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その4


「これで、終わりです」


 モリエちゃんの説明が終わると、顎を撫でながら、何やら考えていた館長が、わたしに質問した。


「最後にギダゴニカ族が追い込まれたギドンの洞窟だが、それは、ピノヘシッチカネン星に、実際にある場所なのか?」

「それは……、調べていません。ピノヘシッチカネン星の地図で検索してみましょうか?」


 わたしは、端末にピノヘシッチカネン星の地図を呼び出し、ギドンの洞窟を検索する。地図が高速でスクロールされ、ある場所に赤い矢印マークが現れた。あった!


 ―― ギドンの洞窟


 本当にあったんだ。今、図書艦がある場所から考えると、ちょうどプノちゃんの家の先の山の中腹の辺りだ。ということは……。みんなで顔を見合わせうなずき合う。


「今回のギダゴニカ族の出現場所、そして、別の時空への通路となっているのは、おそらくギドンの洞窟だな。明日、早速調べに行ってみよう。時空の歪みが生じているとすると、洞窟に近づき過ぎるのは危険だ。ドウガシマさん、何か、ギダゴニカ族がその洞窟を使っているのかどうかを調べる、いい方法はありますかね?」


 館長に尋ねられたドウガシマさんは、しばし、天井を睨んで考えた後、


「ギダゴニカ族特有の……例えば、においなどのサンプルがあれば、洞窟付近にそれと同じものを検出できるかどうかで、調べることができると思いますよ」


と答えた。

 においね……。あいつら、本当に臭かったな。獣臭というか、もっといろいろな嫌な臭いを混ぜたような感じだった。一人目は、分解されて霧のようになってしまったけれど、二人目は爆発したから、もしかしたら、極小さな破片とかと一緒に、あのにおいもいろいろなところに飛び散っているかもしれない。後始末が大変だろうな。あっ……。


「あのう……」


 三人の視線が、わたしに集まる。とりあえず提案してみよう。ひょっとしたら、まだ間に合うかもしれないから。わたしは、たまらない嫌悪感を覚えながらも、あの爆発シーンを思い浮かべつつ話してみた。


「わたしたちが使った、反重力バイクなんですが……、ギダゴニカ族がしっかり掴んで揺すっていました。

 爆発したときは離れていましたが、もしかすると破片が飛んできて、車体に多少はにおいが付着している可能性があると思います。とにかく、独特なにおいだったので、その程度であってもサンプルを採取できるのではないかと……」

「その反重力バイクは、今どこにありますか?」

「乗組員車両庫です、もしかしたら、すでに洗浄・消毒されてしまっているかもしれませんが……」

「すぐに確認しましょう!」


 ドウガシマさんは立ち上がると、艦内フォンで運輸通信部を呼び出した。


「警備部のドウガシマです。今日、使用した反重力バイクなのですが、もう洗浄・消毒作業は済んでしまったでしょうか? ……ええ、そうです。ククッキピ族の子とシモキタ司書が使った……におい? ……臭すぎて、艦外に出してある? ……あ、いえ、ちょっと、確認したいことがあるもので。ええ……。では、これから警備部の者が行きますから、そのままにしておいてください。お願いします。ええ、すぐに行きます」


 臭すぎて、艦外に置いてある? 戻ってくるときには、そんなに気にならなかったのだけど。まあ、シートにかなり厳重に包まれていたし、あのにおいにも慣れ始めていたから。そうか、そんなに耐えられないにおいなのか。


 ドウガシマさんは、艦内フォンを切ると、館長にあいさつし、慌ただしく部屋を出て行った。

 館長とモリエちゃんは、少しわたしと距離をとり、眉をひそめながら辺りのにおいを確かめている。

 うそ! やめて! わたし、におっていませんよね? 慌てて、服の袖やエプロンのにおいを嗅ぐ。大丈夫、におっていない……と思う。


 ケホッ ンンン また、例の咳払い。エプロンのポケットに入っていたハンカチまで取り出し、クンクンにおいを嗅いでいるわたしを、じっと見つめる館長。ため息を一つつくと、あきれ顔で話し始めた。


「大丈夫だ。君にギダゴニカ族のにおいが染みついていて、我々の調査の支障となる心配はないようだ。

 洞窟やギダゴニカ族の痕跡の調査については、ドウガシマさんと警備部に任せよう。

 それより、ギドンの洞窟で歌われた、『悲しみの歌』について、もう少し考えてみないか?

 ギダゴニカ族をこの星から排除する鍵は、そこにあるような気がするんだ」

「それから、二人目のギダゴニカ族を倒した、プノちゃんの泣き声ですね!」

「ああ」


 館長とモリエちゃんが考えついたことは、わたしにもわかる。

 昔話では、「悲しみの歌」がギダゴニカ族を苦しめ、追い詰め、消滅させた。プノちゃんは、泣き声を上げただけだが、もしかすると、「悲しみの歌」は子どもの泣き声をさすのかもしれない。プノちゃんの泣き声の効果を考えると、その可能性は高いのではないだろうか。


「仮に、『悲しみの歌』が、ククッキピ族の子どもの泣き声をさすとしよう。その場合、ククッキピ族の子どもたちの泣き声をあらかじめデータ化しておけば、いざ、ギダゴニカ族が現れたときに、それを再生して撃退できるんじゃないか?」

「……それは、無理ですね」


 わたしは、館長の提案をすぐさま否定した。忘れたのかい? 館長。


「昨年のお話会で、(思い出すのも嫌なんだけど)わたしが読み聞かせをしたとき、ククッキピ族の子どもたちが、一斉に泣き出しましたよね。あの時、『キコーネくん』は原因不明の故障を起こしました。お話会をした部屋では、他言語翻訳装置や音声受信装置も使っていましたが、それらも多少のダメージを受けていました。パッテナチ族の子たちが異常に興奮したのは、そのせいもあったのかもしれません。

 ククッキピ族の子どもたちの泣き声は、受信装置や録音装置にも、なんらかの障害を起こすことでしょう。そうなれば、データ化などできませんよ」


 わたしの意見に、モリエちゃんも頷いている。ククッキピ族の子どもたちの泣き声は、様々な振動の要素を含んでいるのだろう。わたしたちは、頭がガンガンしたり耳がキンキンしたりする程度だが、種族によっては、脳にもっと強いダメージを受けるのだろう。一部の機器が故障したのと同じように。そして、ギダゴニカ族にとっては、それは、脳を破壊し死をもたらす、命に関わるものなのだ。たぶん。


 万事休す。そんな雰囲気で、三人とも黙り込んでしまった。何はともあれ、ククッキピ族の子どもたちの泣き声が伝説の「悲しみの歌」であるという確証を早く得る必要がある。その上で、ギドンの洞窟が、ギダゴニカ族の出現点であると特定できれば……。


 そのとき、艦内フォンの呼び出し音が鳴った。ドウガシマさんからだった。反重力バイクから、無事にギダゴニカ族の体臭のサンプルを採取できたということだった。臭気検出装置を小型ロボットに搭載し、遠隔操作でギドンの洞窟の状況を探れそうだという。


「今日のところは、ここまでだな。

 あまり時間がなさそうなのは、直感的にわかっているが、もう少し確かな情報が必要だ。

 明日、警備部がギドンの洞窟の調査を終えてから、もう一度話し合おう」


 わたしとモリエちゃんは、その申し出をありがたく受け入れて、自室に戻った。

 しかし、私たちに残された時間が、館長の予想より遙かに少なかったことを、わたしたちはまもなく知ることになった。


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