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その5

 艦内時間で日付が変わる頃、ピノヘシッチカネン星の時間では、長い長い黄昏が終わろうとする頃、艦内が俄に騒がしくなった。何事だろう? 警報が鳴ったわけではないし、艦内放送も入っていないから、緊急事態ということではないだろう。

 急いで身支度を済ませ、そっと通路を覗く。ちょうど制服姿の警備部の人(確かトドロキさんという名だ)が、走って行くところだった。忙しそうなところを申し訳ないのだが、我慢できずに声をかけた。


「何か、あったんですか?」

「お騒がせしてすみません。艦外に多数のククッキピ族の人々が、押しかけておりまして、艦内に入れろと騒いでいるようなのです。現在、警備部の方で対応していますので、まもなく静かになると思います。では」


 トドロキさんは、それだけ言うと、壁の「図書艦内では 静かに歩きましょう」のポスターを完全に無視して、大きな足音をたてながら去って行った。

 ククッキピ族が、押しかけて艦内に入れろと騒いでいる……その理由は、あれしかないじゃないですか!

 わたしは、自室を飛び出すと、急いでトドロキさんを追いかけた。もちろん、ポスターは無視して。


 図書艦の乗下船フロアにたどり着く。乗下船口の扉は閉められているが、フロアの窓から外の様子を見ることができる。二百人、いやもっと多いかもしれない。一村分ぐらいのククッキピ族の人々が、必死の形相で警備部の人たちに詰め寄っている。「ギダゴニカ」と言う言葉が、あちこちで飛び交っている。


「三人目が現れたようだ。噂が飛び交い、一番安全そうな図書艦に集まってきたらしい。早速、臭気検出装置の出番だよ。さっき、ドウガシマさんが精鋭を率いて、ギダゴニカ族の足跡を追いに向かった。誰かさんと違って、生け捕りにしてくると張りきっていた」


 いつの間に現れたのか、館長がわたしの隣で、外の騒ぎを眺めながら言った。はいはい、わたしはどうせ役に立たない「誰かさん」ですよ。所詮、ただの子ども受けがいいだけの司書でございます。

 館長は、艦外用のマイクをとると、星間連合共用語で話し始めた。誰か通訳してくれている人がいるようだ。


「こんばんは。わたしは、この図書艦の館長、オノワキ・ケントです。ククッキピ族のみなさん。ホールに皆さんをお迎えする準備ができました。これから、順番に艦内に入っていただきますので、ご安心ください。

 本艦の乗組員が、皆さんをお手伝いしますので、慌てずに乗艦してください」


 ああ、館長って、オノワキって名前だったんだ。「館長(あと艦長ね)」としか呼んだことないから忘れていた。

 館長は、「どうだい! なかなかできる館長だろう?」と言わんばかりの笑顔をわたしに向け、マイクを戻すと、乗下船口の斜路を下ろす指示をしに行ってしまった。


 斜路が下ろされ、乗艦が始まった。乗艦したククッピキ族の人達は、講演会や艦内の式典などを行うときに使うホールへ誘導された。眠かったが、わたしもそこに行き案内を手伝った。ホール内には、防寒具や食料の準備もされており、必要な人達に手際よく配られた。

 ククッキピ族の人達はだいぶ落ち着いたようで、騒ぐこともなく小さな集団を作って休んでいた。知った人もいて、わたしに気づくと安心したような笑顔を向けてくれた。


 ホールの隅に並べられている椅子に腰掛けると、本格的に睡魔が襲ってきた。瞼が重くなる。ククッキピ族の人達のひそひそ話も、今のわたしには心地いいBGMでしかない。さあ、今度こそゆっくり休もう……。長すぎる一日が、ようやく終わろうとしている……。と思ったら、誰かに肩を掴まれ激しく揺さぶられた。(よく揺さぶられる日だな、今日は)


「起きろ! ドウガシマさんたちが帰艦した。早く来い!」


 わたしの腕を掴み、無理矢理立ち上がらせると、館長はプライベートスペースのドアを開け、わたしを中へ押し込んだ。えぇっ? まだ、仕事ですかぁ? 


 ここは、乗組員専用の乗下船口。乗組員車両庫の前のスペースだ。目の前にいるのは……、


「ギダゴニカ族!」


 今日、わたしが見る三人目のギダゴニカ族。ぐったりとして目を閉じている。見慣れない樹脂でできたベルトで巻かれ、猿ぐつわのようなものをかまされている。顔の三つの穴からは、煙のようなものが一定のリズムで漏れ出ている。息はしているようだから、死んでしまったわけではない。頭部には一度膨らんだものが萎んだときのような変な皺が寄っている。あの強烈なにおいが広がるのを防ぐためだろう。特殊な防臭シートで作られた、大きな袋のようなものに閉じ込められている。横に立つ館長が、満足そうにわたしに言う。


「例の臭気検出装置が、早速役に立ったとのことだ。臭気が濃いところをたどり、とうとう見つけたらしい。特殊な催眠弾を使ったそうだが、何しろこの頑丈な体だ。どこを撃っても弾は通らない。ドウガシマさんが、口の粘膜に命中させて、ようやく捕縛できたそうだ。大手柄だよ」

「へえ……」


 ドウガシマさんて、所謂、「歴戦の勇者」みたいな人だったのかな?やっぱり、元軍人は違うのね。

 そこへ、話題の人であるドウガシマさんがやってきた。一仕事してきた後なのに、館長室で会ったときよりも何だか生き生きとしていて元気そうだ。


「館長! おお、シモキタ司書も、こんな時刻までご苦労様です。思ったより大きくて、動きも速く少し手こずりましたが、何とか生きたまま捕まえることができました。それに、思わぬ副産物もありました。

 我々の目の前で、こいつに襲われかけたククッキピ族の子どもが泣き出したんです。まだ、小さな子でしたが声は大きくて……、すぐに驚くべき効果が現れました!」


 ドウガシマさんたちが、ギダゴニカ族を発見したとき、近くのムコレの実の果樹園の作業小屋に、ククッキピ族の親子がいたのだそうだ。ずっと果樹園で作業をしていたので、ギダゴニカ族出現の情報も届いていなかったらしい。親子にその場を動かないように声をかけ、ドウガシマさんたちはギダゴニカ族の捕縛作業を開始した。


 ドウガシマさんが放った最初の催眠弾は、鱗のような皮膚に跳ね返されたそうだが、何かを感じたギダゴニカ族が咆哮を上げた。それを聞いたククッキピ族の子が、反射的に泣き出したという。

 泣き声を聞いたギダゴニカ族は、動きを止め、目をきょろきょろさせていたが、やがて、頭皮がゆっくり波打ち始めた。苦しそうに口を開けて、頭を抱え震えだしたので、これが限界と考え、ドウガシマさんが催眠弾を口内に向け撃ち込んだのだそうだ。


「ぎりぎりで間に合ったというところでしょう。すぐに催眠弾が効いて、ギダゴニカ族の体が弛緩し、泣き声への反応も止まりましたが、脳へのダメージは深刻なようです。今は、たぶん意識がない状態です。検証のためとはいえ、ちょっと可愛そうなことをしました。」


 ドウガシマさんは、すまなそうにギダゴニカ族を見つめていた。そのまますぐに拘束することもできたのに、ククッキピ族の子の泣き声の効果を確認するため、敢えて催眠弾の発射を控えたわけだから。その結果、このギダゴニカ族を無駄に苦しめることになってしまった。そう考えると、わたしもまた、暗い気持ちになって呟いた。


「仕方ないですよ、それぐらい。わたしなんて、正当防衛とは言え、吹っ飛ばしちゃったんですから……。」

「いやいや、簡単に撃退できる相手じゃありません。シモキタさんは、精一杯のことをしたと思います。無事で良かったですよ。」


 ドウガシマさんに慰められてしまった。

 わたしたちの話を聞いていた館長が、労うようにドウガシマさんの肩をポンポンと叩いた。

 そして、わたしの頭をよしよしと撫でた……えっ!……。そして、自信に満ちた顔で話し始めた。


「とりあえず、これで、ようやくギダゴニカ族の実在を証明できる。融通の利かない協議会本部には、このギダゴニカ族の画像をどっさり送って、軍や宙域保安部を早急に動かすよう説得するよ。まあ、誰が出てくるにしても、ここに到着するまでに一週間はかかるだろう。それまでに、決着をつけてやるさ!

 実は、別の一隊が、ギドンの洞窟周辺の探索をしたのだが、非常に濃厚な臭気が、洞窟の最奥部から浸みだしているというんだ。臭気の広がりから考えて、これまでに洞窟から外に出たのは、遭遇した三人だけと思われる。だが、まもなく、相当な数のギダゴニカ族の集団が、洞窟からこちらに出てくるかもしれないそうだ。いくら、優秀な警備部でも、多勢に無勢。ギダゴニカ族の集団との本格的な衝突はできれば避けたい。

 そこで、シモキタ司書、君の出番だ。」

「えっ、わたしの出番!?」


 何? 何ですか? 児童室担当司書が、こんなときにどんな出番があるというのですか?


「朝になったら。ギドンの洞窟の前で、お話会を開く! 君の得意な怖い怖―い話のな!」

「???」


 結局、その後は眠れなかった。眠る暇もなかった。なぜなら、すぐにお話会の準備をすることになったから。館長にお話会の開催を決められた後、児童室に戻ってお話選びをしていたら、モリエちゃんが現れ、何をしているのかと聞いてきた。何となくいつもと艦内の様子が違うことに気づき、起きてきたのだという。

 事情を話すと協力したいと言う。艦内に残るように言ったのだが、何かの役に立つかもしれないから、どうしてもついて行くと言ってきかないので、艦長に許可をもらい、一緒に行くことになった。


 出発前に、モリエちゃんにも、捉えられたギダゴニカ族を見にいってもらったのだが、戻ってくると、


「本当に、絵本の絵にそっくりでした!あのおじいさんの家の言い伝えは、正確だったのですね。」


と、ちょっとずれたことを言っていた。あの、そういうことじゃなくてさあ……。不気味とか、恐ろしいとか、シモキタさんあんなのと戦ったんですかとか……そういう話しないかなあ、普通……。そして、


「きっと、『妙なる声』も『悲しみの歌』も本当のことですね。わたしたちのお話会のパワーで、ギダゴニカ族を追い返しましょう! 協議会本部も、軍や宙域保安隊も、一昨日来やがれです!」


と、笑顔で力強く言ってくれた。いや、軍や宙域保安隊は来てくれた方がいいです。一刻も早く。決してお断りはしません。少なくともわたしは。

 モリエちゃんは、この星やククッキピ族が見捨てられかけたことを、本当に怒っている。「辺境惑星の少数種族の権利を守る会」とかに、今回のことを訴えるかもしれない。真面目な人を本気で怒らせてはいけないのだ。わたしも気をつけよう!


 館長が、ホールに集まっていたククッキピ族の人達に、現在の状況とこの後の作戦について説明し、協力を頼んだ。もちろん、子どもたちを危険な場所に連れて行き、お話会を開くことには誰もが反対した。子どもたちは、既に、艦内の緊急時用来館者休憩室に移り、安心して眠っていたのだから当然だ。

 しかし館長もあきらめず、万全の体制で子どもたちを守るし、必ずギダゴニカ族を追い払うと約束して、再度協力を要請した。あの艦長が、頭を下げに下げまくった。

 警備部が、ギダゴニカ族を捕縛したことも信用に繋がり、ようやく協力を申し出る人が少しずつ出てきた。そして、夜明け前に、何とか十五名の子どもたちのお話会への参加をとりつけることができた。もちろん、子どもたちには、ギダゴニカ族のことは伝えない。幸い集められた子どもたちの中に、ギダゴニカ族を目撃した子はいなかったし、読み聞かせ好きな子が多く、特別なお話会イベントにわくわくしていた。


 遠方出張業務用の大きな荷台のある車両に、わたしとモリエちゃん、そして、ククッキピ族の子どもたちが乗り込んだ。短い夜が終わって長い長い夜明けを迎えたピノヘシッチカネン星で、前代未聞の出張お話会が開かれる。場所は、ギドンの洞窟の入り口を臨む小さな丘の上だ。


「頑張ってくださいね。シモキタさん。絶対に……成功させましょうね!」


 モリエちゃんが、昔懐かしいガッツポーズをして、元気いっぱいわたしを励ましてくれた

 やがて、ギドンの洞窟を臨む丘の上に到着。薄紅色の空に幾筋もの絹雲がたなびいている。

 警備部の車両が、わたしたちの車両を取り囲むように駐車する。後方には反重力バイクも何台か来ている。

 お! 何かスナイパー風の人が乗っている。万が一に備え、医務部の救急車両も付き添ってきた。

臭気検出装置を積んだ、荒れ地仕様の小型ロボットが、ギドンの洞窟の入り口付近をゆっくり移動している。簡易防護服で身を包んだドウガシマさんが、私たちの車両に乗り込んできた。


「ギドンの洞窟の監視を続けていた連中によると、洞窟内の臭気はますます濃厚になってきているようです。

 今が、絶好のタイミングかもしれません。

 子どもたちの泣き声が届きやすいように、荷台の天井部を開けて、オープンエアにします。

 周囲のククッキピ族は避難していますので、近隣に迷惑をかけることもありません。

 思いっきり子どもたちを泣かせてください。

 では、よろしくお願いします!」

「はい! お任せください!」


 えっ? 何で、モリエちゃんが返事しちゃうの? わたしが唾を飲み込んでいる間に、替わりに返事をされてしまった。

 クールな笑みを残し、運転席に天井を開けるよう指示をして、軽快な足取りで去って行くドウガシマさん。


 ガガガガガ……


 荷台の天井が真ん中で割れ、側面の壁に収納された。美しい夜明けの空が頭上に広がり、子どもたちがざわついている。子どもたちの泣き声によって起こるトラブルを最小限にするため、今日使用する翻訳装置は特殊なものだ。わたしの声を拾い、ククッキピ族の言葉に置き換えるだけのシンプルな作りだ。

 「キコーネくん」も今日は使わない。モリエちゃんが、大急ぎで、今日のお話に合わせた「大型紙芝居」を作ってくれた。今日のお話会は、紙芝居を使った所謂クラシックスタイルだ。

 そして、お話会の始まりの合図であるハンドベルをモリエちゃんが鳴らす。

 子どもたちのざわめきが静まる。さあ、わたしの出番だ!


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