている。


「シチューの残りでいいですか」

「構わないよ。面倒をかけるね」

「いえいえ。少しだけ座っていてください」


 小鍋にシチューの残りを移し、竈に置いた。

 刻んだベーコンと牛乳を加え、削ったチーズを振って量を増やす。


 煮ている間にパンをスライスして皿に並べた。

 シチューを塩と胡椒で味を調え、器に盛って食堂へ戻る。


「どうぞ」

「これ、残り物?」


 料理を眺めて団長が口を曲げた。

 本当に残り物を出されて困惑したのか、と考えたカンタルは焦った。


「すいません、作り直してきます!」

「いや、その必要はないよ。思ったより立派だから驚いただけだ。ありがたく頂こう。いつもは残り物と言えば、具が無いのが当たり前だったからね」


 団長が硬いパンをシチューに浸し、健啖な様子で食べ始めた。

 その場を離れて洗い物に戻ろうとしたカンタルが、呼び止められる。


「あ、そうだ。この機会にリョカのことを聞かせて貰えないか?」

「えっと……」


 厨房の様子を伺ったカンタルは、洗い物をしている女性陣から来なくていいと言われてしまった。

 仕事が無くなった彼は、団長の対面にある長椅子へ座る。


「はい。ですけど、僕もあまり知っているわけではありませんよ」

「知っていることだけでいいんだ」


 暁光の傭兵団――――その主が、眼を細めて深く頷いた。


 カンタルは、そうですねぇ、と顎に手を置いた。


 彼がリョカに拉致されて、傭兵団の拠点に連れてこられたのは、つい先日のことだ。

 それまでの話となると、彼女と出会った――――否、見つかってしまったことからの話になるだろう。


「騎士に囲まれて訊問されているところを、助けて貰いました」

「そうなのかい? 僕の聞いた話と違うね」


 可笑しそうにする団長が、持っていたスプーンを指揮棒の如く振る。

 少し悪戯の籠った瞳だった。


「獲物を横取りしようとしていた雑兵を斬り捨てて、目当てのスキルを手に入れた、と言っていたよ? 君はまるで、物語のお姫様みたいだねぇ」

「あまり喜べませんが……」

「まあいいじゃないか。大事にされているみたいだし」

「助けて貰ったことは感謝してます。スキルのこともあると思いますけど」

「もちろん、そうだろうね」


 団長が陰のある笑いを漏らす。

 視線はシチューに向けられているが、どこも見ていない様子だった。


 そして、団長がカンタルを見た。


「あの子も、ほら、お姫様だからさ」

「えっと、あの、異名のことですか」

「それもあるけど、ウチのお姫様でもあるよ? 僕は親代わりみたいなものさ」


 驚いたかな、と言外に投げかけてくる表情の団長だった。

 カンタルは難しい顔をして、複雑そうな家庭の事情には首を突っ込まないようにした。


「そうなんですねぇ。その節は娘さんに平手打ちしてすいませんでした」

「…………え? 聞いてないよ」

「ん?」


 二人は互い違いに首を傾けていた。


 団長の表情が曇り、ちょっと近づき難い雰囲気を発している。

 カンタルは慌てて後ずさった。


「いえ、オカンスキルが発動しまして」

「うん、それは聞いているよ。母性に関するものだろう。それで?」

「彼女が小さな子供みたいになってしまったので、一緒に騎士を埋めました。その後で平手打ちされ返されましたけど」

「そうか。なるほど、大体わかった」


 団長が立ち上がり、朗らかに笑う。

 きっと、敵を殺しても同じように笑うだろう筋金の入った表情だった。


「まあ、許してやってくれ。それと、シチューご馳走様」


 食堂から出て行こうとする団長だった。


 ――――オカンスキル、発動します。


 何だってぇ、とカンタルが言う間もなく、彼の口から言葉が出た。


「あ、食器。返却口はあっちですよ」

「……え?」


 虚を突かれた様子で、団長が振り返った。

 格好良く去ろうとしたところで、食器を片付けろなどと、おっさんに言われれば無理も無い。


 やってしまった感はあるし、食堂の女性陣などは顔を青ざめて手が止まっている。


 態度が柔らかそうに見えるが、相手は傭兵団の団長なのだ。

 荒くれ者を従えるには、それなりの怖さを持っていてしかるべきだ。


「――――はっ」


 団長の口から息が漏れる。

 その顔は、嬉しそうにも悔しそうにも見えた。


「あっはっはっは、なるほど確かに凄まじいスキルだ。僕の過去まで読めるのかな? 懐かしいことを思い出して不愉快だね。この借りは必ず返させてもらうよ、カンタルくん」

「え、いえ、すいません」


 長年培ってきた経験で、何は無くとも「すいません」と言ってしまう。

 その態度をどう見たのか、団長が無言で食器を手に取り、返却口に置いた。


 入れ替わりで、リョカが食堂に入って来る。


 彼女の肩を叩いた団長が、食堂から出て行った。

 リョカが不思議そうに首を傾げ、カンタルを見つけて歩いてきた。


 今まで団長が座っていた場所に腰かける。


「何あれ、変なの」

「そうなんですか?」

「昔はああいう顔してたんだけど、偉くなってからは嫌な薄笑いばっかりしてるかな」

「そんなもんなんですねぇ」


 偉い人間は、表情から情報を与えないためにポーカーフェイスが身に着くのだろう。


 相手を不快にさせない微笑を保ち、淡々と利益を追求する。

 営業の後輩君は元気にしてるかなぁ、などと益体の無いことを考えるカンタルだった。


 そうしていると、リョカがテーブルを軽く叩く。


「お茶くらい出したらどうなの?」

「はいはい」


 彼は再び厨房に戻り、適当な鍋で湯を沸かした。

 薬缶に茶葉を入れて湯を注ぎ、薬缶と木製のマグカップを持って食堂に戻る。


 目の前でお茶を入れてやり、差し出した。


「熱いから気を付けてね」

「わかってるわよ、うるさいな」


 乱暴な言葉遣いとは裏腹に、彼女の表情が少しだけ緩んでいる。

 年若い少女が年相応の態度を見せると、つい、心が安らいでしまったので、自らの老いを感じるカンタルであった。


 暁光の傭兵団本拠地まで連れて来られて、数日が過ぎていた。

 周囲に言われるがままに食堂の手伝いをして、婦女子の方々と少しばかり仲良くさせて貰っている。


 どうしてこんなところに連れて来られたんだろう、と考えない訳では無かった。

 しかし、団長がリョカの親代わりであるならば、里帰りと言ったところだろう。


 なるほどねぇ、と理解したつもりでいると、カンタルは急に呼ばれた。


「ねえ、次の仕事が決まったから。……魔獣殺しだけど、何とかなるでしょ。君も準備しときなさいよ」

「何ですか、それ」


 この世で自分に最も関係無さそうな仕事を押し付けられ、困惑よりも混乱してしまう。

 剣一つあったとて小動物にすら敗北するであろう男に、無茶を言うなという話だ。


「……討ち取れとまでは言わないけど、槍持ちくらいはやって貰おうかな」

「それ戦闘員ですよね」


 騎士の外出に付き従い、必要に応じて持っている槍を渡す者の事で、当然のように戦場での下働きをこなす。

 自分の身を守るのは当然のことで、騎士の護衛という意味合いもある。


 そんなことを素人に任せるなど、お互いのためにならない。


「止めましょう」

「君のスキルを成長させるためだよ」


 リョカの眼が細められた。


 その理由さえあれば、どんな無理でも通して見せるという決意さえ伺わせる。

 この一点において、彼女が譲歩することは無いだろう。


 そうであるならば、カンタルとて黙ってはいられない。

 ブラック企業で数々の案件をデスマーチで潜り抜け、身体を壊してきた経験は伊達ではない。


「仕事、と言いましたね? これは暁光の傭兵団が受けたもののはずでしょう。俺のような足手まといが出て行っては駄目ですよね」

「団長に顔合わせは澄ませて貰ったわ。駄目とは言われていないから」

「え?」


 先程、団長が食堂へやって来た理由が明確になる。

 食事に遅れたのは嘘では無かろうが、団長クラスなら食事を持ってこさせるのが普通ではないのか。


 嘘ではないが、全てを語っているとも言い切れない。

 幾度となく、カンタルが上司に嵌められてきた手法だ。


 若くて活気にあふれた職場だよ(ベテランが逃げた)。

 少数精鋭の部署だよ(ただの人員不足)。

 君には成長してもらいたいと思ってるんだ(なんとかしろ)。


「……何処に行っても、ちっとも変わらないなぁ」


 カンタルは、ほろ苦い涙を目に滲ませた。

 今度こそ、身体を壊す(物理)ことに違いない。


 せめて何か幸運を、と願ったところで、何も無いのはいつもの事だった。







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