表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/6

その6


「みなさん、おはようございます!

宇宙移動図書艦ニューアレキサンドリア号の司書のシモキタとミヤノハラ(※モリエちゃんのこと)です。

 これから開館五周年記念イベント『朝焼けお話会』を始めますよ。

 自然の中で、みんなでお話を楽しみましょう!」


 何人かの子が、まばらな拍手をしてくれた。早くも隣の子をつついている子を発見! モリエちゃんもチェックしている。今日のわたしの目標は、あの子を怖がらせ一泣きさせて帰すことだ。覚悟しなさいよ!


「これから聞いてもらうのは、『四個のクッコの卵』というお話です。

 わたしのおばあさんが、子どもの頃にお友達から聞いた、本当にあったお話です」


 怪談話では、この「本当にあったお話です」というフレーズが重要だ。このフレーズで、子どもたちはお話の世界を自分の世界に繋げて聞けるようになる。案の定、全員の視線が、まっすぐわたしに向けられた。

 よしよし、もはやこの空間は、我が手の内にあり……だ。


「その友達の住む村の近くには、暗い大きな森がありました。昼間でもあまり日の差さぬ、深い深い森でした。森には、珍しい紫色のムコレの実がなる木があったそうです。

 子どもだけでその森に入ってはいけないことになっていましたが、ときどき、どうしてもそのムコレの実が食べたくなって、こっそり一人で森に入ってしまう子がいたそうです。

 そういう子は、森の中を彷徨って何日も帰って来なかったり、気を失って倒れているところを見つけられたり、そのまま行方知れずになってしまったり、みんな、きまって恐ろしいめにあいました。

 どんなに紫色のムコレの実が欲しくても、一人では絶対に森に行かない。多くの子どもは、そう考えるようになりました。


 ある日、一人の子ども……ここでは、グーテという名前にしておきましょう。

 グーテは、お母さんに頼まれて、隣村のおばあさんの家に、クッコの卵を届けることになりました。卵を入れた篭を抱え森の前を通ったとき、森の中で何かがきらりと光りました。よく見ると、それは大きな紫色のムコレの実でした。

 グーテは、急におなかがすいてきました。そうなると、もうどうしても我慢ができなくなって、森の中へ入り、ムコレの実をもいでしまいました。

 大急ぎで、ムコレの実にかぶりつきました。その甘いこと、柔らかいこと、瑞々しいこと!

 今まで食べたことのないようなおいしさです。あっという間に食べ終えてしまいました。

 周りを見回すと、同じような実があちこちの木に一つずつなっています。グーテは、ムコレの実をもいでは食べ、もいでは食べしながら、森の奥へと進んで行きました。


 いつの間にか、あたりは闇に包まれていました。どうやってこんなところまで来たのでしょう。

自分が歩いてきた道もわかりません。悲しくて怖くて、グーテはその場にしゃがみ込んでしまいました。

 すると、どこからか


『おいでぇ、おいでぇ、道に迷った子ぉ……

おいでぇ、おいでぇ、もっとおいしいぃ……ムコレの実もあるよぉ……』


 優しい優しい声が、歌うようにグーテを呼んでいました。グーテは、声のする方へ歩いて行きました。

 やがて、森の奥に小さな小屋が建っているのが見えました。グーテが小屋の前に立つと、静かに小屋のドアが開きました。中には、美しい女の人が、かごいっぱいの紫色のムコレの実を抱え、立っていました。

 そして、さっきよりももっと優しい声で、


『いらっしゃい、グーテ。あなたを待っていましたよ。好きなだけムコレの実をお食べなさい。』


と言いました。

 グーテは、小屋の中へ入ると、かごの中のムコレの実を次から次へと食べました。そして、おなかを大きく膨らませると、その場に倒れて眠ってしまいました。


 グゥリグリ~ ゴォリゴリ~ グゥリグリ~ ゴォリゴリ~ ……


 不気味な音で、グーテは目を覚ましました。いつの間にか体を縛られて、小さな部屋に転がされていました。

 不気味な音は、隣の部屋から聞こえてきます。扉の隙間から隣の部屋を覗くと……紫色の毛に覆われた岩のような背中が見えました。頭には、ギラギラ光る3本の角が生えています。そして、その化け物は、不気味な声で歌いながら、大きな石の臼で何かをつぶしていました。


『おいしぃい おいしぃい ムコレのぉ実ぃ もぉっと おいしぃ~い 子どものおなかぁ~

 ムコレのぉ実ぃで ぱぁんぱぁん 卵とぉいっしょにぃ つぶしたらぁ~ 今夜のぉ~

 ごちそうぉ できあがりぃぃぃ~』


 あまりの恐ろしさに、立ち上がろうとしたグーテは、扉に頭をぶつけてしまいました!


 バタン!


 その音を聞きつけた化け物が、さっと振り向き叫びました! 鋭い歯がびっしり並んだ口を大きく開けて!


『小僧ぉお! 見たなぁあっっっ! わたしの大事なムコレの実をぉ ぜぇ~んぶ食べおってぇ!

 今度は おまえがぁ食べられるばんじゃあぁぁぁぁぁぁぁ~……小僧ぉ覚悟しろぉぉぉぉぉぉぉ~!』」


 緊張しながら、静かにお話を聞いていた子どもたちは、わたしのおどろおどろしい声に、顔を引きつらせながら、悲鳴を上げた。すごく適切に、ククッキピ族の言葉に変換されているようだ。

 さらに、わたしが、隣の子をつついていた例の子に向かって、「小僧ぉぉぉ!」と叫びながら、近づいていくと、子どもたちは、いっせいに大きな声を上げて泣き始めた。わたしから逃げようと立ち上がったり、子どもたちどうしで抱き合ったり、モリエちゃんを見つけ飛びついたり、荷台の上は大騒ぎになった。

 一度興奮状態になった子どもたちは、簡単には収まらない。わたしが優しい声で宥めても、泣き声はますます激しくなり、泣きながらわたしに飛びかかってくる子もいる。一応耳栓はしてきたのだけど、もはや役に立たない。激しい泣き声の渦の中で、何だか体全体に振動を感じて、わたしはふらふらしてきた。


 まずい……もう、立っていられない…… ああ、また、やりすぎたかなあ? ……作戦は大丈夫かな?

 ギドンの洞窟は、今、どうなっているんだろう? うまくいっていますか? ドウガシマさん。

 ギダゴニカ族は、追い返せているの? これで良かったの? お話会は……役に立っているの?

 もう、無理……頭が……割れそうで……。


 子どもたちの阿鼻叫喚の中、必死に呼びかけるモリエちゃんの声を聞きながら、わたしは意識を失った……。



 気がつくと、柔らかな布に包まれ、温かなベッドに横たわっていた。淡く優しげな光に満ちた空間。

どこだろう? 目の前に、おとぎ話の女神様のような微笑みを浮かべた……。


「気がつきましたか?シモキタさん。今、医務室にいるんですよ。もう大丈夫です……ね」

「モリエちゃん?」

「お疲れ様でした……本当に……大成功でしたよ……」


 モリエちゃんが、ぽろぽろ涙をこぼしながら、わたしの手をとった。そうか……。肝心なところで気を失って、結果を確かめることができなかったのだけど……、うまくいったのか。そう思うと、わたしの目にも自然に涙が溢れてきた。良かった……。本当に……。


 ここからは、後でひとから聞いた話。

 お話会がクライマックスに達していた頃、洞窟内の濃厚な臭気は入り口近くまで迫り、今にもギダゴニカ族が姿を現すのではないかと、監視する警備部員さんたちは尋常でない緊張感の中、洞窟を見つめていたそうだ。

 そのとき、荷台から子どもたちの泣き声が溢れ、あの不思議な振動と共に、洞窟の入り口に流れ込んでいった。そして、洞窟内で反響を繰り返し、さらに奥へと伝わっていったらしい。

 それと同時に、臭気は洞窟最奥部に向かって、あっという間に後退していったという。ついには、もはや検出できないほどに薄まり、やがて、何かで遮断したかのように、全くにおいは消え失せてしまったという。

 わたしを収容した医務部の救急車両と子どもたちやモリエちゃんを乗せた車両が、図書艦に戻った後も、ギドンの洞窟の監視は続いていたらしいが、ギダゴニカ族の臭気は、その後全く検出されなくなったとのことだ。



「凄まじい泣き声だったというじゃないか。1年前のお話会事件どころの騒ぎじゃなかったらしいな。

 洞窟内を進んできていたギダゴニカ族は、吃驚しただろうな。慌てて後退したようだが、相当な被害が出たかもしれない。安全を確認した上で、洞窟内を本格的に調べてみないとわからないが。

 臭気が全く消えたということは、泣き声が分子結合解除装置並みの働きをした可能性もある。そして、あまりの破壊力に、向こう側の入り口には、誰も近づけない状態になっているのかもしれないな。あるいは、洞窟内で泣き声のエネルギーが増し、入り口を破壊し塞いでしまったのかも……。」


 医務室のわたしのベッドの上に、トプカピ堂のドーナツの大きな箱が置かれている。ベッド脇の椅子にどっかり腰を下ろして、ドーナツをぱくつきながら、館長が言った。


「まあ、後はもう、われわれの仕事じゃない。

 ワープステーションの管理部が、人為的に時空の歪みの調整をするらしいから、いずれ、ギドンの洞窟も元の状態に戻るだろう。どんなに来たくても、ギダゴニカ族は二度と来られなくなるさ。まあ、もう二度と来たくないかもしれないけどな。

 捕まえたギダゴニカ族の身柄については、所有権をめぐって今大騒ぎになっている。軍や宙域保安隊だけでなく、様々な研究機関からも引き合いがある。

 さて、一番たくさん礼金を用意してくるのはどこだろうなあ?

 なんだかんだで、今回は経費も相当かかったし、残業手当も半端じゃないからな。本部にもきっちり請求するつもりだ。」


 まるで、悪徳企業の社長のように、お金の話にニマニマしながら、ドーナツを頬張る館長。

 この人の下で、働き続けて大丈夫だろうか?

 今回は、気づいたらけっこう危険な任務を押しつけられていたわけだし。

 次の休暇で、ちょっと真剣にこの先のことを考えてみよう。


 わたしの思案顔になんて少しも気づかず、ドーナツを二つぺろっと、食べ終えると、汚れた手をパンパンはたきながら、ふと思い出したように館長が続けた。


「おっ、そうだ! 本題を忘れていた。じつは、君にとって素晴らしいニュースがある。

 まず、今回の功績に対し、ククッキピ族の村族長合同会議から、名誉種族民賞が君に贈られることになった。

 それから、この星の平和を、身を挺して維持してくれたことへの感謝のしるしとして、最高級のムコレの実を百年分と例の高級リゾートホテルの永久無料会員権がプレゼントされるそうだ。

 贈呈式は、明日の最終お話会の後だ。えー、くれぐれもー、ちゃんとした服装で出席するように!

……ハハハ……」


 あっ、今、絶対に昨日の、エプロン姿で特殊ヘルメットをかぶって、分子結合解除装置のホルダーをぶら下げたわたしの姿を思い出したわよね。ほんとにもう……いい加減忘れなさいって!


 さて、と言って館長が立ち上がったとき、ちょうど、プノちゃんとその家族を連れたモリエちゃんが、部屋に入ってきた。プノちゃんを引き取りに来た家族が、わたしにお礼の挨拶をしたいと言っているというので、連れてきてもらったのだ。プノちゃんには、こちらがお礼を言いに行きたいぐらいなのだが。

 いちおうまだ、「絶対安静」なので。ちなみに児童室は、現在「閉館中」だ。


「あら、館長? こんな所にいて大丈夫なんですか? まだ、仕事が残っていて忙しかったんじゃないですか?

 協議会本部や宙域保安隊から、次々と連絡が入って、館長の回答を待っているらしいですよ。

 ドウガシマさんや事務部の人が、すごい顔をして艦内を探し回っていましたよ。

 うわっ! このトプカピ堂のドーナツ! こんなに大量に持ち出して、食堂の人にばれたら怒られますよ!」


 モリエちゃんに厳しく詰め寄られ、ちょっと彼女に苦手意識を持ちつつある館長は、珍しく焦った顔で言い訳を始めた。


「今、戻ろうとしてたんだよ。シモキタ司書が目を覚ましたっていうから、例の贈呈式のことを伝えにきただけだ。トプカピ堂のドーナツは、シモキタ司書の好物だって言ったら、調理長が出してくれたんだよ。

 じゃあ、シモキタ司書、お大事に。今日は、特別休暇にしたから、ゆっくり休んでいいぞ。

 それと……、もし……、ホテルの永久無料会員権を使うなら……、必ずわたしも誘ってくれよ!」


 あっ、はい、どうも……、じゃあ、お言葉に甘えて……。

 はっ……? えっ? 何? その最後の……、どういう意味ですか? おい! こら、館長!

 呼び止める間も与えず、館長は、「図書艦内では 静かに歩きましょう」のポスターの前を、つむじ風のような勢いで走り去っていった。まったく、もう……。


 ああ、説明していなかったけれど、館長に対するわたしの態度が大きいのは、年齢がたった四つしか違わないから……である。この図書艦で働きはじめたのも、わたしの方が先出しね。そういうこと!


 そして、次の日。

 今日のお話会は、ホールで行われる。プログラムは、一昨日と同じだが、予想以上にたくさんの人が集まってしまったのだ。

 とても、児童室のお話会スペースでは入りきれないので、会場はホールに変更されることになった。


 ギドンの洞窟の前でしたお話会の『4個のクッコの卵』を最後まで聞かせて欲しい、と言う声もあったが、それは丁重にお断りした。気を失ってしまうような事態は避けたかったので……。


 でも、『妙なる声のククッキピ』の物語は、いつかお話会で話したいと思っている。

 今回のことで、お話に秘められた知恵や記憶を子どもたちに伝えていくことも、大切な仕事だと思ったからね。


 大勢の人達が集まったこともあって、会場内はいつも以上に騒がしい。

 モリエちゃんがハンドベルを鳴らしても、まだざわついている。困りますね……。

 これは、最初にきちんと言っておかないとね。わたしが、言える立場かどうかは、微妙なのだけど……。


「会場のみなさん! お話会では 静かにお話を聞きましょう!」


― おしまい ―


※最後までお読みくださった方、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ